006.クロ
切り株に腰かけて、目の前でちょこんと座っている子犬を見る。
日吉の話は恐かったが、やっぱり、子犬から嫌な感じは受けない。
今のところ、特に、何かの影響があるようにも感じない。
それどころか、小首を傾げて、オレを見上げる姿が、
何とも言えず、かわいらしい。
(なんだ、こいつ。かわいいな。)
持ち上げる。
(軽っ!)
子犬って、こんなもんだっけ?
重さは感じるけど、見た目より圧倒的に軽い。
バレーボールくらいの大きさで、重さは・・・
キテ〇ちゃんがりんご3個分だって言ってたから、
それぐらい?いや、2個分くらいかな?
大人しい。
オレに脇を抱き上げられたまま、大人しくしている。
(ううぅ、そんな瞳で見られると・・・)
ダメだ。頬ずりしたくなる。
「わわっ、止めろってw」
顔をいっぱい舐められた。
軽くベトベトになったので、
袖で顔を拭きながら、改めて観察する。
「メスか。」
どうやら、メスのようだ。
「あ、いててて。ごめん。ごめんて。」
前足で何度も叩かれた。
子犬は地面に降り立つと、フンという仕草を見せた。
うん。オレが悪かったんだろう。
「おまえはオレの、何ていうんだろう?式神?召喚獣?
ともかく、オレの使い魔でいいんだよな。」
子犬がまた小首を傾げる。
うん。かわいらしい。
(くぅ~~~~~。)
犬派のオレにはどストライクだ。
わしゃわしゃしたくなる。
「おまえは、いや、おまえっていうのもアレだな。
これからもずっと一緒にいるんだろうから、
名前がないといけないな。」
オレの言葉が分かったのか、子犬がしっぽを振り始めた。
オレは少し笑って、
「そうだな。うーん。メスか~。
そうだな~、えっと~、ローズ、リリー、
いや~、時代が時代だしな。お花?お菊?
ちょっと、しっくりこないな~。」
犬にしては、人の名前すぎる。
この時代に洋風もおかしいし、和風もパッと思い浮かばない。
名づけは苦手だ。
変な名前をつけてしまうと、呼ぶ時に周りに笑われるかもしれない。
人目を気にして、結局、無難な名前に落ち着くんだ。
笑わば笑え。そうだよ。そこら辺のモブだよ。
「もういいや。真っ黒だし、おまえの名前はクロにしよう。」
名前を呼んだ時だ。
「えっ!?」
何かがオレとクロをつないだように感じた。
オレの体から何かが伸びているような、さわっとしているような、
何だろう、この感覚。
あっ、そうか。名づけか。
マンガではモンスターに名づけをすると、進化することがある。
進化はしなかったみたいだけど、日吉の言う相性というか、
シンクロ率とかが上がったんじゃないだろうか。
何となく、いや、かなりふわっとしてるが、
クロの気分みたいなものが伝わってくるような気がする。
こんなにしっぽを振ってたら、誰でも分かるか。
「そういえば、」
日吉は「文字が見えるようになる」と言ってなかったか?
多分、ステータスが見え始めるんじゃないかと見当をつけてたが、
オレにクロが憑いた今なら、確認できるじゃないか。
「ステータス。」
ブン。
「おお!表示されるじゃん!」
この時代もステータスでいけるんだ!
もしかしたら、言葉はどうでもいいのかもしれない。
HP: 状態:普通
体力: + 5 親密
器用: クロ ☆☆ 1
機敏: + 10
知能:
技能
習う
何でプラス値しかないんだろう。
しかも、体力と機敏の欄だけ。
これって、あれか。
もしかしたら、クロを使い魔にしたことでのプラス値か。
何だ。クロは悪いものじゃないじゃん。
しかし、オレのステータスは見えないの?
感覚以外に計りようがないということか。
レベルが上がったら見えるのかな?
技能は多分、スキルってことだろう。
それにしても・・・
習うってなんだ。
「人生、死ぬまで勉強です」ってか?
