009.旅路
ここまで2日歩いてきたけど、すでに足がパンパンだ。
日が明るいうちに行動するのが基本なので、
途中途中で、少し休憩しながら歩きに歩く。
1km15分のペースと考えても、6時間で24km。
2日間で48km歩いている計算になる。
これに刀と鎧を着た日には・・・
那古野の城下町で日吉と別れた。
自宅に着いてきてほしくなさそうだったからだ。
実家を見られるのが嫌なんだろうか?
豊臣秀吉の生家を見てみたかったが、嫌なら仕方ない。
現在は、尾張の西、津島の手前付近に来ていた。
日吉に着いていけば、義兄弟とはいえ、一応、兄だし、
この世の春を楽しむことができそうだが、
そこまでがハードモードだし、
そこからも、家康と敵対したらエキスパートモードだろう。
家康を小牧・長久手で打ち破るなんて妄想は見ない。
関ヶ原や大坂の陣なんてノーセンキューだ。
第一、戦は1対1じゃないだろうから、
どこから斬られるか分かったもんじゃない。
死角から、長い槍で「えいっ」ってされた日には、
気づいたら刺さってそうだ。
だって、オレだもん。
戦争なんて関係ない時代で生まれてんだもん。
気づいていないだけで、絶対、どっかで抜けてるだろうし、
生粋の人とは、肌感覚が違うんだよ。
オレ一人が生きていくだけなら、
クロもいるし、何とかなるだろう。
心強いな、コイツ。
クロを見つめる。
急に見つめられて、クロが首を傾げた。
(くぅ~、かわいいな、こいつ~。)
マジで何とかなりそうだ。
猪は追い込んでくれたし、索敵や影に入ったりする能力がある。
そうそう。
クロがオレの影に出たり入ったりしていたので、
もしやと思い、試してみるとアイテムボックスとして使えた。
しかし、制限がある。
先ず、オレは入れない。
さらに、手の届く範囲でしか取り出せない。
相手の上に岩を落とすなんて芸当はできないということだ。
残念。
親密度が上がることによって、制限解除されたらいいのに。
日吉と別れて、先ず、最初の問題が、行く当てがないことだった。
戦乱を避けたいだけで、目的がないからだ。
目標を掲げるとすれば、戦国時代、狭い日本で、
何を言ってるんだと思われるかもしれないが、
平穏無事。
これに勝る目標はない。
そうと決まれば、平穏な暮らしを手に入れるために、
先ずは土地だな。
で、どこに行くかだが、
北は人がいないだろうが、寒い。
寒くて厳しいから、人がいないんだろうけど、
家もない状態で、雪が降ってきたら、確実に死ぬ。
松下様が、着ていた服をそのままくれたが、冬用じゃない。
空手着くらいの薄さしかない。
せめて、柔道着くらいの厚さがあれば良かった。
甚平を重ね着しても、それがどうしたというくらいだ。
人がいないという点なら、無人島も候補だが、
困らない程度に食料があるというのは、そこそこの大きさの島だ。
そんな大きさの無人島がどこにあるかなんて知らない。
そもそも、無人なのかという話もある。
島に住んでたけど、高齢になって島から出たので無人島になった。
というのが、現代の無人島だ。
この時代に、誰も住んでいない島って、
そもそも、誰も住めない島なんじゃないの?
それに、そこまで行く船もない。
船をDIYしている間に家を作れと自分でも思ったので、
これも却下だ。
方角は一択。南しかない。
テレビでの断片的なイメージを持っているだけで、
一年を通した暮らしやすさを知っているのは、
もちろん、実家がある掛川市のみだけど、
今川領は今後大変になるから、掛川市には住みたくない。
とにかく、京都を目指してみよう。
一応、この時代の首都だもんね。
何かあるんじゃないだろうか?
目的地が決まったところで、ルートだ。
現在は、津島の手前くらいにいる。多分。
京に行くルートは2つある。
1つは、岐阜県から関ヶ原を通って、滋賀県に抜けるコース①。
もう1つは、三重県から、伊賀を越えて行くコース②だ。
ふむ。どうしよう。
そうだ。日吉の言った「情報は茶屋に集まる」だ。
何にしろ、京都に行ってみようと思うが、整備された道路がない。
街道と呼ばれるものもあるにはあるが、
当然、大きな川に橋は架かっていないし、細い山道や崖もある。
日吉に倣って、情報集めのために茶屋に入った。
赤じゅうたんと朱傘をイメージしていたが、
2つの石に丸太を渡しただけって。
もはや、ベンチ。
あ、いや、ベンチなら正しいのか。
「おやじさん、京に行こうと思って、初めて村を出たんだけど。」
「ほう。おまえさん、京に行きたいのかい。」
「そうなんだけど、どの道を通ればいいのかと思ってさ。
ほら、伊勢から抜けた方が近そうだけど、山道だろ?
