第17話 案外カリスマあるやん
ミリネの声に、部屋の皆の視線が彼女に集まった。しかし今ミリネはそんなこと気にする余裕がなかった。
王位承継権を放棄する誓約書だって!?
一介の代理が王子に王位を放棄しなさいというなんて、度を越した行為だった。だからミリネは一瞬聞き間違いだと思った。しかしテーブルの上に置かれた誓約書は今のあれは聞き間違いではない、とはっきり言ってくれていた。
ヒシルの言ったことが本当だった。
昨夜。ミリネの部屋。
『かくしてテラムは大金を儲け現在空席の王に代わって国政を取り仕切っています』
『うむ、そうなんだ。で、私にそんな話をする理由はなに』
正直に言って関心なかった。テラムがお金持ちだとかどうやってお金を儲けたのか、全く興味なかった。
『テラムが王位を狙っているからです』
『王位を、狙う?』
ミリネは顔を傾げた。
『あいつ王族の血統なの?』
『いいえ』
『じゃ問題ないやろ』
王位を継ぐ必須条件は色々あるけど、最も基本で重要なのは王族の血統のみが王位を継げる。王族の血統でもない人は何をしても王にはなれなかった。その故、テラムが王位を狙うとしても、王族の血を持ってないため、彼は王にはなれない。
『王族でもないし、王にもなれない。警戒する必要ある?』
『普通はそうですけど、彼が狙うのは王になる王座ではありません』
『どういう意味。さっきは王位を狙ってるって』
『はい。王位を狙ってます。正確には王の権力を狙ってます』
ヒシルの言葉に、ミリネは一つ疑問が湧いだ。
『確かにあいつ今代理でしょ。なら王がない今、代理が最高権力者やろ。王の権力を狙わなくても十分力があると思うんやけど』
『それはそうですが、代理の権力では限界があります』
『限界?』
『はい。たとえ軍隊とか戦争宣言、そういうのは王のみでありますから』
ミリネはヒシルの例えを聞いて頷けた。確かに王のみ行使できる権限があった。そして一つの疑問が湧いた。
『あいつはどうして王の権力を狙うんだ』
ミリネはどう考えても理解できなかった。代理の権力だけで十分だとミリネは思った。代理の権力だけで十分に楽に生きられるはずだった。もしミリネが代理だったら仕事は全部下の奴らに丸投げして、自分は今の位置に満足して楽に過ごす、まさに夢のような人生を送るはずだった。
『そこまでは私もよくわかりません。戦争を起こそうとするのか。ただ権力を欲するのか』
ヒシルは自分の顎に手を当てて話した。ヒシルが言った戦争と権力欲。ミリネは前者より後者の方だと思った。だって戦争が終わってからまだ二十年しか経っていなかった。戦争が頻繁だった頃、ミリネはこの世にいなかったけど、あの戦争がどれだけ多くの人々に傷を与えたかはわかっていた。まだ戦争の傷も癒えてない。なのに、再び戦争を起こすのは個人的にも国のためにもあまり良い判断ではなかった。
しかし権力欲なら話が違う。
ミリネは自分が変わった人だとある程度知っていた。ミリネはただ楽に生きられさえすればそれで十分だった。お金の心配や悩みことなく、働かずにゴロゴロのんびり生きるのがミリネの雄一夢であった。その反面、普通の人々はもっと上を目指して生きる。特に権力を持つ人なら尚更。人は自分の手元にあるもので満足できない生き物だから。握れば握るほどさらに欲しがる。そのゆえに後者の方がより現実的だった。
『それで、私が言いたいことは一つだけです』
突然ヒシルが背筋をまっすぐにして立った。いつもより真剣な顔をしていた。
『私がいない三日間、王子様をよろしくお願いします』
『は? いきなり?』
『理由はどうあれテラムのや・・・いいえ、テラム代理が王位を狙ってることは事実。王子様に何をしでかすかわかりません。ですので、テラムが王子様に害を与えないように傍で守ってください』
