名門伯爵家の没落
翌朝。
「……ユニが言っていたのは、この事だったのね」
私は新聞を読みながら呟く。
(それにしても、まるまる一部全部使うなんて太っ腹よね。どれだけ、お金使ったの? 個人で出来る事じゃないでしょ)
恐らく、隣国が関わっているよね。そんな事を考えながら朝ご飯を食べていると、ユニが黒い笑みを浮かべて声を掛けて来た。
「これは、始まりだ」
「それにしても、よく調べたわね……」
新聞に書かれている内容は、エレナール伯爵家で行われた、私の虐待の数々だった。そこに、大袈裟や嘘はない。書かれている事は、全て実際にされた事だった。
「そりゃあ、そうだろ。グリリアス王国の王族の印を持つ者を虐げた罪は重いぞ」
(ということは、やっぱりグリリアス王国が新聞社に情報を流したのね)
グリリアス王国が率先して動いたから、ここまで細かく調べることが出来た。
もし、私が印を引き継いでいなかったら、グリリアス王国は絶対動かなかった。いや、そもそも見向きもされなかったと思う。だからといって、虐待がなかったとも思えない。セレナはクレクレちゃんだからね、そこまで酷くはなくても、それなりに誘導されて、虐待されていたと思うわ。
(蔑まれた原因の目が、王族由来のものだったなんて……化け物じゃなかったのね)
それが、知れただけでいい。
「で、ザイナル商会だけど、一斉摘発されたのね。誘拐と違法な薬物、人身販売……主に、容姿が優れた少年少女をか……下衆の極みね。私に対する、奴隷契約の仮証書も発見されたみたいだし。でも、馬鹿だよね〜。ご丁寧にも契約書の売却人の所に、自分の名前を記すなんて」
(言い逃れなんて出来ないでしょ)
敢えて、保険のために変態キモ男がそうさせたのか、どっちにせよ、関係の深さを感じるわ。叩けばいくらでも埃が出そう。
新聞には、エルナール伯爵当主の悪事を隠さずに書いている。ご丁寧に、契約書の模写絵まで添えてね。これで、世論に対しても言い逃れは出来ない。犯罪者が捕まるなはいいことだけど、国の面子は丸潰れね。
余談だけど、私の診断書も添えられていたよ。
いつ用意されたのか分からなかったけど、ユニと出会って直ぐに貧血起こしたことがあったわ。
(まぁ、掲載されても、別に困らないからいいけど)
それにしても、逃げていなかったら、連れて来られたその日のうちに、血判書に拇印を押さされていたわ。そして奴隷として、変態キモ男に仕えていたわけか……マジ、危なかったわ。
「グリリアス王国は、第一王女殿下を保護し静養中。王太子殿下が直々にキーテル王国に対し、友好国の関係を無効にすると宣言、抗議文を突き付けた。その時点で、エレナール伯爵家は取り潰し決定。今は仲良く平民だ。勿論、関係者にそれ相応の罰と多額の賠償金を求めているってさ」
ユニが教えてくれた。私の知らない所で、色々進んでいるようね。
(それにしても、私が第一王女ね……ドアマットからの異例な出世だわ。王太子殿下も来てるっていうし、会いたくはないけど接触して来そうね)
仮にも兄妹となるのだから、一度、会わないといけないわね。さすがに、嫌だからと王太子殿下を無視する事は出来ない。
(旅を続けられたら嬉しいけど……難しいかもしれない)
一応表向きは、静養中なんだから、そこは配慮してほしい。なんなら、一生静養中でも構わないけどね。衣食住とユニがセットなら万々歳。心落ち着ける場所で大事な人と過ごすのが、一番の静養よね。
「ふ〜ん。で、ザイザル商会の会長、王都で公開裁判か……エレナール伯爵と夫人も、王都に護送されるのね」
グリリアス王国とキーテル王国の力関係が分かるわ。妙な情は掛けられないよね。これ以上、周辺諸国の評価を下げたくないし。
