今度は拉致られました
屋台で買い物をしていると、男が釣れるのかな。またしても、肩を掴まれた。デジャヴ。
身体を強張らせたけど、聞こえた声は屑兄達とは違った。振り返ると、フードを目深く被った青年だった。
「こんにちは、君がアイナだね。うん、可愛い」
フードを目深く被りながらも、見上げれば、青年の顔が見える。金髪、碧眼のとても美しい青年だった。物語に出て来るエルフのような容姿をしていた。
(まさか、この人は……?)
何となくだけど、この青年が誰か想像出来た。
「……どう呼べば宜しいですか?」
こんな街中で、王太子殿下なんて呼べない。といって、許可が下りてないのに、名前を呼ぶなんてしたら不敬罪だよ。困った私は、素直に尋ねた。
「賢い子だね。アルお兄様と呼んでくれたら嬉しいかな」
(初対面で、無理難題言ってきたよ)
「…………お兄様」
「アルを付けて欲しいな」
妥協して漸く答えた私を、自称お兄様は笑いながらも譲らない。
「それは、無理です」
「何故?」
一見柔和で優しい感じだけど、その笑顔は嘘っぽく感じた。貴族らしい笑顔だね。
「不敬罪になりますので。それに、一緒に住むつもりはありませんから」
(だから、必要以上に親しくなりたくない)
なんて、さすがに言えないけど、雰囲気で察して欲しい。私が王宮に住めば、ユニと一緒にいる時間ば限られるからね。
「不敬罪にはならないよ。私が望んでいることだからね。それにしても、アイナは欲がないね。ここではゆっくり話せないから、場所を移動しようか」
そう王太子殿下が告げると同時に、足下に魔法陣が浮かび光り出した。
(転移魔法!? しまった!!)
そう思った時には、光が私と王太子殿下を包みこんでいた。私の異変に気付き、手を伸ばすユニの姿が見えた。
「そんなに怒らないでくれ、アイナ。ここは、ユーニスも知っている場所だから。ちゃんと、一週間以内に君を迎えに来るよ。さぁ、座って。お茶にしよう」
王太子殿下はソファーに座るように言った。ここで取り乱しても、どうしようもない。ここが何処かも知らないんだから。私は渋々ソファーに腰を下ろす。
「……王太子殿下、転移魔法が使えたのですね。それで、ここは何処ですか?」
「お兄様から十歩以上下がったか……ここは、私の隠れ家だよ。因みにユーニスとは同級生で、幼馴染の関係だ」
残念そうに言うわりに、王太子殿下は楽しそうだった。
(ユニって愛称だったのかな……出来れば、本人の口から聞きたかった)
「同意なく連れ去ったのだから、当然です」
「邪魔されずに、一度、二人でゆっくりと話しておきたかった。これでも、アイナの兄になるのだから」
「本人の同意なしに決まった事ですが……助かったのも事実です。ありがとう御座いました」
私は軽く頭を下げ礼を述べた後、出された紅茶を躊躇う事なく口にした。
「……連れ去られたのに、警戒する事なく口にしたね」
判断しづらいのか、王太子殿下は微妙な表情をしている。
「今更、何をするのですか? そもそも私は、毒や状態異常を起こす薬は効きませんから、大丈夫です」
「それは、耐性があるって事か?」
王太子殿下の表情が険しくなる。発せられた声も、冷え冷えとしていて怒気を含んでいた。
「ええ。小さい頃から、毒とか、それに近い物を口にしていましたから。自然に身に付きました」
「……実の子に」
王太子殿下の声はとても小さかった、だけど、激しい怒りの中に、深い悲しみを確かに感じたの。私を想う気持ちがそこにはあった。
「出していたのは、元家族達だけではありません」
(それだけ言えば伝わるよね)
私に毒を与えてきたのは、元家族達以外に、侍女や従者、執事達も含まれる。彼らは日々のストレスを発散するために、私に毒を与え、苦しむ様を笑いながら見ていた。
「そうか」
重く低い声だった。王太子殿下はユニの次に、私を心配してくれ、怒ってくれた人だ。それだけで、警戒心が少し緩む。
でも、目は変化していない。
「一番の理由は、私のこの目です。強い感情を抱いた時、虹色に変化するのを気味悪がられたのが、始まりでした。なので、赤ちゃんの時からですね。王太子殿下も同じ目を?」
