007.騒動
屋敷に帰ると、おみっちゃんに手招きされる。
「あっ、静馬さん、こっち、こっち!」
「何?どうしたの?」
背負っていた薪をとりあえず下ろし、手招きされた台所に向かう。
「大変なことになってるのよ。」
「大変なこと?」
そういや、屋敷の中が騒がしい。
「何かあったの?」
「それがね、」
おみっちゃんの話では、原因は日吉のようだ。
日吉は、オレに仕事を押しつけて、全く仕事をしなかった。
そんなに大変じゃなかったし、
元々、1人辞めた代わりに2人も雇ったんだ。
大した仕事でもなかった。
その分、オレは戦に連れていかれる立場だったんだが。
まあ、オレのことはいい。日吉のことだ。
日吉が賢いし、よく気づくのは知っているが、
みんなに余計な口出しをするんだ。
日吉にすれば、効率的じゃないことをしているように
見えているようだ。
オレもそう思うが、口出ししたりしない。
みんなからしたら「仕事もしないくせに」と思っている。
当然、良い顔をするわけない。
そういう時、これも日吉の悪い癖だが、
嘘の笑顔をして、何も言わなくなる。
みんな、バカじゃない。
みんな、小バカされたとすぐに分かるので、余計に溝ができる。
賢い人によくありがちな「何でできないの?」を露骨に出すんだ。
もっと賢ければ隠すし、さらに賢ければ上手く誘導できるんだが、
そこは若さだろう。
そして、神降しに成功しかけた後(実際には成功していたが)、
みんなからの日吉への評価は上がったが、
それ以上に、日吉の鼻も高くなっていた。
特に、松下様の信頼が篤かったようだ。
何かにつけて、日吉の意見を聞くようになり、
時には、一番家老である久間様を蚊帳の外にすることもあったようだ。
それでも、久間様は、文句を言う家臣をなだめていたらしいんだが、
とうとう、堪忍袋の緒が切れた。
それは、ある事件がきっかけだ。
みんな、食べた後の食器を片づけるのだが、
ここ何日か、日吉は「松下様に呼ばれている」と片づけない。
仕方なく、女性陣が片づけていたら、
それが当たり前かのようにふるまい出した。
遅れてやってきて、一人でワーワー話した挙句、片づけず出ていく。
それに怒った女性陣が、ついに、昨日、朝食を用意しなかったんだ。
キレイに全員に注ぎ分けて、一つも残していなかった。
「食事の時間に来ないんだから、要らないんじゃないの?」
というわけだ。
それはどうかと思ったが、今回はどう考えても日吉が悪い。
謝ればいいのに、日吉はやり返したんだ。
その日の晩、松下様の部屋に晩御飯を2つ用意するように言われた。
お客様かと思い、松下様と同じものを出したんだ。
しかし、それを日吉が、しかも、松下様の部屋で食べたから大変だ。
主君と同じものを、主君の部屋で食べたんだ。
これに家臣が激怒した。
みんな、主君と同等にふるまいだしたと捉えたんだろう。
いつもはなだめる久間様も大激怒だ。
それで、今、「日吉を出せ」と
松下様の部屋に家臣が押しかけているらしい。
中には「日吉を殺す」と息巻いている人もいるらしい。
吾作さんとうめさんも騒ぎに加わっているらしく、
それ以外の使用人は、暗い顔で沈んでいる。
日吉のことは嫌いだが、殺すほど嫌ってはいない。
騒動が大きくなり過ぎて、
正直、どうしたらいいか分からないんだろう。
「おみっちゃん、晩ご飯は?」
「作ってる最中に、こんな騒ぎになったから。」
「じゃあ、続きを作ろう。」
「静馬、おまえ、こんな時に。」
「〇〇さん、こんな時だからですよ。さあ、作りますよ。」
それほど、料理に違いはないのだが、
身分によって、膳に載る品数や量が変わる。
オレたちは、薄い汁に、漬物レベルの野菜量。
武士階級は、味噌汁に、オレたちの倍の野菜、本当の漬物。
松下様になると、武士階級+焼き魚がつく。
「さあ。運んだ、運んだ。」
みんなの膳を運ぶ。
なるほど、松下様の部屋に近づくにつれ、怒号が大きくなっていく。
よっぽど怒っているんだろう。
入るのをためらうような怒号だが、息を整える。
「みなさま、食事をお持ちしました。」
「静馬、誰も飯を出せとは言っていないぞ。」
「久間様、人間、腹が減れば、余計に頭に来るものです。
それに、腹が減れば戦はできぬと言います。
話し合いを続けるにしても、
一度、ここらで一息入れるのも兵法でしょう。」
「ふーむ。」
「じい、丁度良い。みな、食え。話は食べた後じゃ。」
松下様がホッとした顔をした。
予想以上に、松下様が疲れていそうだ。
チラッと見ると、日吉はその松下様の後ろで青い顔をしている。
「日吉も食え。」
オレが運んだ膳を日吉は押し返してきたが、
それを横目で見た松下様が命令した。
