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死に方を探す旅

普通の高校生活を送るはずだ。だって友達もできたし、遊びに行く約束までしたんだ。普通だろう?

陽依(ひより)、殺しちゃった。」


四月の初めに入学式を終えて高校生になり、クラスメイトはほとんど初めましてだった。中学から一緒だった『朝西翔(あさにしかける)』が同じクラスだったが、正直そこまで話してないし少し気まずい。男子が六割、女子が四割くらいだったかな。会って初日なはずなのにもうグループで固まってる男子たちがいた。

「コミュ力あるなぁ、あいつら」

僕の左隣に座っていた男子が話しかけてきた。確か名前は『河崎晴斗(かわさきはると)』だっけな。

「あ、うん、そうだね」

「なぁお前まなとって名前だっけ?漢字珍しくね?『真柊』だろ?」

「え、そうでもないと思うけど…」

こいつもコミュ力あるじゃねぇか。そう思ったが話しかけてきてくれたことは嬉しかった。僕は人と話すのが苦手だ。それなのに、友達といる方が好きなんだ。だから高校では友達をできるだけ沢山作りたかった。そんなの無理って分かってても。

「俺晴斗ね!よろしく!」

「うん、よろしく」

一番最初にできた友達っていうのもあって、晴斗とはよく遊ぶようになった。さらに晴斗と友達になった『原川萌結(はらかわめい)』と、萌結と同じ中学だという『月錦陽依(つきにしひより)』とも仲良くなり、四人で遊ぶようになっていった。

「ねぇ夏休みさ、四人で海行こうよ!」

萌結が提案し、みんな賛成だった。楽しくて面白い高校生活になると思っていた。


七月下旬、夏休みが始まった。冷房がなければ死んでもおかしくないほどの暑さだ。住んでる場所が田舎だからか、特に暑く感じる。セミの鳴き声と風鈴の優しい音しか聞こえてこない。カバンに水着とゴーグルとスマホと財布を詰め込んで集合場所の駅に向かった。駅には晴斗がいた。

「間違えて早く来ちゃったわ!」

晴斗は大きく笑いながら言った。

五分くらい待って陽依と芽結も来た。

「お待たせー!じゃ行こっか!」

海までは駅から電車で十五分ほどかかる。

陽依「海着いたらさ、ビーチバレーとかしようよ!」

晴斗「いいね!でも俺その前にめっちゃ深いとこ行って潜りてぇ!」

萌結「私も深いとこ行こーっと」

こんな会話をしているうちに海に着いた。


朝早くに集合したので午前中から遊ぶ時間があった。僕らは水着に着替え、海に飛び込んだ。夏の日差しが水しぶきをキラキラと照らす。焼けるように熱い砂浜、ぬるい海水、僕にとってはそこにある全てのものが新しかった。

昼ごはんを食べた後も沢山騒いだ。気づけば空がオレンジ色になり、気温も下がっていた。各々浜辺に上がっていった。けれど、陽依はいつまで経っても上がってこない。それどころか何処にも見当たらない。

晴斗「陽依は?」

僕「どこにもいないけど、どっかに潜ってるのかな」

だが十分待っても陽依の姿は見えなかった。ふと、萌結の方を見た。さっきからやけに静かだと思っていたが、震えて泣いているようだった。

僕「どうしたの?大丈夫?」

萌結「…た、……ちゃった…」

声が小さく、震えていて何を言っているのか聞こえなかった。

「ん、なに?」

晴斗が心配そうに聞いた。


「陽依、殺しちゃった。」


五分くらいだったか、時間が止まったような、音が消えたような、そんな感じがした。

「は、何言ってんだよ冗談だろ?」

晴斗は自分に言い聞かせるように冗談混じりで言った。だが萌結は黙ったまま泣いてるばかりだ。だれもその事を信じれていないようだった。空はすっかり暗くなり、僕らは警備員に補導された。

