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ボールを投げて

作者: 夢二つ

 ワタシは今もご主人と一緒にいる。

 少し前までは、体中の節々が痛く辛かった。

 心臓も燃費の悪いエンジンのように暴れる。

 常に荒い呼吸をしいていることでしか抵抗することが出来なかった。


 しかし少しずつ楽になっていく。心臓の鼓動が和らぎ、やがて止まる。ワタシは死んだのか。


 死の直前にワタシのご主人の顔が浮かぶ。よかった。本当に、よかった。

 ご主人はワタシの死に目に耐えられないだろうから。




 ー僕のポンタが死んじゃった。




 跳ねる足音と、ランドセルの揺れる音。ご主人が帰ってきたのか。しかし、ワタシの魂はこの体にはもうない。

 玄関の引き戸を開ける音。てんてん、と近づく廊下を翔けるご主人。ワタシの死に体を見て、感情が固まるご主人。ワタシのために整われたベッドで最後を迎えた。いい気持ちで最後を迎えられた。

 だから、そんなに泣きつくな。




 ーうわああ。ぽんたー。





 まだワタシはここにいるのだが、気づいてはもらえない。手足は若い頃のように自在に動かせる。

 空中を翔ける能力まで備える。しかし、ご主人に撫でてもらうことは出来ないらしい。

 これが死ぬということなのか。

 ご主人は1時間ほどワタシの抜け殻と寄り添ってくれていた。母親が帰ってきたのか、玄関の扉を開ける前に足音で気づくことができる。




 ーポンタが死んじゃった




 母親は覚悟していたのだろう。ご主人をワタシの変わりに慰める。

 この家庭には大黒柱が欠けている。ワタシがまだ幼い頃から姿をみせなくなった。

 おそらく、ワタシのようになってしまったのだろう。


 ワタシの抜け殻は燃やされた。灰になり、骨だけを持ち帰って来ていた。

 それからのご主人は感情が抜け落ちてしまった。笑わない。

 ワタシはまだここにいるぞ。触れようとするも感触無く、ただ貫通するのみ。


 一度ご主人が、ワタシのためにご飯を容器に入れて準備してくれた。一瞬、ワタシにきづいてくれたのかと期待する。


 ーポンタ。僕はばかだ。


 ただ、ワタシのご飯の前で膝を抱いて泣きじゃくる。

 ワタシは何も出来なかった。


 母親が新しい子犬を買ってやると提案していた。


 ーもういい。あんな悲しいことなんてもうたくさんだ。


 ワタシが死んでから初めて見せる、激しい感情。

 ワタシはご主人と出会えて嬉しかった。

 しかし、ご主人とワタシは同じ気持ちではなかったのだろうか。


 ご主人は部屋に閉じこもるようになった。

 ワタシはもうすぐ消えてしまう。少しずつ体が魂が削れていくのがわかる。

 消えてしまう前にワタシはやらなければならないことがある。


 ーへたくそ。ボールをキャッチしてよ。


 ワタシは空中でボールを捕らえるのが非常に苦手であった。ボールに反応しても、どうにも加えることが出来ないのだ。


 その日、ご主人は自分の部屋でボールを壁に当てて跳ね返るボールを受けてはまた投げることを繰り返していた。

 頼む、一度でいいから。こちらに気づいてほしい。

 ワタシは叫んだ。


 ーポンタ?


 もう一度、叫んだ。


 ーポンタ


 心が重なるとはこういうことなのか。

 窓を開け放ち、ベランダへとご主人が歩み寄る。


 ーどこにいるの。姿を見せてよ。


 ワタシは失敗しない。ここにいる。

 絶対に次こそは見事なキャッチを見せよう。

 ここにいる。


 ーポンタ


 ご主人が振りかぶり、投げる。ボールは綺麗な虹を描く。

 いいコントロールだ。

 ボールはベランダから外へ。狭い空間からどこまでも広がる外の世界へ。


 ワタシはこのボールを落とすわけには行かない。


 ーポンタ。出会えてよかった。


 やってくれる、ご主人。ボールはゆっくりと外へと落ちる。ボール自由な世界へと落ちていく。

 また、掴めなかった。

 ご主人はワタシを見ている。目を会わしている。


 ーおいで、ポンタ。


 死んでもなお心臓が熱い。

 いつまでも、ご主人と年を重ねて行きたかった。


 ーポンタ。


 ご主人の小さな手はワタシにとってはご飯よりも大事なものだ。

 もっと、ワタシは。


 ーポンタ


 ワタシは、あなたと出会えたことに後悔はしていない。

 だから、あなたもワタシが消えた世界でも楽しい世界であってほしい。



 少しずつ、ワタシはこの世界から溶けて行く。



 ご主人は新しい家族を迎え、幸せそうである。

 ワタシは今も見ている。

 それにしても、先輩のワタシに向かって吠えまくるコイツは生意気すぎやしないか?



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