第一話 空港の邂逅と、一人でいいと言った夜
CHARACTERS】
佐藤愛紗| 31歳
【人物像】「常に前を向いて歩み続ける人」
【経歴】 中学・高校を日本で卒業後、ハワイへ移住。アメリカの大学を卒業後、イギリスでマーケティングの修士号を取得。現在、イギリスブランドのアジアエリアマネージャーとして、ロンドンと東京を行き来する日々を送る。
【性格】 素直で少し天然、強がりで努力家。人に弱みを見せるのが苦手。
【役割】 本作のメイン視点。帰国後の突然のカゼをきっかけに診察室を訪れ、十五年ぶりの運命の再会を引き寄せる。
福山ジェイソン(Jason Fukuyama)| 約32歳
【人物像】「自分の人生計画をひとつひとつ着実に成し遂げていく人」
【経歴】 英日ハーフ(中学時代の名前は福山譲尊)。中学卒業後に渡英し、現地の高校、そして医学部を卒業して医師資格を取得。父親の英国籍を活かし、イギリス人として教育を受ける。帰国后、叔父が創立した「森内科」を継ぎ、現院長を務める。高水準なチェロ演奏者でもある。
【性格】 穏やかで自律的、誠実で温かい。秩序と責任感を重んじる。
【役割】 本作の主人公。診察室での再会と音楽的響きを通じて、止まっていた時間を少しずつ動かしていく。
リリ
【経歴】 幼稚園から中学まで愛紗と共に過ごした幼馴染であり親友。
【性格】 明朗快活でまっすぐな性格。常に愛紗の傍で寄り添い、二人の再会と変化を温かく見守る。
『羽田、5時、再会の約束』は、少しずつ物語が繋がっていくタイプの作品です。
大きな事件や派手な展開ではなく、東京の街並みや夜風、音楽、そして再会を通して、大人になった二人の物語がゆっくりと進んでいきます。
もし第一話から読んでいただけたら、何気ない出来事や小さな会話のひとつひとつが、後になって繋がっていることに気づくかもしれません。
そして、その「繋がり」を見つけた瞬間、
「ああ、そういうことだったんだ。」
そんな気持ちになっていただけたら嬉しいです。
読後に少しだけ余韻が残るような、そんな物語を目指して書きました。
ANA
ロンドン(LHR)発、東京(HND)行き。
午後5時15分、定刻着陸。
愛紗はプレミアムエコノミーを後にした。
大きな手提げの紙袋と、
ブランドバッグを両手に抱え、
人混みを縫うように足早に進む。
今回のショッピングの戦利品を親友に見せることしか、頭になかった。
――その瞬間。
前のめりになった愛紗のつま先が、
男のかかとをまともに捉えた。
男性は、無表情に振り返る。
一瞬の視線――
(……なかなかの買い物上手だな)。
パスポートに挟まれていた一枚の名刺が、
白い蝶のように、ふわりと落ちた。
愛紗はバネのように、90度のお辞儀で謝罪する。
男性は立ち止まることなく、
一秒の迷いも残さず、
そのまま人混みへと消えていった。
まるで、その白い紙片など、
最初から存在しなかったかのように。
愛紗は地面の名刺を拾い、
そのまま紙袋の中に放り込んだ。
日本を離れていた時間が、
長すぎたのかもしれない。
今の彼女が、何より求めているのは、自宅にある、あの見慣れたベッド。
そして、温かく、ふわふわとした「小粋花のハリネズミの掛け布団」
タクシーを止める。
行き先は、温かな家路。
✿ ✿ ✿
「宝くじでも当たったの?」莉莉が、興奮を抑えきれずに問いかける。
「シャネル20!?
この色、すごく入手困難だったのに!本当に素敵……!」
「ちょっと待って!サンローランまで買ったの!?」
「うん。」
「これ、今度貸して!」
「もちろん。」
莉莉がこんなに喜んでくれるなら、
苦労してロンドンから持ち帰った甲斐があった。
莉莉は興奮冷めやらぬまま、愛紗のバッグを次々と肩に掛けてはしゃぎ回り、持ち帰ってきた手土産を一つひとつ開けていった。
その時――
一枚の名刺が、目に留まった。
「……森内科?愛紗、風邪でも引いたの?」
「ううん、全然!」
愛紗は両手を大きく広げて、元気いっぱいな様子を見せた。
「ちょっと喉が乾燥してるだけ、大丈夫よ。ほら、見ての通りピンピンしてるでしょ!」
彼女はいたずらっぽく笑い、莉莉の肩を叩く。
「さあ、焼肉に行こう!
今の私と焼肉の間に割り込めるものなんて、まさかないよね!」
(でも喉の乾き……どんどんひどくなっていくんじゃないかな…)
✿ ✿ ✿
莉莉の彼氏が迎えに来て、
「お邪魔してすみません」とばかりに、二人の分をさらっと気前よく済ませていきました。
愛紗は嬉しそうに「バイバイ!」と手を振りましたが、(内心:めっちゃ羨ましい……)。
口ではぶつぶつ――
「彼氏持ちって、こういうこと。
デートを急いで切り上げ、
電話が鳴れば声色変え、
腹ペコなのに食べたふり、
いつも元気満々……」
愛紗はそういうの演じられないから、ずっと一人。仕方なく、一人で一杯やりに。
◇ ◇ ◇
「Gin Tonic, with ice and lemon, Thanks.」
愛紗は、ライブバンドが STING の『Every Breath You Take』を歌うのを聴きながら♪、嬉しそうにグラスを掲げ、肩を軽く揺らします。
心の中で、「日本ではちょっと優雅にいこう」と自分に言い聞かせました。
◇ ◇ ◇
「申し訳ございませんが、Fruit Pay がうまく決済できていないようです」
バーテンダーが丁寧に呼びかけますが。
愛紗は STING に夢中で聞こえず。
Jason が手を振って、スマホでサッと支払い。
軽く首を振ってから、
人差し指を口に当てて「シー(静かに)」と合図し、
そのまま立ち去りました。
✿ ✿ ✿
愛紗が立ち去ろうとすると、
バーテンダーが尋ねます:「お客さま、福山先生ご存知ですか?」
「福山……?
え、お医者様? 知り合いがいるなら、一人で飲みになんて来ませんよ」愛紗は微醺の声で答えます。
店内を見回すと、並んで座る二人の姿ばかり。
「私、ちょっとダサいかも……」そんな思いが一瞬、胸をかすめる。
けれど、すぐに静かに打ち消す。
——私は一人。
それでいい。
この自由も、この静けさも、
分からない人には、分からなくていい。
家に帰りベッドに倒れ込み、「一番頼れる」小粋花の掛け布団をぎゅっと抱きます。
スマホのLINEが何度も鳴り続け、莉莉からの着信。
「愛紗!?ちょっと、
声めっちゃ変だったよ!鼻声ひどいし、絶対風邪だよ!」
「えー、私全然平気だって!
ロンドン戻りの時差ボケだよ。
明日には治るって。」
愛紗は強がって笑いますが、喉の違和感は隠せません。
「嘘つくな〜!絶対病院行ってよ!さっきの森内科の名刺、あったじゃん!」
莉莉の心配が、画面越しにじんわり伝わってきます。
薄暗いリビング。テーブルの上で、森内科の名刺だけが、静かに光っていた。