「君たち高校生?親御さんたちはいないの?電話番号わかるかな、迎えに来てもらうから」

僕らは口を閉じたまま俯いていた。すると晴斗は

「あの…友達があと一人海にいるので、探してくれませんか…」

と小さい声で言った。警備員は驚いた表情でこっちを見て

「探してって…なんではぐれちゃったの?」

僕「いなくなっちゃったんです、まだ海にいるはずです」

警備員は警察に電話していた。どうやら遭難事件だと捉えたらしい。しばらくして警察が来た。だがあたりはもう暗く海の中に入って探すのは困難な為懐中電灯で水面を照らして探すだけだった。陽依の姿はやっぱり無かった。捜索は少ししかせず、僕らは家に帰らされた。帰りは各々親の車で帰った。三人とも暗い顔だっただろう。特に萌結は。その日の夜は寝ることが出来なかった。当然だろう。大切な、大切な友達が一人いなくなったのだから。


気づけば外は明るく、朝ごはんの支度をするお母さんの声が聞こえた。僕らは夏休みだが、大人はもちろん仕事があるのだ。両親が共働きな僕は平日休みの時は大体いつも一人でいる。一睡もしてないのに眠くなかった。朝ごはんを食べながらテレビのニュースを見ていた。

《昨夜未明、〇〇県△△市のアパートで、十六歳の女子高校生が首を吊っている状態で見つかりました。―》

朝から残酷なニュースばかり報道しているな、と思いながら頭の中は陽依のことでいっぱいだった。その日は特に予定が入っているわけでも無かったのでずっと家にいる。警察からの連絡を待ちながら。

そういえばあれから、三人とは連絡をとっていない。みんな気持ちが落ち着かなく、話す気になれていないからだ。朝十時過ぎに警察から電話がかかってきた。

「落ち着いて聞いてください。捜索隊が女の子の遺体を発見しました。月錦陽依さんの可能性が高いです。海で待ってますので、最後にお別れを告げますか?」

想像していた。覚悟もしていた。だけどやっぱり辛かった。苦しかった。友達が死んだのはこれが初めてだった。僕は泣きながら駅に向かった。駅でたまたま萌結と会った。萌結も警察から電話があったのだろう。

僕「大丈夫?」

萌結「…うん。」

お互いの心に大きな穴が空いているのが痛いほどわかった。


海に着くと晴斗がいた。先に別れを告げたようだ。堤防に座ってじっと海を眺めていた。僕と萌結も陽依に会いに行った。全身が冷たく固まっている。四人で楽しく遊んでいたあの頃とは似ても似つかない。昨日からずっと泣いているせいか、二人とも涙は出なかった。別れを告げた後、晴斗の元に駆け寄った。

「大丈夫?」

僕の呼び掛けには応答しなかった。僕らの元に警察が来て死因を話してくれた。どうやら海底にあった漁をする為のロープに足を絡めて上に上がることが出来なかったらしい。溺死だ。

萌結「私が陽依に、どこまで深く潜れるかっていう遊びしようって言ったの。そしたら陽依、海底まで潜っちゃってさ、私は息続かなくて上がったんだけど陽依は上がってこなかった。でも海底まで潜れるなら大丈夫だと思ってて、でも全然上がってこないから流石に心配で海底の方見てみたら陽依がすごいもがいてて、私は海底まで潜れないからどうすることも出来なくて二人の事呼んだんだけど聞こえてないっぽくて…だから私が殺したんだ」

警察が遺体を持っていき、海には僕ら三人だけになった。少しの沈黙が続いた後に晴斗が、

「俺、陽依のこと好きだった。告白も考えてた。萌結、お前は悪くないよ。不慮の事故だ。な?真柊」

「うん、そうだよ。萌結は悪くない。萌結の呼び掛けに答えられなかったこっちにも否はある。」

夏の日差しはなだらかな海面をキラキラと照らす。


陽依が死んでから僕らは遊ばなくなっていった。セミの鳴き声と風鈴のどこか悲しそうな音が聞こえる。そんな日が続いた。


夏休みが終わり、学校が再開した。陽依の席には白菊が活けられた筒のような花瓶が置かれていた。萌結は学校に来ていなかった。

昼休み、晴斗とご飯を食べていると、翔が蔑むような表情でこっちに歩いてきた。

「お前らと萌結が陽依のこと殺したんだろ?よく呑気に学校来れてんな。少年院でも行ってろよ」

心にぶっ刺さるような言葉だった。翔がそんなことを言うような人間だった事も僕らが関わっていることが知られていることも驚きだった。それと同時に翔に対する怒りが込み上げてきた。

