エピソード3 蘇生
RINA ― アクション小説 ―
第3話 蘇生
白い光が、瞼の裏を貫いていた。
リナは重たい頭を持ち上げ、瞬きをした。天井のライトは規則的に点滅している。いや、点滅の間隔が微妙に違う。0.8秒、0.83秒、0.79秒――数字として「分かる」自分に、ゾッとした。
「……ここは……」
声が掠れた瞬間、胃がひっくり返るような空腹が襲った。全身がエネルギーを求めている。
ガラス越しに父・善和が現れた。
「リナ……大丈夫か」
「お腹が……空いた」
善和は迷わず、傍らのバスケットから飴玉を取り出して差し出す。
リナは反射的にそれを口に放り込み、噛み砕いた。甘さが血に溶ける。
――その瞬間、世界の輪郭が劇的に変わった。空調の風速、床の振動、父の声のトーン。全部が細かすぎるほど鮮明に見える。
「体は、何をされたの……?」
「骨格を補強し、筋繊維を再構成した。神経の許容量も広げ、脳にはAI補助を。糖質を三倍の速度で代謝する。……お前を“生かすため”だけに」
善和の目は逸れない。
「私は……人間?」
「人間だ。私の娘だ」
答えを聞いたはずなのに、胸の奥に重たい疑問が残る。
その時、ガラス越しに兄・将武がひらひらと手を振った。
「やぁ、リナ 」
「……将武……お兄ちゃん ?」
「無事でよかった。……腹減ってるだろ? バーガー買ってあるから」
笑う兄の姿に、リナは少しだけ安堵した。
*
数時間後。
訓練室に立たされたリナは、白衣の研究員たちに囲まれていた。
「体の強化度を測る。まずは基礎動作だ」
藤田所長の指示で、センサー付きのスーツを着せられる。
パンチ、キック。動作を繰り返すたびに、数値が異常な速度で跳ね上がる。
「時速60……70……いや、もう80を超えてるぞ!」
「反応速度は常人の十倍……」
だが、リナは測定器の数値を見ている暇もなかった。体が熱を帯び、甘いものを欲して止まらない。飴を二粒、口に放り込み、ようやく落ち着く。
善和が近づいた。「……まだ安定していない。エネルギーを切らすな」
「……これが、私の“体”?」
「違う。これは“武器”じゃない。生き残るための力だ」
だが、リナの胸に渦巻くのは混乱だった。
鏡に映る自分。金属で補強された肉体。
――私は兵器なのか? 人なのか?
*
夜。
眠れずに歩き回ったリナは、研究所の非常口に辿り着いた。
扉を開けた途端、涼しい風が頬を撫でる。
気が付けば、足は外へ向かっていた。
都会から少し外れた歓楽街。夜のネオンは湿った空気を照らし、通りには酔客がふらついている。
リナの姿は異様だった。研究用の白い服、裸足、髪は乱れ、瞳は冷たい光を帯びている。
裏口からゴミを捨てに出てきたスナックのママが声を上げた。
「ちょっと、あんた……どうしたの、その格好……!」
リナは座り込み、震える声で言った。
「……お腹、空いたの」
ママは驚きながらも、手を差し伸べた。
「中に入りなさい。何か食べさせてあげる」
店に入ると、娘のユキが心配そうにリナを見つめた。
「同い年くらい……大丈夫?」
リナは答えられず、ただ出されたサンドイッチにかぶりついた。
その姿にママとユキは息を呑む。――獣のように食べている。
「名前は?」ユキが訊いた。
「……わからない」
「どこから来たの?」
「……わからない」
ママは困惑しながらも、そっと肩に上着を掛けた。
*
その時、スナックのドアが乱暴に開いた。
「おい、酒持ってこい!」
派手な柄シャツの男たち二人が、傍若無人に上がり込む。
「ボトル、早くしろや!」
ママが「もう閉店よ」と言う声を無視し、ソファに足を投げ出す。
ユキに近づき、腕を乱暴に掴む。
「おい嬢ちゃん、相手しろや」
「やめて!」
その横で、もう一人がリナの腕を掴んだ。
「お前、いい顔してんな。俺らの相手――」
言葉の続きは出なかった。
次の瞬間、リナの右腕が稲妻のように動いた。
男の体が宙を舞い、テーブルごと吹き飛ぶ。
「な、何だと!?」
もう一人が拳を振りかざす。だがリナは冷静だった。
一歩踏み込み、肘で鳩尾を抉る。男は胃液を吐きながら崩れ落ちた。
「……!」
自分の右手を見つめるリナ。
何をしたのか、自分でも理解できない。
ママとユキは呆然と立ち尽くした。
リナは振り返り、静かに言った。
「……ごちそうさまでした」
そして、店を後にした。
*
しかし、その姿は既に見られていた。
近くの店から出てきた不良グループ八人が、倒れた仲間を見て激怒する。
「おいサブ、女にやられたのかよ!」
「うるせえ! 殺す!」
夜の地下駐車場。リナは囲まれた。
逃げ場はない。
リーダー格が唾を吐き捨て、ボクシングの構えを取る。
「かかってこいよ、嬢ちゃん」
リナの瞳が、一瞬光を宿した。
次の瞬間――。
サブと呼ばれた大男は、立ったまま後方に吹き飛んでいた。
残る七人も一斉に襲いかかる。だが、リナの体は常人を遥かに超えていた。
回し蹴りで二人、掌底で一人。
残りは連続のジャブで数秒のうちに床へ沈んだ。
無表情のまま立ち尽くすリナ。
周囲には呻き声だけが響いていた。
――その時。
黒いワンボックスが音もなく現れた。
スライドドアが開き、黒服の男たちが笑顔で立っている。
手にはお菓子の山が詰まったバスケット。
「お嬢様。お迎えに参りました」
リナの瞳の光がふっと和らぐ。
飴玉をひとつ取って口に入れると、表情が無に戻った。
彼女は素直に車へ乗り込む。
黒服の男たちは安堵のため息を漏らし、額の汗を拭った。
「……冷や汗もんだな」
「甘い物さえあれば制御できる。……今はまだ、な」
夜の街を離れ、ワンボックスは闇の奥へ消えていった。