美濃からだと、かなり遠回りになりそうだから。路銀がね。」
「路銀かい?どれくらいあるんだい?」
「そんなにないよ。猪肉を売った代金くらいだよ。」
「ああ。そういうことかい。
そうだね。うちに来る旅の人は、美濃からが多いよ。
やっぱり、道が険しくないからね。
だけど、伊賀越えの道を選ぶ人も少なくないよ。
結局、京に入る手前の近江から伊賀にかけては山道だし、
山賊が出るのもその辺りだから、変わらないしね。」
「山賊が出るの?」
「どこにでも出るよ。京の周辺だからってわけじゃなく、
人や物が集まるところの周りには、何だって寄ってくるさ。」
「うーん。行くのやめようかな。」
「まあ、尾張は上総介様が盗人嫌いだから、
徹底的に退治してくださったおかげで盗賊の被害はないね。」
「そうなんだ。うーん。」
オレが本気で悩んでいるのがおかしかったのか、
茶屋のおやじは笑って、
「まあ、どっちみち、伊賀だろうと、近江だろうと、運だね。
あたしは、近江行きを勧めるよ。
川沿いを進むと、少し北に大垣へ抜ける道があるんだよ。
それに、上流だと、今の時期は川を足で渡れるんじゃないかね。」
(大垣か。そこに出られると、近江まですぐだな。
そういや、川は基本、国境だから、
攻め込まれないように、橋をかけていないんだっけ。
かけるとしても、どっちの費用って感じだし。
なら、川を3つ越えるのに、渡し舟だとお金が要るな。
歩いて渡れるんなら、上流の方がいいか。)
「決めた。近江に行ってみるよ。」
「そうかい。気をつけてな。」
「ありがとう。おやじさん。」
―よし。行くか、クロ。―
―ワン!―
そこは「ワン」なんだ。
少し笑って歩き出した。
おやじさんがニヤリと笑ったのにも気づかずに。
教えられた道を来ていると思うんだが、
標識なんてないから分かりにくい。
すぐに木曽川に出て、これかなと思う道を歩いてきたが、
川幅は広いままだ。
もう少し上流に行かないといけないんだろうか。
辺りに民家もないし、聞くことができない。
「いや、結構、歩いたぞ。」
感覚的に、県境に来ているはずだ。
岐阜県に、いや、美濃にそろそろ入る頃だろう。
かなり日が傾いてきている。
今日はここまでだな。
暗くなる前に、街道を離れて茂みの中に入る。
日吉に教えられたが、道端で寝ると、
通る人が良い人ばかりじゃないので、かなり危険らしい。
少なくとも、人が豆粒くらいに見えるくらいには
離れなければならないらしい。
また、夜だと、焚き火の炎が遠くからでもよく見えるので、
危ない人たちに見つからないようにするには、
物陰で焚き火をするか、明るいうちに終えるかのどちらかだ。
ここは平野。物陰なんかない。
相変わらず、猪肉が上手い。
野性味あふれる感じがクセになる。
いくらでも食べれそうだけど、
栄養を考えると、野菜が不足している。
かっけだっけ?
アレになるんだよ。
ひざを叩いて、ピコンとなったらいけなかったんだっけ?
いいんだっけ?
親情報だから分かんないな。
まだ全然、どこかがおかしくなったとかはないけど、
半年か、1年もすると、どこかおかしくなるんだろうか?
