062.金ヶ崎
(気まずい。)
相変わらず、突破口を見い出せないまま、
変な空気が続いている。
葛葉が最近おかしかった理由は分かったけど、
オレの冗談も空回りしている。(少しな。少しだけ。)
三郎さんは変わらず、ニヤニヤしてるけど。
上手く言えないけど、あれだ。
お気に入りの筆箱があるのに、
「あれ、いいじゃん」と思えるものを
2つも貰ったようなものだ。
筆箱なんて1つでいいし、
毎日、入れ替えて使うようなもんじゃない。
例えが大分、間違っていると思うけど、
昔から友達で、友達と思ってた時間が長いと、
急に今から恋人だと、しかも、人から言われても、
気持ちが切り替えられないってやつだ。
ドキドキの過程がない分、戸惑いしかない。
で、嫌かっていうと嫌じゃないのが困るんだ。
しかも、この時代。
決まったってことは、次がないっていうことだ。
葛葉は女友達として嫌いじゃない。
性格に裏がないというか、付き合いやすい。
一緒にいて、話しても、話さなくても、
空気感が嫌じゃないんだよな。
三郎さんは大人の女性って感じなんだ。
いつも遊ばれてるんだけど、
どっか、包容力というか、甘やかしてくれるというか、
なんか、リラックスできる感じなんだよ。
で、2人とも美人と。
何だろう。それなのに、気持ちが全然、乗らない。
佳月さんに全く文句のつけどころがないからか。
もしかしたら、向こうは里親に命令されただけ、
こっちも、それを義務のように感じているから?
オレ、そんなロマンチストだったっけ?
「あそこが金ヶ崎か。」
金ヶ崎と天筒山が望める場所に逃げるように来ていた。
眼下には、敦賀平野が広がっている。
昔、地図で調べたことがある。
観音寺城ではゆっくりしていて間に合わなかったので、
佳月さんに京を見張るようにお願いして、
「出ました」の声と同時に出発した。
なぜって、そりゃ、かわいい弟分がいるからさ。
少しでも歴史を知っている人は、
必ず、金ヶ崎城の戦いは耳にしたことがあるはずだ。
金ヶ崎城の退き口とも言われるように、退却戦だ。
豊臣秀吉のその後の出世を確定させたエピソードだ。
退却戦で出世が確定というと、
華々しい手柄があったように聞こえるかもしれないが、
壮絶な戦いを何とか切り抜けたといった方が良い。
何せ、敵を前にした退却戦なんだ。
京都を出発するときには、万を率いた信長が、
京にたった10騎で戻ったというくらいの。
ざっとした流れはこうだ。
京を押さえた信長は、各大名に上洛の書状を出した。
表向きは新将軍に従うかどうかだけど、
裏にいる信長にとって「敵か、味方か」ということだ。
それで、無視した朝倉家を討つために京を発った。
朝倉領の入口になる敦賀の天筒山と金ヶ崎を攻略し、
一乗谷に攻め込もうとした時に、
妹が嫁いで同盟関係であったはずの浅井が
旧来の誼で朝倉家に味方することを知ったため、
北上してくる浅井軍と前面の朝倉軍に挟撃される前に、
浅井を避けて、琵琶湖の西を通って京に戻った。
ここで、秀吉が殿(最後尾)を志願した。
撤退戦が一番、危ない。
勝ってる時ならいいが、
敗けてる時は、敵軍だけじゃなくて、
周辺の百姓も襲い掛かってくる。
というか、この時代の百姓って、ガチの戦闘員だ。
徴用されたり、志願して戦に行く。
数合わせとか、兵糧を運ぶ人なんてもんじゃなく、
ガチ中のガチで主力だ。
兵士と一般人の境目がないので、
日本人全員が傭兵みたいなものだ。
そんな人たちなので、ハイエナみたいにおこぼれどころか、
ワニが次々、襲い掛かってると考えてほしい。
知らない村に行く時にやたら緊張するのはそのためだ。
そういう状況で自分から志願した秀吉は正気じゃない。
信長の覚えが良いからってだけでムチャをする弟分を、
少しでも助けたいと思うのが兄貴だろう。
「ちょっと遠いな。」
織田軍に近づき過ぎると危険だけど、
もう少し近づいた方が良さそうだ。
海沿いの山に登った。
