第11話 ここどこ
「冗談でしょ。一人でやれなんて。こんなに広い庭を一人で手入れするのは流石に無理じゃ」
「十分にできます」
「いや、絶対嘘だ。もう面白くないから正直に言って。庭師がいるんだよね」
ミリネは信じたくなかった。一人でこんなに広い庭を手入れするなんて。嘘だと信じたかった。そもそもこんな広い屋敷に専用の庭師がいないなんて、ありえなかった。きっと庭師がいるはずだった。
しかしそんなミリネの期待とは裏腹に、ヒシルは一体なにを言ってるんですかというような顔をしていた。
「この屋敷に庭師はいませんよ。なにを言っているんですか」
「え、じゃこの庭は一体誰が」
「私です」
「え?」
「今まで私一人でやってきましたが」
予想外の返事に、ミリネは驚きのあまりに呆然となった。
一人でやったって? この広い庭を?
「今日掃除してからずっと聞きたかったことがあるんだけど、もしかしてこの屋敷にあんた以外に使用員はいないの?」
「いいえ、います。今ここにいるんじゃないですか」
ここに?
ヒシルの言葉に、ミリネは周りをキョロキョロと見回した。しかしこの広いにはミリネとヒシルだけで、他に人は見えなかった。
誰もいないみたいやけど。
「あのさっきからなにを探してるんですか」
「使用員だよ。他の使用員はどこにいるんだ」
「今目の前にいますけど」
「目の前に? ・・・まさか私のこと?」
ヒシルは答えの代わりに顔を縦に降った。
「それって結局、私とミアしかないってことじゃん!」
ミリネは大声を上げた。完全に騙された。使用員がいると聞いて一人でやらなくてもいいんだ。と思ったのに、その使用員って自分のことを言っているとは夢にも思わなかった。
「じゃ今までは誰が屋敷を管理したんだ」
「私です」
「え、あんた一人で?」
「そうですね。一人でやってきました」
ミリネは驚いて言葉が出てこなかった。掃除と料理、庭の管理まで全部一人でやり遂げるなんて、人にできることではなかった。
私は掃除だけでクタクタになったのに。あれを全部一人で?! 完全に化け物やん。
「どうしましか」
「いいえ、なんでもない、です」
驚きのあまりに、ミリネの口からつい尊敬語が出てしまった。
「急に尊敬語を使いますね。まあいいです。では私はやることがありますので、ここはお任せます」
「いや、ちょっと待って」
ミリネは屋敷に帰ろうとするヒシルを慌てて呼び止めた。ヒシルはおもむろに振り向いた。
「なんですか。また同じことを聞くつもりなら」
「いや、そうじゃなくて。庭の管理ってどうやるんだ。やり方わからないんやけど」
「・・・は、はい?」
ヒシルは少し目を見開いた。
「やり方をわからないなんて、どういう意味ですか。メイドなのにやったことありませんか」
「うん。一度もやったことない」
ミリネは堂々と言った。山で住んでいるから、たまに家の周囲の木を切ったり雑草を取ったりしたことはあるけど、なんかそれとは違うような気がした。あとそれもこんなハサミでやったわけではなかった。全部魔法をやってしまったせいで、ハサミを使うのは慣れてなかった。
そんなミリネの堂々たる様子に、ヒシルは呆れて顔をしたままぼーっと立ち尽くしていた。
「もしもし? 聞いてる?」
ミリネはぼーっとしたヒシルの目の前で手を振った。ヒシルは目の前で上下に動く手の間に見えるミリネを見て思った。
一体どこからこんな間抜けたメイドがきたんだ、と。
それからまた数時間後。ヒシルに庭の管理についてざっと教えてもらったミリネは、ハサミを持って庭を歩き回りながら芽を摘んでいた。
「確かにこういうのを摘めばいいんだって言ったやね」
ミリネは茂みの前にしゃがみ中に手を入れてハサミでわき芽を摘んだ。ちゃんとやっているのか確信はなかったけど、一応ヒシルに教わった通りにやってはいた。
『そんなに難しいことではありません。こういう成長を邪魔するわき芽を摘むだけです』
とヒシルが言いながら見せてくれたわき芽っぽく見えるものは全部摘んではいるけど、どうなっているのかはわからなかった。
「これを摘めばいいかな。よくわからないね」
