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053.カマキリ

20251019 誤字修正

「カ、カマキリ!?」


大きい。

とんでもない大きさだ。

鎌を広げた大きさは、宅急便のトラックくらいある。

鎌に至っては、普通の刀くらいある。

しかし、驚いているのは、その大きさだけじゃない。

顔だ。

女の顔がついている。

しかも、この時代の人の顔だから、

能面みたいな顔が不気味で恐ろしい。

その顔がどんどん近づいてくる。

すごい速さだ。


「デジャブだな。」


伊勢で見たぞ、こんなやつ!

すぐに、佳月さんとあやを車に乗せて、

後方50mに移動させる。


「葛葉、左だ。三郎さんは離れたところから援護!」


オレは、カマキリの突進を止めるために、

七星刀を出しながら、カマキリに向かって飛び出した。

カマキリが右鎌を振り下ろしてくる。

オレは左に飛んでかわす。


ドゥッ!


地面が(えぐ)れる。

すごい威力だ。


「金剛拳!」


地面に倒れこむ。

左は葛葉が走っていた。

オレの背に隠すように、葛葉が金剛拳を放った。


―今!―


クロがタイミングを教えてくれる。

背中に当たるギリギリで倒れこんだから、

カマキリには見えていない。


ガガッ!


「ヨシッ!」


少しのけ反ったけど、すぐに、その目がオレを捉える。


「ヤバッ!」


オレを目掛けて、左鎌が振り下ろされる!


ドドゥッ!


間一髪、跳ね起きたオレは宙に逃れる。

そこを右鎌が襲ってきた。


「チィッ、二刀流!」


七星刀で受ける。

受けた勢いで後ろに着地した。

3mほど間隔が空いた。

カマキリとにらみ合う。

さっきのは危なかった。

カマキリは捕食者だ。

斬るというより、挟もうとしてきた。

挟まれる前に刀を当てたので、

当てた反動で後ろに飛ぶことができた。


「金剛拳!」


葛葉が横から狙った。

が、カマキリは羽ばたくと、後ろに着地した。

着地に合わせて、オレは距離を詰める。


(いける!!!)


足を狙おうとしたが、カマキリが右手を振った。


「ゲッ!」


鎌が飛んできた。


「切り離せんのか!」


マトリックス避けでかわす。

カマキリが突進してくる。

振り下ろされた鎌を転がって避ける。


「もらった!」


駆け寄った葛葉が宙を飛んだ。

刀を振りかぶり、カマキリの右後方から斬りつけようとする。

しかし、カマキリは羽を広げることで、葛葉を弾き飛ばした。

振りかぶった状態のまま、葛葉が吹っ飛んでいく。

三郎さんも右足に斬りつけたが、

カマキリの殻が硬く、腕がしびれた。

ブーメランのように戻ってきた鎌がカマキリの腕に収まる。

三郎さんが、吹っ飛ばされた葛葉の元に駆け寄る。

5mほど飛ばされた葛葉は、草の中に倒れていた。


「強い!」


また、カマキリと対峙した。

三郎さんが葛葉に肩を貸そうとしているのが見えた。

時間を稼がなければならない。


「ウォー!」


あえて雄叫(おたけ)びを上げる。

踏み込んだオレを左右の鎌が襲ってくる。

左、右。

かわしたオレは、柔らかそうな腹を突こうとする。

しかし、カマキリは羽ばたいて後方に下がる。


「羽、邪魔!」


2~3mも後方に飛ばれたら、

また、仕切り直しになってしまう。

そうさせないように、着地と同時に白光(突き)を繰り出す。

鎌で外に弾いた。

そのため、胴が空いた。

隙を逃さず、胴を突く。

刀が深々と刺さった。


「ギャァァァ!」


女の口から悲鳴のような絶叫が上がる。

ギラっとにらみつけてきたカマキリが左鎌を振る。


(ここだ!)


勝負どころだと思ったオレは、

見せてなかった黒影で鎌を弾く。

当たると思っていたのだろう。

女が、何が起こったのか分からないような顔をした。

刀を抜いて、左腕の関節を斬り飛ばした。


「ギャァァァ!」


再び、カマキリから絶叫がほとばしる。

右鎌が襲ってくるが、また、黒影で防ぐ。

カマキリの足を踏み台にして飛び上がった。

オレの方を向こうとしていた首を斬り落とした。


「ふう。」


カマキリは動かない。

退治できたようだ。

七星刀を影収納にしまう。


(葛葉は?)


振り向こうとしたが、女と目が合ったように思えた。


(何だ?)