城があるところを避けたが、
クロが見物している人たちを見つけたので、
それを避けて、離れたところにした。
農民の格好をしているけど、手には武器を持っている。
敗戦という死の淵に近づいた獲物を狙うワニの群れだ。
どっちが勝つかどうかは関係ない。
貧しい農民は、飢えて死ぬ。
戦に出ようが、ワニが返り討ちに遭おうが、
副収入を得なければ、目の前に死が迫っている。
奪われた者も、生きていくために、
次の副収入チャンスを待っている。
村社会の団結力って、
こういうところから生まれたのかもしれない。
髙いビルがないので、海を隔ててよく見える。
が、望遠鏡が欲しい。
黒炎車を気球のように浮かべた。
今は高い木の上に置いたような格好にしているが、
もっと上空に浮かべるのも良さそうだ。
この時代に空を見上げる人もそういないだろうし、
そうすれば、もっと近くから見れるかも。
しかし、オレは高所恐怖症だ。
この高さでもかなり怖い。
ただ、羽のある鳥が飛ぶことを怖れたりしないように、
自力で浮かべるオレも克服できそうな気がする。
いくつもの黒い塊が、
金ケ崎と天筒山を埋め尽くすように展開している。
織田軍が展開しているのだろう。
天筒山から離れた手前にも黒い塊が見えるから、
あそこに信長がいるか、輜重隊でもいるのだろう。
天筒山から煙が上がっているようではないから、
まだ、落城していないのかな?
落城で城が燃えるとも限らないけど。
「どんな具合いになってるんだろう?」
葛葉がオレの腕につかまりながら口を開く。
葛葉は単純に高いところに慣れていないから怖いようだ。
高所恐怖症かどうかは分からない。
いや、葛葉が高所恐怖症かどうかは問題じゃないんだ。。
また、葛葉がやってきたことが問題なんだ。
「一人で行く」
と言い続けたんだけど、
「絶対に行く」
と佳月さん、葛葉、三郎さんが言い張って、
「戦見物だから危険だ。
今回は負け戦になるだろうから、
巻き込まれると3人も守れないし、
オレまで危なくなる。」
と言う言葉で、直接的な攻撃力のない、
佳月さんと三郎さんの2人はあきらめてくれた。
しかし、最後まで葛葉が、
「私一人でも追いかける。」
と言うものだから、仕方なく連れてきた。
葛葉は方向音痴。
一人で負け戦に突っ込んでいくと命に係わる。
多分、オレが見つかるまで探すだろうし、
ウロウロしてたら落ち武者狩りも心配だ。
「おそらく、これから城攻めじゃないかな。」
その言葉が引き金になったのか、急ににぎやかになった。
太鼓のような音も聞こえる気がする。
黒い塊が蛇のように動き出した。
「始まった。」
どっちが優勢かなんて分からない。
1kmくらいのところなら、
攻防の様子が見えるだろうけど、
もうそこは戦場だ。
ここは3km以上はありそうなので、人が点でしかない。
鉄砲のものか、大きめの音がここまで響いてくるが、
何せ、3kmだ。
花火を聞き慣れたオレには、それがどうしたくらいだ。
「昼飯、食う?」
もうゴンドラと呼ぶが、
気球の乗り込み部分のようにした黒炎は、
意外に乗り心地がいい。
黒炎車を動かすのと違って、位置を固定するだけなら、
オレがずっと意識する必要もない。
「いただこう。」
あんまりにも見えないので、少し飽きた。
だって、目に見えて戦況が分からないんだもの。
葛葉も同じだったようだ。
ゴンドラを畳2畳分くらいの円形に広くして、
かなり早めの昼食にした。
いわゆるブランチというやつだ。朝食は食べたけど。
影収納から握り飯と味噌汁を取り出す。
味噌汁は2日前のだが、まだ、熱々だ。
「なあ、葛葉。」
握り飯を頬張りながら聞く。
「戦って、こんなもんなのか?」
戦場に立っているわけではないから、肌で感じない。
鉄砲の音や歓声のようなものはけっこう聞こえるけど、
実際に見えるのは、あんまり大きい動きはなくて、
少しずつ、黒い塊が城際に多くなったなーってくらいだ。
遠くで運動会をやってるなーという感覚に近い。
