第2話 メイドになっていただきます
「お久しぶりです、ミリネさん」
真面目そうな印象の男は微笑んで挨拶をした。ミリネは彼の顔を見るや否や扉をバタンと閉めてしまった。家の中でそれを見ていたカロルが首を傾げながら聞いた。
「誰だった? 知り合いじゃ」
「全然。全然知らない人。あんなの気にしなくてもいい、無視すればいいや」
「へぇ、そうなんだ」
真っ赤な嘘だった。ミリネはその男のこと知っていた。名前はモルス・サリエラ。ミリネと同い年でサリエラ家の当主でおり、ミリネと同じ七賢人の一人。嫉妬の魔術師であった。
あいつなんでここまで。私なんかやってっけ。特に何もしてないと思うけど。まさか、仕事を持ってきたんじゃ。
予想せぬ訪問に、ミリネは不安になってきた。ミリネの面倒感知器がぴよぴよと警報を鳴らした。
なぜあいつが訪ねてきたのかわからないけど、とにかく帰るまで無視するしか。
そう決めたミリネは扉を後にして、またゴロゴロするためにソファに寝そべった。カロルもミアの部屋に入って居間にはミリネ一人しかいなかった。
モルスはまだ帰ってないのか、さっきからずっと扉を叩いていたが、無視し続けると疲れて帰るはずだった。しかしそれはミリネの大勘違いだった。
「あのミリネさん。話したいことがあります。ドアを開けてください」
何分経ってもモルスは帰る気配がなかった。ミリネが本に集中しようとしても、ちょっと昼寝をしようと目を瞑っても、扉を叩く音がしきりに聞こえてきて頭がイカれそうだった。
「ああ! あいつマジでなんだ!」
結局堪忍袋の緒が切れてしまったミリネは、扉を乱暴に開けた。扉の外ではモルスがさっきと同じところでそのまま待っていた。
「あ、やっと出てくださ」
「お前何やってんだよ。マジで迷惑。なんで帰らねぇんだ! 反応がなかったら諦めて帰れっつの」
ミリネは扉を開けるや否や、彼に怒鳴り声を上げた。しかしそれでもモルスは微笑んでいた。
「いいや、僕も帰りたいけど国王陛下のご命令があって。ご命令を伝えるまでは帰りたくても帰れません」
「国王陛下の命令?」
さっきまで怒りであんなに怒鳴っていたミリネは、「国王陛下」という言葉にぽかんとした顔をした。国王。それは文字通りのこのランディル王国の王であった。
王国の命令・・・。
ミリネは一旦落ち着いた。
基本的に七賢人に命令できる人はいない。そもそも七賢人って身分的に高くて命令できる人が多くないし、もし命令されてもそれぞれ個性が強くて全然聞かない。しかし国王の場合は違った。国王はこの国の絶対的な存在で、国王の命令ならいくら七賢人でも従わざるを得なかった。
「一応聞いてみる。何の命令だ」
「ふむ、立ち話では少し長いので、中に上がって話してもいいでしょうか」
話が長くなるのはすごく嫌だったが、国王陛下の命令にはやむを得なかった。ミリネはすごく嫌そうな顔をしてモルスを家に上げた。ミリネは彼を食卓に座らせた。モルスは被っていたローブを椅子にかけながらキョロキョロと家の中を見回した。
部屋は一つしかいないし、居間だって広いとは言えない。今座っているこの食卓とソファが居間の半分を占めていた。その上に、あっちこっちに書類と論文に見える紙と本が山積みになっていてより狭く感じた。
「ミリネさんこんな狭いところでよくも住んでますね。前の家は結構広かったと思いますけど」
「まあ、あの時は都市に住んでたから」
「あと、なんですかこの書類の山は。ちゃんと掃除はしてますか」
モルスは山積みの書類から一枚の文書を手に取った。
「これは・・・ミリネさんが七賢人になった年の書類じゃありませんか。こんなのもう捨てなさいよ」
「気にするな」
ミリネはモルスから文書を奪って元の場所に戻しておいた。
