056.大航海時代
「突け!一斉に突くんだ!」
副長の命令に、2人が一斉に槍を突き出した。
「そのまま、槍を押し込め!」
「うぉー!」
兵士が雄叫びを上げる。
槍の勢いのまま、相手を後ろの壁に縫いつけた。
「退却!ここを放棄する!隔離しろ!」
「しかし、リロが!」
「仕方ない!一先ず、閉じ込める!」
命令が飛ぶ。
兵士たちは大急ぎで扉を閉めた。
扉に木をあてて釘で打ちつけた。
「提督に報告に行く!何かあれば、すぐに報告を!」
「ハッ!」
兵士が直立した。
副官は扉を一瞥すると、その場を後にした。
朝の定期的な点検のはずだった。
混乱する。
昨日は何もなかったはずだ。
出航してから2日経っている。
何が起こっているのか理解できなかった。
バンッ
慌ただしく船室のドアが開かれる。
副長は直立した。
「提督、船倉に見慣れない者がいましたので、
密航者かと問い質すと、いきなり襲ってきました。
近くにいた兵が1名死亡。」
「兵が!? そいつは何者だ?
いくら急とはいえ、この船の乗組員だぞ!
後れを取るような連中ではないはずだ!」
提督は腹が立った。
遠く離れた異国の地に来るのだ。
もちろん、頼りとする兵は、自らが厳しく選別している。
実際に海賊相手に何度も勝利している。
そうそう、後れを取るような鍛え方をしていない。
「魔物です。」
「魔物だと!?」
からかっているのかと思ったが、副長の声は真剣だった。
「しかし、問い質したのだろう?人ではないのか?」
「見た目は人と変わらないのです!
兵士の首に噛みつき、辺りを血だらけにしたのです!」
「狂っているのか?」
「狂うとか、そういうものじゃないんです!
兵が襲われている間、槍で刺したのです!それも何度も!
しかし、何も感じていないのです!
刺されても、兵に噛みつくのを止めないのです!」
副長の性格は分かっている。
若いが冷静で、ここぞという時の判断力は優れている。
次期提督候補として、輝かしい未来が待っているだろう。
その副長が取り乱している。
「現状は?」
「尋常ではありませんでしたので、
船倉に閉じ込めるように指示を出しました。」
「まあ、落ち着け。
船倉に閉じ込めたのなら、考える時間がある。」
提督はワインを注ぎ、副長に勧めた。
副長は一気に飲み干した。
提督は驚いたが、自分にもワインを注いだ。
「閉じ込めたということは、殺せてはいないのか?」
少しゆっくり目に話す。
「この船の兵です。背を向けている相手に向かって、
私が見ても、重傷と思われる傷を何度か負わせましたが、
その度に目の前で傷が治っていきました。」
「傷が治る・・・!?」
「槍で刺す度に動きが止まりましたので、
何らかのダメージは与えているようですが、
致命傷と言えるダメージかどうかは分かりません。」
提督は一度、目を瞑った。
「それで、魔物か。おまえは何だと思う?」
言葉を選んだ。
副長を落ち着かせるためもあったが、逃げれない海の上だ。
退治できない魔物の話は聞きたくなかった。
「おそらく、ヴァンパイアではないでしょうか?」
「ヴァンパイアだと!?おとぎ話だぞ?」
「私も夢だと思いたいですが、牙が見えました。
それに、兵の血を啜っていたように思います。
剣がまるで効かないことも不死を想像させます。」
「くそっ、ヴァンパイアか。」
「しかし、どこから現れたんでしょう?
