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不良  作者: 夢野ユーマ
3/9

夜のストレンジャーズ

何人かの先生にメールをしておいてから、古文と漢文を講義した。古文は「長谷雄草子」「松陰日記」。漢文は韓退之の漢詩。「白氏新楽府」。「唐宋八大家読本」など。

もともと私の講義は脱線や小話が味とされている。




生徒たちを帰らせてから、ケータイの電源を入れる。


教務主任の松浦先生。出席。


堀江教授。出席。


英語の小山田先生。出席。


化学の近藤先生。出席。(この子はまだ大学生で、生徒のいない舞台裏ではヒロ君と言っているけど)


私が一万円分出すので、喜んで出席してくれる。




私が控え室を片付けると四人の先生はロビーで合流していた。

その日は金曜日だった。


「あの金髪の子、浅倉くんが受け持つの?」

「そうなっちゃったんですよ」

「聖イグナチウスの有名人らしいっすね」


私たちはちょっと歩いて、近くの居酒屋に入った。私が予約しておいた。海鮮のお鍋。焼き鳥。和風のサラダ。料理はとりあえず、それぐらい頼んでおいた。



私とヒロ君は年長の先生のグラスや杯にビールや日本酒をついだ。そして、私がヒロ君のグラスにビールをついで、最後にヒロ君が私のグラスにビールを注いでくれる。


「速水に乾杯!」


いい加減な音頭で飲み会を始めた。



私はお酒はあんまりいけない方で、ビールを一杯飲むと、つくねやネギマを食べ出した。ヒロ君は手酌で飲み出した。


「ヒロ君、ピッチ早いね。明日、部活ないの?」

「ないから飲むんすよ」


ヒロ君はしがさく、近江商人と小山田先生に言われていた。滋賀県から名古屋工業大学に来ていた。専攻は化学。アメフトをやっている。(もっとも私はアメフトとラグビーの違いも分からない。)背はそんなに高くないが、筋肉質で、お洒落。赤いメッシュを入れていた。ちょっとケチなところが欠点。今日も私にゴロニャ~ンとして、一銭も払わないつもりだろう。




小山田先生はたいへんな毒舌家で、知的なペシミストだった。日本嫌い、人間嫌いだった。


「今時、あんな髪染めたり、バイク乗ったり、浅倉くんと双璧の絶滅危惧種ですよ。はんかくさい。昭和で顔も頭の中も止まっているんですよ」


松浦先生とヒロくんが笑い転げる。ぶははっ。私は鶏肉を串からかみちぎった。

「特攻服の写真、見せてもらいました」

全員が大爆笑する。松浦先生が言う。


「浅倉くんや速水くんのような人はどんな時代にも、どんな所にも一定程度います」


私は口をとがらせた。


「でも、そういう人間が『オデュッセイア』とか、『神曲』とか、『ユリシーズ』とかを生み出してきたのかも知れないですよ」

「まあ、そうかもしれません」


松浦先生が海鮮鍋にはしをのばしたので、私も取り皿とはしを手にとる。堀江教授も。



白身魚と海老とホタテと野菜とマロニーちゃんをとった。話が段々、仕事と離れていく。


小山田先生。

「先日、持病の薬をもらいに病院に行ったら、自称立教出身というジジイが、肋間神経痛のことを六感だと思っているんですよ。私はこういう馬鹿な人間が大嫌いです。こういう人間は自分が社会の歯車の一つであることにも気づかず、自分を世の中の中心と思っている廃人に等しいおめでたい奴です」


少し酔ってきたのか、私は大声で笑った。ヒロくんと堀江教授はプロ野球の話をしていた。松浦先生は私小説を最近書いているとおっしゃった。

その始まりを少しうかがったが、私が書き散らしている売文と違って、オールドマスターズのように重厚で、知的かつ詩的だった。

私はきまり悪くて、「お鍋にうどんかご飯入れます?」と尋ねた。




多数決でご飯をお鍋に入れることになり、(私とヒロくんが負けた。)食事を締めた。



とりあえず、私が払って領収書をもらっておいた。


「帰れます?」ヒロ君が私のコートの裾をつかんで、訊いてきた。


「終電が近くなると、指定席の特急があるから大丈夫」


私は千種から金山まで中央線に乗り、金山で特急に乗って、大垣まで帰った。






大垣駅の南口から、大垣共立銀行の本社ビルの辺りまで、大垣の商店街がある。駅にごく近く、商店街の裏通りのはじまりの辺りに祖父母が建てた古びたマンションがある。他人様にかして、金もうけ出来るほどじゃない小ぢんまりとしたマンション。そこに私は住んでいた。郵便受けの郵便物を持って自分のフロアまで階段を昇る。



私はテレビを見ないので、和風の寝間に入る。NHKのラジオをかける。フランク・シナトラの「夜のストレンジャーズ」が流れる。


少し酔っているので布団に寝転ぶ。オイルヒーターのスイッチを入れて。



郵便物を見る。家電量販店のダイレクトメール。不要。車のディーラーのダイレクトメール。不要。日本国文学会会長(大学時代の指導教官)の手紙。目を通す。「季刊『中世日本文学研究会会報』『大正文学勉強会レポート』が休刊となりました。厳しい状況です。学会の機関誌『日本文学と研究』をお勤めの教育機関などで定期購読して下さい」印刷された手紙。と、一枚のホテルの便せんが同封されていた。手書き。殴り書き。

「この前、観世能楽堂で早稲田の能楽研究の教授と大喧嘩した。早稲田の教授が会長選挙に出るかも知れない。順逆をあやまらぬように」


順逆をあやまる。天皇や将軍に謀反すること。会長は自己を天皇や将軍と同列に匹敵させているらしい。この手紙も不要。


栄の和菓子ささら屋さんのダイレクトメール。必要。お歳暮を注文するかも知れない。あら、エアメール。開封して、私は真剣になった。大学一・二年の同級生。四宮くんの手紙。


「浅倉悠哉先生御机下。文部省からイギリスに派遣されて、学習障害児教育の研究をしております。来年、帰国して愛知教育大学の助教授として赴任します。一度、名古屋にうかがい、下宿などを探したいです。(恥ずかしながら、周りに安い店の多い学生街のようなところがないでしょうか?)・・・」



この手紙には返事をしっかり書かなきゃ。私はエアメールを仕事のカバンに入れた。そして、眠気が強くなり、寝てしまったようだ。6時か7時ごろニュースの声で一度目覚めたが、お手洗いに立って、少し寝直した。



ケータイの目覚まし機能で改めて起きると、入浴して出かけた。

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