(なにも知らないくせに…)

晴斗も怒っているようだったが、お互い何も言い返せなかった。ああ、そうだ。僕らが悪いんだ。僕らの不注意で、陽依は死んだんだ。

「よぉ、殺人犯」

「今日も学校来たの?また人でも殺すの?」

翔の悪口は日に日に強くなり、翔の周りには人が集まっていき、僕らはクラス全体から疎外されるようになった。


僕の手には真っ赤に染ったナイフ、地面には翔がお腹を抑えてうずくまってた。クラスメイト全員が僕を見ているのがわかる。晴斗もだ。女子生徒の悲鳴、先生が呼び掛けてる声、色んな音が聞こえた。真夏の昼時、一年二組は騒然としながらも、やけに静かだった。

翔は病院に搬送されたが、出血多量で死んだそうだ。僕は先生と警察と、僕のと翔の両親に問い詰めを受けていた。人を殺したのはもちろん初めてだった。だけど、なんとも思わなかった。辛くも悲しくも痛くもない。でも罪悪感だけ、溢れるほどあった。許されないことをしたという罪悪感。僕は萌結の気持ちが分かった。高校一年生ということで小さな少年院に入れられた僕は、萌結に会いに行こうと決めていた。あれから一回も会ってない。


小さな少年院というのもあってか、警備がかなり甘いことに気がついた。これなら夜中なら簡単に抜け出せそうだ。必要な道具を奪って夜中になるのを待った。そしてみんなが寝静まり、警備が薄れたところで僕は昼間集めた道具で外壁を登った。やっぱり思った通りだ。簡単に壁の上に来れた。ちょうどその頃に僕がいなくなってる事がバレたらしい。すぐにアナウンスが流れた。

《緊急事態発生!囚人一名の身元不明!今すぐ点呼を取り確認せよ!》

僕は慌てて外壁を降りて外の世界に戻った。準備は整っている。さあ、もう一人の人殺しに会いに行こう。


僕は萌結の家に行った。自分の家からは少し遠かったが、少年院からは近かった。しかし時刻は深夜二時四十分、「原川」の文字の前で

(さすがに寝てるかな)

と考えたが、部屋には明かりが灯っていた。安心した。これで追っ手から身を隠すことができるかもと。だがインターホンを押してしまうと親が出てくるかもしれない。僕が翔を殺したことは地方の大きなニュースになったらしい。なので当然萌結もその親も僕が殺人犯なのは知っているはずだ。僕は二階の萌結の部屋のベランダに小石を投げた。するとベランダに萌結が出てきた。出てきてすぐ

「え、真柊!なんでここにいるの!ニュース見たよ!」

と、かなりの声量で叫んできたので慌てて(静かに!)という動作をした。萌結もそれに気づいてハッとしていた。危うく萌結の親どころか近所の人にまで気づかれるところだった。萌結は玄関から勢いよく出てきて、そのまま僕に飛びついてきた。何が起こったのか分からず固まる僕に

「真柊もやっちゃったね、人殺し。しかも私たち、どっちも中学同じだった人殺してるじゃん」

と、クスクス笑いながら言った。前の暗い顔はどこにも無く、代わりに無邪気な笑顔があった。

「私たち、似てるところあるよね。お互い居場所がなくて、人も殺して、あでも、真柊は捕まっちゃったのか!あはは―」

前の萌結からは想像がつかないほど元気に、楽しそうに笑うようになっていた。

「私ね、死のうと思うんだ。でもどうやって死ねばいいか分からないの。だから真柊、私と旅しない?私の死に方を探す旅。」

死に方を探す旅、なんだよそれ。晴斗は僕が翔を殺した時に僕に失望したらしい。つまりだ、萌結がいなくなったら僕は本当に居場所を失う。萌結が最後の砦だったのに、こんな提案…