そういや、運動会って、半日になったせいかと思ってたが、
下手したら、やっているのが分からないくらい、
オレの時より音が静かになった気がする。気のせいかな。
「そうだ。見物はこんなもんだ。
私も戦に出るわけじゃないので知らないけど、
見物というと、こういうものだ。」
「ふーん。暇だな。」
「戦ってるわけじゃないないからな。」
「これって、いつまでだろう。」
「さあ。見た感じ、攻め手の勢いが凄まじい。
大軍で一気に攻め潰そうとしているようだ。
どこかが崩れると、意外に早く終わるかもしれない。」
「そうなのか。オレは初めて戦を見るので分からないが、
城攻めだから、こういうものなのかもしれないな。
普通の平野とか、城攻めじゃない戦なら、
もう少し、押したり引いたりがあるんだろうな。」
「そっちを見物するのは危険だ。
戦場は常に動く。
気づかないうちに真っただ中にいることもある。
それに、蹴散らされるというか、
敵だと勘違いされて攻撃されることもある。」
武器を持って潜んでいるからか。
伏兵と見分けがつかないな。
さらに1時間くらい経つと、
戦争をしている人たちには悪いが、
ガッツリ飽きてきた。
いろいろ考えていると、
ふと、葛葉があれだけ言い張った理由が気になった。
「なあ、葛葉。」
「何?」
「おまえ、ついて来ようとしたじゃん。
いや、実際について来てるんだけど。
何でそこまでついて来ようとしたんだ?」
「私は、里長から頭領を守るように言われている。」
葛葉は少し考えて言った。
「そうかもしれないけど、いくら頭領だといっても、
一人の方が動きやすいこともあるし、
変に周りから見られない方がいい。
踊りの一座とか、巡礼とかなら分かるけど、
若い女と2人で歩くと目を引く。
基本、夜に進むので問題ないといえば問題ないけど、
それでも一人の方が逃げるにも都合がいい。」
「そうかもしれないが、心配なんだ。」
「心配してくれるのはありがたいけど、
身一つくらいは守れる剣の腕もある。
クロは今も、下で周囲を警戒してくれているし、
葛葉が心配するようなことはないよ。」
ちゃんと言っとかないと、また着いてくると言いかねない。
「それでも心配だ。」
「しかしな~。」
食べた後、すぐ横になるのは行儀が悪いが、
戦がどう動くか分からないこともあって、寝そべった。
葛葉も同じように寝転ぶ。
空が青い。
上空だからか、少し風があって心地よい。
(戦が無ければ、のどかな一日だっただろうに。)
この辺りの百姓には気の毒だが、これも運命だ。
まだ一進一退の攻防が続いているが、
次第に城際に黒い点が増えているように見えるので、
寄せ手が曲輪に取りつこうとしているのだろう、
もう日が高くなってきた、
開始して4時間くらいだと思うから、
城側もまだまだ元気があるだろう。
それに比べて、急斜面を織田方は登ってるけど、
大軍だからか、部隊が入れ替わりながら攻めている。
城側が疲れて弛んだところが勝負どころという感じかな。
ゴンドラに屋根を作り、
そよ風の下、快適な環境で横になってると、
まるきり他人事なんで、寝てしまいそうだ。
(そうだ。一乗谷に行ってみよう。)
ふと思った。
朝倉家の本拠、一乗谷は見ておきたい。
何で記憶に残っているのかは分からないけど、
一乗谷って言葉の響きだけが頭に残ってた。
となると、やっぱり、一人の方が動きやすい。
「オレは、この戦を見届けた後、一乗谷へ行く。
ここまでは許したが、葛葉は里に戻ってほしい。」
と言いつつ、方向音痴のこの女を、一人で帰すのも危険だ。
「私も行く。」
「ダメだ。一人の方が身軽でいい。」
「断られてもついていく。」
「なんでだよ。」
「心配だから。」
「頼むから里に帰ってくれ。」
「いやだ。私も行く。」
不毛なやり取りが続く。
「ダメだ」「行く」のくり返しで少しイライラしてきた。
こいつ、こんなに言い出したら聞かなかったっけ?
