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では、最後に一度だけチャンスをあげますね  作者: 井藤 美樹


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5/13

偶然って恐ろしいものです



 王都の大通りに出ている屋台で肉串を買っていたら、声掛けもなく、いきなり突然右肩を掴まれた。


(まさか、追手!? 早過ぎない!?)


 驚き焦るが、無視するのは駄目。逃げたとしても直ぐに捕まるわ。意を決して、私は恐る恐る振り返り顔を上げた。そこに、誰がいるのかを確かめるために。


 立っていたのは、精悍(せいかん)な顔をした貴族令息と、その貴族令息と顔立ちがよく似ている少年だった。彼らは私を見て、とても驚いていた。


「セレナ!?」


「もう、王都に来ていたのか? なら、報せてくれよ」


 その顔と台詞に、身体が硬直した。周りの喧騒が一切聞こえなくなった。

 

 心臓が激しく鼓動する。冷や汗がどっと溢れ出て来て止まらない。この時ばかりは、表情筋が死んでいて本当に助かった。


(見間違えるはずない!! この二人は屑兄たちだ!! 逃げなきゃ、逃げないと、また――)


 混乱して叫びそうになった。


 でもその時――頭に浮かんだの、ユニの顔が。


 唇をギュッと噛む。俯き、そして、スカートの裾を強く握る。


「…………あの〜貴方たちは誰ですか?」


 目を見られないように、俯いたまま、消えそうなくらいの小さな声で震えながら言った。震わすつもりはなかったけど、自然に震えたの。それが、功を奏した。


「えっ!? セレナじゃない!?」


「じゃあ、もう一人の方?」


 屑兄達が言う。


(……もう一人ね)


「いや、あいつは領地から出さないだろう。あんな化け物で問題児。我が家の恥だからな」


「だよな〜。俺達の可愛いセレナを虐めて笑ってるんだから。あんな気持ち悪い目をしているから、性根も腐ってるんだ」


 私を無視して、この屑兄達は好き放題ぬかしている。恐怖は怒りに代わり、一気に吹き出して来た。


 必死で怒りを抑え込んでいる時だった。ユニの声が聞こえた気がしたの。直ぐに、その姿が目に飛び込んで来た。ユニが私を迎えに来てくれたの。泣きそうになったよ。


「何してるんだ!?」


 心配と怒りが混じった声と一緒に、ユニは私に手を伸ばす。


「ユニ兄さん!! この人達に人間違いされたの、怖かった!!」


 私はそう叫ぶと、ユニの後ろに回り込む。そして、ユニの服を掴んで隠れた。掴む手が震えている。


「ほんとに、セレナじゃないんだ。まぁ、まだチビだし、ただのそっくりさんか。悪かったな」


 悪びれず屑兄(二)が、私を見下ろしながら言うと、謝ることなく、屑兄弟は雑踏の中に消えた。


「…………こんな偶然あるんだな」


 屑兄弟の背中が完全に見えなくなってから、ポツリとユニは呟く。


「同感。さすがに、吃驚したよ。表情筋が死んでいて、ほんと助かったわ。名前呼ばないでいてくれてありがとうね、ユニ」


(化け物扱いされていても、覚えている可能性があるからね)


「取り敢えず、宿屋に戻ろうか」


「うん」


 ユニが私を安心させるように微笑む。私はその笑顔を見て、心から安堵した。


 屋台で買い込んだ食べ物を持って、私達は宿屋に向かった。部屋に着くなり荷物をテーブルの上に置くと、ユニは膝を付き、私に視線を合わせる。


「大丈夫か?」


 その声は、本気で私を心配していた。


「……大丈夫。ちょっと驚いただけ」


「そうか」


「ユニ、私はもう一人だって。セレナを虐めた問題児で化け物だって……割り切ってるのに、諦めてるのに、やっばり……面倒向かって言われると、キツイな……」


 胸の奥に激しい痛みが走る。目頭と鼻がツーンとする。でも、泣かない。あいつらのために流す涙が勿体ないから。


「アイナ……大丈夫だ。いずれ、真実が明らかになる。その時、あいつらは死ぬ程後悔する筈だ」


 ユニは私を壊さないように、優しく抱き締めてくれた。その腕の中で、私は悟った。疑問が解けていく。


(あ〜そういう事なのね)


