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少年は日本人離れした整った顔立ちをしていた。光と同じ色をした髪にターコイズ・ブルーの大きな瞳。服装は少年らしくTシャツにジーンズというラフな格好だったけれど、彼が普通の人でないことはすぐにわかった。
圧倒的な存在感。オーラとでも言うのかな。金色の光は彼の体から発せられているようで。一本一本の髪の先から手の指の先まで、星のごとく光り輝いていたのだ。まさしく星の王子様だ。
王子様が、わたしを見て不敵に微笑んだ。
「逃げようたって、そうは行かないぜ。お嬢ちゃん!」
今まさに地上に舞い降りたかのごとく両腕を広げて、少年はわたしの行く手を塞いだ。金色の髪がユラユラと天に向かって逆立ち、ギラギラとした青い炎の瞳がわたしを貫く。
「え、え、え、ひえっ?」
――うそ。
驚いた。鳥のように大きく風にはらんだ白い翼が、少年の背中に見えたような気がしたからだ。そして、頭上には金の丸い輪っかが。
わたし、暑さで頭がどうにかなっちゃったの? 出現の仕方といい、容姿といい、あまりにも彼は現実離れし過ぎている。
――ど、どうしよう。どうしよう。
わたしが動揺している隙を突き、彼が必要以上に接近してきたことを、ちっとも気づかなかった。
いつのまにか、わたしは彼の腕の中にいた。
「予約をしたくせに、食事をする前に帰らなくてもいいだろ。何もとって食おうとしているワケじゃないんだ。大人しく言うとおりにしてくれるよなあ、お嬢ちゃん?」
「え、あ、はい。でも……」
――な、なんなの、この子っ。お嬢ちゃんって、お嬢ちゃんって。
どう見たって、わたしの方が年上じゃん! ひょっとして新手の悪徳商法? もし、そうだとしたら、大人しく言うとおりにしてやるもんですか!
手足をジタバタ動かして抵抗しようとしたけれど、どういうわけか身体の自由が利かなかった。まるで顔から下を部分麻酔されたみたい。プッツリと神経伝達が途切れてしまったようだ。意識があるのに手足が動かない。ガッチリと、つかまえられているわけではないのに。
「あのですね、はなしてください。人を呼びますよ!」
どうしようもなくて、唯一動く顔の筋肉をつかって、キッと彼をにらみつけた。けれど、少年は平気な顔だ。内心あせってパニくっているわたしを面白がっているかのように、口角をあげてニッと笑う。
「だいじょうぶ! 悪いようにしないから。おれ様たち、あんたが持っているものを見たいだけなんだよね。だから、ちょーっと胸元を広げさせてくんない? ああ、えっちなことしないって! 見るだけだからさあ。なあ、イイだろ?」
少年がわたしの腰をしっかりと抱え、顔を寄せてきた。頭の芯をとろけさせるような匂いが漂ってくる。わたしがつけている香水よりも、もっと深くて甘い匂いだ。
「だ、だめです。そんなことしたら……は、犯罪じゃないの……」
ボーっとした頭で、抵抗の言葉をなんとか絞り出したのだけど。
――どうしてなんだろう。この甘い匂いのせいなのかしら。
匂いを嗅いだとたん、手足がしびれたようになって動かなくなったのだ。抗いたくても抗えない。
それどころか、永遠に、ずっとこのままでいたい。そう思ってしまうほど、心地よくなってきてしまって。まぶたを閉じてしまいそうだ。
「はあ~? 声が小さくて聞こえんなあ。コレだから困るんだよ、人間の女ってヤツはさ。もったいぶりやがって」
ふざけた調子から少し尖ったものへと、少年の口調が変わった。
だんだん意識が遠のいていく。
「な、何の話でしょう……? べつにもったいぶっているわけでは……」
それを聞いた少年は、目を大きく見開いた。
「あ、そう。だったら、イイよな? おまえがここに来たのは偶然じゃない。必然なんだ。おまえが自ら望んで、この場所にやって来たのだから」
「必然……? わたしが望んで……?」
ぼうっとした頭で少年に言われた言葉をくりかえす。
「そうだ。おれに身を任せろ。楽にしてやる」
少年はわたしを抱えている方と反対側の腕を、自分の顔の真横にまで掲げた。
その手の指を広げた瞬間、手のひらの下に柔らかな光が球体となってあらわれた。
――なんてきれいな色なんだろう。
わたしは、その光に見惚れてしまった。
「いいか、よく聞け。おれ様たちは、お宅がその胸の中に大事そうに抱えているフローズン・ワードを解凍したいだけなんだ」
「フローズン・ワード……解凍……?」
「そうだ。心を開け。委ねろ。そうしたら解凍してやる。おまえの奥底に凍らせてしまった思いを、ぜんぶ吐き出させてやる。まさに電子レンジのごとく、わずかな時間でチン、とね!」
そう言い終わると、自らの気を送るかのごとく、少年は力強く手のひらを振り下ろした。その行き着く先は、わたしの胸だ。
――ああっ……!
次の瞬間、胸に強い圧迫感を覚えた。わたしのものでない何かが痛みを伴って、ずぶずぶとと身体の中に入ってくる。
――イヤ! イヤだ、さわらないで!
一生懸命手をのばし身を守ろうとしたけれど、間に合わなかった。わたしの手が届くより早く、柔らかな光の球体が、わたしの中の氷の結晶に触れたのだ。
光が触れたとたん、硬い氷の結晶にヒビが入り細かく砕けて、中に閉じ込めていた思いが一気に放たれた。白い光の束となって、暗闇を照らす道筋となる。
『……き、す……き。けれど……ない』
――だ、誰……誰の声なの?
ぼんやりとした白っぽい影が、光の道筋の先に浮かんだ。少しずつぼやけた輪郭がハッキリしてくる。あれは、あの人影は……。
――ヒカル? ヒカル!
二十四歳の大人のではなく、六年前のあどけない横顔の彼がいた。