052.かまいたち
―危ない!―
クロが叫んだ。
(!!!)
一瞬、風が動いた気がした。
服の袖、肩口に近いところががスパッと切れた。
オレたちは温泉の後、材料を収集した後、帰路についている。
と言っても、帰路についたばっかりだ。
まあ、その、あれだ、なんというか・・・
また温泉に寄ったからな!(←開き直り)
仕事した!がんばった!汗をかいた!
当然、温泉なのだ! ふ~~~~~。
よく言うじゃん。
『百の頂に百の喜びあり』
いや、これじゃ、浮気男みたいだ。
『大きな山に登ってみると、
さらに登るべきたくさんの山がある事に気付く』
うん。これだ。
人生は挑戦だ。
常に、挑戦しなければ、今より上に上がれない。
新たなステージに到達するための挑戦だ。
男はみんな、山から山へ移ろう旅人なんだ!
いやだな~。女性陣。冗談ですって~~~。えへ。
「クロ、何だ!」
―妖がいる!―
クロには見えているようだけど、全然、分からない。
服はキレイに切れたが、血は出ていない。
どうやら、体は切れていないようだ。助かった。
「何か、だと!?
佳月さん、後ろに! 葛葉、右に広がれ!
三郎さんも下がって!」
姿が見えない敵だ。
直接、攻撃できない三郎さんは後ろに下がってもらう。
「葛葉、見えるか?」
「見えなかった。風が一瞬、動いたと思っただけだ。」
同じか。
オレも葛葉も見えていない。
どう反撃しようというのか。
―クロ、どんな様子だ?―
―少し向こうで、ぐるぐる回ってる。―
―ぐるぐる?―
―うん。1匹いる。同じところを回りながら飛んでる。―
「1匹か?他にいるようじゃないか?」
―うん。いない。―
「何がいるんだ?」
「かまいたちです。」
佳月さんは見えてるのか。
自分が興奮して、普通にしゃべっていたのも驚いたけど、
佳月さんには見えるんだ。ふーん。
だってさ、クロ。
「で、どんな感じ?」
「少し興奮しているようです。
襲ってきましたが、旦那様は傷を負っていません。
こちらを殺す気はないのでしょう。
しかし、これ以上、近づけばどうなるかは分かりません。
ゆっくり、元来た道を戻るのが良いと思います。」
オレはうなづいた。
葛葉たちに合図して、下がらせる。
悔しいので、クロの目を共有して姿を見た。
自分の感覚を遮断できるわけじゃないから、
止まっている時ならいいけど、
同時に体を動かすのは難しい。
でも、敵の姿は見えた。
けっこう小さい。
見た感じ、それこそダックスフンドくらいだ。
クロといい勝負だ。
50mほど戻った。
さて、どうしようか。
「さて、オレの車を使えば、道沿いに行かなくてもいいから、
避けることはできる。
そろそろ、使おうかと思ってたので、
それでもいいけど、どうする?」
今は、まだ早朝だ。
この時代に生きる人は日の出前に動き出すけど、
こんな山の中だ。
人に見られる危険は、多分、少ないだろう。
「ですが、気になります。
かまいたちは、本来、服がないところを狙うのです。
それなのに、服を切った。」
と、佳月さん。
「この辺りのかまいたちは、3匹のはずです。
1匹目が転ばせて、2匹目が斬って、
3匹目が傷薬を塗るっていう。
だから、残り2匹いるはずです。」
と、葛葉。
「かまいたちもそこそこで違いがあるからね。
同じか分からないけど、概ね人を殺したりはしない。」
と、三郎さん。
「じゃあ、あと2匹いるかもしれないんですね。」
「でも、1匹しか見えなかったよ。」
(うん!?)
「1匹だけ、同じ場所でぐるぐるしてた。」
「ちょっと、待って!
あや、見えてたの?」
「うん。」
マジかよ。
そういや、こいつ、霊獣がいないから忘れかけてたけど、
師匠が霊獣みたいなもんだったんだよ。
あやが召喚したわけではないんだけど、
ある種の契約みたいなもので、絆は結ばれてたんだよな。
師匠はまあ幽霊だったから、
レイス系、ああいう、透明系に強いのかもしれない。
「どうだった?」
「悲しそうだった。」
「悲しそう?」
「うん。」
佳月さんと顔を見合わせた。
よく分からなかったけど、子供は子供の感受性があるのか?
