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005.子犬

子犬を抱き上げて、外に出した。

それにしても、かわいらしい子犬だ。

豆柴ってやつか。いや、それよりは大きいか。

残念だが、オレが飼えるわけじゃない。


「じゃあな。」


供物が下げられた後、祭壇は屋敷の中の倉庫に運んだが、

深夜なので、焚火などの残りは庭の隅にまとめておくようだ。

明るくなってからの方が片付けやすいからだ。

これだけの人数がいれば、動かすだけの片付けは速い。

あっという間に終わった。


「それにしても惜しかったなー。」


「松下様は、もしかして、すごい人なんじゃないの?」


「ああ。ご当家に一生、仕えても損はないってことだ。」


みんなの興奮が続いているようだ。

あと少しだったのだ。次こそはと思うだろう。

成功すれば、自分たちの将来も明るい。

そりゃ~、興奮するなと言う方が難しい。

と言いつつ、不思議体験に、オレも興奮しているけどね。


「明日も早いんだ!さっさと部屋に入れ!」


吾作さんに怒られた。

自分だって、騒いでたくせに・・・


離れにある使用人小屋に入ると、入口近くに布団を敷く。

先輩順に奥から寝るので、オレと日吉は入口だ。

入口は隙間風が入って来る。

だって、建付け以前に、板戸の節が抜けて、庭が見えるんだもの。

日吉は、夜中に厠に行っても、誰の邪魔にもならないという理由で

順番を譲ってくれたが、距離がそれほど離れていないので、

変わったもんじゃない。

もう一つ言えば、部屋は人一人が寝れるくらいの幅しかないし、

6人くらい寝れる程度のなので、入口も奥もそう変わらない。

吾作さんに聞いたら「冬でもこのままだ」と言うので、

本格的な冬が来る前に何とかしなくては。


(そういや、日吉が帰って来ないな。)


また、松下様のところで話してるんだろう。

ちょっと出過ぎていて、また、みんなの反発を買う気がするが、

オレの忠告なんて聞くわけがない。


(ほっとくしかないか。)


布団に入った。

まだ、秋なので、それほど布団も冷たくないけど、

敷布団が藁を編んだだけの筵なんだよな。

その上に布を敷いただけなので、ひたすら固い。

床にそのまま寝るよりは、少しマシな程度だ。

掛布団は袋に藁を入れた作りなので、

これまた重いし、ゴワゴワする。

羽毛布団を9,800円くらいで売ってないかな。

500円しか持ってないけど。

ニワトリの羽根を集めたら、どうにかならないかな~。


「ふわぁぁ・・・」


昼間の大掃除の疲れもあって、布団に入るとさすがに眠い。

まさに目が閉じようとしている時に、

お腹の上に何かが乗っているような気がした。


(ん、子犬・・・・)


しかし、なぜと考える前に、睡魔が襲ってきた。



「起きろー!」


大きな声で起こされた。また、吾作さんだ。

体が痛い。まだ、布団の固さに慣れないな。

今でこそ起きれるようになったが、

ここに来た当初は、まだ暗いうちから起こされるのは慣れなかった。

怒るどうこう以前に、頭がボーっとして働かない。

さすがに2ヵ月にもなると大丈夫になった。

それも仕方ないと思えたからだ。

昨日のうちから炊飯器をセットできるわけじゃない。

朝、スイッチを入れればチンできるわけじゃない。

朝飯を作ろうと思えば、火起こしから始めるんだ。

そりゃ、仕方ないよ。


「そういや、子犬がいたような気が・・・」


見回したが、もちろん、子犬の姿はない。


(夢だったのか。

 それにしては、いやにリアルだったが。

 まあ、いい。

 それより、料理用の水汲みをしますかね。)


布団を畳み終えて、小屋を出た。

日吉も同じ方向に歩いていく。

寝ている間に、日吉が戻って来ていたようだ。

しかし、井戸で歩みを止めようとはしない。

手伝うとも言わず、松下様のところに行くつもりだ。


「なあ、日吉。」


日吉が振り返る。


「何です?」


「昨日の神降しだけど、あれって成功していたのか?」


「成功したかどうかというと、失敗でしょう。

 実際に神は現れなかったのですから。」


「でも、炎が。」


「ええ。多分、ほぼ成功していたと思います。

 もしかしてがないとも限らないので、確認しに行くのです。」


「確認? どうやって? 見えたり、触れたりするのか?」


「う~ん。分からないですけど、

 一般に憑依されると言いますが、使役という形もあるのです。

 どういった形になるかは、お互いの相性とか、

 力関係とかがあるんじゃないでしょうか?」


「じゃあ、神降しをしてみて、初めて分かるって感じか。」


「そうですね。殿が分からないというのも、

 実は、成功しているけど、

 これがそうだと思っていないということもあり得ます。」


「なるほど。」


日吉が去って行った。

その後姿を見送った。

まあ、オレは神降しが成功してようが、どうでもいい。

それよりも、目下の関心はこれだ。


「おお、豪華!」


「ふふ。そうでしょう。お供えのお下がりをいただけたのよ。」


「おい、静馬、おみつ。話してないで、早く並べろ。

 辛抱堪らん。」


吾作さんの言葉に、みんなが笑った。

この時代の食事は、基本的におかずが少ない。

よく一汁一菜というが、そんなもんじゃない。

レストランとかでライスを頼んだら、漬物と一緒に来るじゃん。

あの単品セットとほぼ変わらない。

菜がほぼ漬物で、白湯(さゆ)みたいな薄い汁が出るだけだ。

その代わり、ご飯は山盛りだ。

女の人でさえ、茶碗に盛られたマンガ飯を食う。

今日は、供え物だった鯛の身が500円玉よりもあるんだ。

しかも、鴨肉が2切れもある。塩もふんだんに使っている。

野菜も普通にサラダボウルくらいある。

吾作さんの言葉は、みんなの気持ちだ。

こんな豪勢な朝食は初めてだ。


(んん?)