主命だ。誰も文句は言えない。
オレたちも引き上げて、黙々と飯を食った。
様子を見るためだったが、時折、おかわりとお茶の確認に行く。
少し、場が落ち着いてきたようだ。
「ねえ、静馬さん。」
「何?」
「何で、ご飯を出したの?」
「人って、お腹いっぱいの時は怒らないものだよ。
それに、口に何かが入っていれば静かになるし、
一回、静かになれば、いろいろ、考える時間ができるだろ?」
「そっかー。」
狙い通り、膳を下げた後、穏やかに話ができたようだ。
小一時間くらいで、話し合いは終わった。
で、解雇された。オレも。
仕方ない。
オレは日吉と一緒に松下屋敷に行った。
そりゃもちろん、セットでみられてるんだから、
「おまえはどうする?」と聞かれるよ。
オレだって「辞める」と言うしかないじゃないか。
日吉は自業自得なので、かわいそうというのと違うかもしれないが、
実際、しょげた顔を見て、かわいそうと思ってしまったし、
何より、ここにいると、信長との戦に今川方で出ないといけない。
戦に出るなんて、それも、負け戦になんて、まっぴらごめんだ。
解雇されるのは、オレのせいじゃなくて、日吉のせいなんだけど、
それでも、人生初の解雇は、なかなか来るものがあるな。うん。
話し合いの内容は、「日吉を解雇する。その代わり、殺すことは
許さない。」というものだった。
みんな、その場の雰囲気で「殺す」と言っていたけど、
ご飯を食べて、冷静になったら、殺すまでもないと思ったらしい。
そのことは、松下様からも、家臣の人からもお礼を言われた。
日吉が殺されるのが嫌だっただけなんだけど、
みんなが冷静になれたのなら良かった。
遅いので、その晩は泊っていいことになった。
朝食の後、二人そろって解雇となった。
今は尾張に向かって歩いている。
オレも日吉も黙々と歩いている。
クロはちょうちょを追っている。
(あ、あそこにある仕掛けは、)
暗くなる前に、今夜の宿を決めないといけない。
そう思っているうちに、日吉と初めて会った場所に戻ってきた。
「日吉、まだ、日はあるが、今日はここで泊まろう。」
日吉が何も言わず、立ち止まる。
相当、ショックだったのだろう。
そうだよな。
上手いことやれば、バイトリーダーくらいにはなれたかもしれない。
松下様の覚えは良かったし、みんなから一目置かれてたから。
それが、一転、みんなに嫌われて、殺されそうになったんだもの。
人間、落ちる時は一気に落ちるもんだな。
―クロ、猪を探せるか?―
―行ってくるー。―
クロが元気に走っていく。
罠を確認したが、手直しが必要そうだった。
槍は松下屋敷で薪になったので、新しい槍が必要だし、
ロープ代わりのツタも萎びているようだ。
一からだと、結構、めんどくさい。
ただ、今回は一味違う。
クロがいるのだ。
クロに猪を追わせて、ここに誘導してもらえば、
掛かるかどうかを待つ必要がない。
つまり、罠は、もっと簡単なものでいい。
セーマトラップMarkⅡの完成だ。
1.5m幅の横木2本に槍を5本括り付けた。
何か、まるで家の塀といか、柵?
後は、クロが追ってきた猪にタイミングを合わせて、
引っ張っているロープを離すだけだ。
「あれ?」
クロって、猪の方がはるかに大きいんじゃない?
ちゃんと追えるのか?
追うどころか、追われるんじゃないの?
―ワン、ワン、ワン―
―クロ!ちゃんと、追えているか?―
―うん。おっきいよー。―
見えた。
でかっ!かなりの大きさだ!
セントバーナードくらいあるんじゃないの?
クロが左右に飛び跳ねながら、猪の向きをコントロールしている。
(あの勢いじゃ、オレが危ないんじゃないの?
ええーい、出たとこ勝負だ!)
(1,2,3、今だ!)
真ん中の槍が猪の額に当たったが、骨が固いのか、槍が弾かれた。
しかし、衝撃で下がった右の1本が、わき腹に突き刺さった。
猪は槍を抜こうともがいている。
手元にあった太い木で、猪の頭を何回か叩くと動かなくなった。
「ふー、お手柄、クロ。」
―えへへへ~。―
おっと。普通に話してたが、日吉は気づいていないようだ。
日吉は変わらず、暗い顔でうつむいている。
仕方ない。オレが捌くか。
こう見えても、動物は多少、大丈夫になった。
おみっちゃんでさえ、鳥を捌くのだ。
オレが気持ち悪いなんて言っていられなかった。
「ほら。食べろ。」
焼けた肉を日吉に差し出してやる。
何も言わず、日吉が受け取った。
(何でもいいけど、オチてるのはやめてほしい。)
こっちまで気持ちが沈む。
どうしようかな?
この状態の日吉をほっとけないし、
とりあえず故郷に送り届けようと思ったけど、
暗いのは勘弁してほしいな~。