「嫌だ?前はみんな私の提案に賛成してくれてたのになぁ」

笑いながらそう言う彼女の顔は、どこか悲しそうだった。


そうして僕ら人殺し二人は、死に方を探す旅に出ることになった。萌結はカバンにスマホ、財布、ナイフ、少しの食料と水を詰め込んだ。旅をすると言っても予定はもちろん無いので、ひたすら歩いた。日が出始め、気温も上がってきた。

萌結「私たちの捜索とかって、もう始まってんのかな?」

僕「あー、どうだろう。でも僕はもう脱獄バレてるし始まってるよ」

萌結「あはは、バレるの早すぎ!意外と不器用なのー?」

僕「うーん、そうかも。でも簡単に抜け出せたよ」

萌結と会話をすること自体が久しぶりな為か、少し人見知りが戻っていた。でもなぜだろう、前より話しやすい気がする。それどころか、萌結の印象がかなり変わった。こんなに元気良かったっけ…?

気がつけばどこかも分からないような場所に来ていた。地図は見ずに歩いてたので居場所が分からない。奥の方に線路が見えた。

「電車に引かれて死ぬのはなんか怖いなあ。死体とか綺麗な方がいいじゃん?」

そんなこだわりがあるのか、と思いながらも歩き続けた。また進むと今度は井戸を見つけた。

僕「井戸に落ちたりするのも違うの?」

萌結「えーそれもなんか痛そうじゃん!痛くなくて死体が綺麗な死に方無いかなぁ」

そんな死に方…あ。

僕「首吊って死ぬのは?痛くはないだろうし死体に傷もつかないよ」

萌結「ただの自殺はつまらないよ」

こだわりが多すぎてよく分からなかったが、死に方を探す旅はとても楽しかった。色んな経験をした。野生の動物やカラフルな電車を見たり、お店から食べ物を盗んだり。彼女とならなんでもできる気がした。どこにでも行ける気がした。彼女の笑顔に惹きつけられるように、真夏の太陽のように、僕の心も明るくなっていった。

僕らはお互いに人殺しで、お互いが親友になっていた。たくさん笑った。たくさんはしゃいだ。死に方を探す旅は僕にとっては「生きがいを探す旅」になっていた。


食料も底を尽き、歩くのもかなり疲れた。全く見覚えのない場所に高校一年生二人が座っている。

萌結「はあ、結構疲れたね」

僕「うん、もう歩けないよ」

萌結「そっか…じゃあそろそろだね、もう決まってるよ。」

萌結はカバンからナイフを取りだした。心臓の音が大きくなる。疲れきった体の体温がどんどん上がっていくのを感じる。

僕「ねえ、本当に死んじゃうの?」

萌結「そりゃここまで来て死なない訳にはいかないよ!」

僕「…そっか」

死んで欲しくなかった。萌結は僕の生きがいなのだ。この旅でそれがよくわかった。彼女といると「生きたい」と思えるのだ。でも、僕には萌結を止める権利はない。それにここまで着いてきたからには最期まで見届けなきゃいけない、そう思った。

だからせめて、せめて彼女を生涯忘れない為に…

「僕と付き合ってください。」

萌結は目を丸くしてこっちを見た。そりゃ驚くよな、死のうとした直後に告白なんかされたら。内心僕も驚いた。自分の口から「付き合ってください」なんて言葉を出したのはこれが初めてだった。過去に好きな人ができなかった訳では無い。できても自分に勇気が出ず伝えられなかっただけだ。でも今僕は確かに萌結に気持ちを伝えた。唯一の居場所な気がしたからだ。そんな居場所が今から死のうとしている。

「……うん!嬉しい。」

ナイフを片手に持った彼女は、優しい声で呟いた。心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。人生で初めての告白が成功するなんてな…。でも複雑だ。普通ならこれからはカップルとして幸せな高校生活を送るはずなのに、彼女は死ぬ気だ。それなのに彼女の顔はまるで、普通に幸せな明日がある、とでも言うように自然な笑顔だった。ナイフは離さず握っている。