さて、日が落ちる前に晩ご飯を終えた。
焚き火も片づけた。
そして、日が落ちるまで移動。
これも日吉から教えられたことだ。
茶屋と盗賊はつながっている。
全部が全部とは言わないけど、確率は高いらしい。
積極的に仲間になっている可能性もあるけど、
脅されている可能性もある。
茶屋は町はずれ。
いざという時、近くに助けてくれる人はいない。
情状酌量の余地はあるけど、
襲われる方にしてみれば変わったもんじゃない。
茶屋から見える間はのんびり歩いて、
見えなくなったら、所々、走った。
だから、仮に追手が来たとしても、距離感に迷うだろう。
こういう時、クロがいてくれるのが大きい。
周辺の索敵に走ってくれるし、
500m範囲の物音を聞き取っているようだ。
どうして茶屋に寄ったんだろう。
ルート情報とか、貨幣の価値とか、いろいろ考えるけど、
茶屋に行くメリットはそれほど無かった。
単に人恋しかったからかもしれない。
この時代に来て、すぐに日吉と出会って、松下家に行って、
誰かしら傍にいてくれた。
今度は本当に一人になった。
それで危険を冒してるんだから、やっぱり、甘いんだろう。
今は、河原で腰まで生い茂っている草の中に寝転んでいる。
草が生えているくらいだから、下は土と砂だった。
石を覚悟していたので、周りの草を横倒しにして寝ると、
ベッドと言ってもいいくらいフカフカだ。
今夜は月が出ているが、満月ではないので、さほど明るくない。
草を体の上にも覆い被さるように自然に倒しているし、
見つかることはないだろう。
―あるじー、誰か、くるよー。―
―あるじー、おきてー。―
「ん?もうちょい・・・」
ガブッ
「いたっ!」
―シー!―
寝ぼけていたオレだったが、さすがにクロの緊迫した声に我に返った。
―どうした?―
―馬が2頭来るよー。―
―馬?―
パカラ、パカラ、パカラ、
「どう。どう。どう。」
7~8m先の街道に馬が2頭止まった。
薄暗くてよく分からないが、どう見ても、盗賊だな。
鎧を着ているけど、肩当てがないとか、手甲は片方だとか、
2人の着ている服の袖の長さからして違う。
髪やひげもすごい状態だし、何より清潔感がない。
見つかるとヤバイな。
「おい、いたか?」
「いや、見てねぇ。」
「どうするよ?もう少し先まで行ってみるか?」
「う~ん、だけどよ、ここだって、かなり来たぜ。
おやじが言っていた辺りは大分、手前だったが、
こんなところまで来てんのか?」
「おやじはのんびり歩いてたと言ってたが。」
はい。確定~。
日吉の言ったことが当たったわけだ。
「だよなー。道を変えたんじゃねぇのか?」
「そうかもしれねぇな。じゃあ、戻るか。」
「ちょっと待ってくれ。用を足して来らぁ。」
(おいおいおい。)
馬を降りた盗賊の1人がこっちに歩いてくる。
ガサガサガサ
サッ
目が合ったら大変なので、下を向いた。
見張りはクロに任せる。
―こっちに近づいて来てるよー―
-!?―
―あ、違う方に行った。―
(ホッ)
焦ったが、手前で方向を変えた。
ここは川が曲がっているので、こちら側に大きくえぐれている。
こっちに来なくても、道端ですりゃ、いいじゃんか!
ジョジョジョジョ
オレの目の前で、川に向かって用を足している。
いい気なもんだ。
オレは気が気じゃないってのに。
4mだ。
ふと振り返っただけで見つかるような距離だ。
上に羽織っている甚平は薄いグレーで、
下に来ている松下家支給の作業着は麻だ。
この草むらで見つかるわけがないが、近くまで来たら、
草が不自然に倒れているのは分かるだろう。
「おーい。まだかー?」
「待てって。もう少しだって。」
男は服を直すと、馬のいる場所に戻ろうとする。
あー、助かった。
「ん?」
「どうした?」
「いや、そこがな。」
こっちに男が来ようとする。
ヤバい!
一歩、二歩。
男は用心しているのか、慎重に進んでくる。
ガサガサガサ
(ひゃあ!)
クロが草むらを走って行った。
思わず、声を出しそうになった。
奥歯を強く噛んで、服の裾をこれでもかと握りしめる。
「ちっ。」
「どうしたー?」
「何でもない。犬か、猫だ。」
盗賊は馬に乗って立ち去った。
助かった~~~~~!
「ふ~。お手柄、クロ。」
―えへへへ~―
戻ってきたクロを思いっきり撫でてやる。
クロが枝をくわえて、走ってくれたようだ。
本当に、こいつ、優秀。
その後、眠れなかった。
虫が草に乗った音にさえ、ドキドキした。
夜が薄れてくる頃になって、ようやくホッとした。
明るくなってみると、川幅はあるけど、
石に乗れば、向こう岸に渡れそうだ。
「よし。渡るか。」
大きな石に飛び移りながら、川を越えることができた。
もしかしたら、今は羽島かもしれない。
多分、このまま北西に進めば、大垣に出るはずだ。
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