ここまで言い張るのは珍しいというか、記憶にない。
もちろん、佳月さんと言い合いになることもある。
佳月さんも大人しいようで、
正しいと思ったことは曲げないし、
好奇心が旺盛で、いろいろ手を出したい方だ。
オレと違って上手い方に転がるのが不思議だが。
そんな佳月さんの希望に沿うように、
不承不承でも葛葉は従っていたと思う。
何だったら、一度決めたら率先するような気もする。
だから、三郎さんほどではないけど、
けっこうサバサバしてるというか、
ここまで食い下がるのが不思議だし、普段と違和感がある。
「だから、一人の方が動きやすいんだよ!」
「私も一乗谷に行く。」
「何でだよ。
なあ、頼むよ。葛葉がいると、
守らなきゃいけないという気になる。
急に思いついても動けなくなるんだ。」
「ついて行く。」
「だから、何でだよ!」
「旦那様だから!」
自分が出した言葉にハッとした葛葉が真っ赤になった。
一瞬、空気が止まる。
「おまえ、オレが心配で?」
思いがけない言葉に、オレの胸が高鳴る。
「前に一人で出かけたことがあっただろう?
心配なんだ。私の知らないところで何かがあると。」
「おまえ、」
ドキリとした。
「頭領というだけだったら、そういうんじゃなかったら、
そこまで気にしなかった。
だけど、旦那様に、身内になったなら心配じゃないか。」
葛葉の目に涙が溜まっていた。
「おまえ、そこまで・・・」
「私は旦那様のことが好きだ。」
涙が流れる。
その涙が、どんなものより綺麗に見えた。
オレはその涙に手を伸ばし、拭いてやる。
その手は、そのまま、葛葉の頬に触れ、
唇が触れ合った。
「あっ」
葛葉が軽く息を吐いた。
「私、初めてだから。」
「分かってる。優しくする。」
「恥ずかしい。」
普段のぶっきらぼうな態度とは違い、
裸になった葛葉は意外にかわいい反応をした。
もちろん、1回で済むはずはない。
やっているうちに、城攻めが終わっていた。
本当に何しに来たんだ。
葛葉と顔を見合わせて笑った。
「多分、この後、大きく動く。
オレたちは国吉城の方に移動する。」
たしか、信長は若狭から琵琶湖に出るはずだ。
ただ、疑問が。
国吉城って織田方なんだよな。
だから、敦賀で城攻めしてたんだし。
裏切るのか?
でも、長い間、朝倉と戦ってきたらしいんだよな。
退却戦!? 退却戦~~~?
朝倉が来てないから、金ケ崎城は落ちたんだよ。
浅井だってまだ来ていない。
あれ~~~!?
「作造、六助も来た。もう一度、話してやってくれ。」
「ああ、分かった!見たんだ!なあ、吾作!」
「ああ、確かに見た!」
途中、寺の前の道に人が集まっていた。
マズいと思ったけど、隠れるところもない一本道だ。
こういう時、家がない平野は隠れるところがない。
仕方がないので、用心しながら通るしかない。
「戦のよ、見物に行こうとしてよ、どこがいいかとよ、
ここからよ、おりゃあ、ふと、西福寺さんを見たんだ!
あっちだ、あっち!」
興奮した様子の男は、山を指した。
「その西福寺の山の向こうの木の上に、
黒い、大きなものがいたんだ!
「ああ、ありゃあ、何だったのか!
木の上によ。すげぇ、大きかった!」
「なんだと思うよ!」
男は芝居っ気たっぷりに、集まった者の顔をのぞきこんだ。
「ありゃあ、天狗に違いない!」
男の言葉にどよめきが起こる。
(天狗!?)
指差している方向を見ると、何だか嫌な予感がする。
あれは、オレたちがいた場所では?
葛葉を見ると、同じことを思ったのか、
あれって顔をしている。
「おっかなかったが、吾作とこっそり近づいたのよ!
見つかったら、何されるか、わかんねぇからよ!」
「ど、どうだった?」
「いや、高いところだし、小さくて聞き取れなかったが、
なんか、甲高い叫び声を上げてたんだ!ずっとよ!
おっかねぇから、慌てて逃げてきた!」
「おれも腰が抜けそうになって、何度も転びかけた!」
葛葉が真っ赤になった。
早めにここを離れた方が良さそうだ。
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