043.消えた佳月さん
「か、佳月様がいないく、い、いなくなった!」
オレの部屋の襖が大きく開かれた。
葛葉が息を切らして駆け込んでくる。
「もうちょっと、寝かして・・・」
叩き起こされて、頭が働かない。
ほぼ葛葉の言葉が入ってこなかった。
そのまま、二度寝しようとした。
「そんな場合じゃないんだ!佳月様が!」
頭は働いていないが、手は動いていた。
ふとんをめくられないように、がっちりと掴んでいる。
最初はみんなと一緒に起きてたんだけど、
佳月さんが「それでは家長としての威厳が」と言うので、
少しだけ遅く起きている。
だから、葛葉よ、起きないことはないんだけど、
ゆっくり起きないと、血圧が大変なことになっちゃうからね。
起き上がる時間より少し早く起きて、
ふとんの中でウダウダしてから起きた方がいいんだ。
まあ、そのまま、二度寝しちゃうのはご愛敬だ。
ぐふっ
「おにいちゃん!おねえちゃんが消えたんだよ!」
お腹に衝撃が。
かわいらしくない重さになっている。
あやも大きくなったものだ。
でも、無防備な人に飛び乗っちゃダメ!
「おはよう。あや。」
「おにいちゃん!お姉ちゃんがいなくなった!」
ああん、そういう時もあるさ。
あの良くできた佳月さんだって、一人になりたい時もあるさ。
「消えちゃったんだよ!」
いや、んん!?
「えっ!?何だって!?」
あやの声が真剣だ。
「だから、おねえちゃんが消えちゃったんだよ!
起きてよ!起きてー!」
ドン、ドン
ドシン、ドシン
興奮してるのか、あやが軽く弾みながら、
跳び箱みたいに、手で胸を叩き、お尻で腹を押してくる。
「ぐっ、ごほっ、ちょっ、ちょっと、降りて!」
死ぬかと思った。
ちょっと、甘やかし過ぎかもしれない。
推定11~12歳という女の子のすることじゃない。
この時代、大名の子なら10歳を超えてたら、
縁談の一つもあろうかという年齢だ。
確か、信長の娘は8歳か、9歳で嫁いだんだよ。
でも、大名の子じゃないし、嫁にやる気もないから、いいか。
「あや、お姉ちゃんって佳月さんだよね。」
「うん。」
「消えた?」
「消えた。」
まさか、実家に帰ったのか!
オレがハッキリしないのから!
でも、言うタイミングが難しかっただけで、
言うつもりはあったんだ。
ただ、今さらってのもあるし、
じゃあってのも、なんか違うし、
待たせたなって、何様なんだ。
はい。そうです。ヘタレです。
「違うぞ、静馬殿。目の前で消えたのだ。」
あっ、実家、ここだった。
葛葉の方を見る。
「目の前で消えたって?
パッと消えたってこと?2人が見ている前で?」
あやがうなづく。
「その通りだ。佳月様は裏庭で消えたんだ。」
「分かった。とりあえず、行ってみよう。」
ようやく、ふとんから出て、3人で台所に向かう。
裏庭には、台所の勝手口からいつも出る。
勝手口は大きく開かれていて、裏庭が見えた。
台所を眺めて見たけど、
菜っ葉などがまな板の上にある以外は、
まだ全然、手をつけられていない。
「用意をしようと、佳月様は井戸に水を汲みに出られた。」
「ということは、朝ご飯を用意しようとして、すぐってこと?
どれぐらい前?」
「すぐに静馬殿を呼びに行ったのだから、それぐらい前だ。」
「ということは、20分ほど前か。」
感覚でしか分からないけど、多分、そんなもんだろう。
「葛葉、どういう状況だったか、見てたか?」
「全部は見ていない。」
「知ってることを教えてくれ。」
「分かった。」
葛葉が台所の土間に立つ。
「佳月様はここで、菜っ葉の漬け物を私に渡された。
『これを1寸半くらいの長さに切りなさい』と言ってな。
私はここで受け取り、まな板のところに行った。」
「ふんふん。」
葛葉が土間を指しながら位置関係を教えてくれる。
おぼろげに当時の状況が分かる。
「そして、葛葉様はご飯を炊くために、釜に米を入れて、
あやを連れて裏庭に出て行った。
最近、あやに米の研ぎ方を教えていたのでな。
私は菜っ葉を切った後、かまどに火を入れようとした。」
「なるほど。」
葛葉は台所に一人残り、佳月さんとあやが井戸に向かったと。
「木をかまどに入れ、まさに火を熾そうとした時に、
裏庭から悲鳴が上がったんだ。
私は急いで裏庭に出た。
しかし、そこに佳月様はいなかったのだ。」
「となると、」
オレはあやを見た。
「あやは佳月さんが消えたところを見たんだね。」
あやがコクンとうなづいた。
「おねえちゃんが、井戸から水を汲んで、お釜に入れたの。
そしたら、おねえちゃんの周りに何かができて、
おねえちゃんが叫んだの。
で、おねえちゃんは、そこに行ったの。」
井戸の横の方をあやが指す。
そこには、白と茶がいた。佳月さんの霊獣だ。
しきりと地面の匂いを嗅いでいた。
クロも同じようにくんくんと同じ仕草をしている。
何かが気になるのか。
「そしたら、消えちゃったの。」
「ん~~~、なるほどね~。」
全然、何が起きたか、分かっていないけど。
「直後に、私が出てきたようでな、
呆然としているあやに聞いて、
静馬殿を起こしに行ったという訳だ。」
クロに近づいていく。
「クロ、何か、分かるか?」
―何か、変な感じが残ってる。―
「変な感じ?」
―ビリビリする感じ。―
「ビリビリ?もっと、他には?」
―ふわふわするというか、不安な感じ。―
全然、伝わらん。
こいつ、オレとリンクして、
現代の語彙や感覚的なものを身に着けたけど、
