061.上洛
寒い。死ぬ。
みなさんも、お風邪など引かないようにお気をつけください。
変に意識して、三郎さんや葛葉と話しにくくなっていた頃、
「信長の軍勢が近江に入った」と佳月さんが知らせてくれた。
(そういや、合戦がどんなものか、見ておきたいな。)
今でも血を見るのは怖いが、
某シリーズで鉄砲無双を信じてた者としては、
本物の合戦がどんなものか見ておきたい。
鉄砲はまだそれほど揃っていないだろうし、
山がちの日本じゃ、平野での大合戦なんて、
思っているほど起きないので、
一斉射撃で壊滅なんてことはありえない。
ゲームじゃ、面白いように溶けてたのに。
鉄砲を買うために序盤の米相場に注ぎ込み過ぎて、
空腹負けなんてこともあったっけ。
移住先を視察したように、
直接、合戦に巻き込まれるのは避ける。
それでも巻き込まれるというのが時代だ。
生きていくのに避けては通れない。
とにかく、今後のためにも一度は見ておいた方が良い。
六角家の観音寺城は南近江。琵琶湖の南だ。
安土城が建設される所のすぐ右下にある。
この里からなら、出掛けやすい位置だ。
しかし、戦見物も安全ではない。
危険な場所を避けると真っすぐ里に帰れない。
そのため、家の用事を済ませて、
それなりにおでかけの準備をしてたら、
着いた時には終わってた。
(早っ!)
六角家の観音寺城は、和田山城と箕作城の
2つの支城と連携している。
そのため、1つを攻めると、残りの2つに挟撃される。
美濃から進軍した攻撃側は、挟撃されないために、
前衛の和田山城を攻略してから順に攻めるのがセオリーだ。
そのため、六角家は和田山城の守りを固めた。
ただ、六角家の誤算は、信長が大軍だったことだ。
それぞれの城に押さえの軍を配置された上で、
真っ先に攻められた箕作城が、
一昼夜で落ちたことも誤算だっただろう。
和田山城は戦わずに逃げて、
それを見た観音寺城も戦わずに逃げた。
(岐阜を出発して、半月だよ。)
六角家が戦わずに逃げたのにはビックリしたけど、
そんなこともあり、南近江平定戦が2日で片づいた。
京までの障害がなくなったことになる。
そして、六角家の敗走が次の誤算を生んだ。
六角家が防いでくれると思っていた三好勢は、
その動揺が手に取るように分かりそうなくらい、
あちこちで敗走し、もう立ち上がる力は無いそうだ。
これで京周辺が信長の手に落ちた。
言葉にすれば簡単だけど、あっという間だ!
「おまえがここの村長か?」
それからしばらくして、偉そうな武士が来た。
まだ、若そうだ。オレより少し上ってくらいか。
里の門は形ばかりなので、
そこで止まらず、村の広場まで乗り込んできた。
馬上から大声で叫ぶので、
何事かと、みんなが家から出てくる。
「そうです。」
村長・・・、なのかな?
一応、トップのつもりではあるけど。
ついでに言えば、村ではなく、里なんだが。
あれ?そういや、村と里ってどう違うんだろ???
「お館さまは兵を集められておる。御旗の下に馳せ参じよ。」
「馳せ参じよと言われても、ここは六角様の領地ではなく、
今まで六角様とは無縁です。」
念のため、里長を振り返った。
里長がうなづく。
「お館さまは兵が必要なのだ!
織田に奪われた城を取り返す!
そうすれば、その方たちにも恩賞が出るだろう!」
何だ、こいつは。
なぜ、協力することが当たり前のように話すんだろう?
