第9話 本当の理由
ミリネは戸惑ったあまりに、言葉をどもった。
「な、ななんで」
「ミリネ嬢を一人にしておくのは不安なんですから」
「私子供じゃないから、外に」
「ついさっきだって厨房を燃えかけてんじゃないですか。この部屋もどうなるかわからないからここで見守ります」
そう言ってヒシルは部屋の隅っこの椅子に座ってミリネの監視し始めた。ミリネは手にモップ掛けを持ったままぼーっと立ち尽くした。
これじゃ魔法を使えないじゃん!
まさに絶望的な状況だった。魔法で指一本動かすことなく済ませるつまりだったのに、ヒシルが部屋から出ない限り魔法は使えなかった。
ミリネはつかつかと歩いてヒシルの前に立った。
「本当にお願いだから、外に出てもらえないかな。絶対壊さないから」
「はい。信じます。ですから早速始めてください」
言葉では「信じる」と言っているが、どう見ても信じている様子ではなかった。
『私の魔法は完璧で部屋を壊すことなんて絶対ないってぇ!』
とミリネは叫びたかった。だが、そんなこと言ったら正体がバレてしまうのでグッと飲み込むしかなかった。
「本当に出ないの?」
「はい」
何度聞いても返ってくる同じ答え。これ以上聞いてもやり取りの繰り返しになることに悟ったミリネは、結局諦めて両手を上げた。
「わかった。じゃ始まるね」
そう言ってミリネは掃除し始めた。まずは箒を使って埃を一ヵ所に集め掃除した。そのあと、ハタキを使ってグランドピアノにたまった埃を払った。
案外ちゃんとやってるな。
ピアノを壊すのではないか、床にひびを入れるのではないかと心配したけど、意外とちゃんと掃除するミリネの様子に、ヒシルは少し驚いた。埃もちゃんと集めて捨てるし、今はもはやモップ掛けを始めていた。
こうやって手で掃除するのは久しぶりやね。久しぶりだからか、なんか、うん、やっぱ面倒臭い。さっさと済ませて寝よう。
そう思いながらミリネはモップ掛けをしていた。
こうして窓の周りを掃除している時だった。モップ掛けをしていた途中、窓から人影が見えた。ミリネは窓の外に目を向けた。
あの人たちは。
ロギアとミジャリが庭を並んで歩いていた。何をそんなに楽しく話しているのか、ロギアは満面の笑みを浮かべていた。
絵になるんやね。あの二人。
ミリネは庭を見下ろしながらそう思った。彼らの見た目を見てそう思ったわけではなかった。楽しそうに笑い合って話している仲の良い姿がすごく見栄えが良かった。
どころであの二人はどういう関係なんや。めちゃくっついてるけど、付き合ってるのかな。
「ミリネ嬢? 何してるんですか」
そう思いながらあの二人を見下ろしていた途中、突然背後からヒシルが声をかけてきた。ミリネはびっくりして叫びかけた。危うく反射的に魔法を撃ってしまうところだったが、幸いに魔法を使う前にヒシルの顔が目に入った。
「な、なんだ、びっくりしたじゃん」
「驚かせたらごめんなさい。どころでさっきから何をじっと見てるんですか」
「あれ」
ミリネは窓の外を指さした。すると、ヒシルは窓の外に顔を向けた。まだロギアとミジャリがそこで楽しそうに話していた。ロギアとミジャリを目にしたヒシルはふむと息を漏らした。
「ロギア様とミジャリ様ですね」
「うん。あの二人って付き合ってるの?」
「はい?」
「あの二人あんなにくっついてるじゃん。あんな距離、恋人じゃないとできないと思うんやけど」
ミリネはロギアとミジャリを見て言った。すでに肩は触れているし、あと五センチで唇が触れそうな距離だった。誰が見ても恋人に間違いなかった。
普段だったら他人の恋愛などに興味もなかったはずだが、今は第一容疑者のミジャリという女子について一つでも多くの情報が必要だった。なんで三年前の踊り子が王子の傍にいるのか。あの二人はどういう関係なのか。調べなければならないことが多かった。
このジジなんか知ってそう。できるだけ情報を引き出してみよう。
と思ったミリネはヒシルにもう一度聞いた。
「あの二人付き合ってるでしょ」
「・・・・・・」
ミリネの問いかけに、ヒシルは沈黙した。ミリネは横目でヒシルをチラッと見た。ヒシルはどこか寂しそうな顔をしていた。そしてその感情のこもった視線はロギアに向けられていた。
何か知ってそうな感じやけど、答えたくないのか。
