第5話 マジでやってらんねぇ
屋敷の内部は思った以上に豪華で華やかだった。まだ部屋に入って中を目にしたわけではないけど、廊下だけでも眩しいほど豪華だった。
規則的なパターンを持つ大理石の床は毎日掃除をするのか埃一つなく綺麗だった。大きな窓からは太陽光が差し込んだし、天井のクリスタルシャンデリアは光を乱反射させてキラキラ輝いた。
「こちらです」
ヒシルはある部屋の前に立ち止まった。ミリネとミアも彼に続いて立ち止まった。
ここが王子の部屋。
ミリネは部屋の方に顔を向けた。王子の部屋にしては、他の部屋のドアに比べて小さくて見窄らしかった。本当に王子の部屋なのか疑問に思うほどだった。
「お入りください」
ヒシルはドアを開けてくれた。ミリネとミアは彼の言うことに従って中に入った。部屋の中を見たミリネは首を傾げた。
ここが王子の部屋だって?!
王子の部屋というには狭かった。山の奥にある自分の小家より少し広い程度だった。しかもベッドやソファなどの家具もないし、その代わりに服がいっぱいあった。今ヒシルが着ている執事服とメイド服に見えた。
どう見ても王子の部屋には見えないが。どこだ、ここは。
そう疑問に思ったのはミリネだけではなかった。傍らに立ったミアもきょとんとした顔をしていた。ヒシルはそんな彼女たちに何の説明もなく、服のところに歩いていった。彼は服の前に立って数分間悩み、やがて二着の服を取り出した。
「これにお着替えください」
ヒシルはミリネとミアに服を差し出した。ミリネとミアは同時に服を手に取ってじっと見下ろした。今彼女たちが着ているメイド服と同じ服だった。ミリネとミアはさらにわけがわからなくなった。服をじっと見ていたミアは屋敷に着いてから初めて口を開いた。
「この服はなんですか」
それはミリネも言いたいことだった。すでにメイド服を着ているのになんで新しいメイド服を差し出すのか、理解できなかった。
「まさか、あんな下品な服装で王子様にお目にかかるつもりじゃありませんな? あんな安物の服で王子様の前に出られるなど、私には到底容認できません。ですから早くこの服にお着替えください」
はあ?! 下品?! 安物の服だって!?
それだけは聞き捨てならなかった。相手が誰であろうと初対面にあんなこと言うのは流石に失礼だった。
もちろん、この服の生地は安物かもしれない。ミリネは服とか生地に関してはあまり詳しくないから。それに、サリエラ家が安物の服を使うとも思えなかった。万が一これが安物だとしてもあんな風に言うのは流石に礼儀に外れた言行だった。そして、これはミリネをムカつかせるには十分だった。
もう限界。一言言わなきゃ。
ミリネは顔をパッと顔を上げヒシルを睨みつけた。口を開いて一言を言おうとした瞬間、モルスに念を押されたことが頭に浮かんできた。
『ミリネさんもしイラッとすることがあっても、ぜひ我慢してください』
『え、なんで』
『メイドですから。主人に怒るメイドなどこの世にいません。何を言われてもただ「はい、わかりました」と答えてください』
『ふむ、まあ気が進んだら』
モルスとのやり取りが思い出したミリネはぐっと堪え口を閉じた。あの時はああ答えたけど、ミリネ自分も勝手なこと言ってはいけないことはよくわかっていた。今は七賢人の怠惰の魔女ではなく王子のメイドなんだから、勝手なことは禁物だった。
ミリネは深く息を吐いた。
半強制・・・いや、完全に強制的だったけど、やるって言ったから真面目にやろ。・・・私の支援金のためにも。
やっと気を取り直したミリネはぎゅっと目を瞑り口角を上げて無理矢理微笑んで見せた。
「は、はい、わかりました」
ミリネの声がブルブル震えた。無理矢理微笑んだせいで、口元の筋肉が痙攣を起こした。これだけはどうしても堪えられなかった。
「では私は外で待ってます」
幸いヒシルはそれに気づかなかったのか、特に何も言わずに部屋を出た。ドアが閉まると同時に、ミリネは手に持っていた服を床に投げつけた。
「うああ! マジでやってらんねぇ!」
ミリネは大声を上げた。外に聞こえるかもしれないけど、今の彼女にそんなのどうでも良かった。
「なんだよ、あの言い方。マジでムカつく!」
