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不良  作者: 夢野ユーマ
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イケズに負けず

土曜日、大垣から名古屋行きの電車に乗る。部活の大会に行く中高生や、結婚式に行く着飾った人が多い。私は立ったまま、塚本邦雄の文庫本「定家百首・雪月花」を読んでいた。


名古屋で中央線に乗り換え、千種まで行く。


土曜日と日曜日は高1と高2の子のめんどうをみる。速水とは初顔合わせだが、淡々とやるだけ。



私は「漢文基礎」の教室に入った。


「こんにちは。今日から聖イグナチウスの速水秀助くんがクラスに入ります。速水くん、このクラスでは田中雄二の「漢文早覚え速答法」をテキストに文法を十回ぐらいでマスターします。だいたい講義の前半で文法を説明し、後半はプリントをやりながら、漢文の知識を学びます。今日は比較です」


私はけっこう唯我独尊的なところがあり、サッサッと講義を始めた。速水は意外と集中して、真剣に勉強していた。もっとも、それは想定していた。本当に勉強が苦手だったら、聖イグナチウスに入れなかっただろう。



もっともプリントをやっていると、速水はけっこう「らしさ」を出してきた。


「ねえ、『三國志』や『西遊記』は、やんないの?」


「四大小説は高校まではあんまりやらないの」

「四大小説?あと二つは何なの?」

「『水滸伝』と『金瓶梅』。『金瓶梅』はエロなの」



私は生徒にエロ倉とあだ名されていた。


速水は耳まで真っ赤にして「中国人は心が汚いっすね。昼ドラか韓流ドラマみたいっすよぉ」と抗議の声を上げた。「エロ倉の古文、もっとすごいよ!!」と野次がとぶ。女の子だった。速水はテキストで赤い顔を隠した。




漢文の後、ボワドヴァンサンヌにいると、速水が入ってきた。


「どうだった?」

「学校よりずっといいけどさ、先生、マズイよ。一応、聖職者でしょ」


「聖職者あ?そんな言葉、十年ぶりぐらいに聞いた」


速水はプリプリしながら、ケーキを口に運んだ。




古文も一、二年生は文法とプリント。古文の方が学ぶべきことが多いので、上手く時間割を組んで休講にならないようにする。


その日は係り結びの発展用法を教え、和歌を講義した。


控え室で片付けていると、速水が来た。

「ねえ、さっきの女の子って遠山食品産業の令嬢じゃない?」


「知り合い?」


「ミッドランドスクウェアのパーティーで会ったような気がする」


意外と狭い世界の中に私の生徒たちはいる。


「口説かないでよ」

「俺はエロじゃねぇよ。硬派だもん」


私は控え室の窓から速水がバイクで帰っていくのを見送っていた。






翌日、日曜日は現代文の評論の講座。小説の講座。前者では清岡卓行と高浜虚子をやった。後者は太宰治の「斜陽」


その日の速水はどこかのサッカーのチームのユニフォーム(多分、ヨーロッパのチーム)を着ていた。


「サッカーしてきたの?」

「いや、この服はミーハーだけど、俺は武術やっているから。キックボクシング。練習して、ニンニクラーメン食べて、ここ来た」


私は微笑した。

速水は学力的にはついて来られる。あとは速水が周りに溶け込めて、受け入れられて、楽しく過ごせるといいと思った。



その日は控え室で遠山ゆかりに話しかけられた。


「速水くんってチャラ男かと思ったけど、意外と真面目だね」


「意外じゃないですよ」


「今度、とびきりエロい話して挑発してよ」


「あなたがやればいいじゃないですか」

「やだー、人格疑われちゃう」


そこに速水がやってきた。


「あっ、遠山さん。あの・・・母が遠山さんのお母様によろしくお伝え下さいと申しておりました」

「速水くんって、小さい時、うちに来なかった?」


「そうかも知れない」


「何かすごいバクバクとケーキ食べてた」

「じゃあ、そうでしょう」私が言った。


「・・・送ってあげよっか」


ゆかりの顔が喜びに輝くが、私は言った。


「ゆかりは彼氏の智樹と帰るでしょう」


速水とゆかりはぎこちなく部屋を出ていった。



「イケズやなあ・・・」

白衣のヒロくんが部屋に入ってきて、窓の外を眺めた。


「おっ!イケズに負けずや!」


私も外を見る。


オードリー・ヘップバーンのようにゆかりは速水のバイクの後ろに乗っていた。私は言い様のない気持ちにかられていた。胸がザワザワする。

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