答えたくない人から情報を引き出すのは簡単なことではなかった。答える気になるように言いくるめるのは、得意でもないし何より面倒だった。こういう時、精神操作魔法というとてもいい方法があるけど、道徳的に良くないという理由で七賢人の許可なしには使うのは禁止されていた。たとえ七賢人本人であっても、使うためには他の七賢人の許可が必要だった。あと、ミリネはここにくる時、許可をもらわずに来たので今精神操作魔法は使えなかった。それはすなわち、ヒシルから答えを引き出す方法がないということだった。
残念やけど次を狙うしーー
「付き合ってます」
ミリネが諦めようとした刹那、ヒシルは急に口を開いた。
「いいえ、結婚を約束した仲ですから、婚約者の方が正しい表現ですね」
「婚約者?」
「はい、ロギア様とミジャリ様は三年前婚約を交わしました」
ヒシルの答えにミリネは一つの疑問が湧いた。
「待って。それってまだ結婚してないってことだよね?」
「・・・はい」
「三年前に婚約したのに?」
可笑しかった。普通は婚約してから短ければ半年長ければ一年内には結婚するのが一般的だった。なのに三年も経ったのに未だに結婚していないというのは流石に可笑しかった。
「なんか理由でもあったんか。結婚しない理由が」
「それは・・・・・・」
ヒシルはすぐに答えられず少し迷った。困ったように額を掻いた。ミリネは無言でヒシルをじっと見つめて「早く答えろ」と圧をかけた。ミリネの圧に耐えられなかったのか、それともやっと答える気になったのか、ヒシルはゆっくりと口を開いた。
「反対が激しかったです」
「反対なら貴族たちが?」
「はい」
ヒシルは軽く頷いた。
「実はミジャリ様はその・・・平民です。なのに王子様と婚約をしました。それが気に入らなかった貴族たちが反旗を翻したせいで結婚できなかったのです」
ヒシルは深いため息を吐きながら言った。残念がっているようだった。
こうして全ての事情を聞いたミリネは、満足したのか笑顔を浮かべていた。ミリネはニコニコ笑いながらヒシルに言った。
「それだけじゃないでしょ」
「どういう意味ですか」
「他に理由があるんでしょ。結婚できなかった理由が」
ミリネの声が低くなった。さっきの笑顔は完全に消えていた。
ヒシルの話には頷けないところがあった。
王子の結婚を貴族が反対したと?
これはそれほど納得できない話ではなかった。平民のミジャリがカースト最上位の王子ロギアと婚約するのは貴族たちにとってあまり嬉しい話ではないはずだった。だってきれば自分の娘と王子を結婚させて権力を得ることを狙う貴族が多いから。故に貴族たちが王子の結婚を反対したこと自体はそれほど可笑しくなかった。本当に可笑しいなところはーー
あれだけ反対してたのに、この二人を一緒にさせるんだって。貴族らしくない。
どう考えても納得できなかった。もしミリネが貴族の立場だったら、一切会えないように引き離したはずだ。ロギアがミジャリのことを忘れるように。しかし、ここの貴族たちはそうしなかった。二人を引き離すどころか、むしろこの屋敷に一緒に住むことを黙認していた。ミリネが知っている限り、自分の利益を優先する貴族たちがそんなことするはずがなかった。
つまり、王子が結婚しないことには他に理由があるってことだけど。
おそらくそれが王子が結婚できなかった本当の理由のはずだった。
ミリネはチラッとヒシルを見た。本当の理由をヒシルが話さなかったのは、彼も本当にその理由を知らなかったとか、わざと隠したということだった。
どっちなのかはまあ今確認すればいい。
ミリネは顔を上げてヒシルと目を合わせた。
「で、結婚できなかった本当の理由はなに」
「・・・・・・・・・」
ヒシルは沈黙したままミリネをじっと見つめた。当惑か困りか戸惑いかわからなかったけど、複雑な表情をしているのは確かだった。
「何を言ってるですか。他の理由なんて。何を言ってるのかわかりませんね。知ってることは全部話してあげましたけど」
「そんなことで誤魔化すつもりなら」
「これで一休みは終わりにして掃除を続けましょう」
ヒシルは慌てて話をまとめて振り返らずに椅子に歩いていった。
ヒシルは最後までミリネの問いに答えてくれなかったけど、問題なかった。ヒシルの沈黙とあの反応は十分に答えになった。
ヒシルは本当の理由を知ってる。
どうしてそれを隠そうとするのかはわからない。けど、その理由は、王子の呪いを解く鍵になりそうな気がした。
ミリネは窓の外に目を向けた。ヒシルと話している間に、ミジャリはどこに行ったのか、庭には王子だけがベンチに寂しそうに座っていた。




