第25話 結婚したいのか
ミジャリが踊る姿を見た瞬間、ロギアは言葉を失った。
美しいぃ。
ロギアはうっとり見惚れてしまった。それはロギアだけじゃなかった。この人混みはミジャリの踊りを観るために立っていたのだ。そしてチビどもも最前列に座ってミジャリの踊りを観ていた。
「どう? ミジャリ姉ちゃん踊り上手いでしょ」
ミリはロギアを見上げて尋ねた。ロギアはミジャリに視線を固定したまま、ぽかんと頷いた。確かに人の目を奪う踊りだった。踊りに魅了されて一瞬も目を離せたくなかった。しかも瞬きすらもったいないと思えるほどだった。
ミジャリの踊りを忘れたくなくて目に焼き付けている最中、ミジャリと目が合ってしまった。
「・・・あら、ロギア!」
ミジャリは踊りを止めて、ロギアの元へ駆け寄った。
「いつきた?」
「・・・・・・」
「あれ? もしもーし」
「あ、す、すまん」
ミジャリの声に、ロギアはやっと我に返った。
「さっき来たばかりだ。それよりそなたはどうしてここで踊ってたんだ」
「ミリが踊ってくれと駄々こねて、仕方なく。ってかなにこの人たちは?!」
今気づいたのか、ミジャリは自分を囲んだ人混みを見て空いた口を塞がらなかった。
「ちょっと私こんなに大勢の人前で・・・恥ずかしい」
ミジャリは手で顔を隠した。
「おい、もう踊らないのか」
「もう少し踊ってくれよ!」
「あんたの踊り最高だった」
「また踊ってくれ」
人混みの中からミジャリの踊りを望む声が次第に大きくなっていった。ミジャリはそっと顔を上げて人たちを見つめた。ミジャリの口角が吊り上がった。
「もう、仕方ないね」
ミジャリは顔を隠していた手を下ろした。
「もう少しだけ踊ろっか。あ、ロギアも一緒にどう?」
ミジャリはロギアに手を差し伸べた。
「お、俺も?」
「うん。一緒に踊ろうよ」
「俺は踊りあんまり上手じゃないんだが・・・」
「いいよ。私が教えてあげるから」
ミジャリは「早く握って」と言わんばかりにさらに手を差し伸べた。ロギアはしばらくじっと彼女の手を見つめ、決心したように手を伸ばした。しかしその瞬間、
「ここにいらっしゃったんですね。王子様」
突然どこかで現れた男が、ロギアの手を掴んだ。ミリネとロギアはびっくりして彼に目を向けた。片眼鏡をかけた中年の男だった。見たことのない人の登場にミジャリはきょとんとした顔をした。だが、ロギアはその男のことを知っているのか瞳が激しく揺れていた。
「テ、テラム・・・そなたがどうしてここに」
「王子様をお迎えに参りました。重要な日に城からこっそり抜け出すとは。とりあえず城に戻りましょう」
テラムの言葉が終わると同時に、彼の後ろの兵士たちがロギアの両腕を掴んだ。
「王子様を城へ連れて行きなさい」
「はい」
「ちょっと待って」
ミジャリの声に、兵士たちの足が止めた。ロギアは振り返ってミジャリを見た。
「一体これは何事だよ。そしてロギアが王子って、ど、どういうことなの。ち、違うんだよね? ロギアが王子なんて」
「ミジャリ・・・実は」
「この下賤な平民が王子様に許可なく話しかけるな」
テラムはミジャリの前に立ち塞がった。
「お前らなに知ってるんだ。早く王子様を城へ連れて行け」
「はいっ」
テラムの声に、兵士たちはロギアを連れてどこかへ行ってしまった。ミジャリは手を伸ばしてロギアを掴もうとしたけど、テラムによって制された。
「いけない。今日王子様はとても重要な用がある。ふむ、ところで、君は王子様とどういう関係なんだ」
「・・・と、友達ですけど」
「友達? ふはっ、君なんかが王子様の王子様の友達だと? 笑えるな」
テラムは呆れたように笑い出した。気持ち悪い笑い声にミジャリは眉間に皺を寄せた。
「これから王子様と会うな。王子様にお前らみたいな下賤な奴らと付き合う暇はないんだ。身の程をわきまえ」
そう言ってテラムはゆっくりと立ち去った。ミジャリは何も言い返せないまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
