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第2話「発火」

その瞬間から、世界は少しだけ変わっていた。


だが、それに気づいているのは主人公だけだった。


⸻


戦場は続いている。


崩壊と再構築を繰り返すその場所で、時間の意味はすでに失われている。


爆発は遅れて届き、死は静かに確定する。


それがこの世界の“普通”だった。


⸻


主人公は観測ドームの影に身を潜めたまま、目の前の光景を見ていた。


昨日と同じはずの戦場。


だが、どこかが違う。


説明できない。


しかし確かに“ズレている”。


⸻


彼女はそこにいた。


白い装甲。


無駄のない動き。


だが、それは動作というより「結果の先取り」だった。


彼女が動いたから戦場が変わるのではない。


戦場が、彼女の存在に合わせて“書き換えられている”。


⸻


敵部隊の編成が崩れる。


包囲は成立しない。


射線は最初から存在していなかったかのように逸れていく。


勝敗という概念すら発生していない。


ただ“終わっている”。


それだけだった。


⸻


主人公は息を殺す。


目の前で起きていることは、戦闘ではない。


もっと別の何かだ。


理解しようとするほど、思考が追いつかない。


⸻


そのときだった。


⸻


一瞬、視界が“遅れた”。


⸻


爆発の光が届く前に、結果だけが先に見えた。


倒壊する構造。


消える配置。


生存できない未来。


そして――ほんのわずかな“隙間”。


⸻


主人公は、それを見た。


見てしまった。


⸻


次の瞬間、体が勝手に動いていた。


考えるより前に、選択が確定している。


足がずれる。


体勢が崩れる。


視界の角度がわずかに変わる。


⸻


爆風が通過する。


ほんの数センチの差で、それは彼を避けていく。


⸻


静寂。


⸻


何が起きたのか、理解できない。


ただ、生きている。


その事実だけがそこにあった。


⸻


「……っ」


呼吸が乱れる。


心臓の音が遅れて戻ってくる。


⸻


だが、その直後だった。


⸻


“何かが抜け落ちた”感覚。


⸻


さっきまで頭の中にあったはずの記憶。


それが、掴もうとした瞬間に崩れる。


⸻


誰かの顔。


誰かとの会話。


確かに存在していたはずの“感情”。


⸻


だが今、それらは名前を失っていた。


⸻


「……なんだ、これ」


声にならない。


⸻


違和感だけが残る。


何かを失った。


だが何を失ったのかが分からない。


⸻


遠くで、再び光が走る。


戦場は何事もなかったように続いている。


⸻


そして、その中心。


⸻


彼女が、こちらを見た。


⸻


視線が合ったわけではない。


だが確かに、“認識された”。


⸻


世界が一瞬だけ静止する。


音が薄れる。


距離が消える。


⸻


通信が開く。


ノイズはない。


最初から繋がっていたかのように、声だけが落ちてくる。


⸻


「観測結果に変動を確認」


⸻


彼女の声。


機械よりも冷たく、人間よりも遠い。


⸻


主人公は息を呑む。


⸻


「あなたの存在は、再定義されつつあります」


⸻


意味が分からない。


だが、理解できてしまう。


それが“異常”だと。


⸻


「……何を、言ってる」


⸻


返答はすぐには来ない。


⸻


沈黙のあと、短く告げられる。


⸻


「自己補正を開始してください」


⸻


通信が切れる。


⸻


世界が戻る。


音が戻る。


風が戻る。


⸻


だが、戻っていないものがある。


⸻


“確かだったはずの何か”。


⸻


主人公は立ち尽くす。


空を見上げる。


灰色の空は何も答えない。


⸻


ただ一つだけ確かなことがある。


⸻


この戦場はまだ続いている。


そしてその中で、自分だけが少しずつ“変わっている”。


⸻


遠くで、白い天使が再び歩き出す。


まるで何も起きていないかのように。


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