「まさか告られるなんて!真柊のこと、私も好きだったんだぁ!一緒にいて安心できるし、包み込んでくれるような優しさがある。私の事、忘れないでね?」

笑顔。無邪気にはしゃぐ子供のような明るい笑顔。明日からは見ることのできないもの。告白なんてしない方が良かったのかな。恋人という関係になった方が彼女の死を重く受け止めてしまいそうで怖かった。告白したのはこっちなのに。

「ふう、よし―」

何かに満足したように彼女は軽くため息をついて片手に持ったナイフを眺めた。太陽に照らされてギラギラと光っている。


僕「そのナイフで自殺するの?」

恐る恐る聞いた。


萌結「んー…、真柊が殺してよ。」


は?聞き間違いか?

僕「ごめん聞こえなかった」

萌結「だから、真柊が私の事殺して。このナイフで、刺して。」

僕「痛くなくて死体が綺麗な死に方じゃなかったのかよ…」

萌結「真柊に刺されるなら、痛くないし死体も綺麗だよ。」

何を言ってるんだ、そんな訳ないだろ?誰に刺されようと痛いに決まってる。自分の手で初めての恋人を殺すなんてできるわけないだろ。できるわけ…


「うん、わかった。」

僕は彼女からナイフを受け取った。彼女の手は震えていた。僕の手も。殺したくない。自分の「生きがい」を自分で殺すなんて馬鹿げてる。彼女は心の底からこの結末を望んでいるのだろうか。なんて考えながら暗い顔をする僕に彼女は、

「ねえ、笑ってよ!最後くらい笑顔で…ね?あ、あと、もう私の後に着いてこないでね。旅はここで終わり。真柊のおかげですっごい楽しい旅だった!真柊の恋人になれて幸せだよ!だから、だからさ、生きてね。死ぬまで、生きろ」

僕はゆっくりと刃を彼女に向けた。彼女は笑顔を崩すことなくこっちを見ている。萌結の言葉を聞いてから少し経って僕も笑顔を作る。作る…


ああ、涙が止まらない。こんな事今までなかったのにな。こんなに人を大切だと思ったこともなかった。ああ、また戻れないかな。あの日、海に行く約束をしたあの日に、戻れないかな。あの日から僕らの高校生活は崩れていったんだ。あの日に、戻れないかな。


「大好きだよ、萌結…」


グサッ―――


僕の手には真っ赤に染ったナイフ、地面には………


僕は走った。そして叫び続けた。息が切れるなんて考えもせず、喉から血が出てきてもお構い無しに、歩き疲れた体を走らせた。視界は涙のせいでよく見えない。僕は彼女のことを、萌結のことを殺した。もっとずっと一緒にいたかった人なのに、なんで殺してしまったのだろうか。やっぱりあのまま僕も、後を追って死ねばよかったのかなと、後悔している。でも、彼女は最後に「生きろ」と言った。彼女の最後の頼み事だった。破る訳にはいかないんだ。


二年が経った。あれから僕は道で倒れているところを警察に保護され、少年院にそのまま送り返された。そのすぐ後、萌結の遺体が発見された。そしてその犯人が僕であることも明らかになった。少年院は一年ほどで釈放され、専用の学校に通っていた。そして今、その学校は卒業して普通の人と同じく社会の一員として生きていく時が来た。だがまあ、僕は大学に行く。学校では勉強に人一倍取り組んでいたので、一般的な国立大学に合格できた。入学金も免除になるほどの成績だった。前と違うのはそれだけじゃない。今となっては「死ぬ」ということに対して前は無かった恐ろしさを感じている。死んだ人はこの世から消える。記憶以外の証拠がなくなっていく。彼女の存在はもはや、何人かの記憶の中にしか残っていないのだろう。


さて、今日から大学生だ。高校では普通じゃない経験をした。だからせめて大学では普通に過ごしたい。誰も死なない、殺さない、普通の日々を。――

普通の大学生活を送りたい。大学は高校より自由だ。高校では大変な目にあったんだし、大学くらいは普通だろう…

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