スペースへようこそ③
それは、買い出しに出掛けて、事務所へ戻る途中の出来事だった。
「ん?……悲鳴?」
幻聴か……?いや、微かに聞こえる。
そう確信したときには、体は自然に悲鳴が聞こえる方向へ走り始めていた。
高く飛び上がり、建物の屋根から屋根へと飛び移る。
悲鳴の主は、おそらく他組織の駆除班だろう。
日中はそれほど強い魔獣は現れないため、経験の浅い魔族が駆除を担当しているが、何事にも例外はある。新人には対処できない魔獣が出現することがあるのだ。
だんだん悲鳴が近くなってきた。足を止め、周囲を注意深く見回す。
と、背後から大きな破壊音。振り返ると鳥が一斉に飛び立っていくのが見える。
「ちょっと行き過ぎてたか。」
現場に駆け付けると、イノシシの姿をした魔獣が今まさに二人組にトドメを刺そうというところだった。
地面へ飛び降り、魔獣の突進とタイミングを合わせて右脚を魔獣の頭目掛けて付き出す。
メシャッという嫌な音と共に右脚が魔獣の頭に突き刺さる。
魔獣は動きを止めた。ギリギリ間に合ったようだ。
ふぅ、と息を吐いて二人組の方へ顔を向ける。
一人は地面に突っ伏して倒れていて、もう一人は涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだ。
そして二人共、頭に角。魔族だ。
しかし、彼女らは防衛区の人間ではなさそうだ。何の装備も身に着けていない。どこかの組織に加入するために外からやってきたといったところだろうか。
まあ、何はともあれ、とりあえずは安否の確認だ。
「大丈夫?」
と声をかけたのだが、少女はしゃくりあげながらこちらを数秒見つめたかと思うと、電池が切れたようにその場に倒れてしまった。
「あ、おい!」
慌てて、二人の方へ駆け寄ろうとするが………。
「ん、………あれ?抜けない……」
脚が魔獣の頭から抜けない。
咄嗟に蹴りを繰り出したのは失敗だったようだ。
「マジか………」
このどうしようもなく間抜けな状況に、自分は頭を抱えた。
───魔獣の死骸と格闘することおよそ30分後。
「やっと抜けた……。疲れた……」
両膝に手を置き、肩で息をする。
改めて安否確認のため、倒れている二人に駆け寄る。
どうやら、二人は双子のようだ。
突っ伏していた方は額から血が出ているが息はしている。特におかしな様子は無さそうだ。もう一人の方も手や膝に擦り傷があるくらいで大したことは無さそうだ。
例え駆除班の人間であっても、魔獣に殺されてしまうことは珍しくない。この程度で済んだのは本当に幸運なことだし、二人共よく頑張ったんだろう。
…………それにしても、二人ともよく似ている。
「双子か」
二人を両脇に抱え、寮へ連れて行くことにした。
話は二人が目覚めたときに聞けばいいだろう。
そろそろ日が沈む。自分の仕事の時間だ。
結局あれから二人は目覚めなかった。よっぽど疲れていたのだろう。
仕事の支度のために、一旦自室に戻ることにした。
支度を終え、もう一度二人の様子を見に行ったところ、双子の片割れが起きていた。
「あ、起きてた。体調はどう?怪我とか無い?」
「えっと、走り過ぎて脚が動かないこと以外は特に何も。お姉ちゃんも多分、頭を打ったこと以外は大丈夫だと思います。その…、さっきは助けてくれてありがとうございます」
「そう。それじゃ、自分はこれから仕事だから、ゆっくりしてて」
話を聞きたいが、もう時間が無かったので、自分は部屋を後にした。
事務所に入ると、事務員の安藤さんが出勤してきていた。
「あ、ミヒロちゃん、おはよ〜」
「おはよ。ちょっと安藤さんにお願いしたいことがあるんだけど」
「あら、頼み事なんて珍しいね」
「実は………」
安藤さんに事情を説明したところ、快く引き受けてくれた。
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
そして、今夜も魔獣が蔓延る廃墟の街へ繰り出した。