「どう思う?」
「そう言われれば、そうかもしれないと思いました。
あそこを必死に守っているというようにも見えます。」
「オレにはクロと視界を共有するのに必死で、
そこまで見る余裕はなかった。
何か原因があるなら、解消できるかも。
放っとくと人が襲われるかもしれないしね。」
「さすが旦那様!」
佳月さんが抱き着いてきた。
「ちょっと、佳月さん!」
「あたしも~。」
あやも抱き着いてきた。
「じゃあ、私も。」
三郎さんも抱き着いてくる。
「ええ、何で!?」
じゃあの意味が分からないが、
葛葉も寄って来ようとして足が止まった。
「とりあえず、みんな、離れて。」
うれしいけど、そういう状況じゃない。
「話ができそうなら、それが一番いいんだけど、
クロ、大丈夫そうか?」
―分かんない。―
「ちょっと、待ってください。」
「何、佳月さん?」
「先ほど、先頭はあやちゃんと私でしたが、
斬られたのは、旦那様です。
近づく者を斬るのでしたら、私たちが狙われたはず。
旦那様は、話し合いに向かないのではないでしょうか。」
話し合いに向かないって言い方に引っかかるけど、
身に覚えがあるので、反論できない。
あだ名のせいで、人を避けてきたのが、
こういうとこで響いてくるとは。
いや、そういう意味で言ってない。
うん。少し冷静に。
「そう言われると、二人を飛ばして、
わざわざ、2番手のオレを攻撃したってことになる。
オレの力を警戒したって考えると、
話すどころかってことだよね。」
佳月さんがうなづいた。
「ですから、私が。」
「いや、危ないよ。さっきは一緒だったから、
優先順位でオレを狙ったかもしれないけど、
一人なら、佳月さんが攻撃されるかもしれないじゃん。」
「でも、大丈夫ですよ。
何となくですが、分かります。」
「あたしも行く!」
「いやいやいや、絶対ダメ!」
「あたしも行きたい!」
「あやはダメ!何かあったら、どうするの!」
「あら、あやちゃんの方が、私より戦えますよ。」
「んんー。」
そういや、あやは、相手が油断している前提だけど、
里ナンバー2にまで登り詰めてるんだった。
「大丈夫ですよ。」
佳月さんに言われて、不承不承、うなづく。
「二人とも、くれぐれも用心して。
クロを少し離れて待機させるので、
かまいたちが動いたら、すぐにしゃがんで。」
二人がうなづいた。
二人は顔を見合わせると、うなづきあって、
かまいたちの方に歩いていく。
クロも5mほど離れて、右後ろを隠れながらついていく。
「私たちは敵ではありません。
何か事情があるのなら、話してみませんか?」
さっきより近い、10mくらいの距離だ。
この距離でも攻撃をしてこない。
クロの目を通して見ているが、
やっぱり、同じところを旋回していて、
明確な攻撃の姿勢は取っていないように見える。
どちらかというと、迷っているような仕草だ。
「どうして、そこにいるんですか?
何があるんです?」
こういう時、そこに守るべきものがあるのがセオリーだ。
ただ、そうなると、何が何でも守る方に動いたら危険だ。
「大丈夫だよ。」
「あやちゃん!」
あやが近づいていく。
佳月さんがハッとした時には、
あやは手の届く範囲から出ていた。
「大丈夫。大丈夫だよ。」
「危ない!」
なおも近づいたあやにかまいたちが襲い掛かった。
クロを走らせていたので、ギリギリ、クロが攻撃を弾く。
「大丈夫。」
ついに、あやはかまいたちのところにたどり着き、
なんと、かまいたちを抱きしめた。
かまいたちは抵抗するかと思ったが、
素直にあやに抱かれると、
あやの肩に頭を預けたまま、泣き始めた。
「うぉおん、うぉおおんー。」
「よくがんばったね。大丈夫。大丈夫。」
あやはかまいたちを優しく抱きしめている。
「旦那様、こちらに。」
佳月さんに呼ばれて急いで駆けつける。
葛葉と三郎さんも後に続く。
佳月さんがしゃがんで見ているものを見た。
そこには、大きなかまいたちが横たわっていた。
牧羊犬くらいありそうだ。
あやに抱かれているかまいたちの倍以上ある。
「これ、死んでいるの?」
「そのようです。この子の母親でしょうか?
