第15話 ただのメイド
美しい旋律が流れている宴会場。高級なドレスや洋服を着た人たちが片手でワイングラスを持って話を交わしていた。賑やかで楽しそうな雰囲気の中、雰囲気に溶け込めない人が一人いた。
「うるさい。こうだからきたくなかったんだ」
その人はミリネだった。王子の従者としてやむを得ずに宴会に参加したミリネは、雰囲気に溶け込めず人気が少ない壁際に立ってぼーっとして話を交わしている人たちを見つめた。
「あいつらよくもあんな風に笑ってるね」
この宴会に参加した貴族たちは微笑んで話を交わしていた。一見仲良さそうに見えるけど、裏ではそうでもない。表向きでは微笑んでいるけど、中身は別のことを考えているだろう。この人との関係から何を得られるか。この人は自分にとってどれくらいは必要なものか。こういうこと考えているはずだった。だって貴族という生き物はそういうものなんだから。人との繋がりを自分の利益とした思わない。自分の地位を守るために、味方になるのも裏切るのも躊躇いなく行う生き物である。もちろん、中にはそうでもない貴族もいるけど、その数はごくわずかだろう。多分十分の一、いや、百分の一にも満たないはずだ。
気に入らない人の前で、あんなに笑えるんだ。すごいね、あいつら。
気に入らない人の前であんな風にヘラヘラ笑ったり話を交わしたり相槌を打ったりするのは、ミリネには絶対できないことだった。
そういや王子はどこにいるやろう。
ミリネは宴会場の中をざっと見渡した。ロギアはグランドピアノの横である人たちと話していた。服装に見ると、かなり偉い人のようだった。
本来ならミリネもそこにいるべきだった。宴会は嫌いけど、とにかく従者としてきたのだから王子から離れずに後をついていきながら世話を見るべきだった。けど、ロギアが気を遣ってくれたおかげでここで誰とも話さずに静かに一人でいることができた。メイド服を着ていたため、怪しく見る人もいたし、たまに「これ持ってこい」と声をかけてくる人もいた。でもあっちよりは百倍はマシだった。人の視線は別に気にしてないし、声をかけられても「ここのメイドじゃない」と一言だけ言えばそれ以上話しかけなかった。
ここにソファだけあればいいと思うけど、流石にそれは無理やろうな。残念やけど、立ったまま王子を見張るしか。
実はここに来る前にヒシルに頼まれた。王子のことよろしくお願いしますと。国の代理が開催した宴会で何が危険なことが起こるはずもないのに、なぜそんなこと頼んだのかはわからない。でも頼まれたしミリネも面倒なことになるのは遠慮だったので、ロギアを視界から外さないようにした。
こうして遠くから見張っていた中、周囲の貴族令嬢たちがこそこそしゃべる声が耳に入ってきた。
「ねね、あっち見て」
「あの人、王子だよね? 確かに狂ったと聞いたけど、よくもここに来たわね」
狂ったと? 呪いじゃなくて?
