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では、最後に一度だけチャンスをあげますね  作者: 井藤 美樹


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12/13

簡単な質問ですよ



「では、貴方たちに問います」


 一旦、そこで言葉を区切ると、屑兄達の息を飲む音が聞こえた。それ程、周囲は静まり返っていた。皆、私の言葉を待っている。


(私は、この屑兄達に何か期待しているの? いや、違う。期待じゃない。これは確認。現実を再確認するために必要な事なの。そう……完全な決別のために)


 私はゆっくりと口を開いた。


 そして、質問する。


「……私の名前を答えて下さい」


 質問の内容に、周囲は呆気にとられている。そして次々に、「簡単過ぎるだろ」という声が周囲から上がった。


(家族なら、知り合いなら、何も考えずに答える事が出来る質問。他者からみたら、サービス問題もいい所だよね)


 でも、私には何故か確信があった。


 屑兄達は答えられないと――


 だって、一度として、屑兄達に名前を呼ばれた記憶がないからね。毒親や双子の妹でさえ、呼ばれた記憶はない。「おい」「お前」「それ」「これ」が私の呼び名だった。主人家族全員がそうなのだから、当然、屋敷に仕える者達もそうなるよね。


 それに、未成年という配慮から、新聞でも私の名前は記載されていない。そこから知ることも不可能。ましてや、私はセリナのようにお茶会に出席した事もない。徹底的に隠されていたからね。他の貴族が、私に意識を向けることなど当然なかった。


(やっぱりね、すぐには答えられない)


 屑兄達は真っ青になりながらも、必死で私の名前を思い出そうとしているみたいね。


(その時点で、完全アウトなのに)


 沈黙が続く。それに比例するかのように、屑兄達と私以外の人達の反応が段々冷めていく。呆れを通り越して、侮蔑や蔑みの色合いが段々と濃くなってきた。もう、生ゴミを見るような目だ。


 その変化に、屑兄達は一切気付かない。今も必死で、思い出そうとしている。


「……答えられないのですか? 普通なら、即答出来る問題ですよ」


 私の声も低く冷え冷えとしたものだった。


(再確認の時間は十分ね)


「「…………」」


 屑兄達は口を開かない。自信がないのか、完全に忘れたのか、今はどっちでも構わない。


「貴方たちは、私を血の繋がった家族だから助けて欲しいと願った。なら、何故答えられないのです。即答出来る問題ですよ」


 私の台詞に、尚も屑兄達は、悔しそうな目で私を睨み付けるだけで答えない。


 そんな態度の屑兄達に、周囲は「信じられねー」などの野次(やじ)を飛ばす。私達が彼らの傍にいなかったら、他の屑達と同じように、石や生ゴミが飛んできたに違いない。


 そこまでになって、屑兄達は周囲の視線にやっと気付く。


 直接浴びる負の感情――


 学園とは明らかに比べられない程の、濃さと重み、そして悪意でしょうね。


 それは時に、体温をも奪う。


 冬の凍える寒さより、身体の芯を冷やすの。普通の暖では身体は暖まらない。


 屑兄達は、今それを体感していた。


 真っ青になり、小刻みに震え出す。人の記憶から、私が消えない限り、それは永遠に続くのよ。


(想像出来たのね、自分達の未来が)


「……これで、はっきりしましたね。私は貴方がたにとって、家族でも知り合いでもないって事が。私はただの、名前を持たない奴隷に過ぎなかった。本当に惨めですね。奴隷に土下座し、頼み込んでいるのだから」


 私はそう吐き捨てると、屑兄から視線をはずした。もう、視線を合わせる必要はない。改めて、馬車に乗ろうとしたら、また屑兄が声を荒げ叫ぶ。


「本当に、俺達家族を見捨てるのか!!」


 ここまで来ても、屑兄(二)は私を批判する。私は足を止め、屑兄(二)を凍える目で見下ろす。


「家族? 自分の都合に合わせて、免罪符のように使ってくるけど、それ、意味がない事にまだ気付かないの。私達は家族じゃない。家族である事を捨てたのは貴方達。その関係を切ったのも貴方達……ねぇ、気付いてる。貴方達、私に一度も謝罪していないよね、それが答えよ」


(何処までいっても、私は屑兄達にとって、都合のいい存在でしかなかった)


 つまり、そういう事なのだと、改めて実感したよ。


「……お前は、俺達の名前を知っているのか?」


 最後の足掻きのように、屑兄(一)が訊いてきた。私は屑兄達に向き合い即答する。


「アクセル・エレナール、ロッド・エレナール。今生では、もう会う事はないでしょう。正直、会いたくもありませんし、勿論、来世でもです。では、御機嫌よう。精々、血反吐を吐きながら惨めな一生をお過ごし下さい。この世は因果応報、自分達がしてきた事は、いずれ己の身に返ってくる事をお忘れなく」


 笑顔でそう言ってやりたかったけど、表情筋が死んでる私には無理だった。ほんと、残念。


 項垂れ崩れ落ちる屑兄達を、最後に私は一瞥した。


 それから、アルお兄様に視線を向け、小さく頷く。アルお兄様も頷き返してくれた。そして私は、ユニにエスコートされ、今度は邪魔されずに馬車に乗った。




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