第14話 ヤダヤダヤダヤダヤダ絶対ヤダ
「きましたね」
重い空気の中、先に口を開いたのはヒシルだった。
「ではミリネ嬢も来たので、すぐ本論に入ります。ミリネ嬢」
「うん? 私?」
ミリネは顔を傾げながら自分を示した。するとヒシルは軽く顔を縦に振った。
「はい。ミリネ嬢は明日からロギア様と同行してもらいます」
「同行? どういうこと」
さらに意味わからなかった。
「言葉通りの意味です。明日から三日間ロギア様と一緒にいるだけです」
「まあそういうのなら別にいいやけど」
それなら別に難しいことではなかった。ただロギアの傍にいるだけで済むから。簡単なことだった。その上、ここにきてからロギアはたった一度も屋敷の外へ出たことがなかった。野外といっても庭くらいで、外の村や王宮に行く姿を見たことなかった。同行といってもどうせこの屋敷内だし、王子の様子を見張るにはぴったりで断る理由はなかった。
なんだ、たかがこんなことであんなに深刻な表情をしてたわけ。笑えるね。
ミリネは呆れて笑みが出た。息苦しい空気に深刻な表情していて何か悪いことでもあるのか、思っていたのにたかが王子との同行なんて。なんか緊張して損した気分だった。
「用事はそれだけでしょ? じゃ私は掃除しに行くね」
書斎で読みたい本があったため、一秒でも早く書斎に戻りたかった。ミリネは彼らの用事が終わったと判断して彼らから背を向けた。そして部屋を出ようと足を動かした瞬間、ヒシルがミリネを呼び止めた。
「少し待ってください。まだ話はまだ終わってません」
「なに。私は早く本をよぉ・・・いやっ、掃除しに行きたいけど」
「今本? と言いましたか?」
「いや、全然。空耳じゃねぇ?」
ミリネは慌てて誤魔化した。思わず本を読みに行きたいと言いかけていた。うまく誤魔化してからよかったものの危うく疑われるところだった。と思ったがなぜかヒシルの眼差しがいつもより鋭かった。
・・・まさか怪しく思ってるのか。きっとうまく誤魔化したはずなのに。
ミリネの額に冷や汗が出てきた。ヒシルの眼差しがさらに鋭くなった。ミリネは疑われないためにいち早く話題を変えた。
「そんなことより、話ってなに」
「あ、それがですね」
うまく変えたのか、ヒシルの眼差しから疑いの色が消えていた。
「実は」
「ヒシル、ちょっと待ってたまえ。俺が言う」
ロギアはヒシルの言葉を遮った。そして一回咳払いをし言葉を継いだ。
「実は明日からテラム代理が催す宴会があるんだね。俺も一応王子だから招かれて宴会に参加することになったけど、その間世話を見てもらう従者が必要で」
「そうなんだ。だから何ぁ・・・・・・ちょっと待って。それってつまり私も一緒に行くってことではないよね?」
お願いだから違うって言え。
ミリネは心の底からそう願った。ロギアとの同行が宴会に参加する意味ではないことを。今ロギアの口から「違います」という言葉が出ることを願った。しかしーー
「その通りだ。そなた理解力が早いな」
ミリネの願いは天に届かなかったのか、ロギアの口からは肯定の言葉が出た。
ロギアの傍に立ったヒシルが言った。
「そういうわけでミリネ嬢には王子様の従者として同行してもらいま」
「やだ」
「はい? 今なんて」
「ヤダヤダヤダヤダヤダ絶対ヤダ。宴会なんて絶対ヤダ」
ミリネは顔を大仰に顔を振李ながら言った。信じたくなかった。冗談だと信じたかった。聞き間違いだと思いたかった。だが、冗談というにはあまりにも真剣だったし、決して聞き間違いでもなかった。
「な、なんで私なんだ。ミアやミジャリもいるじゃん」
「ミア嬢は料理で忙しいし、ミジャリ様はその・・・」
ヒシルは急に言いづらそうにミジャリの様子を気にしていた。
いきなりどうしたんやろう。
とミリネは思った。そしてヒシルはおずおずと口を開いた。
「宴会に招かれたのは貴族のみで。ミジャリ様が行ったらきっと貴族たちに」
ヒシルは言葉を途中で止めた。だが、そのあとはわざわざ聞かなくてもわかった。ミジャリは平民。貴族たちの宴会に行っても無視されるだけだった。いや、もしかしたらそれよりもっと酷い目に遭うかもしれない。皆の前で笑い物になる可能性も
あった。もちろん、王子の婚約者だから流石にそこまではしないけれど、全くあり得ないことではなかった。
ミジャリは行かない方がいいかも。
確かにミジャリのことを考えると、ミリネが行く方がはるかにマシだった。