誰かに聞きながらやればまだマシだけど。ヒシルは他にやることがあると屋敷に帰ってしまった。そのため、ミリネ一人でなんとかやり遂げるしかなかった。
「魔法を使えば簡単だと思うんだけど」
今のところ代わりに手入れしてくれる魔法はなかった。作ろうと思えば作れるけど、少し面倒くさいしバレる危険があった。部屋の掃除のような室内でやることは密閉されていて誰かが入ってきたらすぐ解除できる。だが、野外は話が違う。四方が開けていていつどこで誰に見られているかわからないし。あと、万が一魔法を使うところをバレたら、まずいことになってしまう。
そんなことになるのだけはマジで遠慮だ。
バレた時の言い訳作りも面倒くさいし、もし首になったら支援金も打ち切られるかもしれない。
「早く何か方法を考えなきゃ。このままじゃ呪いを解く前に、私が死ぬ」
こうやっていちいち手作業を続けていたら毎日疲れ果てて王子の呪いを解くどころか、過労死するに決まっていた。
「よし、これで芽摘み終わり、かな」
ミリネはおもむろに立ち上がって庭を見渡した。最初と何か変わったのか違いがよくわからないけど、一応一周して芽摘みしたからいいやろう、とミリネは思った。
「んーー、疲れた」
ミリネは大きく伸びをした。
「今度こそ部屋に帰って寝よう」
もう仕事もないはずだし、邪魔するヒシルもいない。あれが意味するのは一つ、ベッドでゴロゴロしても口うるさく言う人はいないということだった。その上、今ベッドに横になると気持ちよく眠れそうだった。ミリネは一刻も早くベッドに帰るために、屋敷に向かって急いで足を運んだ。
だが、しばらくしてーー
「やばい・・・ここどこ」
ミリネは庭の中で道に迷ってしまった。この屋敷の庭が広すぎたせいもあったが、ミリネが最後に芽摘みをしていたところが迷路みたいな形をしていたせいで、いまだに抜け出せなかった。
「ここだったと思うんやけど」
ミリネは左右をキョロキョロして方角を確かめようとした。しかしどこに行けばいいのか、どこか出口なのかわからなかった。それに弱り目に祟り目というけれど、日が暮れていた。今冬だし、日暮れが早くてすぐ暗くなるはずだった。そうなると、さらに方角がわからなくなってしまう。
「うむ、どうしよう」
ミリネはじっと立ち尽くして考え込んだ。方法が全くないわけではなかった。誰にもバレずに浮遊魔法を使えば簡単に迷路を抜け出せる。けど、誰にもバレずに魔法を使うのは簡単ではなかった。ただでさえ野外でどこで見られるかわからないのに、空中に浮いていると発覚しやすかった。
「でもいつまでここで迷うわけにもいかないし」
ミリネはふむと息を漏らしながら深く悩んだ。でも他に方法が思いつかなかった。
「あー! もー知らん」
考えるのが面倒くさくなってきたミリネは、イライラして大声を上げた。
「バレなきゃいいやろ。もしバレたら、その時考えよう」
そうなんの対策もなくミリネは魔法を使うことにした。誰にもバレないように、気をつけばいいと思った。
「まずここに誰もいないよね」
ミリネは周囲をキョロキョロと見渡した。特に人に見えるものはなかった。それでも不安だったミリネは、目を瞑って感覚を広げて魔力を感知した。幸いに、自分の辺りに感じられる魔力はなかった。
「よし、誰もないから、今のうちに」
ミリネは早速魔法陣を展開した。ミリネの足元に大きな魔法陣が眩しい光を放った。
「ちょっと、これ目立つかも」
浮遊魔法は久しぶりに展開して少し魔力を入れすぎた。ミリネは素早く魔力を回収した。すると魔法陣の光は弱まってほのかに光っていた。
「よし、このくらいならバレないやろう。ではさっさとここから」
「うわぁ、すごい」
ミリネが魔法を発動させようとした瞬間、背後から拍手の音が聞こえてきた。突然の人けにミリネは思わず身を強張らせてしまった。
ついさっきまで誰もなかったはずなのに・・・!?
ミリネは震えながらゆっくりと振り返った。人影に見えるものがミリネに向かって大きく手を振った。
「あら、ミリネさんですね。私です。ミジャリです」
その人影の正体はミジャリだった。




