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妹の代わりにアイドルになった俺は、嘘の人生で本当の恋をした  作者: リディア


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第10話 不遜なる侵入者と、狂い出す距離感

「ねえ、この子……めっちゃ可愛くない? ねえ、茜? 正直、俺のタイプなんだけど」


 耳元で囁かれた不躾な熱量に、俺の背筋が凍りついた。  

 振り返るより早く、細長い指が俺の顎をくい、と持ち上げる。  

 そこにいたのは、彫刻のような顔立ちに傲慢な笑みを貼り付けた、眩しすぎる「男」だった。


「神宮寺……蓮……っ!」


 茜さんが、絞り出すような声でその名を呼ぶ。  人気絶頂の男性アイドルグループ『BLAZE』のセンター。芸能界の頂点に近い場所にいる男が、あろうことか茜さんを無視して俺を凝視していた。


「あはは、茜ちゃん、そんな怖い顔しないでよ。今度のコラボライブ、楽しみすぎて挨拶に来ちゃった」


 神宮寺は、親しげに茜さんの肩に手を回そうとする。だが、茜さんはその手を氷のような手つきで叩き落とした。


「……気安く触らないで。葵ちゃんも、あんたの獲物じゃないわ」 「おっと、手厳しい。でも、この『葵ちゃん』……。新人にしては、いい目をしてる」


 神宮寺の視線が、俺の全身を品定めするように舐め回す。  

 香水の甘い香りが鼻をつき、彼の放つ圧倒的な「陽のオーラ」に気圧されそうになる。  

 俺は修行僧としての本能――どんな時も動じない不動心を必死に呼び起こし、震える「美少女」を演じた。


「よ、よろしくお願いします……神宮寺さん」

「敬語じゃなくていいよ。俺たち、これから密接に関わるんだからさ」


 神宮寺は俺の頭を乱暴にポンと叩くと、栞里さんの制止も聞かずに、嵐のように去っていった。  

 残されたリハーサル室には、重苦しい沈黙と、爆発寸前の怒りが満ちていた。


「なんなん、あの男……。反吐が出るわ」


 沙織が、いつになく露骨な嫌悪感を露わにする。

 扇子を握る手が、心なしか震えている。


「最低! 葵ちゃんに触るなんて、一万年早いわよ! 洗面所どこ!? 葵ちゃんの頭、除菌しなきゃ!」


 ひなたも頬を膨らませて怒っているが、その目は本気だ。


「……葵ちゃん、あいつには絶対に近づかないで。あいつは才能はあるけど、人を壊すのが趣味みたいな男よ。特に、自分のペースに巻き込んで、相手が動揺するのを楽しむサイコパスなんだから」


 茜さんの手が、俺の腕を強く掴む。

 その震えは、恐怖ではなく、俺を奪われることへの激しい「独占欲」に見えた。


 しかし、運命は最悪の方向に転がる。  

 栞里さんが持ってきたコラボライブの構成案――そこには、神宮寺蓮と城山葵のペアダンスが、目玉として記されていたのだ。


「……嘘でしょ」


 茜さんの絶望的な声が響く。

 だが、プロの仕事として拒否はできない。


 迎えた合同練習。  

 

 神宮寺は、茜さんたちが目を光らせているのも構わず、当然のように俺の手を強引に取って引き寄せた。  ダンスの密着。

 彼の体温が、薄い練習着越しに伝わる。


「葵ちゃん、やっぱり面白い。女の子の体にしては、重心の置き方がしっかりしすぎている。……それに、この手のひら」


 神宮寺の指が、俺の掌にある「マメ」に触れた。  

 十年の修行、毎日毎日、雑巾がけと薪割りと武術の稽古で刻まれた、消えることのない証。


「ピアノの練習だけで、こんなに硬いマメができるかな?」

「……それは、その。実家が、お寺で……掃除を、頑張っていたので」 「へえ、掃除ねえ。……ストイックなんだ」


 耳元での囁き。

 吐息が耳に当たり、ゾクリと首筋が粟立つ。  

 神宮寺の目は、獲物をじっくりと観察する猛禽類のそれだった。


 練習終わり。

 神宮寺は、茜さんたちが割って入る隙も与えず、俺の前に立ち塞がった。


「ねえ、葵ちゃん。今夜、俺と二人でデートしない? 美味しいイタリアン、予約してあるんだ」


 ロビーにいたスタッフ全員の動きが止まった。  

 そして次の瞬間――。


「「「はぁぁぁあ!!??」」」


 茜、ひなた、沙織の声が完璧に重なった。


「ふざけないで! 葵ちゃんは新人なのよ! スキャンダルなんか起こさせるわけないでしょ!」


「神宮寺、うちの葵ちゃんに色目使うんはそこまでにしとき。……扇子で喉元、突きますよ?」


「神宮寺消えろ!! 葵ちゃんは私の後ろに隠れて!!」


 三人が俺を取り囲み、鉄壁の陣を敷く。  

 神宮寺は、そんな彼女たちを滑稽だと言わんばかりに鼻で笑い、俺だけを見つめてニヤリと笑った。


「あはは! 冗談だよ、そんなに怒らなくてもいいじゃん」


 神宮寺は肩をすくめ、去り際に俺の腰に一瞬だけ手を回し、グイッと自分の方へ引き寄せた。  

 耳元で、彼にしか聞こえない極低音の声が響く。


「……でも、今の反応で確信した。君、ただの『新人美少女』じゃないだろ?」


 俺が凍りついている間に、彼は「じゃあね」と手を振って去っていった。    


 その夜。  


 自室に戻った神宮寺蓮は、真っ暗な部屋で一人、自分の右手の感触を思い出していた。


「……何なんだ、あの子」


 今まで数多の女を抱き、転がしてきた。  

 女特有の柔らかさ、甘い匂い、触れた時の反応。

 それらは全て、手の内にあったはずだ。  

 だが、城山葵は違う。


 腰を引き寄せた時の、あの岩のようにびくともしない体幹の強さ。   掌にあった、武道家のような硬いマメ。  

 そして何より、見つめ合った時のあの「澄み渡った瞳」。  

 あれは守られているだけの新人の目じゃない。

 何かに打ち勝ってきた「男」の、……いや、そんなはずはない。


「女だよな、あいつ。……めちゃくちゃに可愛いし」


 神宮寺は、鏡に映る自分の不敵な笑みを見つめた。  

 胸の奥で、今まで感じたことのない種類の「違和感」が疼いている。  それは不快感ではなく、もっと根源的で、暴力的なまでの好奇心だった。


「ああ、ダメだ。あんな妙な感じ……。確かめずにはいられないだろ」


 神宮寺はスマートフォンを手に取り、マネージャーにメッセージを送る。  


『次のペアダンスの演出、もっと密着する構成に変えて。葵ちゃんに、逃げ場がないくらいにさ』


 彼はベッドに倒れ込み、天井を見上げて舌を打った。


「今度会ったら、挨拶がわりに抱きついてみるか。どんな反応するか、今から楽しみだよ……。ああ、俺も嬉しいなあ。こんなに面白い獲物が現れるなんてさ」


 神宮寺の瞳が、暗闇の中で獣のように爛々と輝いた。    

 

 その頃、大輔は――。  

 

 茜、ひなた、沙織の三人による、深夜まで及ぶ「神宮寺対策会議(という名の説教と護衛)」に揉みくちゃにされ、神への祈りすら忘れるほどの「女難」の真っ只中にいた。


 本日も読んでいただきありがとうございます。

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