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では、最後に一度だけチャンスをあげますね  作者: 井藤 美樹


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8/13

特等席からの観覧



 今日は、朝から厚い雲が空を覆っていた。


 王都の中心を走る大通りは、収穫祭でもないのに、大勢の人が押し寄せていた。


 皆のお目当ては、(かつ)て名門だった元伯爵家の落ちぶれた無様な姿と、その屋敷に仕えていた者、裏で闇の奴隷商を生業としていた変態キモ親父を見るためだった。


 あの一面の新聞だけでなく、次々と炙り出され掲載されていく所業、そして、騎士たちにより拘束連行される事で、完全に彼らは極悪人として国民に認知されていた。その怒りは、王族に対しても向いているという。


 当然だと思うよ。賠償金の(しわ)寄せが、弱い立場である国民にいっているのだから。賠償金の立替という形でね。それもちゃんと掲載している所が抜け目ない。


 ユニとアルお兄様と一緒に、私は大通りが一望出来る高級宿の最上階にいた。三階のバルコニーから見る大通りは、確かに特等席だったわ。ここなら、人目に付かず、揉まれる事もなく奴らを見れる。


「宿屋の前で停まるよう、兵士には伝えてある」


 アルお兄様の配慮に感謝。


「ありがとうございます、アルお兄様」


 いざ、屑達の落ちぶれた姿見ることが出来るのに、不思議と、何の感情も湧いてこなかった。第三者のように淡々と受け入れている自分自身に、正直戸惑う。


(それでも、これで終わりなのね……)


「……憎しみや怒りの感情は、持続するのは難しい」


 この前私が言った台詞を、アルお兄様は口にする。


「何、分かった風な口を!!」


 ユニがアルお兄様に向かって声を荒げる。


 アルお兄様はそんなユニを無視して、私を見ている。いや……私の心の奥にある、隠れた感情を見ようとしていた。


「何もかも放棄した私を、弱い人間だと思いますか?」


 その問いに、アルお兄様は首を小さく左右に振った。


「……あれから考えたんだ。そんなに維持するのは難しいのかと。特殊な訓練をしない限り感情は殺せないし、無理矢理蓋をしても、いずれ(ほころ)びが生まれる。でも、アイナは感情を殺してはいない。麻痺もしていない。そもそも、負の感情だけ殺すなんて器用な事、誰にも出来ないよ。アイナの表情筋は死んでいるが、それでも、よく見てれば分かる」


 一人蚊帳の外に放り出されたユニは、面白くなさそうに黙り込んでいる。アルお兄様は、私を優しい目で見下ろしていた。


 私はアルお兄様の顔をじっと見詰め、聞いていた。ふっと微笑むと、アルお兄様は話を続ける。


「そこで、私は思った。アイナは生きる事に全てを振ったのだと。ただただ、純粋に生きる事を渇望した。そこには、悲しみや怒り、憎しみや苦しみ、そういった負の感情など不要だったのではないかって」


 始めてだった。


 こんな風に、自分を見てくれたのは――


 何だろう。アルお兄様の言葉一つ一つが、自分の中にストンと落ちてきた。まるで、何年も解けなかった問題の解き方が分かった瞬間のような感覚だった。


「……一度だげ、自死を考えた事があったの。血反吐を吐いて、全身に激痛が走って、息をするのも苦しくて……あぁ……このまま逝けたら楽になるって。でも逝けなくて、そしたら朝が来て、また虐げられて……そんな私を、あいつらは笑って見てた。このまま、ゴミがいなくなれば臭くないのにって吐き捨てた。嘔吐で汚れた床に残飯を置かれ、餌だと言われた……アルお兄様が言った事は正しいと思う。あの時思ったの、あいつらの望みを叶えたくないって。そこから、生きる事だけを考えた。ただそれだけを考えて、行動したの」


 敬語なんて忘れてた。ぽつりぽつりと出て来る言葉は、私の中にある真実だった――


「そうか……頑張ったな、アイナ」


 アルお兄様が私を優しくそっと抱き締め、子供のように抱っこする。そして、ユニに厳しい声を投げた。

 

「ユーニス、気持ちは分かるが、アイナの前でその顔は止めろ」


 憤怒という言葉で表せない程の表情だった。一度見たら、一生忘れる事が出来ない程のものだ。普通の人なら、間違いなくトラウマになってるわね。私はならないけど。


「いい、私は嬉しから。私の事を自分事のように受け止めて、考えでくれて、嬉しいの。ありがとう、ユニ」


 私は微笑む。


 すると、ユニが泣きそうになった。ほんと、ユニって表情が豊かだよね。


「アイナ、護送車が来たよ」


 アルお兄様に促されて、大通りに視線を向けた。


 人身販売をしていたザイザル商会の小太りの変態キモ男と、元伯爵家で働いていた者達だ。執事や侍女だけでなく,下男や下女もいる。庭師やコックもいたわ。特に私に危害を加えて楽しんでいた奴ら。


 皆、顔を庇っていた。汗や埃などの汚れだけでなく、赤いものが彼らの至る所を汚していた。護送車が停まったせいで、一斉に石や生卵、腐った野菜の屑とかが投げ込まれているからだ。


(もう、悲鳴を上げる元気もないようね。兵士も止めないから、されるがまま)


 護送車の中は、汚物まみれになった。


 十分程洗礼を受けた後、護送車は動き出した。


 次に来たのは、毒親達だった。


 毒親達の方が、更に酷い有り様だった。特に、夫人の方が。ぼろぼろになったドレスに、化粧の剥げた顔。(かつ)ては、社交界の華と持て(はや)され、着飾っていた姿は何処にもなかった。元伯爵は、護送車の中で赤い汚れが一番酷かった。夫人も元伯爵も、頬がこけている。


(尋問に力入れてるみたいね)


「……自業自得、因果応報。した事は絶対帰って来るの。これからだよ」


 淡々と、私は彼らに向かって言い放つ。


 距離から考えて、絶対に届く筈かない声量。なのに、その声が届いたのと勘違いしそうなタイミングで、元伯爵が顔を上げこっちを見た。


 そして、声にならない叫び声を上げた。人族とは思えない、まるで獣のような咆哮(ほうこう)だった。夫人もつられるように顔を上げる。


 その視線の先には、虹色の瞳を持つ私がいた。


 そんな護送車に近付く影が。


「……あ、あれは屑兄達」

  

 洗礼を受けボコボコにされていた。さすがに、未成年だから兵士達は止めていたけどね。屑兄達の目にも、高級宿にいる私の姿が映ったかもしれない。


 それを確かめる気は毛頭なかった。どうでもいいっていうのが本音。それに、ここまで来るのは不可能だしね。




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