「働いていた者達もな」
「当然よね。率先していたし、主人が裁かれるんだから、一緒に裁かれないと。でも、払えるの? 賠償金」
(正直、無理でしょ)
そもそもうち、うち貧乏だから。借金はあっても貯蓄はないし、金食い虫を二匹も進んで飼っていたからね。糞兄達が、どれ程無駄遣いをしているかは知らないけど、クレクレ妹の兄だし、あの両親の子供だからね……それを言うなら、私もだけど。
「屋敷にあるもの全部売っても無理だな。ザイザル商会の資産は、被害者に渡されるだろうし、そうなると、王国の補填に頼るしかないな」
(王国から補填分、莫大になりそうね)
「……相当、恨みかうわね」
王族、貴族関係なく、キーテル王国の国民全員からかうんじゃない。去年起きた飢饉の影響、まだ残っているし、こうして新聞に晒されてるのよ、尚更よね。
「だろうな。でもその前に、厳しい尋問が待っている」
「尋問ね……拷問されるよりはましでしょ」
(あくまで、尋問。拷問よりは、遥かに軽い。それでも、あの肥えた毒親達には耐え切れないでしょうね)
それ以上、感情が動かない。屑兄達の方がまだ動いた事に、少し驚いたよ。
「あのクレクレ妹は、未成年だから孤児院に預けられたって聞いた」
(まぁ、それが妥当よね)
一応親戚はいるけど、こんな醜聞の渦中にいる子を、引き取りたいと思う奇特な人などいないわ。私の事も見て見ぬ振りをしていたし、そもそも、毒親達は嫌われていたしね。
「そうなるよね。親戚達もなかなかの屑だし。でも、あのクレクレちゃんが平民でやっていけるのか、見ものよね」
間違いなく、今度は自分が搾取され食われる側になるわ。平民って、意外に強かで強いんだよ。あの性格で甘ちゃんなら、生きていけないんじゃない。なんせ、自分は誰にも愛され、思い通りになるって信じている、可哀想な子だから。
「屑兄達も平民に落とされたらしいぞ。寮も、貴族寮から平民寮に移されたって聞いた。今年の分の授業料は支払い済みだから、退学にはならないそうだ。当然、両方とも速攻婚約破棄されたらしい」
(セレナもそうだけど、屑兄達も地獄生活に突入か……)
「……精神病みそうね」
まだ学園に残れば、まともな生活は保証される。それをどう捉えるかは、別だけどね。
少なくとも、食と住は約束されているからね。衣は、今持っているのでしのげるでしょ。贅沢を望まないで、ほつれたら縫い直して、上手く活用すればなんとかなるわ。
問題は、来年の授業料ね。払えなければ、即退学。
それ以前に、精神が保てればの話だけどね。
セレナのように、孤児院に入れる年齢じゃないから、学園を飛び出せば、自分で住む場所とかを用意しないといけない。地面を這いつくばって、食い扶持を稼がないといけない。果たして、あの屑兄達に出来るのかな。
でも、そうしないと生きていけない。
今年か来年か――
それに、セレナも二年後には孤児院を追い出される。孤児院は十四歳までしかいられないから。そうなると、今度は自分が命令され、使われる立場になる。
(贅沢に慣れきった屑たちには、絶対平民の暮らしは無理ね)
「予定通りなら一週間後に、護送車が王都に着く手筈だ。見物するか? 裁判も傍聴したいのなら、手筈を整えるけど、どうする?」
「療養中の人間が、裁判を傍聴するわけにはいかないでしょ。それに、目立つしね。ただ、護送車に乗る彼らの顔だけは、特等席で見ておきたい」
(私を蔑み尽くし、人としての尊厳を奪い続けた、あいつらの最後の顔を、しっかりと見ておきたいの。私自身のケジメのために)
「分かった」
ユニは短く答えた。




