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不良  作者: 夢野ユーマ
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出会い

飲み干したコーヒーカップをカチャンとソーサーに置いた。名古屋の千種。高級コーヒーショップ、ボワドヴァンサンヌ。一杯は525円。二杯めは260円。いつも二杯飲む。マイルドなブレンドとストロングなブレンド。一杯ずつ。小さいグラスのお水を飲む。そうすると店員さんがおかわりを持ってきてくれる。ファストフードの店と違い、本当に一流の豆を使っているので、私はミルクを使わないし、ケーキやサンドイッチも頼まない。スプーン二杯の砂糖だけで飲む。アロマを楽しむ。



私がカップをソーサーに置いた時、後ろの席の高校生が紙幣を数え終えて、封筒に入れた。「よし、ちゃんとあるな」私はその高校生の手首をつかんだ。金髪でパーマをかけている。

意外とあどけない顔をしている。


「な、何するんですか?」

「速水くん、恐喝の現行犯ですよ」

速水は封筒を私の生徒、佳彦の胸に投げつけた。


「せめて学校のセンコーに言えよ!!予備校のセンコーに言うなよ!!」

佳彦は封筒を慌てて学生カバンにしまった。私は速水の手首をはなさなかった。

「佳彦にも過失があるかも知れないけど、君もいいとこのボンボンでしょ。こんなトラブルで終わりたくないでしょ。手を引きなさい」

「分かったよ!どうすりゃいいんだよ!」

「佳彦が不法にダウンロードしたデータはここで全て消去する。その代わり、君も何も要求しない。それでどうですか?」


「はいはい、分かりました。分かったんで、手をはなして下さい!」


私は速水の手首を解放した。




話は昨日にさかのぼる。

私は名古屋の千種から今池にかけての予備校林立(乱立?)地帯の、ある予備校で働いている。


講師控え室に聖イグナチウス学院の一年生の野上佳彦が入ってきた。

中一から、ずっとめんどうをみている子だ。


佳彦は涙ぐんでいた。

「先生、助けて下さい・・・」

「何?」

「不良にゆすられているんです」


私は国語・小論文(時に応じて英語も)を教えている。しかし、話ののみこみは早くない。

「今池でカツアゲにあったんですか?」

千種は学生街だが、今池はパチンコ屋など多く、多少、荒っぽいところである。

「いいえ、あのダウンロードって分かります?」

「分かりません」


私はにべもなく答えた。私はパソコン、iPod、アイパッド、コンピュータゲーム機、どれも持っていない。(ケータイは辛うじて持っている。)


「あの・・・うちの学校の不良で・・・コンピュータの改造が上手い奴がいてぇ、インターネット上でいろんなソフトを買って、データを手に入れるのをダウンロードって言うんです。それを料金を払わず、落とせるように改造する奴がいるんですよ」


「それは犯罪なんですか」


「・・・僕もよく分からないんですけど、魔がさして、ゲームとか着うたとか落としてもらったんです。そしたら、お金ふっかけられて・・・学校の先生に相談したら、内申に傷がつくと思うし」


コツコツ。


私はキャップをしたボールペンでデスクを二回叩いた。

「黙りなさい。私も考え中です」という意味である。


ダウンロード・・・よくわかんない。しかし、あれか、映画を観ると最近は必ず違法な盗撮がインターネット上にあるとか警告が流れて・・・あの類だろう。

しかし、佳彦もお殿様だから脇が甘くて、困る。

「しかし、聖イグナチウスの不良なんてたいしたやつじゃないでしょう。金山とか行ったら、瞬殺でしょう」


佳彦が声をあげて笑った。体は小柄で、おっとりした子である。


「笑っている場合じゃありません。どうしたらいいんです?」

「あの・・・データは消すから、お金は払えないって伝えて欲しいんです」


私は非常に迷惑そうな顔はしつつも受け入れた。



「じゃあ、明日、正文館書店一階のボワドヴァンサンヌにその子を呼び出しなさい。私が現場をおさえます」

佳彦はホッとした顔をしていた。


ちなみに書き添えておく。私は33歳。独身。十年以上前の大学でのコンピュータの授業の成績はギリギリ合格だった。





そして、ボワドヴァンサンヌに話は戻ってくる。私は速水と向きあっていた。


「煙草吸ってもいいですか?」

「かまいませんよ」


私は速水を観察した。コーヒーは頼まず、三つのケーキがお皿に載っている。


「コーヒーだめなの?」

「はい、大人ちっくな飲み物は酒だけです。飲むのは」

「君もけっこういいとこの子でしょう。こんなことしてどうするんです?望めばいくらでもおこづかいもらえるでしょ」

その問いかけには速水は顔をそむけた。妙に子供っぽいところと大人的なところが混在している。


速水はいいことを思いついた顔をするとカバンを開けた。


「見て下さい。これ、手作りの警棒です。パイプ椅子のパイプに石や砂を積めたんです」

パイプにはガムテープが巻いてあった。私は呆れて、ため息をついた。



「あと、これ、一番大事な宝物の写真です。知り合いの人にもらった特攻服を着ている写真」


私は急にふわっと速水の世界に引き込まれた。突然に彼の悲しみと私の悲しみが同調したのだ。

この子は傍目には申し分ない境遇に見えるかも知れないが、何か周りにうちとけられないものを持っていて、孤独を感じているのだろう。


そして、私もまた表面上社会に溶け込んでいるように見えて、どこか生きることに居心地の悪さを感じているのだった。


「先生、浅倉悠哉先生ですよね」

「はい、そうですよ」


私の予備校には聖イグナチウスの生徒がたくさん来ているので、否定はしなかった。しらをきっても仕方がない。


「俺、先生のクラスに入りたいんですけど。佳彦のノート見せてもらってるんだけど、あいつまとめるの下手くそで」


私は苦笑した。


「それは正しいかもしれません」


速水の次の言い種も面白かった。


「先生のカバンの中を見せてくれませんか」


人によっては拒絶するのだが、私は速水にはカバン(典型的な文学部のカバン)の中身を見せてあげた。ノート。ルーズリーフ。原稿用紙。筆記具。

本。呉智英の「現代人の論語」、講談社学術文庫の「全現代語訳大鏡」、穂村弘の歌集三冊。英文法の参考書。などなど。



「クラス受講は事務所に申し込んで下さい」

「へいへい」

速水はケーキをたいらげ、私はコーヒーを飲み、外に出た。


「これ、いいでしょ。ちょっとミーハーだけど」

「いいですね」

速水はフェラーリのステッカーを貼ったバイクに乗って、去って行った。


私はハッとして大声で叫んだ。


「はやみー、中島みゆきの『狼になりたい』って曲、知ってる?」


走り去る速水にはとても聞こえないようで、私、何だかさみしかった。

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