044.未来
(ここはどこでしょう?)
佳月は目の前の見たことがない景色に驚いていた。
頭の中を整理する。
あやと一緒に米を研ごうとしていた。
急に丸いものに包まれたと思ったら、ここにいた。
佳月は袖を縛っていた襷を外した。
(我ながら落ち着いていますね。
これも静馬様のお蔭でしょう。)
注:そんなことはありません。
左右には腰くらいの石垣が遠くまで続いている。
そして、その上には逆茂木も兼ねているのか、
50cmほどの背丈の木が延々と植えられている。
(もしかすると、狭間かもしれない。)
火攻めが心配されるが、
体を石垣と木々で守り、その木々の間から弓矢を撃つ。
(なかなかの知恵者がいるようですね。)
関心ばかりはしていられないことに気づいた。
自分が立っている場所は、その入り口だ。
侵入者を防ぐように、
銀色に輝く、かすがいのような太い鉄の柵が
地面に互い違いになるように3つも刺さっている。
ここにいては危ない。
そう思い始めたところだった。
「お姉ちゃん、邪魔だよ。」
後ろから声を掛けられた。
しまったと思ったが、その声が幼いことに気づいた。
「真ん中に立ってたら、通れないよ。」
(あれっ、この子・・・)
端に避けながら、いや、声を聞いた時から似ていると思った。
男の子は柵をすり抜けて中に入っていく。
声を掛けてきた男の子は咎められることもなく中に入った。
これだけの砦に、見張りも置いていないのであろうか。
男の子は砦の中でキョロキョロと辺りを見回している。
「もし、あなた。」
「ん?何、お姉ちゃん?」
「ここはどこですか?」
「ここ?ここは公園だよ。鳥の宮公園。」
恐る恐る中に入ってみると、かなりの広さがある。
中央は何もない広場になっていて、千人は入れる広さがある。
周辺に、石垣に沿うように、見たこともない器具が置いてあり、
何人かの子供が遊んでいた。
(アレは初めて見るけど、櫓なのかしら?)
子供がはしごを上り、反対側から滑り降りている。
上り降りを効率的に行える工夫がしてある。
(それにしても。)
これだけの規模の拠点を、普段は子供たちに開放しているのか。
攻められることはないという、領主の自信の現れなのか。
領主の力に少し戦慄を憶えた。
「やっぱり、いないか。」
男の子はつぶやくと、がっかりした様子で
入口に引き返そうとする。
「何かを失くしたのですか?」
「失くしたんじゃないよ。いなくなったんだよ。」
「いなくなった?」
「そうだよ。静馬兄ちゃんがいなくなったんだ。」
「まあ!静馬様ですって!(やはり、この子は静馬様の。)」
「お姉ちゃん、兄ちゃんを知ってるの?」
「知っているも何も。
静馬様は、私の里にいらっしゃいますわ。」
「そうなの!?お母さんに教えなくちゃ!
お姉ちゃんも一緒に来て!」
男の子は佳月の手を引いて歩き出した。
またも飛び込んでくる光景に、佳月は面食らう。
(道が石畳・・・)
いや、石を敷いているのとは違う。
見事なほど、凹凸が見当たらない滑らかな道だ。
それに、なんだろう。
すごい速さで鉄と思われる塊が幾つも走り抜けていく。
人が乗っているのが見えたので、牛車だろう。
しかし、引いているはずの牛がいない。
それに、牛と人の通りを分けるための白い柵が
前も後ろも延々と地の果てまで続いている。
触ってみると鉄であった。
(鉄をこのようにふんだんに。何と、おそろしい。)
鉄は高価であった。
普通の大名は、鉄製の武器を揃えることが大変だ。
槍を数千と揃えるだけで大変だし、
噂に聞く、南蛮筒という1丁が10貫文もするような代物は、
とてもじゃないが数を揃えられない。
しかし、この土地の領主は、木でいいところを
牛を囲うためだけに鉄を使っているのだ。
その財力たるや、佳月を恐れさせるのに十分であった。
そして、すさまじい勢いで走り去っていく猛牛にも驚いたが、
(家が大きい。)
自分の屋敷は、長老衆の屋敷と並んで、
里の中で一、二を争う大きさである。
それと同じ屋敷が並んでいる。
そして、そのどれもが2階建ての家であった。
高層建築は技術の粋だ。
それこそ、宮大工しか持ちえない技術だ。
先ず、大名や寺社でもなければ建てられない。
それに、キラキラと光を反射しているのは窓だろうか?
