第10話 マジで気に入らない
それから数十分後。ミリネは掃除を済ませてヒシルに検査を受けていた。ヒシルは隅々まで歩き回ってミリネがちゃんと掃除したか検査した。
あいつなんであんなに念入りにチェックするんだ。適当にやれよ。
後ろで結果を待っていたミリネはなんだか緊張した。自信がないわけではないけど、あれだけ検査が長くなると緊張するものだった。気を揉みながら待っていると、ようやく検査が終わったのかヒシルがミリネのところに歩いてきた。ミリネはゴクリと唾を呑んだ。
「ふむ、意外とちゃんとやりましたね。合格です」
「やったあああ!」
期待した結果に、ミリネはまるで子供のように跳んで喜んだ。
「じゃこれで掃除は終わりやね?」
「一応この部屋は」
「よーしっ、じゃ寝に行こっか」
「はい?」
ミリネの言葉をよく理解できなかったヒシルは顔を傾げた。しかし、ミリネは彼から背を向けて歩き出した。ヒシルは部屋を出ようとするミリネの右肩を慌てて掴んだ。
「ど、どこに行くのですか」
「部屋に決まってるやろ」
ミリネはどうしてそんな当たり前なことを聞くんだというような口調で答えた。
今ミリネはすごく眠かった。昨夜生活パータンのせいであまり寝れなかったし、その上に久しぶりに掃除して疲れた。そのため、部屋に戻って一眠りするつもりだった。
「まだ部屋に戻れません」
「はあ!? どうして」
「まだ掃除する部屋がたくさん残ってますから」
「・・・は?」
ミリネは自分の耳を疑った。そんなミリネのために、ヒシルはもう一度言ってくれた。
「まだ掃除が終わってませんで、ミリネ嬢は部屋に戻れません」
「・・・・・・」
「では次の部屋へ移動しましょうか。あ、使った掃除道具を持ってついてきてください」
そう言ってヒシルは先に部屋を出た。ミリネはで衝撃で呆然と立ち尽くしたまま、ヒシルの背中を見つめていた。
「何をぼーっとしているんですか。さっさとついてきなさい。掃除する部屋がたくさんありますよ」
ヒシルは振り返って言った。その声にやっと我に返ったミリネだったけど、ヒシルについて行きたくないのは相変わらずだった。
今でも逃げろっか。
と一瞬思いつつ、支援金のことを思うとあっさり足が動かなかった。結局、ミリネは思い切り歯を食いしばってヒシルについて行った。
それから何時間経っただろうか。屋敷にある全部屋の掃除をなんとか済ませたミリネは、クタクタになった。今は幸いにも休憩をもらって一階の廊下にある椅子に座って少し休んでいた。
「うぅ・・・マジで死にそう」
ミリネは呻き声を漏らしながらぼーっと虚空を眺めていた。体のあちこちが痛かった。
「明日絶対筋肉痛だ。これ」
普段ソファでゴロゴロしたため、体力がクズのミリネにとって掃除は重労働と同じものであった。魔法を使えば簡単だけど、掃除の間じゅうヒシルは後ろから見張っていたため、自分の手でやるしかなかった。
できれば呪いの手がかりを捜したかったけど。
ミリネが掃除した部屋にはロギア王子とミジャリの部屋も含まれていた。掃除しながら王子の呪いに関する手がかりを捜すつもりだったけど、それもヒシルが見張っていたせいで駄目だった。
「あのクソジジマジ邪魔。ムカつく。マジで気に入らない」
「そうですか。それは残念ですね」
「・・・え?」
廊下には自分以外には誰もいないはずなのに、返事が返ってきた。その聞き慣れた声に、ミリネは体がすくんだ。
「い、いつここに」
「つい先ですけど、どうやらミリネ嬢は私のことがお気に召さないんですね」
「いっ、いやそれが」
ヒシルの突然の登場に、ミリネは頭が真っ白になってしまい次の言葉が思いつかなかった。
「だ、だから・・・えーっと、聞き間違えたんじゃ」
「・・・・・・」
「んなわけないよね。ハハハ・・・」