「・・・。」
「聞こえてるのか!」
「聞こえてますよ。」
「なら、何人、出せるのだ!」
もう一人の武士が手に紐で綴じられた紙束を手に取った。
ああ。あれは名簿なのか。
「出せる人数はいません。」
「何だと?」
段々、腹が立ってきた。
こいつ、何だって上からなんだ。
「出せないんです。
よく見てください。若い人間がいると思いますか?」
ちょうど討伐衆が出払っているため、
若い男はオレを含め、2~3人しかおらず、
あとは50歳前後か、女の人と子供だ。
「そこにいる男どもも戦えるだろうが!」
根こそぎ持っていく気か?
必死すぎないか?
「一つ聞きますけど、勝てるんですか?」
「何だと?」
「見て分かる通り、男を取られると畑にも差し障るし、
もし、死んだりすると、
里の皆は飢えなければならなくなるんですよ。
縁も所縁もない六角様のためにそこまでできませんよ。
それでも、協力しろと言うのなら、
勝てるってところを話してくださいよ。
人を出すほどの恩賞があるんなら考えます。」
「なに!こいつ、言わせておけば~。」
「何かを勘違いしていますが、この里は守護不入の地。
しかも、室町殿ではなく、天子様から拝領した地。
この里に物言いすることは天子様に弓引くことと同じ。」
若い武士が怯んだのが分かった。
もう一人の武士と顔を見合わす。
六角家は古い家。守護大名なのだ。
当然、権威ある家は、自らの権威を否定できない。
室町将軍に任命されて近江守護になった六角家が、
同じ室町将軍に認可された守護不入を否定できない。
さらに、守護不入と分かりやすく言っているが、
その上の天皇から拝領している点で、
天皇に任命される将軍のものより、もう一段、位が高い。
天皇が武力を伴わないから、武士相手には微妙だけど、
貴族的な大名ならという賭けは当たったようだ。
「双方とも、お待ちを。」
一緒に来た、腰に刀を差しているが、
武士2人とは明らかに格好が違う人が制止する。
この人はかなりの年齢に見えるけど、
馬と一緒に走ってきたんだろうか?
「六角家の方々、儂はこの里と縁がある。
当然、この里の事情も知っておった。
だからこそ、儂が来たとも言えるのじゃが。
方々もこの小さな里で時を費やすのも無駄だと思う。
儂が話をするので、ここは任せてもらえまいか。」
「わかった。おぬしに任せる。」
さっきと打って変わって、
武士は意外に大人しく引き下がった。
オレを睨みながら、馬に乗って、来た道を戻っていく。
悪かったね。小さな里で。
後には、オレたちと変わらない格好の人だけが残った。
「里長殿、久しく会わなかったが、壮健で何より。」
「ふん。和田の小せがれかい。
あの洟垂れが一端のことを言うようになったかい。」
(白髪交じりの人に洟垂れって。)
その言葉に苦笑しながら、
がっしりした山賊みたいな男はオレに視線を移す。
「この方が新しい頭領か?」
「そうだよ。剣の腕は流派の後継者で、新陰流の免状もある。
霊獣も持っているしね。」
「その歳で、それほどの才に恵まれたのか?
儂は、甲賀の里にて評定衆の一、和田玄斎と申す。
以後、良しなにお願い申す。」
「この里の頭領で、静馬と言います。
よろしくお願いします。」
「甲賀、それと伊賀もだけど、この里と行き来があるんだよ。
前に話した、この里で疫病が起こった時に、
甲賀も伊賀も同じでね。途絶えかけたけれどね。
で、その顔を久しぶりに見せに来たかと思ったら、
一体、どういうことなんだい?
