第3話 私のこと嫌いでしょ
「はあ?! メイドォ? お前何言ってんだ」
モルスの言葉を聞いたミリネは呆れ顔になった。いきなりメイドになれなんて、突然すぎて頭が追いつかなかった。
「まさかお前んちのメイドになれって話? それは国王陛下の命令でもやだ」
「まさか、あれは僕も結構です。あなたをメイトに雇うなんて、それ以上のお金の無駄遣いはありませんから」
「お前それどういう意味だ」
ミリネはモルスを睨みつけた。モルスは微笑むだけで一言の言い訳もなかった。実は敢えて言う必要はなかった。だってミリネ自身も自分みたいな人を雇うのは遠慮だったから。怠惰で何もかも面倒くさがる人を雇うのは、お金を捨てるのと同じだから。
ミリネは深く息を吐き言葉を継いだ。
「で、メイドになれってどゆ意味なんだ」
「言葉通りです。ミリネさんとミアさんにはクレノス王国の王子様のメイドになっていただきたいです」
「クレノス王国?」
ミリネは首を傾げて聞き返した。どこかで聞いたことがある王国だった。
「知りませんか。隣国なんですけど、二十年前、我が王国と同盟国の」
二十年前の世界についてはミリネが生まれる前の世界なのでよくわからなかった。けど、聞いた話によると国同士の戦争が頻繁に起きたらしい。どうやらあの時の同盟国の国名みたいだったけど、ミリネは初耳の国だった。
「お師匠クレノス王国のこと知ってます。前あの国の踊りが気に入ったって言いました」
「踊りぃ・・・あ、思い出した」
ミリネはミアの言葉を聞いてようやく思い出した。
三年前、ミアと一緒にクレノス王国の祭りに行ったことがあった。そもそもミアの気分転換のために行ったので、あまり期待はしなかった。しかし踊り子の舞台が始まった途端、つい目を奪われちゃった覚えがあった。
その記憶が浮かぶと同時に一つ疑問が湧いた。
なんで国王は私をクレノス王国の王子のメイドにさせようとするんだ。
自分の口で言うのもなんだが、七賢人ってこのランディル王国の貴重な人材であろ。なのに他国のメイドさせるなんて、ミリネは国王の命令が到底理解できなかった。そんな彼女の疑問に気づいたのか、ちょうどモルスが説明を続けた。
「クレノス王国の王様がお亡くなりになったことはご存知ですよね?」
「そりゃもちろん、知らねえ」
「・・・はい? し、知らないんですか?」
モルスは相当戸惑った様子だった。
「さ、三年前にお亡くなりになりましたけど」
「へぇ、そうなんだ。全然知らなかったや。そんなことまで気にする余裕ないや」
「そう、ですか。ともかく、クレノス王国の王様が亡くなる前に内密に頼みました。息子を助けてほしいと」
「王の息子って王子ってことだよね?」
「はい」
モルスは軽く頷きながら答えた。
「二十年前、一緒に戦った戦友の遺言を無視するわけにはいかなかったので、国王陛下は捜査を命じました」
「三年前から?」
「はい。そして捜査の結果、王子は今都から離れた王家専の別荘に住んでいるらしいです」
「え、王子が王にならなかった?」
「はい」
「どうして。王位継承権が低かった?」
「いいえ、これのす王国の王位継承権を持つ人はあの王子だけです」
「じゃ一体どうしてあの王子は王にならなかったんだ」
指導者がいないと、国に混乱を引き起こすから普通先代の王が亡くなると、王位継承権を持つ者が早いうちにその後を継ぐものだった。
「それが、呪いにかけられたらしいです」
「呪い? 王子が? どんな呪いに?」
「お恥ずかしいですが、そこまではまだ。王子に会えば分かるかもしれませんけど、まだ接触できなくて」
「使えねぇね」
ミリネはチッと舌打ちをした。モルスは面目なさそうに苦笑いしながら後頭部を掻いた。
「言い訳みたいに聞こえるかもしれませんけど、何度も面会の申し込みを行いましたが、会っていただけませんでした」
「それは怪しいね」
特に理由もなく他国からの面会を断り続けるのは、すなわちその国との関係を断つという意味だった。そうなると、戦争とか国に大変なことになっても助けを呼べない。しかも、七賢人という人材を持つランディル王国から背を向けるのは、あまり賢明でない行為だった。
「あの王子相当なバカやね」
「そうかもしれませんが、僕の考えは少し違います。ただの憶測かもしれませんが、代理が怪しいと思いますけど」