ミリネは最初からこの山奥に住んでいたわけではなかった。二年前まではミリネは都市に住んでいた。あまり大きな都市とは言えないけど、人がたくさん住むところだった。山に比べたら色んな生活利便施設があって暮らしやすかった。
「こんな山奥に住むと不便じゃありませんか」
「不便なことばかり。気持ちとしては都市に戻りたい」
「そしたら都市に戻ればいいじゃないですか? お金に困ってるわけではないでしょうし」
「別にお金のせいではない。ただ人に頼まれるの面倒だから」
ミリネはさっきミアからもらったお湯を飲みながら言った。
二年前、ミリネは魔女のことを内緒にしてゆっくり暮らしていた。しかしある日、買い物の帰り道に川に落ちた人を魔法で助けたことがあった。たとえミリネは世の中の全てを面倒くさがる人であるが、目の前に助けを求める人を見過ごす冷たい人ではなかった。別に正義感とかそういうのに駆られて、気づいたら体が勝手に動いていた、そういうのでは決してない。ただ目の前で助けを求める人を見過ごせば、罪悪感に苛まれて面倒くさいから。夜には眠れないし、本を読む時もゴロゴロする時もあの人のことが思い出して苦しめる。そのため、目の前で助けを求める人がいたらなるべく助けようとする。
しかしあの日、あの人を助けたことは大間違いだった。大人しく救助隊来るのを待つべきだった。あの日、川に落ちた人を助けてからミリネが魔女ということが、街中に広まって毎日ミリネの家に助けを求める人が例をなした。ある人は病気を治してくださいって。ある人は荷物を運ぶのを手伝ってくださいって。とある人は人を探してくださいって。朝、昼、夕方、夜を問わずに、たくさんの人がミリネの家を訪れてきた。そのため、まともな生活ができなくなり、都市でゆっくり生きることもできなくなった。
他の都市に引っ越そうか。
そんなことまで考えたが、引越しでは根本的な問題が解決しない。他の都市に行ったとしてもいつか正体はバレるはずだった。もし正体がバレたら、また同じことになるのが目に見えていた。それならいっそ誰もいない山奥で暮らす方がマシだとミリネは思ってこここに定着したのだ。ミリネがそんなに望んだ静かでのんびりした生活を過ごせる完璧な場所だった。だが、文明人が村と離れて暮らすのは不可能だった。だからたまに山の近所の村に行って食材や研究材料を買ったり、ここまで配達してもらったりして生活を続けていた。
ミリネは持っていたマグカップを食卓に置いた。
「っつか今それ重要なの? さっさと本論を言って帰れ」
「久しぶりに会ったから近況の話くらい良いじゃないですか」
「全然良くない」
「じゃ本論に入る前のアイスブレイクだと思ってください」
アイスブレイクという言葉に、ミリネは呆れ笑いを漏らした。
「普通同窓同士にアイスブレイクするんかぁ!」
「でも前は中退したから同窓なんかじゃないと言いましたよね」
「それは・・・」
ミリネは言い返せなかった。余計にお湯を一口飲んだ。ちょっと冷めてしまった。
「とにかくこれでアイスブレイクは十分でしょ? じゃあ早くその命令ってことを」
「わかりました。では本論に入ります。が、その前にもしミアさんを呼んでいただけますか。ミアさんも一緒に聞く方が良いと思います」
「ミア? まあ家にいるから呼んでも構わないけど。それも国王陛下の命令?」
「一応そういうことにしておきましょう」
モルスの返事はどこか曖昧だった。非常に怪しいと思ったけど、こいつを一刻でも早く帰らせるためにも彼の言う通りに従うしかなかった。ぶしかなかった。
「部屋にいるからあんたが呼んで」
「僕が、ですか。レディーの部屋に勝手に入るわけには」
「相変わらず生真面目な人だね」
