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妹の代わりにアイドルになった俺は、嘘の人生で本当の恋をした  作者: リディア


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第1話 崩れ始めた舞台と、微笑む『彼女』

 俺はこの日、『妹の代わりにトップアイドルになる』 という、人生で一番どうかしている選択をした。


 もちろん、誰にも言っていない。

 ――言えるわけがないだろう。

 スカートを履いて、内股で震えているなんて。




 アンコール三回。  

 地を揺らすような、割れんばかりの歓声が、夜の会場を震わせていた。


 視界を埋め尽くすペンライトの光は、まるで熱を帯びた星の海のようで。


 ステージに立つアイドルたちは、誰もが紅潮した頬に涙を流しながら、ちぎれるほどに手を振っていた。


 成功したライブだった。  

 少なくとも、外から見れば。


 ……けれど。


 センターに立つ木村茜きむら あかねの喉だけは、確実に、そして残酷に悲鳴を上げていた。


「――茜ちゃん、大丈夫?」


 ライブ直後、熱気と汗の匂いが充満する楽屋。  

 鏡の中に映る自分は、幽霊のようにひどく血の気が引いた唇をしていた。  

 心配そうに覗き込んできたのは、最年少メンバーの桐谷ひなただ。


「うん、平気だよ」


 茜は、ファンが求める「正解」の笑顔を貼りつける。  

 雑誌の表紙で求められる、汚れのない少女の表情。  

 事務所が商品として推奨する、希望に満ちた眼差し。


 けれど、喉の奥には、べっとりと不快な薄い膜が張り付いたままだ。  

 息を吸い込むたび、冷たい空気がそこを通り、焼けるようなひりりとした激痛が脳を揺らす。  


 ステージの上ではアドレナリンが、誤魔化してくれた痛みが、今、濁流となって押し寄せている。


 ――もう、限界。


 その弱音を、喉の奥に押し込むようにして沈めた。  

 このグループのセンターは、私だ。  

 私が足を止めれば、積み上げてきたこの物語は一瞬で瓦解してしまう。


「本当に? さっきのハイトーン、ちょっと掠れてなかった?」


 ひなたは不安そうに、大きな瞳を揺らしている。  

 その声音はどこまでも優しく響いた。    


 けれど、茜は気づいてしまった。  

 彼女の瞳の奥に、ほんの、わずかな「安堵」が混じっていることに。    


 ――自分じゃなくて、よかった。    

 ひなたは優しい子だ。

 だからこそ、自分の立ち位置が脅かされないことに、無意識のうちにホッとしてしまうのだ。  


 そんな仲間の「汚い本音」を透かして見てしまう自分自身に、茜は猛烈な嫌悪感を抱いた。


「気のせいだよ。ちょっと疲れてるだけ」

「……そっか。なら、いいんだけど」


 ひなたはそれ以上、踏み込んでこなかった。  

 この楽屋にいる誰もが、これ以上は踏み込まない。    


 誰かの欠陥を深く掘り下げることは、このグループでは暗黙のタブーだ。  

 なぜなら、ここには何一つ隠し事のない人間なんて、一人もいないのだから。


 そのとき、重い楽屋のドアが鋭くノックされた。


「社長がお呼びです。至急会議室へ」


 マネージャーの佐藤栞里の声は、いつもよりずっと冷たく、硬かった。  


 いつもなら、こんな場面で書類を落とすか、噛むかのどちらかなのに。 

 だが、今の栞里は、一度も笑顔を見せることなく、事務的な視線を投げている。


「……私だけ?」


 そう聞きかけて、茜は言葉を飲み込んだ。  

 栞里の視線は、自分だけでなく、メンバー全員を等しく「他人」として捉えていたからだ。


「いえ。全員です。今すぐに」


 成功したライブの直後、余韻に浸る間も与えられない全員召集。  

 そんな不吉な前例は、かつて一度もなかった。


 ――褒められるための呼び出しじゃない。  

 それだけは、肌が粟立つような感覚と共に確信できた。


 会議室の空気は、窓を閉め切った冬の海のように冷え切っていた。


 社長はデスクに広げられた資料から一度も目を離さず、淡々と切り出す。


「まず確認する。……茜」


 名指しされた瞬間、心臓が跳ね、背筋がわずかに強張った。


「喉の具合はどうだ。医師の診断は受けているな」

「……問題、ありません。次回のライブまでには、万全に」


 掠れようとする声を、喉の筋肉を限界まで引き締めて整える。  

 嘘だ、と社長の冷淡な眼差しが物語っていたが、彼は頷くことさえしなかった。


「無理はするな。身体は資本だ」


 それだけ言って、彼は再び資料に視線を戻す。  

 気遣いなどではない。ただの現状確認。  


 心配されるほど、自分はもう、この場所に立っていてはいけない存在のように思えて、茜は奥歯を噛み締めた。


「今日のライブは、数字としては及第点だ。ファン層も拡大している」


 続く言葉は、いつも通り冷静で、残酷だった。


「だが、茜にこれ以上の負担をかけ、グループ全体の質を下げるわけにはいかない」

「だから、体制を根本から変えることにした」


 一拍。  

 心臓の鼓動が耳の奥でうるさく鳴り響く。


「四人体制にする」


 瞬間、会議室の空気がカチリと凍りついた。  

 センターである茜を外す。

 それは、このグループの形そのものを壊すという宣言だ。


「有望な新人を見つけた。茜と同等……いや、それ以上の華とポテンシャルを持つ存在だ」


 京都出身の沙織が、腕を組んだまま、冷ややかな瞳で静かに呟いた。


「……えらい自信ですなぁ、社長。うちたちの絆を壊してまで入れる価値がある子なんです?」


 茜は何も言えず、ただ唇を噛み締めていた。


 私の代わりになる「新しい正解」。


 どんな無神経な子が来るんだろう。

 もし、この空気をぶち壊してくれる「王子様」みたいな人が現れたなら、話は別だけど。 ……そんなの、少女漫画の中だけの話だ。


 恐怖と屈辱で目を伏せた、その瞬間。


 ガラッ!!


 場違いなほど、乱暴な勢いで会議室のドアが開かれた。


「……お待たせいたしましたわ。本日より、皆様と一緒に活動させていただきます」


 澄み渡るような、けれどどこか芯の強い声が響く。


城山葵しろやま あおいです。よろしくお願いいたします」


 顔を上げた茜は、呼吸をすることさえ忘れて、その場に釘付けになった。

 そこに立っていたのは、一人の少女。


 夜の闇を溶かしたような、美しい黒髪。  

 計算し尽くされたかのような、整った顔立ち。  

 それなのに、どこか俗世離れした、凛とした佇まいを纏っている。


 ――鏡を見ているみたい。


 そう思うほど、それは完成された「美少女」だった。  

 いや、自分よりもずっと、偶像アイドルとしての輝きに満ちている。


「……葵、ちゃん?」


 ひなたが、信じられないものを見るような目で、思わず声を上げる。


 だが、その完璧に見える新メンバーは。  

 茜と視線がぶつかった、本当に一瞬だけ。    


 ……スカートの裾を掴む指先を、小刻みに。  


 ……そしてその膝を、ガクガクと激しく震わせていた。

 本日も読んでいただきありがとうございます。

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