と思った時、顔から、何か黒いもやのようなものが、

オレに向かってきた。

咄嗟に手で振り払おうとするが、

モヤはオレにまとわりついた。


「キャァァァ、旦那様ー!」


佳月さん。近寄って来ていたのか。

佳月さんの声が聞こえる。

「危ない。ここに来るな。」と思ったが、

声に出す前に、オレは倒れた。


佳月は静馬を包んでいる黒いものが見えたが、

お構いなしに抱きかかえた。

黒いモヤは静馬の体を覆おうとしていたが、

佳月には何の影響もないようだ。

静馬を呼ぶが、返答がない。

静馬はびっしりと額に汗をかきながら、

歯を食いしばっているような表情で震えている。

あやが心配そうに手を握っている。

抱きかかえると、心なしか表情が緩んだような気がする。

葛葉と三郎も近づいてきた。

刀を振り下ろした勢いが羽の勢いを相殺していたようで、

それほどダメージを受けていないようだ。

飛ばされた時に、木の根で頭を打って、

少しの間、朦朧としていただけだった。


「旦那様は大丈夫なのか?」


「分かりません。」


「佳月様、里に戻りましょう。」


「静馬様を担ぐのですか?

 里までは遠い。女3人では。

 何か荷車のようなものがあれば良いのですが。」


「では、近くで調達して参りましょう。」


静馬は震えている。

寒いのかと思うが、着替えは全て静馬の影収納に入っている。

手拭いで額の汗を拭きながら、

着ているものを脱ごうかと考えていた時だ。


「何かお困りごとかな?」


後ろから声を掛けられて、振り返った葛葉が仁王立ちになり、

三郎さんは横に広がって刀を構える。

近づかれたのに、声を掛けられるまで気配がしなかった。

油断がならない男に、葛葉も刀を油断なく構える。


「これは驚かせたようだ。申し訳ない。

 私は、見ての通り、僧だ。世俗とは何の因果もない。

 医術の心得もある。お困りなら、拙僧が診て進ぜるが?」


なるほど、巨漢で隙のない動きをしているが、

目の奥はやさしい光を宿している。

佳月は信用しても良いと感じた。


「私は、大嶽の里の佳月と申します。

 これに苦しんでいますは、私の良人。

 お坊様、お助け願えませんでしょうか?」


「これは丁寧なあいさつを痛み入る。

 拙僧は、高野奥の院にあって、恵信大律師と申す者。

 大嶽の里とは古き間柄故、里の頼みを聞き、

 各寺に便宜を図るように言うて参ったところでな。」


「それでは、あの、立札の。」


「おお。そのことよ。

 高野としても、大嶽の里が魔物どもを間引いてくれるのは、

 民の暮らしにとって、ありがたいこと。

 なんぞ、手を貸すことを厭うことがあろうか。」


「ここにいる、私の良人が考えたことなのです。」


佳月は誇らしそうに胸を張る。

その様子をおかしそうに恵信大律師は見た。


「そなたの良人は、衆に優れておるらしい。

 されど、その方は苦しんでおるようだ。

 急ぎ、診なければなるまい。どれ、」


恵信大律師はしゃがみ込み、静馬の顔を覗き込んだ。

額にびっしりと汗をかき、呻いている。

しかし、そんなことより、原因は一目瞭然であった。

男の体をうっすらと黒いモヤのようなものが

へびのように絡みついていたからだ。


「これは呪いじゃな。」


「呪いなんですか!?」


「応とも。かなり強い呪いじゃ。

 わしがこの呪いの元と話をつける故、

 暴れぬように、しっかりと抑えつけておれ。」


そういうと、恵信大律師は、服の乱れを直し、その場に座る。

そして、お経を唱え始めた。

その端座する姿は周囲に溶け込んでしまいそうなほど自然だ。

佳月たちは、言われた通り、

静馬の体を抱きしめるようにつかんだ。


「おんあぼきゃべいろしゃのう

 まかぼだらまにはんどま

 じんばらはらばりたやうん」


恵信大律師はお経を唱えていく。

佳月はこれほどの読経を聞くのは初めてであった。

その声は決して大声というわけではないのに、

空気を圧するばかりの力を放っていた。

この森を埋め尽くすような気に満ちている。

それなのに、どこまでもやさしい気にも満ちていて、

身を委ねると、本当に極楽を感じそうな気がする。

佳月はハッとした。

お経に呼応するように、静馬の体が震えだしたのだ。

急に静馬の体に力が入ったと思ったら、

いきなり、恵信大律師につかみかかろうとした。


「旦那様!」


4人で必死で抑えつける。

あやは驚いたのか、涙目になっている。

笑いかけながら、目に力を入れた。


「大丈夫よ。」


あやがうなづく。