この子は母親を守っていたのでしょう。」
やっぱりか。そうあるのがセオリーだ。
一人で守ってきたので、緊張が解けたんだろう。
かまいたちはあやに抱かれながら、泣き続けている。
「ちょっと落ち着くのを待とう。
それから話を聞くのがいいだろう。」
「分かりました。」
みんな、そうだねって優しい目をしている。
母親に比べて、こんなに小さい子が守ろうとしてたのか。
ちょっと、泣かすじゃないか。
佳月さんも目に涙を溜めているし、
三郎さんは見ないようにしているようだし、
葛葉を見ると、葛葉はもう泣いていた。
少し離れたところで、火を熾した。
かまいたちが落ち着くまでには、しばらく掛かるだろうし、
その間、じっくり待つために朝飯にしよう。
「寝ちゃった。」
あやがかまいたちを抱きながら来た。
泣き疲れて眠ってしまったらしい。
「じゃあ、この間に、朝飯を軽く食べておこう。」
食べていると、かまいたちが少し暴れ始めた。
目が覚めて、景色の違いにびっくりしたようだ。
あやが声を掛けると、落ち着いたようだ。
あやの腕の中で、じっとしている。
頃合いを見て、話し掛ける。
「なあ、あそこの魔物は、おまえの母親なのか?」
「うん。」
意外に素直なようだ。
もう、オレたちを敵とは思っていないんだろう。
「何があったか、話してくれないか?
母親を埋葬してやりたいし、
何か力になれるかもしれない。」
かまいたちはうつむいていたが、
オレの方に顔を上げると、少しずつ話し始めた。
「おいら、うまれたばっかりで、
かぜにのって、あそんでいたんだ。
おかあさんにはとめられていたんだけど。」
かまいたちの目から涙が落ちた。
「おいら、たのしくて、いうことをきかなかったから、
かぜにここまでとばされて。」
そういうことか。子供あるあるだな。
親は心配し過ぎで、子供は無鉄砲ってやつだ。
「そしたら、でかいやつにおそわれて。
たべられそうになったときに、おかあさんが。」
かまいたちは、また泣き始めた。
なるほど。そのでかいやつに母親は殺されたのか。
で、ここまで逃げてきたけど、息絶えたってことか。
子を守るために命を投げ出す。
もう、母親って感じだよな。
葛葉なんて号泣だ。
三郎さんも、もうダメみたいだ。
みんながもらい泣きするのも分かるよ。
オレだって、上を見上げた時に涙が流れたもの。
一しきり泣いた後、この後を相談する。
それに、でかいやつも気になるから、
早めにここを離れた方が良さそうだ。
「母親は埋めてやりたいが、それでいいか?
故郷に連れて帰ってやりたいが、どこか分かるか?」
「おいら、ながされちゃったから。」
「そうか。じゃあ、できるだけ、
開けた、風が吹く場所がいいだろう。」
たき火を手早く片付けると、車を出した。
車ってのも何だから、後で名前を考えるかな。
母親の体を持って行かないといけない。
水で洗ってやると、血の塊が取れて、
傷跡が浮かび上がってくる。
袈裟に深く斬られている。
この傷で逃げれたことにびっくりだ。
かまいたちの話は要領を得ないので、
でかいやつが何かは分からなかった。
生まれたばかりで経験がないから、
そいつが何者か知らないんだろう。
両手の鎌を構えたので、
でかいやつも鎌を持っているのは間違いなさそうだ。
伊勢の女郎蜘蛛を思い出した。
あのサソリアラクネみたいのだと、かなり強敵だな。
母親の体を丁寧に影収納の中に入れた。
「じゃあ、みんな、乗って。」
「ギシャー!!!」
車に乗り込もうとした時、それは現れた。
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