この里を隠すための伊賀と甲賀なんじゃないのかい?」
「そ、それについては、」
急に和田玄斎がしどろもどろになる。
「先の戦で、六角家が織田に負けたことはご存じでしょう。
儂らが甲賀は、古来、六角家に手を貸してきた。
落ちのびてくるので仕方なくではあれど、
この里まで及ばないように甲賀で止めるためです。」
里長が「ふん」と鼻を鳴らす。
和田玄斎が手拭いで汗を拭いた。
「まあ、いい。
せっかく、和田の坊やが来たんだ。
中に入りな。立ち話も何だろう。」
里長の屋敷の評定の間に入った。
オレが上座に座ると、和田玄斎が話し始めた。
「此度の戦、六角は見誤った。
織田はいつもの相手と違うことに気づかず、
城を出たのは落ち度。」
「頭領、おまえは、織田の勝ちを言い当てた。
六角をどう思うね?」
「そうですね。戦わずに逃げたのはいただけないですね。
兵がどれだけ残っているかでしょう。
ただ、こんな小さな里にも来るぐらいです。
まともに戦えるほど、兵は集まっていないのでしょう。
もう一度、戦ったとして、勝てるとは思えない。」
歴史どうこう関係なく、
あんな自分の都合だけしか見えていない武士がいるんなら、
六角家そのものの実力だって怪しいものだ。
織田に勝てるとは思えない。
局地的にはということもあるかもしれないが、
どこで勝負をしようとしているのか、ピンと来ない。
「あ、いや、しばらく。」
和田玄斎が手を上げた。
「六角の肩を持つつもりはありませんが、
今までも、同じように城を離れ、
後に取り返すということがあったのです。
言わば、六角家代々の策と言っても良いかと。」
「どう取り返すつもりかは分からないけど、
織田相手に城を取り戻すのは難しいと思います。
その、今まではどう取り返したんですか?」
「敵が兵を引いた後に城を奪い返した。」
「じゃあ、無理ですね。
以前は、京とか、畿内にそれぞれの領国があって、
帰ったから兵が少なくなったのであって、
織田は京を押さえたいんだから、
本国と京とを結ぶ近江を手放すわけがありません。
兵を引くどころか、むしろ、増えると思います。
六角が勝てるわけはありません。」
和田玄斎が言葉に詰まる。
一座の皆も「なるほどな」という顔をしている。
歴史を知っていると、
もっともらしいことを付け加えるだけで、それなりになる。
「待たれよ。戦に出ろと言いに来たのではない。
それに、兵は1千ほどが集まっている。
下手に不興を買って、
こちらに攻めてくれば、どうなさる?」
今度はオレが言葉に詰まった。
人に被害が出るのはもちろんだけど、
家や田を焼かれると、飢えて死人が出るかもしれない。
「ほう。甲賀は、六角の手先になったのかい?
この里に脅しをかけてくるとは、
甲賀も偉くなったもんじゃないか。」
里長が怒りを抑えた声で言う。
和田玄斎が慌てた。
「お待ちを。口が過ぎたことは平にご容赦を。
この里と事を構えようとしているのではござらぬ。
甲賀とて、1千もの兵を受け入れる余裕はなく、
幾ばくかでも、お願いできないかと思った次第。」
「何だい、金の無心かい?」
「米を出していただければと。」
ふむ。なるほど。そういうことか。
人を出すのに比べたら、米だっだらとは思う。
ただし、問題がある。
この里は中立。どこにもつかない。
米を出したことで、崩れるのではないか。
それに、ずっとというのも困る。
「この里は、どこにもつかないということを守ってきた。
米を出せば、六角についたと思われる。
当然、勝っている織田には面白くない話だろう。
みんなはどう思う?」
オレはこの戦国時代で中立なんて危険思想だと思ってる。
そんな甘い話が通るわけがない。
こんな小さな里なんて踏みつぶされて終わりだろう。
信長は実は天皇は好きなんじゃないかと思ってるけど、
その信長だって、「天皇からの拝領」と言ったとしても、
後々、しれっと部下に暴走させればいいだけだ。
天皇が何か言ってきても、
「部下が勇み足で」と言っとけば終わってしまう。
そもそも、天皇だって、こんな里のことを取り上げるのか?