見たこともない不思議な材質でできている。
壁も金属のような板を張っているようだ。
(火矢など効かないでしょう。)
遠くに見える天に届くかという高さのものは建物だろうか。
馬鹿なと思いつつ、目が引き寄せられる。
これまたキラキラと光を反射しながら、
いくつも林のように建っていた。
ポッポー、ポッポー
ビクッ
急に音が鳴って佳月は驚いた。
「どうしたの、お姉ちゃん。横断歩道だよ。
あれが青の間に渡らないと。」
男の子は、佳月の内心の驚きに関係なく、手を引いて、
どんどん歩いて行く。
一刻の後、一軒の家にたどり着いた。
(大きい。まさか、これが静馬様の・・・)
静馬は過去を話したがらなかった。
そのため、大陸の出身という以外、佳月は知らなかった。
それが、自分の屋敷より一回り大きい屋敷に住み、
屋敷と庭を囲むように、鉄の柵が天に向かってそびえている。
(あ、あれは!?)
(牛車!?)
(まさか、2台!?)
庭には先ほどのとは違う形の牛車が止まっていた。
その横に、もう一台が止められるほどの空きがある。
(牛車を2台も持つなんて、都の貴族でも・・・)
「お姉ちゃん、早く!」
「あ、はい。」
男の子に急かされて、佳月は足を踏み入れた。
(さすが大陸。このような建築方式は初めて見ました。)
「ただいま~!」
男の子が玄関を開けて、声を上げた。
「お母さん、兄ちゃんがいるところが分かったよ!」
バタバタバタ
「静馬が!静馬はどこにいるの!」
「お姉ちゃんが知ってるんだって。」
玄関に小走りでやってきた女は、佳月を見た。
佳月は少し動揺した。
胸が少し高鳴っている気がする。
「佳月と申します。」
やっと、それだけが言えた。
「とりあえず、上がってちょうだい。
ゆっくりと話を聞かせてもらえるかしら?」
佳月は後で振り返って、
自分がかなり冷静でなかったことをおかしがった。
それもそのはず。
初めて、静馬の母上様に会ったのだ。
普通にいられる方がおかしい。
佳月は一室に通されると、
ソファーというものに座るように勧められた。
初めてのふわふわとした感触に驚いたが、
目の前の透明な机にも驚いた。
もしや、これがギヤマンというものだろうか?
そうだとすれば、この大きさ。
とんでもない金額になるはず。
そして、目の前に出された茶碗。
持ってみると、驚くほど軽い。
土がこれでもかと薄く延ばされているのはもちろん、
どこをとっても均一である。
余程の名匠の作に違いない。
勧められるまま飲んでみたが、本物の茶だ。
茶が飲める家など、そうそう、ありはしなかった。
(源という表札にも驚きましたが、この財力。
まさか、静馬様は源家の嫡流・・・)
佳月は本当は「静馬様の許嫁」と母上様に許しを得たかった。
しかし、屋敷に入る前から圧倒されて、
口にするのをためらっていた。
自分の家は、玄関の戸も木でできたものだ。
この屋敷のように鉄でできた重厚なものではない。
静馬様の暮らしを見れば、正室どころか、側室でさえ怪しい。
涙が出そうになるが、ぐっとこらえた。
「初めましてかしら?
私は静馬の母親で、さつきと言います。」
「僕は勇治。」
「佳月です。」
「それで、佳月さん。
静馬はどこにいるのかしら?」
「大嶽の里にいます。」
「大嶽の里?聞いたことがないわね。
どこら辺にあるのかしら?」
「はい。伊賀と甲賀の中間辺りです。」
「えっ!?そんなところに!?