ミリネは閉まったドアに向かって手を振り上げながら大声を上げた。
「落ち着いてください、お師匠」
思い切り怒りを発散しているミリネの耳にミアの静かな声が聞こえてきた。ミリネはミアに顔を向けた。
「もう少し我慢してください。さっきはよく堪えたんじゃないですか」
「いや、でもあいつが」
「あと、この服意外と動きやすいです。着方も簡単ですし」
「そう、なの?」
いつの間にか新しいメイド服に着替えたミアは、腕をブンブン回して見せた。確かにサイレラ家のよりは動きが滑らかに見えた。ミリネはさっき投げつけた服をチラッと目を向けた。今着ている服とあまり変わらないように見えた。
ミリネは半信半疑で服を手に取った。なんか生地の質感が今着てる服と違った。柔らかいというか軽いというか。とにかく着てみる前にはわからないものだからミリネはゆっくり着替え始めた。しばらくして着替え終わったミリネは目を丸くした。
「何これ。すごく動きやすい」
ミリネは腕を動かしてみたり体を回してみたり動かしてみた。
あの服下品で安物やん。
この服を着てみると、ヒシルの言ったことが理解できた。サリエラ家のメイド服とは全く違う感じだった。比べ物にならないくらい動きやすいし、なんか軽い気もした。
モルスのやつ、まさかわざと安物を。
その可能性は低いと思うけれど、そう感じてしまうくらい、この服は着心地が良かった。
ちょっと? どうせここの服に着替えるなら、私は一体なんのために前もってメイド服を着てたんだ。
初対面で好印象を与えるためのメイド服だったのに、好印象を与えるどころか悪口を言われた。こんなことになるなら、楽な服を着て来れば良かったと後悔するミリネだった。
「着替え終わりましたか」
トントンとノックの音と共にヒシルの声が部屋の中に聞こえてきた。
「はい」
ミアはドアに向かって答えた。そしてドアを開けて部屋を出た。間を置かず、ミリネも部屋から出た。外で待っていたヒシルは彼女たちをざっと見た。
「さっきよりはマシですね。では王子様にお目にかかりに行きます」
今回もヒシルは先頭に立って歩き出した。ミリネとミアは彼の後について歩いた。しばらくしてヒシルはある部屋の前に立ち止まった。
「ここです」
ヒシルの声にミリネはドアの方に顔を向けた。王子の部屋にしては他の部屋とあまり変わらない地味なドアだった。さっき行ってた部屋のドアよりは派手でおしゃれだったけど、他の部屋のドアも全部おしゃれだったので、特別なことがないというかあまり目立たなかった。
「では入りましょう」
ヒシルは地味なドアに手を伸ばしてドアを開けた。ミリネとミアはヒシルの後に続いて部屋の中に入った。
部屋には一人の男子がソファに座って本を読んでいた。誰かが入る気配に、彼は本から視線を外してヒシルを見た。金髪で碧眼の男子だった。そして太陽に当たったことのないような真っ白な肌は、むしろ白すぎて病弱にさえ見えた。
「ヒシル? この時間に何の用なんだ」
「前にお話しした新しいメイドさんが来ました」
ヒシルはミリネとミアを手で示しながら言った。彼はミリネたちに目を向けた。彼は何も言わずに彼女たちをじっと見つめた。数秒間気まずい静寂は流れた。
なんだろう。なんであいつはこっちをじっと見つめてるんだ。
とミリネは思って何か言おうと思った瞬間、突然彼はソファから立ち上がった。
「これはこれは。すまないね。ヒシルにメイドを雇うとは聞いたけど、まさかこんなに若いメイドたちが来るとは思わなくて少し驚いたんだ。俺の無礼を許したまえ」
彼は軽く頭を下げて謝った。ヒシルは彼がメイドに頭を下げることが気に入らないのか眉間に皺が寄せていた。しばらく後、彼は顔を上げて胸に片手を当てた。
「俺はクレノス王国の王子ロギア・ライストという」
彼は自分をクレノス王国の王子だと紹介した。これにミリネと表情の変化が乏しいミアの目が少し大きくなった。
「それでそなたたちの名前を知りたいんだけど。教えてくれないか」
「私はミアです」
「ミア・・・ミア、覚えた。そなたは?」
ロギアはミリネに目を向けた。しかしミリネは黙ったまま、じっとロギアを見つめるだけだった。
