私は喜んで全てを捨てた
逃亡する手筈は、以前から少しづつ準備していたの。何年も掛けてね。全てを諦めたあの瞬間から、生きて逃げることしか考えていなかったの。
あいつらは、私を力で抑え込んできた。
ずっと抑え込んでこれたから、私が逃げ出さないって確信していたの。従順で、逆らわないって、信じ切ってるのよ。ただの薄汚い人形に意志はないとね。
(本当に、馬鹿なやつら)
そういう風に見せ掛けていただけなのに。
反抗的な態度を取らず、殴られ、蹴られ、命令に忠実な態度を取っていれば、あいつらは勝手にそう思い込む。そうなれば、自然と監視の目は緩み、ある程度行動しやすくなると考えたの。
実際、そうだったよ。
ただ…何をしても、大丈夫、許されると思わせてしまった。それだけは、誤算だったよ。
行き過ぎた暴力で、立てない日が出て来た。いくら【治癒魔法】が使えるからといって、限度があるわ。そもそも、魔法って万能じゃないし。古傷は直せないからね。
それでも、魔法を極限まで使っていたから、自然と魔力量はアップしていたわ。
身体が慣れ始めた頃から、私は街に出て、少しずつだけど準備を始めたの。子供だから、出来る事なんて殆ど何もなかった。だだ、捕まらないように、隠れる場所を探すしか出来なかった。でもそれが、私の心を護っていたの。
でもね、ユニと出会ってから、一気に事が進みだした。出来ることが増えたの。
逃亡資金は、セレナの宝石を換金した。
あの子、物に執着してないからね。クレクレさんだけど、飽きるのがとっても早いの。取り上げたり、手に入れるまでが楽しいみたい。ほんと、屑よね。だから半年もすれば、買った事さえ忘れてるわ。それにね、似た物が沢山あるから、持ち出すなんて超簡単なの。
そもそも、私に使われる筈だったお金を横領して買った物だもの、別に罪にはならないよね。それに、今までされた事の慰謝料だと考えたら、破格よね。
持ち出した宝石の換金は、ユニに頼んだ。
さすがに、子供が換金なんて出来ないからね。最悪、盗んだと言われて牢屋に放り込まれるか、屋敷に連れ戻されて拷問死するか……どっちにせよ、私にとって最悪しかない。
今回もそう。
もし、「行きたくない」と言えば、今まで以上の激しい折檻が待っている。その後、身売りされるまで、監禁されるに決まっているわ。
そして、変態キモ男の所に連れて行かれたら、別の意味の地獄が更に待っている。
今こうして、街に出て来る事も出来なかったわね。
最終的に、私が壊れるだけの未来しかない――
(そうと分かっていて、自分からそんな所に飛び込む馬鹿はいないわ)
「やっと、決めたのか?」
いつもなら急いで戻る時間になっても戻らない私を見て、ユニは呆れながらも嬉しそうに訊いてくる。
「資金的には、もう少しって考えてたけど、そうも言ってられなくなったわ。セレナの学費のために、ザイザル商会に売られる事が決定したからね。いい機会だから、全部捨てるわ」
名前も過去も――
何もかも全部捨てる。
「ザイザル商会? あの、幼女趣味の変態男にか!?」
慌てた様子のユニに、私は苦笑しながら答えた。
「そ、やっぱり、幼女趣味なのね。噂には聞いていたけど」
セレナや侍女に用事を押し付けられて、街に出る事が度々あった。その時に知り合ったのがユニだ。ユニと一緒に行動していたら、色んな噂を耳にする事が出来た。ザイザル商会もそう。おかげで、平民の生活を学習する事も出来たの。
ユニは私より六歳年上で、過去も職業も知らないけど、信用だけは出来た。というより、彼しか、私に声を掛けてくれる人がいなかったの。心配してくれて、怒ってくれて、優しい言葉と声を掛けてくれる人は、ユニしかいなかった。
だからユニになら、騙されても構わない。そう思って、私は彼に全てを任せてお願いしたの。
今も、顔を真っ赤にして物凄く怒ってくれてる。悲しんでくれてる。
この世界で、ユニしか私を知る人間はいない。
「それで、いつ抜け出す?」
ワクワクしながら、歌うようにユニが訊いてきた。
「いつでもいいよ。何なら、今からでも」
私も弾んだ声で答える。
私が持って行く荷物なんて何一つない。全て、セレナに取られてしまった。
家族の愛情も、物も、居場所も、尊厳も――
(だからね、今回はあげるわ。私の婚約者を。喜んで受け取ってくれるよね。私の物に異様な執着を見せる、セレナなら)
相手が幼女趣味の変態キモ男だと知って、嫌だと駄々をこねるなら、いつもと同じように、あの毒親に頼めばいい。どっちにせよ、学園には通えないよね。
「そうか!! なら、今から隣国に向かうか!?」
ユニが私に手を伸ばす。私は躊躇うことなく、その手を取った。
「いいね!! 行こっ!!」
「いつでも出発出来るよう、準備は済んでる」
「さすが、ユニ」
笑顔を忘れてしまった私でも、笑えてるかな。少し心配。
(ユニ、ここから、私の新しい人生が始まるの。貴方が一緒にいてくれて、私は心から幸せだよ。ありがとう、ユニ)