何だって、そんなところに行ったのかしら?」
「静馬様は、この大陸から渡られたとおっしゃっていました。」
「大陸?渡る?
静馬が何を言ってるのか分からないわね。
とにかく、その里に行けば、静馬がいるってことよね。」
「はい。」
さつきは薄い板を持ち出してきた。
その上をしばらく指を走らせていたが、
いきなり、耳に薄い板を当てたので、佳月は驚いた。
「ああ、あなた。今、大丈夫?」
「良かった。静馬の居場所が分かったのよ。
早く帰ってきて。私じゃ、分からない話もあるのよ。
ええ。ええ。はい。それじゃあ。」
佳月は大声で独り言を話し始めたさつきを少し心配していた。
しかし、静馬様の母上様だと気持ちを切り替える。
さつきは薄い板を置いた。
佳月の方に向き直る。
「すぐに夫が帰ってくるので、それまでゆっくりしてね。
申し訳ないけど、夫が帰ってから、
また、その話をしてくれる?」
佳月はうなづいた。
「じゃあ、それまで少しお話でもしましょうか。
さっきから思っていたけど、古風なのね。」
「古風?」
佳月は首を傾げた。
「着物だから。今時、着物なんて着ているのは、
着物屋とか、家元のお家とかじゃない?
あ、もしかして、茶道部?」
「茶道? いいえ、そうじゃありません。」
「あら、違うの?
なら、普段からその格好なのね。
大変だけど、着物はやっぱりいいわね。」
何と返したらいいのか分からないので、佳月は苦笑いした。
しばらく、話を続けていたが、
その多くは意味が分からず、佳月は苦笑いしっぱなしだった。
すると、庭に牛車が到着した。
(やはり、2台。)
そして、静馬様の父上様。
源家の嫡流に近い血筋の当主かもしれないのだ。
また、圧し潰されそうになって、手を強く握る。
「昼から会議があったんだが、急いで帰ってきたよ。
で、静馬はどこにいるんだ?」
「伊賀と甲賀の中間にある大嶽の里にいらっしゃいます。」
さつきと勇太が佳月を見る。
見られて、気づいた佳月が口を開く。
「なんだって、そんなところに?
いや、とにかく、佳月さんと言ったね。
居場所を知らせてくれて、ありがとう。」
「いえ。」
「じゃあ、すぐに着替えてくるよ。
勇太が昨日の参観日の振替でちょうど良かったな。
3時間くらいか。どこかで昼ご飯を食べながら行くか。」
「そうね。」
「やった。」
「あの・・・、ここはどこなのでしょうか?」
「えっ?」
佳月の質問に3人は変な顔をする。
「ここは掛川だよ。」
「掛川!?」
「お姉ちゃん、自分がどこにいるのかも分からなかったの?」
「さっきから、ちょっと話が噛み合わなかったのよ。」
さつきも佳月に聞かれないように、小声で文雄に耳打ちする。
「そうなのかい?
そんな、おかしい感じはしないが。」
文雄はスマホを取り出した。
「佳月さん、地図で確認したいから、
もう一度、里の名前を言ってくれる?」
「大嶽の里です。」
「大嶽の里、大嶽の里っと、」
パッ
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大嶽の里 - Wikiwikipetio
三重県伊賀市にあったとされる里で、
大嶽丸という妖怪の神通力を授かった者たちが
作ったとされる里。妖怪退治を生業としたらしい。
戦国時代、天正伊賀の乱が起こった際に
戦乱に巻き込まれないように里を捨てたとされる。
伊賀や甲賀など、複数の文献に登場するが、
その里があったことを証明するものは残っていない。
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(えっ!?)
文雄は何か嫌な悪寒に襲われた。
まさか、いや、そんな。
「か、佳月さん、も、もう一度、言ってくれるかな?」
佳月が怪訝な顔をする。
文雄の様子に、さつきと勇太も心配そうな顔になる。
「大嶽の里です。」
文雄は二度三度、深呼吸をした。
「佳月さん、今は何年だったかな?」
「永禄5年です。」
文雄がじっと佳月の顔を見つめてきた。
「佳月さん、君、未来に来てるよ。」
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