戦う理由は
「………あの、サヤさん………。」
「何だね」
「暇です」
「奇遇だね。僕も暇だ」
外は真っ暗。
夕方に目を覚ました私は寝ることができず、とても退屈です。
「そういえば、今回の事件の真相というか、なんでこんな大事になっちゃったのか知りたいんですけど」
「そうだね、説明しよう。まず、事の発端はミヒロの失踪だったね。」
「そこですよ。ミヒロさんの体質がどうこうって話ですよね?ミヒロさんって何なんですか?」
「それは………」
サヤさんが一瞬口ごもります。
「……いや、話そう。同じ組織に属してるんだ。君も知っておくべきだろう。三年前のことだ。とある事件で彼女は一度、立入禁止区域に足を踏み入れてしまってね」
「えっ、あそこって入ったら死んじゃうんですよね……?」
「あの黒い霧の影響でね。だが、即死するわけじゃない。彼女は無事に救助されたんだ。しかも、無傷でね。そこからだよ、彼女の体に異変が起きたのは。」
サヤさんが続けます。
「精密検査を行ったところ、特に異常は無かったはずなんだが、彼女はその日以来、超人的な身体能力を発揮するようになった。僕らも魔素で多少は身体能力の強化はできるが、そんなものとは比べ物にならない圧倒的な力だ。それに加えて、怪我に対してタフになったし、傷の再生も恐ろしく早くなった。君も見ただろう?異常な身体能力と頑丈さ……。あれは魔獣と同じ特徴だ。どういうわけか、彼女は魔獣と同じ能力を得たんだ」
サヤさんのラボへ初めて行った日、ルンパの電撃を受けて焼け爛れたミヒロさんの体は二日後に再会したときには綺麗さっぱりなくなっていました。
そもそも、初めてミヒロさんに助けられたときも魔獣を蹴りで殺しています。
「彼女が自身の能力を自覚してから、戦闘スタイルは変化していった。杖で攻撃魔法を発射する遠距離主体の従来の戦い方から、魔素を纏った大剣を用いた近接格闘という風にね。その戦い方も次第に洗練されていったんだが、一つ大きなデメリットがあってね」
「デメリット?」
「とにかく集中力を使うんだよ。まあ、当然だね。彼女が戦う場所は魔獣を迎え撃つ最前線。しかも、魔獣の懐に自ら飛び込んで戦う近接格闘スタイルだ。単純に運動量が多い上に、いくら頑丈とは言っても魔獣の攻撃を一度でも受けるとかなりのダメージになってしまうからね。ノーダメージで戦い続けなければならない縛りもある」
ここで、私の頭の中で話が繋がりました。
「だから時々戦闘中でも寝ちゃうって事なんですか!?」
「そういうことだよ。その隙に魔獣の攻撃を受けて行方不明になることがあるんだ。」
そんな危険を冒してまで、ミヒロさんがわざわざそういう戦い方をする理由って何なんでしょう……。
「今回の場合はモグラの魔獣によって地中深くに引きずり込まれたようだね。GPSの反応が消えて、通話もできなくなったのは、それが原因だったというわけだ」
「な、なるほど………」
アスカさんは、『今回はなかなかミヒロさんが見つからない』と言っていましたが、地中にいたのなら見つからないはずです。
ん?じゃあ、私を助けたときのミヒロさんは………?
「自力で地上まで脱出したようだ。魔獣を倒した後に同じく地中に埋められていた僕を救助したのもミヒロだよ」
「いや、さらっと言ってますけど………」
正直、これを一人の人間がやった芸当とはとても思えません。
「そして、僕らは医務室に運ばれて今に至るというわけだ。分かったかな?」
「えぇ……、まぁ……」
色々と信じられないようなことを聞きましたが、これが今回の事の顛末のようです。
「それにしても災難だったね。アスカ君が現場を離れる前に一応周囲の索敵をしてくれていたと聞いたが、まさか地中に魔獣がいたとは。前例が数件しかない希少な出来事だよ。ある意味、僕らは運が良かったのかもしれないね」
「いやいや、危うく死にかけたんですよ………?まったく………」
ここで一つ疑問が湧いたので、サヤさんにぶつけてみます。
「あの………‥、サヤさんもミヒロさんも死ぬのが怖くないんですか?」
いきなり想定外の質問が飛んできたせいか、サヤさんは驚いたような表情でこちらを見ます。
しばしの沈黙の後、サヤさんが口を開きました。
「………怖いさ。死ぬのが微塵も怖くない人間なんていないよ。だが、その恐怖を上回る何かしらの想いがあるから、僕らはここにいる。君もそうなんじゃないのかい?」
「『想い』………ですか。………じゃあ、サヤさんの『想い』って何なんですか?」
「僕はね、『魔族が何なのか』を知りたくて防衛区に来たんだ。なぜ角が生えているのか?なぜ女しか生まれないのか?魔獣との関連は?分からないことは沢山ある。防衛区に入れば何か手掛かりが掴めるかもと思ったのが、ここに来た動機さ。まあ、防衛区に来て六年経つが、未だに何も分かっていないんだがね」
そう言ってサヤさんは場を茶化すように笑いました。
「それって命より大事なことなんです?」
「少なくとも、僕とってはね。自分の正体を知らずに死ぬなんてまっぴらごめんさ。それに………」
「それに?」
「いや、なんでもない。さて、満足のいく答えは得られたかな?ようやく眠くなってきたから僕は寝るよ」
「あ、ちょっと」
サヤさんは一つ大きなあくびをすると、私に背を向けて眠ってしまいました。
しんと静まりかえった医務室の天井を見つめながら、私は考えます。
「私がここに来た理由は………」