良い機会だわ。この目の事を聞いておきたい。
「私は受け継いではいない。そもそも、その聖眼は王族の血を引く女子にしか引き継がれないものだ。だが、誰でもではないんだ。アイナの双子の妹は引き継いでいないだろ」
(確かに、セレナは普通の目だわ)
もし、セレナも聖眼を引き継いでいたら、彼女はここに座っていたのだろうか。いや、何も考えず、喜んで、待ち構えていた高位貴族に付いて行ったわね。
「ええ、引き継いではいません」
「ああ、魔力も少ないしな。聖眼の持ち主は、皆魔力量が多い。アイナなら、分かるだろ」
思い当たる節があり過ぎる。この魔力のおかげで、生き残れたと言っても過言じゃない。
「はい」
「まぁ、持っていなくても、グリリアス王国の王族は皆、それなりに魔力量が多い。アイナと私は飛び抜けているけどね。……だが、聖眼の持ち主はまた別だ」
私は黙って、王太子殿下の話を聞く。一呼吸置いてから、王太子殿下は続けた。
「二十年振りに聖眼の持ち主が現れた。アイナ、君だ。先代の聖眼の持ち主は、二十年前に老衰でこの世を去られた。エレナール元伯爵家に嫁がれた方は、その方の従姉妹にあたる。聖眼は受け継いではいなかった」
「その間、本当に、一人も現れなかったのですか?」
(二十年の空白があったと言ってたげど、先代が生きていた間も現れなかったの? さすがにおかしくない)
「グリリアス王族の女児の出生率が、かなり低いんだ。呪われてると思うくらいにね。産まれて来る子はほぼ男ばかり。十人中一人女児が産まれたら、当たり年と言われてる程だよ。現に、四人全員弟だから。その出生率の低さの上、聖眼を持つのは極々一部。……本当、聖眼が穢れていなくて良かったよ」
「穢れ?」
物騒な単語が出てきたよ。
「心が壊れたり、醜く歪んでしまうと、聖眼の力は反転すると言われている。そして、グリリアス王国を混乱させ滅ぼすと」
王太子殿下の台詞で理解出来た。
「…………虐げられていた私が、闇堕ちしたと考えたのですね」
(だから、ユニが派遣されたのね。私を暗殺するために)
でも、私は闇堕ちしていなかった。なので、急遽保護する選択肢が増えた。だが途中で、闇堕ちするかもしれない。そう考えた上層部は、時間を掛けて私を観察する事にした。
「ああ、その確認のために派遣されたのが、ユーニスだ。大半は、堕ちたと思っていたよ。環境があまりにも劣悪だったから」
王太子殿下は正直だ。必要以上に言葉を飾らない。私を一人の人間として扱ってくれる。好感度がアップしたよ。
(確かに、環境だけ見たら、最悪を通り越して劣悪だったわ。でも、私は堕ちなかった)
「……これは私なりの持論ですが、憎しみや怒りや殺意、そういった負の感情を抱き続けるのは、結構疲れるものです。だから、諦めた。完全に切り捨てた。その気持ちの転換のおかげで、堕ちなかったのかもしれません。それに、宝石やドレスなどの物欲もありませんからね。クレクレの元愚妹なら、堕ちていたかもしれません」
(間違いなく、堕ちていたわね。物欲の塊だから)
「…………アイナ、助け出すのが遅くなって済まない。もっと早く助け出せれば……指や膝は…………」
深々と王太子殿下は私に頭を下げる。
今更だと思ったけど、私は立ち上がり、王太子殿下の隣に移動する。そして、その肩に右手を添えた。
「謝らないで下さい。貴方は悪くない……と言っても、貴方は自分が許せないでしょう。なら、私の答えは決まっています。貴方を許します。なので、顔を上げて下さい、アルお兄様」
上手く微笑む事が出来ないけど、気持ち悪がられないでいてくれたらいいな。
因みに、ユニがこの隠れ家に突撃して来たのは三日後だった。その後、アルお兄様と殴り合いの喧嘩に発展したのは、言うまでもないよね。本当、二人は仲良しだよ。
後に知った事だけど、グリリアス王国の国境沿いの町で会った高位貴族は、ユニの実父なんだって。仲は最悪のようだけど。まぁ、本人を目の前にして、「家族はいない」と断言していたから、相当だよね。




