第11話「再接続」
朝でも夜でもない空だった。
戦場の上には、いつも“時間のない空白”が広がっている。
そこに、彼女はいた。
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白い影。
人の形をしているが、人ではない。
立っているというより、“そこに存在している状態”だった。
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主人公は足を止める。
呼吸が一瞬だけ遅れる。
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「……いるのか」
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返事はない。
だが確かに“見ている”。
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その視線には意味がない。
感情もない。
ただ情報としてこちらを捉えているだけだ。
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それなのに。
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主人公の胸だけが、勝手に痛む。
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「……お前」
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言葉が途中で止まる。
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名前が出てこない。
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いや、ある。
あるはずなのに、口に出すと崩れる感覚がある。
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彼女が一歩だけ動く。
砂が鳴る。
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その動きに、わずかな違和感がある。
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まるで“覚えていない身体”が、過去の形を再現しているようだった。
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「識別」
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通信ではない。
彼女自身の声でもない。
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ただ“世界側の処理”のような音だった。
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主人公はその瞬間、理解する。
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彼女は戻ってきたのではない。
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「再生成された」
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模倣エンジェルユニット。
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その言葉が、今は重く響く。
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「お前……俺のこと、分かるか?」
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問いは届かない。
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彼女は首をわずかに傾ける。
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そして。
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「不明」
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そう答えた。
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たった二文字。
それだけで、世界が少しだけ削れた気がした。
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主人公は一歩近づく。
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その瞬間、彼女の身体が微かに揺れる。
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反応。
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敵意ではない。
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“照合失敗時の揺らぎ”。
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「やめろ」
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主人公は小さく呟く。
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「それ以上動くな」
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だが彼女は止まらない。
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正確には、“止まるという概念を持っていない”。
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手を伸ばす。
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触れれば戻る気がした。
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何かが。
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記憶でも、関係でもない何かが。
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だが指先が触れた瞬間。
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世界が一段だけずれる。
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彼女の輪郭が崩れる。
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ノイズ。
断片化。
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主人公は手を引っ込める。
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「……違う」
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触れてはいけない。
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それが本能ではなく“構造理解”として入ってくる。
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彼女は“接触で安定する存在”ではない。
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むしろ逆。
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接触は再定義を起こす。
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そして再定義は“分解”に繋がる。
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主人公は息を吐く。
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「……お前は」
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言葉が出ない。
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彼女は静かにそこに立っている。
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ただ存在しているだけ。
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そのとき、通信が入る。
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低いノイズ。
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「対象との再接続を確認」
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主人公は眉をひそめる。
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「再接続?」
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通信は続く。
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「参照個体とのリンクが再確立されています」
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彼女の方を見る。
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彼女は何も反応しない。
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だが主人公の頭の中だけが、ざわつく。
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リンク。
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その単語が嫌な形で刺さる。
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「おい」
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「何のリンクだ」
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返答は少し遅れる。
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「あなたと対象は」
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「同一観測系に属しています」
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主人公の喉が詰まる。
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同一観測系。
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それはつまり。
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「同じものを見ていた」
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「同じものを記録していた」
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そして。
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「同じものを削っていた」
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主人公の視線が彼女に戻る。
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彼女はまだそこにいる。
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だが“いるだけ”だ。
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「……なあ」
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声が震える。
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「俺はお前を……」
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言葉が続かない。
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その瞬間、彼女が初めてこちらを見た。
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正確には、“視線が合った”。
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そして。
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「識別不能」
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また、その言葉。
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主人公は笑ってしまう。
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乾いた笑いだった。
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「そうか」
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「もう、そういうことか」
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彼女は何も言わない。
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ただそこにいる。
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だが主人公の中でだけ、何かが確定していく。
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彼女は“失った存在”ではない。
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「削られ続けている存在」だった。
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そしてその削っていたのが、自分だという事実が。
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ゆっくりと形になる。
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彼はゆっくりと目を閉じる。
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「……俺はまた」
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言葉が途切れる。
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彼女はそこにいる。
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だが彼女は“彼女として成立していない”。
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それでも主人公は思う。
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(それでもいい)
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もう戻らないものだと理解していても。
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彼はまだ、そこに立っている。