「代理なら王の? どうして」
ミリネの問いに、モルスはふむと息を漏らした。しばらく顎に手を当てて何かを考え込んだ後、モルスは口を開いた。
「いいえ、なんでもありません。ただの憶測に過ぎないので、今のは忘れてください」
モルスはおもむろに顔を振りながら言った。ミリネはおもむろに顔を振った。ミリネは少し気になったが、話が長くなりそうだったので敢えて聞かないことにした。そして横で彼らの話をじっと聞いていたミアが声を張り上げずに言った。
「で、私とお師匠がメイドになるのはあの王子にかかった呪いを解くためですか」
「やはりミアさんは話が早いですね」
「それでは一つだけ聞きますけど、どうしてメイドですか」
「メイドなら最も近くで王子に会えますし、ちょうど王子のメイドを募集中なんですから」
「確かに、それはそうですね」
モルスの言葉に、ミアは納得した様子だった。ミリネは相変わらず嫌な顔をしていたが、モルスは気にも留めずに言葉を継いだ。
「そういうわけでお二人さんにはメイドになってクレノス王国の王子を助けなさい。これが国王陛下のご命令でございます」
「・・・・・・・・・」
ミリネは沈黙した。ミリネらしくなく「やだ」とか「断る」みたいな反論もなかった。
「あの、ミリネさん? 何かご返事を」
「一つ聞きたいことがある」
ミリネは指を立てて言った。
「なんですか」
「なんで私なの」
ミリネは目を剥いて静かに声を放った。
「なんかおかしいやね。国の貴重な七賢人にメイドなんかやらせるなんて。そもそも王子に近寄るためなら、誰でも良いじゃん。敢えて七賢人じゃなくても」
「魔法に関わる問題であるため、魔法に長けた人を送る方が良いと判断しました。だから七賢人を」
「なら他の七賢人にやらせろ。なんで私なんだ」
ミリネの声は少しイラ立っていた。自分以外にも七賢人はいるのに、なんで自分にメイドなんかをやらせるのか、どうしても理解できなかった。そしてその感情の矢はモルスに向けられた。睨みに近いミリネの眼差しにに、モルスはけけていたメガネを外し深いため息をついた。
「ミリネさん。七賢人の中でちゃんとメイド役を務まる人がいると思いますか」
「そ、それは」
ミリネはすぐに言い返せなかった。自ら考えても、七賢人の中でメイドをこなせる人はイアなかった。よく言えばそれぞれ個性が強い。悪く言えば自分以外の七賢人は全員狂っているとミリネは思っていた。もしあいつらにメイドになれって任せたら、一日も経たずに計画が失敗するはずだった。
「僕だってミリネさんに任せるのがすごく不安です。できれば他の人に任せたかったんです。でも仕方ありませんでした。ミリネさんがまだマシですから。最悪の選択肢の中から次悪を選ばざるを得なかったんです」
「めちゃ失礼なことを平気で言うね、お前。・・・いや、ちょっと待って。そんなに私たちが頼りにならないのなら、あんたがやればいいじゃん」
「残念ですけど、現在執事は募集してませんので」
ミリネは呆気に取られた顔をした。普段だったら怒るが、モルスの顔が本当にしどそうだったので少し不憫に見えた。
しばらくして頭を抱えていたモルスは食卓に置いたメガネをかけながら言葉を継いだ。
「そういうわけでミリネさんとミアさんにはメイドになっていただきたいんです」
「私は良いですよ」
「ありがとうございます、ミアさん」
「私はやだ」
「流石にミリネさん。ありがと・・・はいぃッ!?」
予想とは違うミリネの返事にモルスは目を見開いてつい大声を上げてしまった。しかしそうしようがしないが、ミリネは平然とした態度を保っていた。ひどく当惑したモルスは言葉までどもった。
「ど、どど、どうしてですか。国王陛下のご、ごご命令ですよ!?」
「それでもやだ。私は超ぅ忙しいんだから。最悪を選べ」
さっきモルスの話によると、どうやら国王は特にミリネを指名して命令したわけではなさそうだった。多分、七賢人のうちの一人を送り込むつもりで命じただけで、そこでミリネを選んだのはモルスのはずだった。それはつまり、ミリネでなくても別にいいという意味だった。
「いやぁ、ミリネさん全然忙しくないじゃないですか」
「忙しい」
「研究でもしてるんですか」