ミリネは気まずく苦笑いを浮かべた。
「だから私が言おうとしたのは・・・だから、えーっと」
「もういいです」
ヒシルはミリネの言葉を遮った。
「別に気にしていません。あと、今こんなことしてる場合じゃありません。ちょうど休憩時間も終わりましたし、ついてきなさい」
「ちょ、ちょっと、まだやることが残ってるの?」
「当たり前なことを聞きますね。ミリネ嬢にはまだやることがたくさん残ってます」
ヒシルの言葉に、ミリネは衝撃で言葉を失った。掃除だけでクタクタなのに、まだ仕事が残っているなんて、ミリネを絶望のどん底に落とされるには十分だった。
「では早速行きましょう。ついてきなさい」
そう言ってヒシルはどこへ歩き出した。ミリネはゆっくりと遠ざかる彼の背中を見て独り言を呟いた。
「あのクソジジマジで嫌い」
ミリネはゆっくりと椅子から立ち上がった。そして嫌な顔を浮かべながらヒシルの後について行った。
こうしてヒシルについて廊下を通っていた中、廊下の曲がり角の階段が目に入った。
あれ、あんなところに階段があったっけ。
怪訝に思ったミリネは目を凝らした。その階段は階下に続いていた。
ここ一階なのに・・・地下室があるのか。でも地下室があるとは聞いてないけど。
今日掃除する時も地下室には行ったことがなかった。
「ヒシル」
「はい。どうしましたか」
「この下は掃除しなくてもいい?」
ミリネは階段を指さした。日が当たらないほど隅っこにあって階段のところだけ暗かった。
「ここは掃除がまだやけど」
「そこは大丈夫です」
ヒシルは階段の方をちらっと見て言った。
「戦争の際、王様が身を隠すために使ったところです。今は戦争も終わったし、もう使いません。あと、そこは私が管理しておりますから、ミリネ嬢が掃除する必要はありません」
「それはよかった」
ただでさえ疲れたのに、もしここまで掃除しなさいと言われたら本気でやめるところだった。ミリネはヒシルの言う通りに、地下室についてはもう気にしないことにした。
それから数分後。ミリネたちは屋敷を出て庭の真ん中に立った。ミリネは庭をキョロキョロ見渡した。
改めて見ても広いね。
山の奥にあるミリネの小家の数十倍は大きそうだった。その上に茂みと木々が美しく手入れされていて、おしゃれだった。
ここの庭師の腕がいいね。私にはこういうの絶対無理。
案外ミリネは自分ができることとできないことをはっきりとわきまえていた。そして庭の管理や手入れは、美的感覚が死んでしまったミリネにとって絶対できないことであった。
「で、どうして外に出たんだ。寒いけど」
「その前に、これを」
ヒシルは手のものをミリネに手渡した。冷たくて少し重かった。ミリネはなんだろうと思いながら手を見下ろした。ミリネの手にはハサミが持たれていた。
「なにこれ」
「ハサミです。正確には芽切鋏です」
「そっか」
単語は知っているけど、実際に見るのはこれが初めてだった。ミリネはハサミを不思議そうに見た。
これで芽を切ったりするのかな。ふむ、こんなもんでちゃんと切れるんか。
とミリネは疑問に思った。
「で、どうしてこれを私にくれるんだ」
「ミリネ嬢は今からこのハサミを使ってこの庭を手入れしてください」
「・・・・・・え?」
ミリネは驚いて目を見開いた。一瞬自分の耳がおかしくなったのかと思った。ミリネは信じられないかのように問い返した。
「手入れだって? 私が? この広い庭を?」
「はい」
「私一人でぇ?!」
「はい」
「ハハ・・・ハハハ」
ミリネは呆れて笑みが溢れた。まさか自分にそんなことをやらせるとは夢にも思わなかった。
庭の手入れだって? 私が? 終わったね。これは。
掃除より何倍は難しい仕事に、ミリネは目の前が真っ暗になった。