あの人がクレノス王国の王子。
この任務で最も重要な人が目の前にいた。
特に魔力は感じないけど。
実はこの屋敷に着いてからずっと魔力を感知しようと神経を尖らせていた。しかし屋敷の辺りも屋敷に入っても特にこれというものは見つけられなかった。それで王子に会えば何かわかると思ったんだけど
何も感じられない。
ミリネはさらに神経を尖らせて魔力を感知してみたが、結果は同じだった。
予想はしていたが、これは相当厄介なことになりそう。
王子に直接かかっている呪いなら、さほど難しくなく解ける。普通の魔術師なら難しいかもしれないけど、七賢人の怠惰の魔女のミリネには簡単なことだった。呪いの種類さえわかればすぐに解けた。しかし、問題は王子には呪いにかけられた魔力の痕跡や呪いの気配が全くないということであった。
部屋にも特に怪しいものはなさそうだけど。
ミリネは部屋の中をキョロキョロと見回した。王子の部屋にしてはかなり地味な部屋だった。部屋自体はおしゃれだったが、華やかな装飾も宝石もなかった。家具は高価なものだったけど、最低限の生活に必要な家具しかない質素な部屋だった。
もし呪いの主体になるものがあるのではないか、と少し期待したミリネはがっかりした。呪いの主体として人形や宝石、装飾品を多用するけど、王子の部屋にはそういうのが一切なかった。
これじゃ何も見つからないのに。
ミリネはため息をついた。だってそれが意味するのは一からやらなけらばならないということだったからだ。これからのことを考えると頭がギューっと締め付けられるような痛みさえ感じた。
「そなた大丈夫か」
そんな中、突然ロギア王子の声がミリネの耳に流れてきた。ミリネはきょとんとした顔でキョロキョロした。部屋にいる皆がミリネを見つめていた。ミリネは戸惑って自分を指さしながら聞き返した。
「ん? 私?」
「・・・そう、そなた。さっきから暗い顔をしてるが、大丈夫か」
「特に悪いところはないんだけど」
ミリネは「なんでそんなこと聞くんだ」という顔をして答えた。
「なら名前を教えてくれないか」
「ミリネ。ミリネ・レイスンだけど」
ミリネはきょとんとした顔で名前を言った。堂々としたミリネの様子に、ロギアは苦笑いを浮かべていた。ミアとヒシルも呆然と見つめていた。特にヒシルは睨みを利かせていた。
え、なんであんな目で。私なんかミスでもしたっけ。
ミリネはふむと息を漏らしながら考えてみた。が、これといった見当がつかなかった。
「この間抜けたメイドめっ! ご主人様に敬語も使えないんか!」
結局怒りが爆発したヒシルが怒鳴り声を上げた。彼の怒鳴り声は部屋中に響き渡ってミアとロギアの鼓膜を打った。しかし、いざヒシルを怒らせた出させた犯人であるミリネはむしろ平然としていた。
なんだ、たかがそんな理由で怒ってるのか。あ、私メイドになったから敬語を使うべきだった?
ミリネは基本相手が誰であろうとダメ語を使うせいで敬語に慣れていなかった。そのため、思わずに普段の口癖が出てしまった。
「まあまあ、ヒシル落ち着いて」
ロギアがヒシルの肩に手を置いて言った。
「別にいいじゃないか。敬語じゃなくても」
「でも王子様」
ロギアはヒシルの言葉を聞かず、ミリネに顔を向けた。ロギアは微笑んで言った。
「そなた名前がミリネだと言ったね? 俺は気にしないから、ダメ口でもいいんだ」
「そう? ならお言葉に甘えて」
ミリネは遠慮なくロギアの言葉を真っ直ぐに受け取った。すると、横から痛い視線が感じられた。ヒシルが眉間に皺を寄せてミリネを睨みつけていた。
別にいいやろ。王子自身が許してから。
そう言うようにミリネは肩をすくめた。そして、ヒシルの視線を無視してそっと顔を背けた。そんな中、ロギアはコホンと咳払いをして注目を引いた。
「ともかく今日から二人はこの屋敷のメイドになったから、どうかせいぜい頑張ってくれ」
「あら」
ロギアが言ってる途中、突然背中から透き通った声が聞こえてきた。
「あら、なんか騒がしいと思ってきてみたら、お客様が来てたんだね」
突然の声にミリネとミアは同時に振り向いた。そこには一人の女子がドアの外に前に立っていた。