さっきの寄港地なのでしょうか?」
「それを知ったところでどうにもならん。
敵が何であれ、倒せるかどうかでしかない。
動きが止まるのであれば、ダメージは与えている。
相手がヴァンパイアというのが本当なら、
おそらくだが、兵の血を吸うことによって、
回復していたと考えるのが妥当だ。
ヴァンパイアに有効な攻撃手段はあるのか?」
「書物では、銀の武器が有効です。」
「銀か。交易船なら大量の銀があるだろうが、
この船は軍船だ。銀は数えるほどしかない。他には?」
「頭か、心臓に杭を打てば死ぬそうです。」
「それは、誰でも死ぬと思うが、杭が特別製なのか?」
「木の杭だったと思いますが、
もしかしたら、神父の祝福があったのでしょうか?」
「もう少し、教会に出掛けるべきだったな。
杭が銀だった可能性もあるのかもしれん。」
「銀が毒で色が変わるのはご存じでしょう。
そして、これは余り知られていませんが、
野菜を一緒にしておくと長持ちするらしいです。
生命力というのでしょうか、不死の真逆です。
そういうところが、銀が有効な理由でしょう。」
話をしているうちに、落ち着いてきたようだ。
それは自分もだったかもしれない。
「銀がない以上、銀を考察していても仕方がないな。
急所への攻撃が有効と信じるしかない。
そもそも、動いている相手に杭は難しいしな。
頭と胸。この2箇所を狙うしかないだろう。」
「そうですね。」
「船倉はどれほど持つ?」
「相手が相手です。家屋よりは頑丈としか言えません。」
「人間なら閉じ込められる造りなんだがな。」
コンコン
「入れ!」
副長が鋭い声を掛ける。
入ってきた兵士は直立した。
「報告します!
板を打ちつけて、補強を継続していますが、
船倉の扉が破壊されそうです!」
提督と副長は顔を見合わせた。
「どれほど持つ?」
「30分は難しいかもしれません。」
「ご苦労。すぐに行く!」
「ハッ!」
兵士は直立して、部屋を出て行った。
「閉じ込めることもできないとは。」
「陸まで2日というところです。」
「どういうことだ?」
「進言します。
港についてからの方が攻撃は有効です。
現地の大名に応援を要請し、
この船を包囲した上で、攻撃を仕掛けます。」
「船もろともか?」
「私も思うところがないわけではないですが、敵が敵です。
狭い船室では、死者が増えるだけでしょう。」
提督は目を一度、閉じた。
「事が事だ。船は陛下も理解してくださるだろう。
しかし、それで取り逃がした場合、
他国に魔物を解き放つことになる。
それでは、我が海軍の汚点となる。」
「だからこそ、現地の兵を借用するのです。」
提督は静かに首を振った。
原因は別のことだろうと気にもしていなかったが、
立ち寄った港の多くであった、不審死の話を思い出していた。
「誰もが果てなき水平線の向こうを目指したが、
魔物も同じだったとはな。我々の失態だよ。
知らぬ間に魔物を運び、他国に押し付けていたとはな。
今こそ、己の無知を恥じたことはない。」
「提督。」
しかし、提督の顔が曇ったのは一瞬だった。
次の瞬間には、いつもの鋭い目が見つめてくる。
「我々は恥を知る船乗りだ。
海の上の不始末は、海の上でケリをつける。」
副長の顔を引き締めた。
その場で直立する。
「船倉に行く。
おまえは退船準備をさせろ。後続の船に信号を出せ。」
「ハッ!」
提督は部屋を出て、階段を下りた。
ドンッ、ドンッ
激しく木が打ちつけられている音がする。
船倉は食糧庫と同時に、資材庫でもある。
そして、こちら側には武器を積んでいる。
おそらく、資材庫にあった斧か何かを使っているのだろう。
「提督!」
兵たちが寄ってきた。
「ご覧の通りです!ご命令を!」
提督はうなづく。
「おまえたちは、左右に分かれろ。
敵が出てきたところを槍で突け。」
「ハッ!」
兵士が槍を構えて左右に潜む。
潜んでいる樽には火薬が詰まっている。
ドゥオオンッ
ものすごい音と共に、提督の足元まで扉が吹き飛んだ。
敵の姿が見えた。
淡いカンテラの光に照らされた姿は、
魔物とは思えないほどの優男だ。
禍々しい雰囲気は全くない。
唯一、その手だけが竜のように変化している。
斧を使っているのかと思ったが、
あの大きな爪でドアを破壊していたのか。
「ここを防衛線として防ぐ。階上には行かせるな!」
提督が階段の前に剣を抜いて立ち塞がる。
魔物はすごい速さで近づくと、提督に手を振り下した。
提督が剣で受ける。
「ぐっ。」
すごい力だ。
ひざが崩れそうになるのを力を入れて踏みとどまった。
ヴァンパイアが逆の手を振り被った。
「今だ!」
左右から槍が突き出された。
魔物の体に7本の槍が刺さった。
ガキン!