ミリネは深いため息を吐いた。そしてすごく面倒くさそうな顔をしてミアの部屋に歩いていった。はまるで「マジ面倒くさい。自分で行けばいいのに」とぶつぶつ言っているようだった。扉を開けた。中でカードゲームをやっていカロルとミアはきょとんとした顔でミリネを見つめた。
「どうしたんですか。そんなに嫌そうな顔をして」
「実は今モルスのやつが来たんだけど」
「モルス、様?」
ミアは「誰、それ?」と言わんばかりに首を傾げた。
「知ってるやろ。ほら、その嫉妬の面倒くさいやつ」
ミリネは囁くように小さく言った。ここに七賢人がいることをカロルにバレたら面倒なことになりそうだったからだ。
「嫉妬ぉ・・・・・・あ、思い出した。七賢人のモルス様ってことですね。嫉妬の魔術師の」
「ちょっとなんであいつには様つけなんだ」
ミリネは不満に満ちた眼差しをミアに送った。ミアはそれを無視して言葉を継いだ。
「それで嫉妬の魔術師様がどうしましたか」
「それがちょっとあんたに用事があるらしい。ちょっと出てみる?」
ミアは答えの代わりに顔を縦に振った。 ミリネのミアは答えの代わりに顔を縦に振った。ミアは手のカードを床に置きカロルに言った。
「カロルちゃん、ごめん。ちょっと行ってくる」
「いいや、いいよ。ボクもそろそろ帰るもりだったの」
「え、もう帰るの?」
「暗くなる前に帰らないと。パパ心配するから」
カロルも手のカードを床に置いた。彼女たちは床に散らばっているカードを早速片付けた。そして部屋を出ると、待っていたモルスが振り向いて微笑んで手を振った。
「お久しぶりです、ミアさん。お元気でしたか」
「はい」
ミアは軽く頷いて答えた。ミアは何もかも面倒くさがる師匠の代わりに式典とか国の祭典に参加したので、モルスとは面識があった。しかしモルスのことを全く知らないはずのカロルは、しきりに首を捻った。
「なんかあの人どっかで見たことあるようなぁ・・・あ! さっき道聞いてた人だ!」
カロルは驚いた顔でモルスを指さし大声を上げた。さっきカロルが言ってた人がこの人だったらしい。
カロルはミリネに目を向けた。
「ミリネ姉ちゃんの知り合いだった?」
「いっ、いやぁ知り合いっていうか、なんていうか」
ミリネはそっと目を逸らした。モルスのことなんて紹介すればいいか、ミリネは困った。
彼が七賢人だと正直に言ったら、自分との関係とかなぜ七賢人がこんな山奥の家まで訪ねてきたのか、どう誤魔化せばいいかわからなかった。
七賢人以外の言葉でこいつを紹介するにはーー
「お初にお目にかかります。サリエラ家の当主であるモルス・サリエラと申します。未熟者ですが、七賢人も兼任させていただいてます」
ミリネが悩んでいるうちに、モルスは軽くお辞儀して勝手に自分を紹介した。ミリネは戸惑って彼にパッと顔を向けた。
「ちょっとお前っ、そう紹介すると」
「えぇえええぇ!!? ちょ、ちょっと待ってぇ!! し、しし、七賢人だって?!」
突然カロルが大声を上げた。目を丸くして開いた口を塞がらない。相当驚いた様子だった。
「な、なんでそんな偉い人がこんなミリネ姉ちゃんの家にいるの?!」
「そりゃミリネさんはーー
「おい、お前っちょっと」
「ーー七賢人ですから」
何もわからないモルスは何気なくミリネの正体をバラした。
・・・あ、終わった。
ミリネはまるで全てを失った人みたいな顔をした。こんなにあっけなくバレるとは、あまりにも呆気に取られて笑いが出た。村の人に知られた以上、村に噂が広まるのは時間の問題だった。
やっとここに定着したのに、また引越しするのはやだ。
引越しは荷物運びとか適当な場所を探しとかそんな面倒臭いばかりで本当に遠慮だった。