「それは・・・違うけど」
「それとも仕事がありますか」
「それも・・・」
ミリネは答えられなかった。
「じゃあ別に良いじゃないですか。ミリネさんがやっても」
「いやだってぇ!」
「ミリネさんじゃないとこの計画は失敗してしまいます。あと国王陛下のご命令でございますよ。まさか従わないつもりですか」
「・・・とにかくやだ。面倒臭いもん」
ミリネはボソリと呟いた。あの計画は一週間か二週間でこなせる簡単なものではなかった。王子にかかった呪いも突き止めて解除するまで、どれだけ時間がかかるか見当がつかなかった。呪いをかけた主体と呪いの種類、威力によって千差万別だった。いくら才能に溢れるミリネでもどれだけ時間がかかるんだと断言できなかった。すなわち、その間家でゴロゴロしなくなるということだった。それは家でゴロゴロするのを最高と思うミリネにとって拷問のようなことだった。
「とにかく私は絶対やらないから、他の人に頼んで」
「ちょっと待ってください」
モルスは席を離れようとするミリネを引き止めようとしたが、ミリネは気にも留めずに席を立った。
「もう話すことはないから帰って」
そう言ってミリネはソファのところに歩いていった。モルスは振り向く気配ない背中を見て深いため息を吐いた。
「はぁわかりました。今日はこれで帰ります」
懐柔を諦めたように、モルスは椅子にかけておいたローブを被って席を立った。そして扉の方にコツコツ歩いていった。扉の取手を掴んで開けようとした瞬間、モルスは何か思い出したかのように振り返った。
「あ、そういえばこの前国王陛下がおっしゃいましたよ。最近怠惰の魔女の成果が思わしくないんだと」
「!!」
モルスの言葉に、ミリネはぎくっとした。彼女の異変に気づいたモルスは、ニヤリと笑い言葉を継いた。
「あとこんなこともおっしゃいましたよ。もし次も成果を出せなかったら支援金を打ち切るしかないんだと」
「いやッ、ちょっと待ってぇ!」
ソファに横たわっていたミリネはパッと起き上がった。
「う、嘘でしょ? 支援金を断つなんて。絶対嘘やん。だって私着実に成果を出してるやろ」
「ふーむ、ここ数ヶ月ミリネさんの名前で上げた成果はなかったんですけど」
「なにっつってんだ。数日前だってえーと・・・・・・名前なんだっけ」
「フォトロス家です」
ミリネの言いたいことに気づいたミアは、そこの名前を教えてあげた。
「そう、そこ。とにかく魔物から領地を守ったことがあるっつの」
ミリネは悔しそうに声を荒らげた。数日前、魔物から侵略されたフォトロス家の領地を守った功績があるミリネにとって、成果がないと言われるのは非常に悔しいことだった。
もちろん、あれは研究による成果ではなかった。魔法の進歩に寄与したとか国の発展に役に立つことではなかった。けど国に属する領地を守ったのだ。国民を守ったことだから成果と言っても差し支えのない、とミリネは思った。実際七賢人の仕事中に国民を守る義務もあるから。
しかしモルスはそう思わないのか、ミリネの講義に戸惑った様子もなくかえってニヤリと笑った。
「そうですか、でも、ミリネさんが助けたというフォトロス家の当主は戦場で怠惰の魔女を目撃したことないと言いました」
「はあ!? 嘘つくな」
「嘘ではありません。実はこの前魔物の侵略から領地を守れたという情報を耳にして事情を聞きにフォトロス家の領地に訪ねたことがあります。聞いたところによると魔物の数が数千に及んだと聞きました。何か怪しいと思いませんか」
モルスの問いに、ミリネは「何が言いたいんだ」というような表情をした。
「数千に及ぶ魔物の侵略を防げる領地はそう多くはありません。なのにフォトロス家みたいな小さな領地が魔物の軍勢を防げるなんて、絶対あり得ないんです。そこで僕は第三者の介入があったと思いました。おそらく七賢人に匹敵する実力を持った人が何らかの理由でこの領地にきて助けてくれたと」
「そう、それが私だってば」
「でもフォトロス家の当主は七賢人は領地に来なかったと言いました。『ある方に助けていただいたけど、絶対怠惰の魔女ではありません。怠惰の魔女はここに来たことないんです。『他の人に話すな』と言われて言えないけど、とにかく絶対怠惰の魔女ではありませんから、と言いました」
