008.兄弟
「何がいけなかったんですか?」
ポツリと日吉が言う。
肉を一口噛んだ。
やっぱり、肉がガッシリしている。
パワフルという言い方がしっくりくるかもしれない。
まさに野生。
噛む度に肉汁が溢れてきて、塩と香草のおかげで甘く感じる。
「私は、松下家のためを考えていたんです。」
「じゃあ、そんなに悪くなかったんじゃないの。」
日吉が唇を噛んだ。
敢えて無視して肉を食べていたが、仕方なく答えた。
いまさらということもあるが、
あれだけ人の言うことを聞かなかったヤツが、
オレの意見を素直に聞くんだろうか?
そうは見えないかもしれないけど、オレも意外に落ちてるし、
面倒なことはうんざりなんだけど。
それに、上手く説明できる気がしない。
もう、いっそのこと、
運が悪かったと、振り返らない方がいいんじゃないの?
「そんなわけないじゃないですか!
私は知りたいんです!」
たき火に薪をくべた。
炎が一瞬、弱まったが、すぐに勢いを取り戻す。
「もう終わったことだろ?」
「それでも知りたいんです。」
あー、ダメだな。
こりゃー、終わりそうにないな。
そうだった。妙に向上心があるヤツだったっけ。
言い始めたら、引きそうにないタイプかな。
「う~ん。相手の気持ちを考えなかったことが原因かな。」
慎重に話す。
ここでオレと言い合いになっても不毛だ。
「どういうことですか?」
「おまえは、みんなの仕事ぶりに口を出していた。」
「でも、無駄なことばかりしているからですよ!」
「まあ、間違ったことを言ってたわけじゃない。
ただ、世の中は、正しいことだけじゃない。」
「正しいことは正しいでしょう?」
「でも、おまえだって、神や仏のように生きてるわけじゃない。」
「それでも、みんなよりは正しいはずです。」
「なぜ、おまえの方が正しいんだ?」
「みんなが間違っているからですよ。」
「間違っているかどうかは、分からないけどな。」
「どういうことですか?」
「松下様がそうだと言えばそうなる。
カラスが白で、ハトが黒でも。」
「それは、松下様でも諫めればいいのです。」
「それを理解してもらえればな。
主君を諫めて、理解されると忠臣に。
理解されなければ逆臣になる。」
「それでも、」
「では、みんなにはどうだ?
理解してもらうために努力したか?」
「理解してもらう・・・」
「おまえは、オレに仕事を押しつけて、
松下様のところにばかり行っていた。
自分の仕事もしていないヤツの言うことを
まともに聞いてくれる人はいないさ。」
「それは、松下様が相談を。」
「だが、いつも急ぎの用事じゃなかったはずだ。
最初に呼ばれた時『手の空いている時に』だったと思う。
自分の仕事を片付けてからでも良かった。
しかし、おまえは、自分の仕事を放り投げて行った。」
「でも、主君に呼ばれたんですよ。
優先するのは当然じゃないですか。」
「いつもいつも、自分の仕事を放り出してな。」
「それでも、」
「で、結果は、みんなを怒らせて、全てを失った。」
「私はみんなのために言っていたつもりです。」
「気づいていないのか?
『みんなのため』と言いながら、みんなをバカにしてるだろ。
自分がバカにされているかどうか、みんな、すぐに分かる。
正しいかどうかという前に、
自分をバカにするヤツの言うことなんて聞けないさ。
オレが一度、注意したが、おまえは聞かなかった。」
「私は、」
何かを言おうとしたが、日吉が黙る。
しきりに手を握りしめたり、開いたりしている。
「まあ、それを食べろ。」
たき火をしていると、なぜか、どんどん薪をくべたくなる。
積んでいた薪が崩れたので、後ろに転がった薪を拾おうとしたら、
クロがオレの影から出たり入ったりしている。
―何?そのスキル?―
ドヤァ
クロが影の中に入って行った。
いや、説明して!