そうだ、相手はカロルなんだから、ちゃんと説明すれば村には内緒にしてくれるかも。
そう思ってミリネはカロルに顔を向けた。その瞬間ーー
「プハハハハハハ」
ーー突然カロルは腹を抱えて爆笑し始めた。笑いすぎて涙まで出てきた。
「ミリネ姉ちゃんが七賢人だって? プハハハァ、そんなわけないだろ」
カロルは目に留まった涙を拭いながら言った。ミリネとミア、モルスまで呆然とした表情で一斉にカロルを見つめていた。
「ミリネ姉ちゃんは七賢人みたいに決してすごい人なんかじゃないもん。毎日ソファでゴロゴロして全然働かないダメ人間なのよ。こんな情けないミリネ姉ちゃんが七賢人なんて、絶対ありえないの。絶対」
どうやらカロルは信じてないようだった。
正体をバレなかったみたいで幸いだったけど、なんか複雑な気分だった。
私ってそんなダメ人間に見られてたんだ。
カロルはミリネの働く姿を見たことないからそう思われても仕方なかった。
「どうせ魔女のミリネ姉ちゃんを叱りにきたのでしょ。魔女ならもっとちゃんとやれ!って」
「いや、そんなことでは」
「あ、ボクもう行くよ。ずいぶん暗くなったから」
カロルの言葉に、ミリネは窓の外に目を向けた。山奥だからかこんな時間でも外は随分暗くなっていた。
「もうこんなに。送ってやるよ。一人じゃ危ないから」
「いいや、一人でいいの。いつも通る道だから」
「じゃあまたね。ミアもバイバイ」
「うん。バイバイ」
カロルは明るい笑顔で手を振りながら家を出た。ミアは家の外まで出て無表情で手を振った。ミリネも一緒に小さく手を振った。やがてカロルの姿は完全に見えなくなったが、彼女たちは中に入らなかった。
「お師匠」
「なに」
「ミアはちゃんと下りた?」
「ふーむ、ちょうど山を下りたね」
実はミリネはカロルの姿が見えなくなってからずっと遠いところまで見通せる魔法を使って、カロルが無事に山を下りているのか見守っていた。ここの山には人を襲う危険な獣はないけど、念の為カロルが一人で帰る時はいつもこうやって見守っていた。
「あ、村に入った」
しばらくしてカロルが無事に村に到着した様子を確認してから、彼女たちは中に入った。中ではモルスが彼女たちをずっと待っていた。
「あの赤髪の少女は帰りましたか」
「そう」
「意外ですね。ミリネさんが赤髪の少女と仲良く過ごすとは」
「なに、お前レイシストなのか」
「いいえ、別にそんなつもりで言ったわけではありません。ただ少し驚いたというか、人間関係を面倒くさがったあなたが仲良く過ごすのが珍しいと思いまして」
モルスは慌てて釈明し始めた。ミリネとミアはモルスの話を聞き流しながら彼の向かい合わせに座った。
昔から赤髪の人は悪魔に呪われいずれ悪魔に身を取られてしまう不吉な者だと言われている。こんなアホみたいな伝承をミリネとミアは全然信じてないけど、結構多くの人たちは赤髪の人を不吉だと信じている。
そのため、カロルは村でひとりぼっちだった。村に同い年の子供たちがいるけど一緒に遊んでくれない。話しかけるどころか、カロルが近づくと慌てて逃げ出す。そしてそれは子供だけじゃなく大人も同じだった。でもこれはマシな場合だ。ひどい場合、村や領地から追放されることもあるらしい。
そう思うとカロルは村で結構いい扱いされている。少なくとも村から追い出され魔物に命を狙われないから。しかも近くに友達のミアとミリネが住んでいるから、いつでも訪れていくことができる。多分、赤髪の人の中ではかなり恵まれた人だろう。
「まあそんなのはいいから、そろそろ国王陛下の命令について話して。ミアもここにいるから」
「あ、わかりました」
モルスは姿勢を改めて口を開いた。
「お二人さんにはメイドになっていただきます」