ミリネは顔を傾げた。これは初耳だった。
どう見ても狂ったようには見えないんやけど。
ミリネは七賢人の仕事でたまに狂人と会ったことがあって狂人の特徴について少し知っていた。目が虚ろになったり、何かに取り惹かれたり、同じ人だと思えない狂気など色々ある。でも、ロギアからはそういうのが一つも見えなかった。
「噂によると、いまだに婚約者のこと忘れられないらしいわ」
「王にならないのも婚約者と一緒にいるためだって」
「やだ、もう怖いからやめて」
ミリネは彼女たちの話が全く理解できなかった。
こいつらはロギアがミジャリと一緒に住んでるのを知らないのか。
一緒に住む人のことを忘れることなんてできるはずがなかった。なのに、婚約者のことを忘れられないことで狂ったというなんて、ミリネは彼女たちのことが情けなく感じた。
それともロギアは貴族たちに歓迎されないのか
正確な理由はわからないけど、とにかく貴族たちはロギアのことを快く思ってないのは間違いなかった。
「なのにロギアはヘラヘラ笑うね」
何もわからないのか、それとも偽りの笑みを浮かべているのか、それはロギア本人しか知らない。
まあ私が気にすることじゃないか。私は王子の呪いだけ解けばいいから。
と思ってミリネはロギアの見張りを続けた。相変わらずヘラヘラ笑いながら話を交わしていた。ミリネはあくびをした。
特に何事もないね。
と思ってちょっと外に出ようと思った瞬間、突然ロギアのところにある人物が近づいてきたのが目に入った。ミリネは足を止めて目を細めた。紫色のマントをまとった五十代くらいに見える男だった。あの男はロギアに何か小さく輝くと、ロギアと一緒にどこかへ歩いていった。
え、ちょっとあいつどこに行くんだ。
あの男とロギアがある部屋に入ろうとする姿が目に見えた。ミリネは見失わないように急いで人々の間をすり抜けて王子についていった。かろうじてロギアが部屋に入る直前に追いつけた。
「ミリネ、急にどうしたんだ」
ロギアはいきなりミリネが腕を掴んでびっくりした。ミリネは息切れしながら言った。
「ど、どこに、ハァハァ、行くんだ」
「テラム代理が部屋で話したいことがあったと言って」
「ハァハァ、テラム、代理?」
ミリネは顔を上げてロギアの横の男を見た。
この人が、代理。モルスが言った代理が多分この人だろう。
なぜか気に入らない顔だった。悪い目つきに目元には皺ができていた。片眼鏡をかけていてなんか計算が早そうな人だった。
「あの王子様。この人はどなたですか」
テラムはミリネを指さして聞いた。
「あ、別荘のメイドだね。俺の従者として宴会に来たんだ」
「そう、ですか」
テラムはミリネを見てふむと息を漏らした。
「どうやらこのメイドは躾がなってないみたいですね。私を見ても挨拶もしないとは」
はあ?! あいつ今なんて。
テラムのさりげなく無視する言葉遣いに、ミリネはカッとした。客観的に見ると、身分が高い人を目の前にして挨拶しないのは確かに無礼な振る舞いだった。七賢人の地位で宴会に参加したのならいいけど、今はメイドだから挨拶するのが礼儀だった。
「それともそんな簡単なことも学んでもらえなかったのか」
「はあ?! お前今なんて」
「いいんだ。ミリネ」
ロギアの声に、ミリネは口を閉じた。
流石に今のテラムの言葉を線を超えた。今のはミリネだけじゃなくヒシル、ひいては王子を侮辱する言葉だった。いくら国政を取り仕切る代理だとしても王子の前であんな風に言うのは礼儀に反することだった。
王子のやつ、あんなこと言われて腹が立たないのか。
臣下が自分のことを無視するようなことを言ったのに、ロギアは怒るようはなかった。ただ無表情でテラムを凝視していた。
「そんなことより話したいことがあるって言ったじゃないか」
「あ、そうですね。ではこちらへ」
テラムは部屋の中を手で示した。ロギアは先に部屋の中に足を踏み入れた。ロギアを見張る義務があるミリネも彼について中に入ろうとした。
「メイドは外で待て」
テラムは手を差し出してミリネの前を遮った。
「ただのメイドのくせに、王子様との話を聞こうとするのか。君は外で待て」
「いややけど」
ミリネは顔を上げて堂々と返した。普段のミリネなら「わかった」と言って下がるはずだったが、今度は違った。中で何が起こるかわからないから、王子を護衛のためでも中に入らなければならなかった。あと何よりーー
こいつが気に入らない。
テラムの上からの目線や言動や態度全部気に入らないため、彼の言う通りに従いたくない。これが最も大きな理由だった。
ミリネはテラムを無視して中に一歩踏み入れた。自分を無視するような振る舞いに、テラムはブチギレた。
「このやろが」
「いいんじゃないか」
テラムが手を振り上げた瞬間、ロギアは言った。ロギアの声に、テラムは体がすくめ振り向いた。
「でも王子様、ただのメイドが聞くような話では」
「別にいいじゃないか。ただのメイドだから」
ロギアの断固たる声に、テラムは何も言い返せなかった。
「わかりました」
結局テラムは仕方なく手を下ろした。ミリネは勝ち誇った顔を浮かべて部屋の中に足を踏み入れた。