「・・・・・・」
ミリネは呆気に取られて言葉が出てこなかった。確かに他のところで話すなと言ったのはミリネだった。当主はただミリネに言われた通りに振る舞っただけだった。危うく当主をこの恩知らずだと叱るところだった。
けど、あれって直接言わなかっただけで、間接的に怠惰の魔女がきたって全部話したやろ。
あれを聞いて「あ、怠惰の魔女は絶対来なかったんだ」と思う人はこの世にいないはずだった。どんだけバカでもあの話を聞けば怠惰の魔女が助けにきたことくらい察するはずだった。しかし今そんなバカよりさらにバカな人がミリネの前にいるらしい。
「フォトロス家の当主が嘘をつくわけがありませんから、絶対怠惰の魔女はそこに行かなかったんです」
「いや、どう見ても私やろ。お前バカかよ」
ミリネは呆れて腹も立たなかった。
「とにかくあれは怠惰の魔女の成果にはなれないんで、他の方法を探す方がいいと思いますよ。例えばメイドになるとか」
「はっ、結構よ。一年ぐらい何の成果なくても全然問題ないから」
「ふーむ、果たしてそうでしょうか。国王陛下のお考えは少し違うみたいですけど。本当に支援金を打ち切られるかもしれませんよ」
「それだけは絶対ダメェ!」
ミリネはソファからパッと立ち上がり大声を上げた。七賢人は優秀な人材として国から毎月支援金が出る。その額がかなり多い。普通の労働者が平均月に銀貨三〇枚ぐらい稼ぐと言われていた。それに対し、七賢人はそれに三倍に達する額を毎月基本支援金として受け取っていた。しかも望めばいくらでももらえた。そのおかげで、七賢人はお金の心配なく専ら魔法の研究にだけ集中できた。
ミリネが働かなくてもお金に困らないのは、全部王国からの支援金があったからだった。そもそもミリネが七賢人になった理由もその支援金のためだった。支援金でのんびりしたライフを送るのが彼女の計画だった。しかし今その支援金が打ち切られるかもしれないなんて、ミリネは手足が震え始めた。
「それだけはマジで勘弁してくれ。ちょうどお金も全部使っちゃって、来月の支援金が出ないと困るんだ」
「じゃあ今からでも成果を上げるしかありませんね」
「今からは無理だって知ってんやろぉ!」
流石に今から成果を上げるのは無理だった。今からテーマを決めて研究を始め論文を書いて学会に発表して認められるまで少なくとも四ヶ月はかかった。それとも魔物から人々を守る方法もあったけど、ミリネが望んで魔物が侵略してくるわけでもないし、今すぐには無理だった。
なら方法は一つしかない。
「今回だけ見逃してくれ。次からはちゃんと成果を上げるから」
いつの間にかミリネはモルスの前に立って、できるだけ哀れな顔で懇願した。しかしモルスは冷たかった。
「申し訳ありませんが、それは僕の権限外です」
「チッ、やっぱ無理だったか」
ミリネは舌打ちをした。モルスはその姿を見てほくそ笑んだ。
「もはやあなたには逃げ道はありませんよ。メイドになり、王子にかかった魔法を解くこと。それだけが、唯一の生きる道です」
「このッ」
「どうですか、やりますか?」
モルスはミリネに手を差し出した。ミリネはモルスを睨みつけた。
他に方法がないということは、彼女自身が一番よくわかっていた。そしてモルスの提案が成果がない自分にとって成果を上げられる唯一な方法であった。どれだけ時間がかかるかわからないけど、派遣されているだけで七賢人として働いていること見なされて支援金は打ち切れない。つまり今ミリネに残された選択肢はモルスの提案に乗ることのみだった。
その事実はミリネをさらにイライラさせた。怒りで手も足も激しく震えた。
「お前、私のこと嫌いでしょ」
「今気づきましたか」
モルスは不気味な笑みを浮かべた。ミリネは彼を顔をじっと睨みつけた。
気持ちとしてはモルスの画面に爆裂魔法を喰らわせたかった。しかし、そうしたら家まで燃えてしまうため、想像だけで満足することにした。
「成果が欲しいでしょう。早く手を取りなさい」
モルスはさらに手を差し出した。本当に嫌だった。本当に彼の提案に乗りたくなかった。だが、他に方法はなかった。これ以上はただ子供のわがままに過ぎなかった。
結局ミリネは怒りをグッと堪え唇をぎゅっと噛み締めたまま、やむを得ずに彼の手を握った。