「今更真実が明らかになっても、後悔されても、私の過去は変わらない。奴らがしてきたことは消えない。今、ユニが(そば)にいてくれるだけで、私は幸せなの……ありがとう、私に会いに来てくれて」


 そう告げると、ユニの身体が一瞬強張り、私が消えるのを恐れたのか腕に力がこもる。


「……違う。俺はアイナの事を…………」


 ユニは最後まで言葉にする事が出来なかった。


 屑兄達の顔を知り、エルナール伯爵家の内情を知った上で、ユニは私に接触したんだね。全部仕組まれていた事が、さっきのユニの台詞ではっきりと分かったよ。接触してき理由もね、何となく分かるよ。


(間違いない。この目のせいだ)


 エルナール伯爵家の中で、皆と違うのはこの目だから。感情が大きく揺れた時、私の薄茶色の目が虹色に変化する。屑達は、それを気味悪がった。


 この目が、隣国の王族由来のものだとしたら――


(危険しされても仕方ない。だとしたら……ユニが私の前に現れた理由は、考えるまでもないわね)


「罪悪感を抱かなくていいよ。切っ掛けなんて関係ないんだから。それよりも、お腹空いたから、食べよ」


「…………いいのか?」


「何が?」


「質問を質問で返すな」


 弱々しい声だった。まるで、打ちひしがれた子犬のような姿で、ユニは立ち尽くしている。


「ユニは私に何かした? 何もしてないよね。これからも、するつもりはないでしょ」


「勿論、ない!!」


 ユニが力強く答えた。


「ならいいよ。あいつらは私を化け物だと言い、口には出来ない程虐げてきたの。魔力がなくて、治癒魔法が使えなかったら、間違いなく死んでたよ。それ程の暴力を、笑いながら振るわれ続けたの。魔力が底を付く程の暴力。実際、瀕死の状態で地下室に放置された事もあった。(つたな)い治癒魔法しか出来ないのに、治癒が遅れたから、この指はこれ以上曲がらない。膝もそう。生活には不自由はないけど、走ったり、天気が悪いと痛くなる。ユニ……化け物はあいつらの事を言うんだよ。悪い事をしたのは、あいつら。それより、もう食べようよ、お腹空いた〜」


 過去の話をすると、ユニは泣きそうな顔になる。でも、ご飯に誘うと少しだけ微笑んでくれた。


(ユニは分かってくれるかな……)


 残飯がご馳走だった時から、私は床の上で一人、手で食べていた。


 でも今は一人じゃなくて、人として椅子に座り、スプーンやフォークを使って食べている。人としての尊厳を思い出させてくれたのは、ユニなんだよ。


(感謝しきれないのに、恨むわけないじゃない)


「これ、美味しい!!」


 口一杯に頬張る私に、ユニは苦笑する。


 ご飯には困っていないのに、食べれる時に食べないといけないと思って焦ってしまうの。


「頬張り過ぎ。誰も取り上げたりはしないから。気に入ったら、明日も食べればいい」


 その台詞に、私は顔を上げる。


「移動しなくていいの?」


 相手は高位貴族だよ。転移魔法の魔法具なんていくらでも買えるわ。買える場所は限られてるけどね。だから最低でも明日、王都を出発すると考えていたの。


(もしかして、逃げるの諦めたの? それとも、必要なくなったの?)


 そんな考えが頭を過る。必死で、私はその考えを振り払った。


「王都に逃げたのは正解だったな。そろそろ、いいものが見れるぞ。それを見てからでもいいだろ」


 ニヤリと笑いながら、ユニはそう言ってきたの。


 ユニが言う、いいものが何なのかを知るのは、翌日の早朝だった。そして、ユニが言った台詞の意味を知る事になるの。




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