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妹の代わりにアイドルになった俺は、嘘の人生で本当の恋をした  作者: リディア


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第6話 死の宣告と、答え合わせの温泉旅行

「あんた、昨日の夜、死にかけてたわよ」


 朝の廊下。  

 挨拶よりも先に飛んできた栞里さんの言葉に、俺――城山大輔の足は、文字通りその場で凍りついた。


「……は?」


 逃げ道を塞ぐみたいに一歩詰め寄られ、背中が壁に当たる。  

 これは壁ドンじゃない。  

 処刑前の位置調整だ。


「寝言」

「ね、寝言……ですか?」

「ええ。茜ちゃんの隣で、はっきりと低い男の声で唸ってたわ。 『……くそっ、重い……』って」


 血の気が引く音が、自分の耳の奥ではっきりと鳴った。


 記憶に、ない。  

 あの夜、身動きが取れず、呼吸すら制限されていた状態で――  

 無意識に素が漏れていたなんて。


「あの子が熟睡してて助かったわ」


 栞里さんは淡々と言う。


「もし起きてたら、今頃あんたは社会的に抹殺されてた」


 ……俺だけじゃない。


 妹の葵も。  

 栞里さんも。  

 そして、葵が命を削って積み上げてきたステージそのものも。


 俺の失敗ひとつで、全部終わる。


「気を引き締めなさい」  

 

 低い声が続く。


「崖っぷちを歩いてる自覚、ある?」


 ヒールの音が遠ざかる。  

 俺はその場にへたり込み、冷たい壁に額を預けた。


 逃げたい。  

 正直、逃げたい。


 でも――  逃げるって選択肢は、最初から存在していない。


 死刑宣告を受けた気分のまま練習室に入ると、別種の地獄が待っていた。


「あー! 葵ちゃんおはよー!!」


 背後からドスン、と衝撃。  

 最年少のひなたが、遠慮なしに俺の背中に飛びついてきた。


「っ……!」

「ねえねえ、今日のお昼一緒に食べよ! 新作のパンケーキ!」


 まずい。  

 不意の衝撃に、反射的に踏ん張った足が床を強く捉えすぎた。  

 長年の修行で鍛え上げられた下半身のバネが、か弱い女の子の「よろけ方」を拒絶してしまう。


「あれ……? 葵ちゃん、なんか背中カチカチじゃない? 鉄板入ってる?」


 ひなたの手が、俺の広背筋を無邪気に探る。  

 柔らかい感触と、バレてはいけない硬度。


「あ、あはは……最近、筋トレ頑張りすぎちゃって……」


 冷や汗が止まらない。

 筋肉を緩めようと念仏を唱えるが、逆に心拍数が跳ね上がる。


「ひなた、ええ加減にしとき。葵ちゃんが困っとるやろ」


 助け舟を出したのは沙織だった。  

 ひなたを引き剥がし、俺を一瞥する。


「……で、葵ちゃん」

「は、はい」


 沙織がスッと距離を詰める。  

 和の香りが鼻を突くのと同時に、彼女の鋭い視線が、俺の「首筋」に釘付けになった。


「葵ちゃん……あんた、喉、どうしたん? 虫刺されにしては、位置が……」


 っ!?  


 喉仏を隠すコンシーラーが、冷や汗で少し浮いているのか?  

 俺は咄嗟に喉を押さえ、一歩後ずさった。


「あ……ごめんごめん。見間違いやったわ」


 沙織はふっと笑うが、目は全く笑っていない。  

 まるで、贋作を見抜こうとする鑑定士の目だ。


「昨日、茜ちゃんの部屋に泊まったんやって?」

「あ……はい」

「ふうん。茜ちゃん、最近よう笑うようになったわ。前は触れたら切れるナイフやったのに。……まるで、守ってくれる『さや』を見つけたみたいやな」


 鞘。


 ――違う。  


 俺は刃を収める側じゃない。  

 刃にならないよう、身を削っているだけだ。  

 だが沙織の口調は、まるで俺の中身を見透かしているように響いた。


 午後のリハーサル。  

 スタジオは熱気に満ちている。


 茜はセンターに立っていた。  

 フォーメーションが交差する一瞬。  

 茜の指先が――偶然を装って、俺の腰のラインを確信犯的に撫で上げた。


「……っ!」


 ビクリと肩が跳ねる。  

 そこは、衣装の隙間から、サラシで固めた腹筋に繋がる境界線だ。


 反応した俺を見て、茜が微かに笑う。  

 その視線は、獲物を追い詰めた肉食獣のように熱を帯びていて。


「葵ちゃん」


 休憩時間。  

 自然な動作で隣に来て、水を差し出される。


「昨日はありがとう」

「い、いえ……」

「私、安心したの。葵ちゃんの体温って……すごく、落ち着く」


 覗き込まれる。  

 隠しきれない俺の動揺を楽しむように、彼女は深く息を吸い込んだ。


「これから、もっと仲良くなろうね。……深いところまで」


 ――踏み込まれた。  

 確実に、心臓の鼓動を聞かれている。


 リハーサル後、用具室。


「来週、特番のロケが決まったわ」


 栞里さんの声は、重かった。


「一泊二日の、温泉旅行よ」

「…………は?」


 温泉。  

 脱衣所。  

 裸。  


 詰み。


「無理です!」

「分かってるわよ! でもスポンサー案件! 断ったら、葵のデビュー話が消える!」


 ……ああ。  

 やっぱり、そうだ。


「逃げたら?」


 一瞬、そう思った。

 でもそれは――妹のステージを、俺が叩き壊す選択だ。

 選べるわけがない。


「問題は茜よ」


 栞里さんが続ける。


「あの子、もう気づき始めてる。温泉はね……確認作業の場になる」


 翌朝。  

 寮の玄関で、茜が待っていた。


「おはよう、葵ちゃん」


 距離が縮まる。  

 指が伸びて――  本来なら喉仏がある場所に、トン。


「……楽しみだね、温泉」


 囁きが、耳に落ちる。


「そこでなら……全部、答え合わせできるもんね?」


 笑顔。  

 でも、その目は――裁く側の目だった。


「ひとつだけ、覚えといて」


 背後で、栞里さんが言う。


「温泉はね。見せないためじゃなくて、見られないために行く場所よ」


 来週の温泉旅行。


 それは親睦会じゃない。  

 俺の正体と覚悟を量る、逃げ場のない裁判だ。


 ――それでも行く。


 妹の夢を、守るために。

 本日も読んでいただきありがとうございます。

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