豪華な朝食で、みんなに昨日の興奮が甦ったようだ。

一口食ったら、「松下様が」と昨夜の話題を話し出す。

だが、オレはそれどころじゃない。

オレの膳とおみつちゃんの膳の間にちょこんと座って

オレを見上げている黒い子犬。

こいつは何なんだ。


(いつのまに?)


だが、かわいい。

オレは犬派なんだ。

とりあえず、見上げているんだから、腹が減っているんだろうと、

手の平に少しご飯を取って、子犬の目の前に出してやる。

子犬は匂いを嗅ぐ仕草を見せたが、食べようとはしなかった。


「静馬さん、何してるの?」


「いや、この犬が。」


「犬?」


「あの、この。」


「何言ってるの?」


「えっ?いや、何でも。」


おみつちゃんが首を傾げている。

オレの指している先を目で追っているのに、この反応。


(あれ?この反応?もしかして、見えていない?)


いや、他の人だってそうだ。

二列に並んで座っている、みんなの前にはお膳しかないんだから、

真ん中に座っている犬が見えないなんてことはない。

それに、オレの左ななめ前はとらさんだ。

ネコ科だからか、犬が苦手らしい。

そのとらさんが全く反応しないなんてありえない。


(まさか。いや、そうに違いない。)


昨日の神降しは成功した。

しかし、松下様じゃなく、なぜか、オレに憑いた。

もめ事の臭いがする。


(ヤバイ。黙っていよう。)


まあ、いいか。

松下様は戦で役に立つ力を欲しがっているはずだ。

こんな子犬じゃ、役に立ちそうにないもんな。


神降しは2ヵ月後に執り行うと決定した。

なんか、星回りとか、運気の巡りとか、いろいろとあるらしい。

それに、すぐにやると失礼とかなんとか。

次もオレに来たらどうなるんだろう?


「なあ、日吉、神降しに成功すると、毎日、お供え物を捧げるのか?」


朝食に戻ってきた日吉に聞いてみる。

この子犬は、オレが手に載せたご飯を食べようとはしなかった。

ドッグフードなんて売ってないし、

とんでもないものを要求されると困る。


「どうしたんです?

 静馬殿は余り関心がなかったように思いましたが、

 神降しに興味が出ましたか?」


「いや、晩飯も豪華らしいし、毎日、続けばいいなーっと。」


「いやだ。静馬さん。」


「静馬、そんな食い意地の張ったことを言ってると、

 神さまが降りてきてくれないんじゃないのかい?」


「そうでもないぞ。とら。

 そんなに良いものを食えてないんだったらなんて、

 慈悲深い神様が助けてくれるかもしれねえぞ。」


「そう言われりゃ、そうかもしれないねえ。」


「わははは。」

「あははは。」

「ふふふ。」


どうやら、誤魔化せたようだ。

オレは食いしん坊キャラに認定された気もするが、まあ、いい。

残ったご飯をよそってくれたし、追加で残ってた鯛の身もくれた。

食いしん坊、バンザイ!

日吉が話を戻す。


「供物は儀式の時だけですよ。

 悪い神なら生贄を要求することもあるようですが、

 普通は神降しをした者の生気を吸い取ると言われています。」


「生気を吸い取る!?」


「降ろしたものが何かにもよりますが、

 相性が悪かったり、力負けするようだと、生気を吸われ続けます。

 死ぬ者もいるようです。」


「うそっ!!!」


「人が変わったようになる者がいると言われるのも、

 ひょっとしたら、そういうことかもしれませんね。

 実際に命が削られているんですから。

 鬼気迫ると言いますし、案外、鬼になるというのも、

 熱に浮かされたみたいになるとか、正気をなくしてしまうとか、

 そういうことなのかもしれませんね。」


そうなのか・・・

今のところ、オレに何かの影響があるようじゃない。

むしろ、何だか速く走れそうなくらい、

体の調子がいいと思えるくらいだ。

相性が良いのだろうか?

それか、こいつがそれほど生気を必要としないからかもしれない。

子犬だし。

もし、どんどん成長したら、どうなるんだ?

犬ってすぐに大きくなるよね?

オレ、こんな無害そうな子犬に殺されるの?


「静馬殿、どうしました?すごい汗ですよ。」


言われるまで気づかなったが、額に汗をかいていたようだ。


「晩飯のために、山で腹を空かせてくる。」


「まったく、静馬ときたら。」


やれやれといった、うめさんの声が後ろで聞こえたが、

オレは一目散に近所の森にやってきた。

ここなら、声を出しても大丈夫だろう。

子犬はちゃんとついてきてくれたようだ。

何が楽しいのか分からないが、

オレを見上げながら、うれしそうにしっぽを振っている。


「さて、どうするか。」

ごめんなさい。この時代、1日2食でした。

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