見せてもらった、天皇からもらったという書付なんか、
かなり字も薄れてきているような大昔のものだし、
ありがたいと思わないヤツには、ただの紙でしかない。
「オレは、頭領の読みに誤りはないと思う。
言われるように、六角が城を取り戻すのは難しい。
なら、それに味方するのは、馬鹿げている。
わざわざ、負ける方に味方して、里を滅ぼすのか?」
東平さんが口を開いた。
みんなの顔を見渡すと、
口は開かないが同じ意見のように思う。
「だが、甲賀の苦しさも理解できる。
今、米を出せば、味方をしたことになるが、
甲賀の民が困るようになったら米を出すことにすれば、
六角には出してないという言い訳が可能かもしれない。」
「頭領、それは織田家に対してということか?」
東平さんから質問が出る。
「そう。それもずっとは無理だ。
出すなら、一度。もしくは、二度だ。
それ以上だと、怪しくなる。
そういう言い訳が通じる相手かという問題もあるけど。」
「はぁ。」
里長がため息をついた。
「確かに、危ないことだ。
何もしないことが一番だけど、
甲賀も見捨てるわけにはいかない。
頭領の考えに従うよ。」
里長の言葉に、みんながうなづいた。
「分かった。和田殿、それでいいですか?
今ではなく、しばらくして、甲賀が困窮する前に、
里に使いを寄こしてほしい。」
「かたじけない。」
「なに、織田に言い訳が通じなかったら、
みんなで逃げればいいのさ。」
里長の冗談に、みんなが笑った。
オレはドキリとした。
「和田殿、今は仕方ないとして、
甲賀はどこで手を引くんです?」
オレの頭にあるのは、天正伊賀の乱だ。
ここを間違うと、あれが早まるような気がする。
「甲賀も六角は敗けると見ている。
甲賀は雇われれば動く。だが、六角にその金はない。
これまでの誼で、一度、手を貸すだけです。」
「では、織田家に訴えるべきです。
六角に居座られていて、
近くの村々も米などを取り立てられていると。
先んじて、織田につくと明らかにしておけば、
おかしな見られ方をしないでしょう。」
「むう。」
和田玄斎が唸る。
今年の収穫と備蓄した米で何とかなるだろう。
あれだけ避けると言ってたのに、
もう間接的に巻き込まれている。
こういう巻き込まれ方もあるんだなー。
「頭領殿にお聞きするが、織田をどう見ておられるのか?」
「炎が盛んなほどに。」
「では、続くと?」
「炎は燃えるものがあるうちは勢いが増すばかり。
しかし、燃やすものがなくなれば勢いは衰えます。」
「ほう。衰えるのはいつ?」
「いくつかありますが、先ず一つ目は、
室町殿を抑えられるかです。
オレは室町殿を知っているわけではないが、
幼いころより、ほぼ仏門にありながら、
大名家を渡り歩いてまで将軍になりたいなどと、
普通の人にありえないほど、よほどの欲があります。
そういう御人が、大人しくはしていないでしょう。
必ず、織田とぶつかります。
そこが一つ目の分かれ道でしょう。」
「なるほど。」
まさか、明智光秀が裏切りますとは言えないもんな。
謀反の理由は分からないけど、
組織が大きくなるにつれて変わっていくものがある。
例えば、小学校の時は学級委員長とか、
いつも大事な役目を任される子がいたとしても、
中学でも同じかというとそうでもない。
中学の時に目立ってても、高校ではそうでもなかったり。
その時々、求められる人材は変わっていくものだ。
舞台に立ちたいけど、立てない人だっている。
古参と新参の武将の間もバチバチだろうし、
足の引っ張り合いも多いに違いない。
それなのに、命のやり取りが商品の超ブラック企業。
武将のプレッシャーとストレスは相当だろう。
光秀の融通の利かなそうな顔が浮かんだ。
強迫性障害になってたんじゃないかな。
話が終わった。
みんなが口々に「さすがは頭領だ」と褒めてくれる。
和田殿も感心してくれているようだ。
だが、オレは、いよいよ迫ってきた、
この里の運命に暗い気持ちでいた。
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