第6話 あの人があの人だってぇ?!
得体のしれない若い女子の登場に、王子の部屋にいた者たちの視線が一斉に彼女に集まった。太陽の光を浴びてキラキラする金髪。エメラルドみたいに美しい瞳と雪のような白い顔。誰でも一目惚れさせるほどの美貌の女だった。
「ミジャリ! いつきたんだ」
「さっききたばかりなんだ。それよりーー」
彼女は一歩ずつ決して速くないスピードで部屋の中に歩いてきた。
「ーーこの人たちは誰? なんかメイド服を着てるね」
彼女は不思議そうにミリネとミアをキョロキョロと見た。
「彼女らは今日からこの屋敷のメイドになった人だ」
「へぇ、そうなんだ」
彼女はうむうむとわずかに頷きながらミリネとミアを穴が空くほど見つめた。それからにっこり微笑んで手を差し出した。
「私はミジャリです。よろしくお願いします」
ミジャリは彼女らに握手を求めた。
「ミアと言います」
ミアは彼女の手を握って握手を交わした。続いて、ミジャリはミリネにも手を差し出して握手を求めた。しかし、ミリネはミジャリの顔をじっと見つめるだけで、彼女の手を握らなかった。
こいつがモルスが言ったやつか。
馬車に乗る前、モルスに言われた言葉がミリネの脳裏に浮かんだ。
『ミリネさん出発する前に話しておきたいことがあります』
『なに。早く話せ』
『最近入手した情報なんですが、王子のそばに一人の女性がいるらしいです』
『だからなに」
『どうやらあの人が怪しいです。別荘の近所の村人にあの女性について聞いてもわからないと言うだけで、別荘から出たこともないらしいです』
『それの何が怪しいんだ。まさに夢みたいな暮らしやろ』
一生家に引きこもってゴロゴロすることを夢見るミリネにとってあの女性は理想の人生を生きているのだった。
『世の中の人々がみんなあなたみたいなわけじゃありません。とにかく僕はあの女がこの事態の原因だと思ってます』
『その根拠は?』
『呪いは近くにいればいるほどかけやすいからです』
『ただそれだけ?』
『注意して損はありませんから。まあ判断はミリネさんのものです。実際会って判断してください』
『そんなこと言わなくても自分で判断するから、お前は支援金をたっぷり用意しときな』
そう言ってミリネは馬車に身を乗せた。
そして現在。実際にモルスが言ってたあの女がすぐ目の前にいた。ミリネは少し目を細めてミジャリを見た。
こいつにも何も感じられない。・・・けど、なんか可笑しい。
ミリネは眉を上げた。
なんの魔力も感じ取れない。
人間なら誰であろうと魔力を持って生まれる。その量は千差万別だけど、どんな人でも魔力を有している。しかし今、彼女からは何の魔力も感じられなかった。いくら魔録が少ない人でもミリネのレーダーを避けることはできない。なのに彼女からはほんの少しの魔力も感じられなかった。
まさか魔力を持たない人か。・・・いや、それは違うやろう。
たまに生まれつき魔力を持たない人はいるけど、その可能性は低かった。十億分の一くらいの確率だったので、その可能性は排すのが穏当だった。
じゃあこいつ一体何者なんだ。
確かにモルスの言った通り怪しかった。ミリネはさらに注意深くミジャリを観察した。
あとなんかどこか見覚えがあるような顔だけど。
どこで見たのかいつ見たのかさっぱりわからないけど、なぜか見覚えのある目つきだった。
「あの私顔に何かついてるんですか? さっきからそんなにじっと見つめて」
「・・・え、あ、そんなんじゃなくて」
ミジャリの声に、ミリネは慌てて目を逸らした。ミジャリはニコッと微笑んで再び手を差し出して握手を求めた。ミリネは彼女の手を握って握手をした。
「あなたの名前はなんですか」
「ミリネ。ミリネ・レイスン」
「綺麗な名前ですね」
ミジャリは突然ミリネの手を両手を握った。ミリネは戸惑って反射的に手を離そうとしたけど、ミジャリは手をぎゅっと握って離してくれなかった。
「実はこの屋敷に女は私一人しかいなくてちょっと寂しかったんです。だから、あなたたちがきてくれて嬉しいです。これからよろしくお願いします!」
ミジャリは目をキラキラさせながら顔を近つけた。息が触れそうな距離に、ミリネはそっと顔を背けた。
「わかった。わかったからちょっと離れて」
ミリネはなんとなくミジャリを振り払った。ヒシルの視線が痛かったけど、必死に無視した。ミジャリはメイドに拒否されたのに、何がそんなに楽しいのかニコニコと微笑んでいた。この混乱の中、ロギアはコホンと咳払いをして注目を集まった。
「とにかくミリネさんとミアさんはこれからメイドとしてせいぜい頑張ってください」
ロギアの言葉に、ミリネとミアは同時に頷いた。
「では挨拶はここまでにして、ヒシル二人に部屋を案内してくれ。あと今日は疲れが取れるように休ませてあげなさい」
「それって今日は休みということですか。でも一日でも早く仕事に慣れなければなりません。特に飲み込みが遅いメイドが一人いるようで」
ヒシルは言いながらチラッと横目でミリネを見た。
あのジジ、今私を見たやね?