ヒシルは軽く頭を下げて頼んだ。一介のメイドに頭を下げるなんて、ミリネは少し驚いた。命令口調でもなかった。
命令もできたのに。
それでもヒシルは頼んだ。命令してもミリネが聞かないことを知っていたからか、理由は彼にしかわからない。そういえば、話したいことがあるなら自分の部屋に呼び出せばいいのに、わざわざミリネの部屋まで訪ねてきた。
余計に真面目な人だな。楽な方法があるのに。でも、この方が気分はいいな。
命令を下される方より頼まれた方がなぜか嫌な気がしなかった。そのためか、ミリネはヒシルの頼みを受け入れることにした。
『わかった』
ミリネは頷きながら答えた。
そして現在。ヒシルが言った通りだった。テラムは王位継承権を放棄する誓約書をロギアに押し付けていた。
「これはなんのマネだ、テラム」
ロギアの声がいつもより低くて重みがあった。
流石にキレるやろ。あれは。
バカじゃない以上、怒るに決まってる。
「今俺に王位を放棄して退けってことか」
「はい、その通りです」
ロギアは堂々と返した。
「王子様は王位を継ぐつもりはないじゃありませんか」
「そ、それは・・・」
「いつまでも王座を空位のままにしておくわけにいけません。民も混乱してます。ですから王位を継がないならいっそ王位は放棄して権限を譲っていただきます」
ロギアの堂々たる姿にミリネは言葉を失った。
「それとも明日すぐにでも王位を継ぎますか」
「・・・・・・」
「嫌ですよね? まだあの平民と一緒にいたいから」
平民、それはミジャリのことを言っているようだった。
「ここにサインしたら永遠にあの平民と一生に暮らせますよ。王子様にとって悪い話ではないと思いますけど」
テラムは誓約書の署名欄を指で示した。
「さあ、早くここにサインをしてください」
テラムは催促し始めた。ロギアは何の反応もなく黙って誓約書をじっと凝視していた。
悩んでるのか。
ミリネはヒシルを静かに見守った。
そもそも私の任務は呪いを解くことだし。ヒシルに頼まれたのもロギアを守ることだから。あと、他国の王位争奪戦に関与したくもない。
ミリネは政治に関与するのは大嫌いだった。政治は得もない、ただ頭が痛いだけのことだとミリネは思った。そして何より、これはミリネが口を出すことではなかった。署名するかどうかは、ロギアの選択すべきことだった。
「もし」
しばらく後、ついにヒシルは言った。
「もし俺がここに署名したらどうなるんだ」
「そこに書いてあるように、王の権限を全部私に譲ることになります。ロギア様は王子の地位を捨てて平民と何の心配なく自由に一緒生きれば良いんです。あ、もちろん、お金や生活に必要なものは全部支援しますので、ご心配には及びません」
ほんの甘い提案だった。もしミリネがあの条件のまま提案されたら何の悩みもなくすぐに受け入れたはずだった。だが、今提案されたのはミリネではなかった。
「それはすごく甘い話だな。ミジャリと永遠に一緒に暮らせる。まさに夢のような話だ。」
「ならここにサ」
「でも私はサインしない。いや、できない」
ロギアは断固として断った。
「俺は約束をしたんだ。王になって住み良い国にすると。だから俺はここにサインできない」
ロギアの言葉に部屋の中は静まり返った。息音さえ聞こえるほどの静寂の中、ロギアはソファから立ち上がった。
「この話はなかったことにする」
そう言ってロギアは部屋のドアの方にゆっくりと歩いていった。
案外カリスマあるやん。
と思いつつミリネはロギアの後についていった。ロギアがドアの取手を掴んだ瞬間、テラムは言った。
「王になるつもりですか」
「当たり前だ。俺はクレノス王国の王子だから」
そう言ってロギアは部屋から出て行ってしまった。