しかし、意に介さず、魔物は手を振り下ろしてくる。
提督はヴァンパイアの手を剣で受け止めた。
硬質化というのだろうか、剣で切れない。
それどころか、硬いものを受け止めたような音がした。
不思議な色をした爪は、鎌のように鋭かった。
ガキン!
ガキン!
ガキン!
硬いものがぶつかり合う音が船底に響く。
ふわっ
下から振られた腕を受け止めた提督の体が一瞬、浮いた。
提督から冷や汗が流れる。
防戦一方だ。
兵たちも何度も斬りつけているが、怯む様子を見せない。
「頭だ!頭を狙え!」
副長の声がした。
それで、兵が頭を狙い始めた。
初めて、魔物が煩わしそうにした。
「やはり、頭だ!頭が効くぞ!」
ヴァンパイアは腕を振り回し、剣で受けた兵を吹き飛ばす。
ただ、腕を振り回しているだけで、
術理もなにもない、ただの力任せの攻撃だ。
膂力に恐るべきものがあり、
体の一部である分、剣を振るこちらより反応が速い。
それでも、歴戦の提督はヴァンパイアの隙を見逃さない。
「死ね!」
提督は強烈な一撃を与えた。
普通なら肩から斜めに体が半分になっていただろう。
しかし、剣で切り裂かれたと思った体は、
まるで剣を避けただけだというように、
何事もないようにくっついていっている。
あり得ない。
そういえば、先ほどから何度も兵の攻撃が当たっているが、
目立った傷が見えない。
ヴァンパイアは薄っすらと笑みを浮かべていた。
「本当に不死だと言うのかっ!」
その時、ヴァンパイアの足がよろけたように見えたのを
提督は見逃さなかった。
(やはり、効いている。回復にも体力を使うのだろう。)
提督は挫けそうになる心を奮い立たせた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
しかし、兵たちも肩で息をしていた。
戦闘を開始してから10分。
その程度で息が上がるような鍛え方はしていないが、
それは相手が人間である場合だ。
魔物に対する恐怖と攻撃が効いていないという不安が、
疲労を何倍にもさせている。
提督自身も疲れを感じ始めていた。
「むんっ」
提督は一瞬の隙を狙い、足を斬った。
ヴァンパイアが倒れこむ。
そこを兵士が槍で床に縫いつけた。
すかさず、提督が剣で胸を刺した。
「よし!副長を除いて、全員、甲板に上がれ!」
反論もせず、兵が命令通り、階段を上がり始めた。
「斧を持ってきてくれ。」
近寄ってきた副長に声を掛ける。
しばらくして、副長は資材庫から斧を持ってきた。
提督は受け取った斧で、両手足を斬り落とした。
それなのに、相手は一言も発しない。
提督は恐ろしいものを感じていた。
「口が聞けないのか?」
ヴァンパイアは笑っている。
「何か遺言でもあれば聞いてやるが。」
その時、ヴァンパイアの腕から流れている血が、
急に形を持ったかと思ったら、提督の胸を貫いた。
「馬鹿め。我は不死身だ。誰にも殺すことはできん。」
「ぐぅ、話せたのか!?」
「提督!」
ガキン!
副長にも鋭く伸びた血の塊が襲ったが、剣でかわした。
提督は自分の体を貫いている血を斧で叩き割った。
「早く、おまえも甲板に行け!」
「しかし、提督が!」
「こいつはここで倒す!早く行け!」
提督はカンテラを樽に投げた。
「くっ!」
副長は走り出した。
提督はよろめく足を踏ん張り、斧を振りかぶる。
「首を斬り落としても生きていられるかな?」
「や、やめろ!」
複数の血が提督を貫いた。
提督はフッと笑った。
(ワインを飲んでいなかったな。)
提督が斧を振り下ろした。
同時に樽が大爆発を起こした。
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