元々の出所がオレだからな。
オレを超える表現力はないんだよ。
「もっとしっかり伝えろ」と叱ろうにも叱れない。
井戸の横には、お釜と水桶がそのままになっている。
それ以外に、いつもの裏庭と変化がないようだ。
もう一度、あやに質問してみる。
「あや、佳月さんの周りに何かができたと言ってたね。
どんなのだった?」
「ボール。おっきいボール。」
ボールって言っちゃいけないのに。
ほら、葛葉が変な顔をしてるじゃん。
「丸いものができたの? 1つ?いっぱい?」
「1つ。おねえちゃんが中に入ってた。」
ドキン。
人を包むほどのボール。
それって・・・
「佳月さんをボールが包んでたってこと?」
「うん。」
「中に入ってたのが見えてたって、佳月さんが見えてたの?」
「うん。おねえちゃんは出ようとしてそっちに行ったんだ。
そこのクロたちがいるところ。
でも、ボールも一緒にそっちに行っちゃったんだ。」
「それで?」
「消えちゃった。」
胸が早鐘を打っているようだ。
「神隠しだろうか・・・?」
葛葉が心配そうに言う。
神隠しの方がまだかわいらしい。
オレは、神隠しは神の御業なんかじゃなく、
人為的だと思っている。
この時代にやってきて、神降し、しかも、クロがいる身なので、
いやがおうでも神の存在を否定できなくなっている。
しかし、それでも、神隠しの多くは人の仕業だろう。
人のやったことなら、この時代の人がやったことなんだから、
曲がりなりにも、この時代のどこかにいると言える。
でも、もし、わずかな可能性として、
本当にわずかな可能性で、本当の神隠しだったなら・・・
オレがここに来た時と同じものであったなら・・・
ブルブルブル
オレは嫌な考えを振りほどこうとした。
「静馬殿!何か、知っているのか!」
「いや、・・・」
(だとしたら、佳月さんは過去に行っている可能性がある。)
(同じように500年前かは分からないけど、先ずは・・・)
(長老衆に報告だな。)
「長老衆に知らせて、討伐衆を召集するように言ってくれ。
オレも着替えてすぐに行く。オレが行くまで内容は言うな。」
葛葉が裏庭からそのまま隣の家に駆けていく。
「あやもおばあちゃんの家に行って、内緒にしてね。」
「うん!」
あやも隣の家に駆けていった。
―クロ。―
―何ですか?―
―白と茶に、佳月さんが戻るまで、
オレの命令で動くように伝えてくれ。
それで、おまえも含め、里に何か変わったものが、
今まで無かったものができていないか確認してくれ。―
―何で?―
―オレが未来から来たのは言ったな。
その状況と似ている。
佳月さんが過去に行ったなら、何か残すはずだ。―
―分かった。―
クロたちが駆けていく。
評定の間に急ぐ。
評定の間は討伐衆で隙間が無いほど、ひしめき合っていた。
後で気づいたが、オレは普通に上座のど真ん中に通された。
「静馬から至急の話があるらしい。」
里長の声に座が鎮まる。
「朝から呼び立てて申し訳ない。
今朝、一刻ほどの間に、佳月さんが消えました。
状況から見て、神隠しだと思います。」
ドオォォォ
動揺が広がるのが分かる。
「せ、静馬殿。それは真か!」
「はい。説明します。
佳月さんは、米を研ぐために井戸に行ったようです。
すると、透き通った丸い何かに包まれると、
あやの目の前で消えてしまったようです。」
みんなが、一斉にあやを見る。
あやはびっくりしたのか、葛葉に抱き着いてべそをかいた。
「あ、いや、お嬢をいじめるんじゃないよ。」
東平さんが慌てたように言う。
「オレの言い方も悪かったかもしれない。
ごめんな、あや。
ともかく、佳月さんの捜索をしなければならない。
手掛かりが何もない状態だから、
佳月さんの霊獣が2匹残っているので、
クロを通して何か聞けないか探ります。
みなさんは、里の中と里の外を手分けして探してください。」
「待ちな。静馬。」
里長が口を開いた。
「状況からして、神隠しってのは間違いないだろう。
あやに何かの術が掛かった様子がないからね。
それに、佳月の霊獣、
特に白が佳月と一緒にいないのはありえない。
あれは、そういう霊獣なんだ。
だとしたらだ。
探せと言うが、探せないんじゃないのかい?」
言葉に詰まった。
オレも無理というより、無茶だと思っている。
「でも、何もしないわけには。」
「分かってるさ。
おまえが佳月を大切にしてくれてるってことはね。
だが、佳月のために里を全て動かすことはできない。
手掛かりもないなら、なおさらだ。」
「佳月さんなんですよ!」
「佳月でもだ。」
里長とにらみ合う。
「佳月に限ったことじゃない。
誰であろうと、一人のために全てが動くわけじゃない。
見捨てるわけじゃないが、誰かが人質に取られたからといって、
そのために里を滅ぼすわけにはいかない。
それに、里には使命がある。
生きているかどうかも分からない佳月のために、
救える人々を放ってはおけない。」
「分かりました。オレ一人で探します。」
オレ自身が無駄だと思っているんだ。
何の説得の言葉も見つけ出せなかった。
オレは席を蹴って飛び出した。
「里長、いいのか?」
「いいんだよ、東平。
佳月は心配だが、神隠しにあった者を見つけるのは、
先ず、無理だ。
その無理を通すなら、分かるだろ?」
「頭領か。」
里長が悲しそうにうなづいた。
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