「おんあぼきゃべいろしゃのう

 まかぼだらまにはんどま

 じんばらはらばりたやうん」


なおも読経が続いている。

佳月は次第に声が大きくなってきたような錯覚を覚えた。

逆に、静馬の震えが収まってきた。


「忌まわしきものよ、去れ!」


恵信大律師は一際、大きな声をあげた。

静馬の体から、霧散するように黒いモヤが消えていった。


「カマキリは、」


静馬の目が開いた。


「旦那様!」


佳月が静馬を抱きしめる。

あやたちも静馬に抱きついた。

誰もが一様にホッとした表情を浮かべている。

恵信はカマキリの死骸の前でお経を唱えた。

戻ってきて、静馬の前に座る。


「目を覚まされたか。何事もなくて良かったのう。」


「あなたは?」


オレは重い頭で対応を考えようとするが、

この人の雰囲気が警戒させる気を起こさせない。


「拙僧は恵信といい、高野にあっては大律師の位にある。」


オレは身を起こそうとした。

格好からそうだと思ったが、

この時代のお坊さんは、オレが知っているお坊さんと違い、

一般的には世俗から離れた存在で、

離れている分、一段、高いところにいると聞いた。

人を苦しみから救う仕事だから、尊敬されているためだ。

一応、礼を尽くさなければならない。


「体を起こさなくても構わぬ。僧に礼など不要。

 それにしても、難儀であったのう。」


「私は、静馬と言います。

 大嶽の里では頭領をしています。」


「おお。里の長とな。

 それは奇しくも近づきになれて光栄だ。

 以後、良しなにお頼み申す。」


「こちらこそ。

 ただ、少し、長ではあるものの、特殊でして。」


オレは、オレが里の外の者であること、

長老制を採っていることなどをかいつまんで説明する。


「なるほど。長が決めねば、遅れを取る乱世では珍しきこと。

 しかし、長が道を間違えば、一族郎党が亡ぶ。

 いづれにせよ、要は長の器量ということか。」


よく分からないが、腑に落ちたのか、うなづいている。

それよりも、さっきのカマキリが気に掛かっている。

話しているうちに、体の調子が戻ってきたようだ。

起き上がり、カマキリのことを質問してみる。


「あれは何だったのでしょう?」


「あれとは?」


「女の顔を斬り落とした時、黒いモヤのようなものが出て、

 オレにまとわりついたような気がしたんですが。」


「あれは呪いじゃ。

 いやはや、女の怨念というやつは恐ろしきもの。」


「呪い。」


恵信大律師はうなづいた。


「大方、男にひどい目に遭わされたんであろうよ。

 女の恨みの大半は、男の仕業に決まっておる。」


「では、オレにずっと攻撃してきたのは。」


男に恨みを持っていたなら、

男のオレにヘイトが集まっていたのも納得だ。

ただ、とばっちりというのは理不尽だが。


「あの魔物は、元々、カマキリが歳振って、

 魔物になったのであろう。

 他では、ただの鎌が魔物となったこともあるようだ。

 付喪神というやつじゃな。

 そのカマキリに、女の霊が憑りついたのであろうが、

 そうでなくても、魔物は魔物じゃ。

 いづれ、人を襲ったのは間違いない。」


そういう恵信は、目で何かを追っていた。


「先ほどから気になっていたのだが、

 そのかまいたちのようなものは、どうされる気かな?」


オレには見えていないから、

また、姿を消しているんだなと思っていたが、

僧も幽霊を相手にしているんだ。見えて当然か。


「この子の母親がカマキリにやられて、

 どこかに埋めてやろうとした時に襲われたんです。」


「なるほどのう。されば、供養には僧がいるだろう。」


この人が気のいい人なだけなのか、

恵信大律師は埋めるのも手伝ってくれた。

かまいたちは号泣していたが、

徳の高いお坊さんに供養してもらえて良かっただろう。

信仰に無関心なオレでも、この人のお経は違うのが分かる。

何が今のお経と違うのか、さっぱり分からないが、

言葉の一つ一つが力を持っているように感じる。


「では、また、どこかで。」


恵信大律師は笑顔を残し、立ち去った。

お礼をしようと思ったが、わずかな米と野菜だけで、

お金は一切、受け取ろうとしなかった。

高野山が困ったら、できることはしようと思った。


「じゃあ、里に帰るか。」


オレたちは風が吹く丘を後にした。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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