うるさいよ。
それと、これだ。親密。
クロとの親密が☆2だ。
横の1という数字が分からないけど、
枠のスペースから見て、☆は5つでMAXだろう。
最初から☆2なら、まあまあと言える。
こういう仕組みになっているってことは、
多分、☆が増えることによって、できることも増えていくはずだ。
「よし。当面の目標は、クロの育成だ。」
と言っても、どうしたらいいか分かんないけど。
「あ、ヤバッ!」
気づかないうちに、そろそろ、夕飯の準備に掛かる頃だ。
柴刈りに来たのに、何にも集めてない。
「ふっふ~ん。」
だが、しかし、こういう時のために、何日分かは余分に集めている。
オレって賢い。
今日は遅く帰るわけにはいかないんだ。
予定通り、その日の晩飯は豪華だった。
次の日、また、山へ来ていた。
もちろん、芝刈りは済ませている。
さて、クロの育成ということだが、
仲良くなるのは当然として、
先ずは、クロに何ができるかを把握しなければならない。
「よし、クロ、おまえ、何ができる?」
クロが小首を傾げる。
(くぅ~~~~)
いっぱい撫でてやった。
コロンとクロが仰向けに寝転がる。
(こいつ~~~)
お腹を見せて寝転がっているのもかわいらしい。
(わしゃわしゃしてやる。)
しっぽを振りすぎて、箒になっているのもかわいらしい。
コホン。
仕切り直しだ。
お互いに座り直す。
「特別な能力か何か、無いか?」
クロが申し訳なさそうな顔をする。
やっぱり、無いようだ。犬だしな。
「まあ、クロがいる時点で特殊能力だしな。」
クロがしっぽを振る。
こいつ、やっぱり、言葉が分かってるよな。
スキルなんかの特殊能力があればいいなと思っていたが、
犬なので、音や匂いに敏感だ。
さっきも耳がピクッと動いていたが、
数百メートルの範囲は余裕で感知してそうだ。
それに、オレの周りを走り回って、
何かあると吠えて知らせてくれるので、索敵は申し分ない。
「あれ?戦場でも活躍できんじゃない?」
オレは隠れながら、気づかれることのないクロが、
先行して軍勢がいるかどうかを吠えて知らせる。
ごめん。松下様。
どうやら、やっちゃってた。
かわいいクロを戦に出す気はないので、そこはどうでもいい。
ただ、育成はしたい。
いや、まてよ。
成長したら、このかわいさがなくなるのか。
だいたいのマンガは、何か、急に大きくなるんだよ。
え~~~、いやだな。どうしよう。
しかし、育成は醍醐味だしな。
う~~~ん。
よし。ほどほどにしよう。
育成といっても、目に見えるのは親密度だ。
結局、一緒に遊べばいいということだろう。
犬派と言いつつ、動物全般が好きなオレには、何の問題もない。
「かわいがるだけでいいんなら、簡単じゃない?」
それから2週間、思いっきり、かわいがった。
日中、人がいると、クロが見えないと変な人になるので、
かわいがることができないのが残念だが、
その分、二人きりの時は、目一杯、かわいがってやる。
前にメスかどうか確認して怒られたので、
寝転んでお腹をみせるのは大丈夫なのかなと思ってたら、
じっと見ると怒るので、デリカシーの問題なんだろう。
そこは女の子だっていうことだ。
今日は真面目に芝刈りをしている。
遊びすぎて、備蓄がなくなったからだ。
また、クロと遊ぶために、多めに拾っておかなければならない。
クロも自分より大きな木をくわえて、
小さな体で、一生懸命、手伝ってくれる。
―・・ある・・、こっ・に・・・よ・・・―
―・・・にも・・・ある・・・・―
んん?
何だ!?何か、声がするぞ!?
まさか、小人か!?
耳をすませてみる。
―・・・あ、ちょう・・・だー。待てー。―
―あ、キノコもあるー。―
んん?
「おい、クロ!」
―なーにー、あるじー。―
「おまえ、しゃべれるのか!?」
―ずっと、しゃべってるよー。―
やっぱり、クロなのか。
そうなのか。こいつ、しゃべってたんだ。
オレが聞き取れなかっただけなのか。
(ハッ)
ステータスを開いてみる。
HP: + 10 状態:普通
体力: + 10 親密
器用: + 5 クロ ☆☆☆ 1
機敏: + 20
知能: + 5
技能
習う
おお、補正値が増えてる。
いや、それより、親密度が3に上がっている。
(それでだ。)
親密度が上がったから、声が聞こえるようになったんだ。
2週間で1つ上がるって、よっぽど相性がいいのかな?
「かわいいやつめ!」
最近は、膝の上に載せてかわいがっている。
ひなたぼっこの時は、そのまま一緒に寝ている。
今も、膝の上で、思いっきり、かわいがっている。
ふと思いついた。
(あれ、もしかして)
クロは吠えていない。
でも、話している。
最初、吠えているとしか思わなかった。
口だって、そういう動きだった。
今も話しているが、口の動きと違うというより、
口が開いてなくても、声が聞こえている。
つまり、音が必要なわけじゃない。
―クロ、クロ、―
―なーにー?―
思った通り!
意識をクロに向けると、言葉を出さずに会話できるじゃん!
―クロ、声が届くか実験だ。離れてみてくれ。―
―はーい。―
森の中をクロが歩いていく。
―どうだー?聞こえるかー?―
―うん。だいじょうぶー。―
―これはどうだー?―
―きこえるよー。―
森だと木々が邪魔をして、すぐにクロが見えなくなった。
実験にならないので、帰り道で、歩幅で500mを測ったけど、
問題なくクリアに聞こえる。
しかし、この時代、田んぼもないぐらい、見渡す限り平野なんだ。
邪魔する電波・・・、が邪魔するかどうかは分からないが、
人が少ないから、騒音だってない。
その状態での500mだから、
遮蔽物があれば、実際の距離は短いかもしれない。
十分に検証した方がいいだろう。
離れ過ぎると、オレが危険な気がするし。
しかし、これは、通信(?)ができる距離だ。
会話ができる今なら、クロが見てきて、伝えてくれるだけでいい。
うちの子、やっぱり、すごくない?
本当に、本当に、松下様、ごめんなさい。
クロがこんなにすごいと気づかなかった。
どうか、次の神降しが成功しますように。
上機嫌で帰ったが、とんでもない大問題が起こっていた。
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