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広い応接室。埃一つのない真っ白な大理石床。赤いカーペットの上、高級な椅子があった。
「退屈だ。ミジャリに会いたい」
その椅子にはロギアが顎に手を当てて椅子に座っていた。王子に相応しい礼服を着ていた。ロギアの横に立ったヒシルは少し顔を下げて言った。
「ロギア様次の人の準備ができました。今呼びましょうか」
「いいや、少し待ってくれ」
ロギアは頭痛があるように片手で頭を抱えた。
「ヒシル、俺本当に結婚しなければならないのか」
「はい。ロギア様は一日でも早く王位を継がなければなりませんから」
ヒシルの断固たる返事に、ロギアはため息を吐いた。
「それとも他に結婚したいお相手でいますか」
「結婚したい人、か」
結婚という単語を聞いた途端、ロギアの頭の中にはミジャリの顔が浮かんだ。
なんであいつの顔が。
ロギアの顔が少し赤くなり、頭を振って彼女の姿を振り払った。
「その反応は、いるんですね。最近こっそり会うあの少女ですか。確かに名前がミジャリ、ですよね?」
「そ、そそ、それをどうして」
「俺はロギア様について全部知ってますよ。それであの少女と結婚したいんですか」
「ちっ、違うんだ。そんなことより次の人を呼び出して」
「はい。存じました。では」
ヒシルはドアの方へ向かって「上がりなさい」と言った。するとドアは開き、少女が入ってきた。綺麗なドレスと華麗な髪飾りつけた綺麗な少女だった。少女はロギアの前に立ってお辞をした。彼女の仕草一つ一つが気品に溢れていた。
「初めてお目にかかります。私はパスト家の・・・・」
ロギアは少女の挨拶を聞き流した。
ミジャリに会いたいな。
人の前で他の人のことを思うのは礼儀に反するけれど、なぜかミジャリのことが頭から離れなかった。
あの踊りはすごかったな。今まで観てきたどの踊りよりも最高だった。
「ロギア様? ロギア様!」
「な、なんだ。いきなり」
ヒシルの声にロギアはびっくりした。
「終わりました」
「え、もう?」
ミジャリのことを考えているうちに、いつの間にか結婚候補たちとの挨拶が終わっていた。
「特に印象に残る子はいますか」
「印象に残る子なら」
正直に顔すら覚えてなかった。
「いないな」
「そうですか。ではあの子たちは帰らせます」
「それでもいいのかい。あの子達と結婚しなくても」
「当たり前なことをお聞きしますね。むしろ、ロギア様はお気に召した人と結婚してください。貴族たちの声はお気になさらずに」
そう言ってヒシルは軽くお辞儀をして、ドアの方に歩いていった。
「待って」
ロギアの声に、ヒシルは立ち止まりゆっくりと振り返った。
「最後に聞きたいことがあるんだ」
「なんでございますか」
「結婚したいってどういう感じなんだ」
ロギアは好奇心に満ちた顔をしていた。
「私の場合、頭から離れない人でしょうか。死んだ後もずっと心に残って、一生忘れない人、ですね」
「それって呪いとなにが違うんだ」
「はは、そうですね。一種の呪いかもしれません。でも、こんなに幸せな呪いなら私はいつでも歓迎です。お答えになりましたでしょうか」
「どうかな。まだよくわからない」
「わかりやすくいうと一緒にいると楽しい人になりますね。楽しくてもっと一緒にいたいとか、少しでも離れたくない。寝る時も働く時も食べる時もあの人のことを考えてしまってどうしようもない。そういう人いませんか」
「寝ても食べても考えてしまう人、か」
ヒシルの話を聞いた刹那、一人の少女がロギアの脳裏に浮かんだ。
ミジャリ・・・。
「どうやら、思い当たる人がいるようですね」
「・・・・・・」
ロギアは両頬を赤らめたまま、何も答えられなかった。その様子に、ヒシルの口角が少し吊り上がった。
「ロギア様に相応しい方なのか確認する必要はありますけど、ロギア様のお気に召した方ですからきっといい方でしょう。私は賛成ですから、本当に好きな人と結婚してください」
そう言い残してヒシルは応接室から出ていった。広い応接室の中に一人残されたロギアはぼーっとしたままつぶやいた。
「俺はミジャリと・・・結婚したいのか」