パチッ
たき火の炭が跳ねた。
灰が溜まり、少し炎の勢いが衰えたようだ。
たき火の薪を手に持った棒で積み直した。
また、薪をくべる。
徐々に炎の勢いが戻ってくる。
沈黙が重い。
こういうことが嫌いで、人と関わるのを避けてたのに。
「まあ、勉強ができたじゃないか。
次は、もっと上手くやればいいさ。」
「次、あるんでしょうか?
あんなこと、そうそうないでしょう。
静馬殿だって、・・・静馬殿?
もしかして、私は、静馬殿を巻き込んでしまったんですか?」
「それはもういい。」
「でも、静馬殿まで。」
「いい。こんなことがなくても、長く続かなかったさ。」
そうなんだ。
松下屋敷はそれなりに良かったが、
松下様には申し訳ないが、クロを手に入れた今となっては、
あそこにいなくても生きていけるんじゃないかと思ってる。
白米は魅力的だけど、戦に行く前に逃げ出しただろうし。
「静馬殿に借りができました。」
「もういいって。いいから、食え。」
日吉を促して、肉を食わせる。
しかし、一口食べて、また、日吉が止まる。
しばらく、また、沈黙だ。
ううぅ。夜の闇が重いよ。
「考えたのですが。」
「何?」
「私と義兄弟になってもらえませんか?」
「ああ。は、義兄弟?」
「思えば、初めて会った時から、助けてもらっています。
しかし、今の私には返せるものが何もありません。
せめて、それを忘れないように、何か、形に残したいのです。」
「そんなの気にしないでいいって。
オレだっていろいろ教えてもらってるから。」
「それでも。」
「いいって。」
押し切られた。
義兄弟って、三国志のアレだろ?
生きるも死ぬも一緒とかって、義である分、重いっていう。
オレも重いよ。
「静馬殿に何かをしてもらうものではありません。
私の覚悟の問題なんです。」
何度、オレが断っても、
めげずに繰り返すので、言い続けるのが面倒になってきた。
何かするんじゃなければ、もういいか。
酒がないので、お互いの血を一滴垂らした水を飲んだ。
病気にならないよね?
「静馬殿は、これから、どうしますか?」
元気が戻ったようだ。
声の調子が普通に戻っている。
「これからとは?」
「私は尾張に帰ろうと思います。」
「織田家に仕えるのか?」
「はい。同じことがないように、今度こそ。」
「そうか。」
「できれば、静馬殿も一緒に織田家に行きませんか?」
「オレ?オレはいいよ。言ったように戦に出るつもりはないよ。」
「静馬殿なら活躍できそうですが。」
「見かけはな。でも、戦に向いていない。
多分、人を斬れずに、すぐに殺されてしまうだろう。」
「そうですか。仕方ありません。
では、尾張までは一緒で構いませんか?」
「ああ。そうだな。」
「考えたんですが、私は心を入れ替えるために、
ここで元服を済ませようと思います。
幸い、静馬殿は年上。義兄弟となった今は兄となります。
目上の者から冠を授けられて元服となります。
兄者、冠はありませんが、ふりをお願いできますか?」
日吉に言われた通り、確か、烏帽子だったか、
持っているふりをして、日吉の頭に載せる。
烏帽子を授けた人は、烏帽子親になるんだったか。
「これで私も大人です。
私はこれより木下藤吉郎を名乗ろうと思います。」
ふーん。
木下ねぇ~。
つけるなら、もっとカッコいい名前にすればいいのに。
せっかく武士になるんだったら、
強そうな名前とか、武将らしい名前なんかにすれば、
殿様に一発で覚えられると思うんだけどな。
木下、木下ねぇ。
まあ、日吉がいいんなら、オレが口出しすべきじゃないな。
んん?
・・・えっ?えっ??
木下?き、木下??木下藤吉郎???
某歴史ゲームで、序盤に必死で捜索するアイツのことか!
うっかり捜索しないでいると、
しれっと斎藤家や徳川家に仕官しているアイツか!
木下→羽柴→豊臣。
こいつ、太閤秀吉かよ!
改めて日吉を見た。
そりゃ、賢いはずだよ。
オレごときがえらそうに説教したのが、
今さらながら恥ずかしくなってきた。
いやー、歴史に残る人物に何言ってんの!
あれ、ちょっと待て。
オレ、豊臣秀吉の兄になったの!?