・・・いや、でもまだ一人いるじゃん。
今この部屋にまだ言及されていない人が一人いた。ミリネはその人に指さした。
「じゃああんたが行ってよ。あんたが言えばいいやろ」
「私、ですか」
ミリネに指目されたヒシルは、深いため息をついた。
「私もそうしたいんですけど、事情があって行けません」
「どうしてだよ」
「私は歓迎されない客ですから。多分宴会場にも入れてもらえないんです」
ヒシルの話を聞いたミリネは
いや、それはわからないやろ、
と言いたかったが、強いて言わなかった。ヒシルの顔がなぜか複雑そうに見えたからだった。
「じゃあ参加しないのは? どうせ代理の招待に過ぎないでしょ。王子だから不参しても」
「それはいけない」
黙って話を聞いていたロギアは、急に声を放った。
「テラム代理は現在空席の王の代わりに国政を取り仕切った忠臣だ。なのに、王子の俺が彼の招待を無視するわけにはいかないんじゃないか」
確かにロギアの言うことにも一理あった。空席の王座、それはロギアが王位を継がなかったせいだ。その空席を埋めるため、あのテラムという代理が国政全部取り仕切ったのだ。なのに彼の招待を無視して宴会に不参するのは礼儀ではなかった。
「だから俺は行く。そなたはどうするんだ」
「私は・・・」
「嫌なら行かなくても良い。一人でも行けば良いから」
ミリネは悩んだ。宴会は好きではなかった。人は多いし、うるさいし、話しかけてくる人の言葉に無理矢理相槌を打たなければならない。そんなわけで、ミリネにとって宴会は面倒臭いて煩わしい場所であった。
でもあの代理ってやつに会うためには。
ミリネは家でモルスが言っことを思い出した。
『ただの憶測かもしれませんが、代理が怪しいと思いますけど』
あの時モルスが言った代理の名前はわからない。けれど、ミリネはなんとなくあの代理が宴会の主催者テラムだろうという気がした。
あいつも容疑者の一人だから会ってみるのがいいと思うやけど。そのためには宴会に行くしかない。うーむ、どうしよう。
ミリネは眉間に皺を寄せて悩み込んだ。部屋の皆が沈黙でミリネの選択を待っていた。
「決めた」
しばらくしてミリネは囁くように独り言を呟いた。皆の注目が集まる中、ミリネは深く息を吐いて口を開いた。
「私も宴会に行く」
ミリネの一言に、ロギアの口角が吊り上がった。
そしてその日の夜。
「ああ、面倒臭い」
ミリネは部屋のベッドに仰向けになっていた。ミリネのベッドの上は服が散らかっていた。
「荷造り面倒臭い。ねぇミア手伝って」
「いやです。自分でやりなさい」
ミアからは断固として答えが返ってきた。ミリネは拗ねたように頬を膨らませた。だが、ミアは一瞥すらしなかった。そしてこの光景を見ていたもう一人のお客さんがいた。
「ねぇ、ミリネ」
そのお客さんはミジャリだった。ミジャリはミリネのベッドの上に座っていた。
「これも入れる?」
ミジャリはベッドの上の服を手に取ってミリネに見せた。ミジャリは今ミリネの荷造りを手伝っていた。メイドが主人に手伝ってもらうなんて、絶対あり得ないことだけど、これには事情があった。三日分なので別に手伝うことはないと何度も言ったが、どうしても手伝いたいと言うから仕方なく手伝ってもらっているのだった。
「これは持ってく方がいいと思う。入れるね」
「うん」
手伝うっていうか、ミジャリが全部やってるけど。
「これも、これも入れるね」
「う・・・いや、ちょっと待って。これ本当に三日分なの? 二週間は余裕そうだけど」
自分の鞄を見たミリネはびっくりして身を起こした。鞄がパンパンになってはち切れそうだった。
「念の為に色々入れたけど、入れ過ぎたかな」
ミジャリは照れくさそうに後頭部を掻いた。
「でも三日間何があるかわからないから。念の為に持っていくのがいいと思うよ」
「いや、流石にこんなには要らないって」
そう言ってミリネは鞄の中から服を一つ二つ取り出し始めた。ミジャリはそれをじっと見て小さく呟いた。
「羨ましい。私も外に出たい」
「ん? 今なんて言った?」
「ただの独り言だから気にしな」
ミジャリが言っている途中、突然ドアをノックする音が聞こえてきた。
「ミリネ嬢、ちょっとよろしいですか」
ノックの音と共にヒシルの声が聞こえた。
この時間にどうしたんやろう
と思いつつミリネは「上がって」と言った。するとドアは開き、ヒシルが部屋に入ってきた。
「ミリネ嬢少し話したいことがあります」