ミリネはカッとした。けど、ここではひとまず黙ることにした。
「ゆっくりでいいだろ。仕事は明日からやらせな」
「かしこまりました」
ヒシルはロギアに頭を下げて言った。そしてヒシルは頭を上げてミリネたちの方に顔を向けた。
「では行きましょうか。お二人さん」
ヒシルは微笑んで言っていたけど、おでこに血管が浮き出てるのが見えた。今彼が無理に微笑んでいるのは誰が見てもわかった。
「こちらへ」
そう言ってヒシルは王子の部屋を出た。ミリネとミアも彼の後に続いて部屋を出た。ロギアは穏やかな笑みを浮かべ、彼女らが部屋を出るのを見守った。横でその顔を見ていたミジャリは腰に手を当てて言った。
「あんたなにしてんだ。なんでそんなに穏やかな笑顔であの子たちを見てんの。まさか浮気してるんじゃないよね? 私の前で」
ミジャリは拗ねたように頬を膨らませた。ただでさえ可愛い人が頬まで膨らませると、さらに可愛さが増して見えた。ロギアはそんなミジャリを見て思わず口角が吊り上がった。
「そんなわけないってあんたが最もわかってるだろ。俺には君しかない。ミジャリ」
ロギアはミジャリをぎゅっと抱きしめた。ミジャリは口に溜めた空気を吐きロギアの腰に両手を回した。
「・・・ごめんね。ロギア」
ミジャリはロギアに聞こえないほど小さくつぶやいた。彼女の呟きはロギアの耳に届かずに、彼の胸に静かに埋まられ消えてしまった。
******
ミリネたちが屋敷に着いてから数時間後。夜になり外は真っ暗になった。ミリネとミアは王子側から用意してくれた部屋のベッドに横になっていた。
この部屋うちよりいいやん
ミリネはベッドの上でゴロゴロしながらそう思った。王子側から用意してくれた部屋は思ったより広くて安らかだった。まずミリネの家より少し広かったし、ベッドも家のものより高級品なのでふかふかで気持ちよくてお持ち帰りしたいくらいだった。
明日ずっとここでゴロゴロしたいな。
しかし、明日からはメイドとして正式に働き始めるため、ミリネの願い叶えられないものだった。
それより、あのミジャリ?って女。一体どこで会ったっけ。
ゴロゴロ寝転がっていたミリネは、仰向けになり目を閉じて記憶を辿ってみた。しかしいくら考えてみても思い出すことはなかった。
ミアなら何か覚えてるかも。
と思ったミリネはミアのベッドに顔を向けた。
「ミア今日午後に会ったミジャリって女、私たちどっかで会ったこと会ったっけ。なんかどっかで会ったような気がするんやけど」
「会ったっていうか見たことはあるんです。遠くからなら」
ミリネの問いに、寝ようとしたミアは目を瞑ったまま答えた。
「いつ?」
「三年前です。三年前、この国の祭りに来た際です」
「祭りで?」
「はい。祭りで踊った人です。お師匠が気に入ってた」
「そっか、あの踊り子だったか。・・・えええぇ?! あの人があの人だって!?」
びっくりしたミリネはパッと起き上がって大声を上げた。ミアは顔を顰めて背を向けて寝た。それでもミリネは諦めずに問い尽くした。
「本当にあの人があの人なの?」
「本当ですよ。それとも私の記憶力を疑うんですか」
「いいや、そういうわけじゃなくて」
ミリネは手を振りながら否定した。ミアの記憶力は半端なかった。ミリネ自分も頭良くて記憶力にはなかなか自信あったが、ミアはそんなミリネより遥かに記憶力がよかった。頭の回転も速いし、一度見たことは大体覚えていた。
「あと、あの王子も祭りで見たことあるんです」
「あの王子も? 」
「演説した人です。踊りの次の順番でしたけど、覚えていないんですか」
「えぇ、そうなんだ。全然覚えてない」
あの祭りについては、ミリネは踊りしか覚えてなかった。踊りが強烈だったので、演説とか他のことは全然記憶に残らなかった。
「あと、私はもう寝るつもりなんで、これ以上話しかけないでください」
「う、うん。わかった。おやすみ」
「おやすみなさい」
そう言ってミアはすぐ眠りについた。ミリネは邪魔にならないように静かに仰向けになった。
三年前、踊った人がミジャリだと?
別にミアの記憶力を疑うわけではないけど、正直に言って信じ難かった。
あの女、一体何者なんや。
三年前は踊り子。今は王子に呪いをかけた有力な容疑者。ミリネはあの女のことがますますわからなくなってきた。




