表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/60

041.百姓

「権蔵。」


「その名前で呼ぶなって言っただろ!」


「いや、だって、おまえ。」


「虎太郎だって言ったじゃねーか!」


藤五は困惑した。

頬をさすった。

もう痛くはないが、まだ腫れていた。

ついこの間まで、虎太郎は村では権蔵だった。

村が見えなくなったところで夜になった。

そして、夜を明かしていたところで、急に、権蔵が、


「おれは虎太郎と名乗ることにする!」


と言い出したのだ。

なぜ、急にそんなことを言い出したのか、

藤五にはさっぱり分からなかったが、

昔から言い出したら聞かないやつだった。

好きなようにさせておくことが一番だ。


村を出て10日になる。

これも急なことだったが、

権蔵、いや、虎太郎は名を上げたいと言い出した。


「おれは村を出る。おまえも一緒に行かねえか?」


虎太郎には、昨日今日の話ではなかった。

この半年どころか、ずっと考えていたらしい。


「村を!?」


「しっ、声がでけぇぞ。」


権蔵に手で口を押さえられた。

その状態で考えた。


(確かに、先は見えている。)


3軒先の米吉さんだ。

もう26歳になるのに所帯を持っていない。

米吉さんが陰で厄介者と言われているのを知っている。

米吉さんは次男坊だ。

この村は狭く、流行病でもあれば違うが、

分けてもらえるような土地なんてない。

次男、三男は兄の家に居候になるか、家を出るしかない。

栄作さんは良い人だ。

栄作さんと米吉は仲の良い兄弟だと評判だ。

だけが、兄弟ではない者まで仲が良いとは限らない。


おれも権蔵も長男じゃない。

おれにいたっては五男だ。

三男と四男はおれが知らない間に病で死んじまったが、

それでも、居候なんて高望みもいいところだ。

おれも権蔵も、もう、17歳になっている。

言われるまでもなく、

いつ家を出るかというだけのところまで来ている。

他人の不幸を待つなんてことはしたくない。

おれが考え込んだのを見て、権蔵が手を離した。


「出るのはいいが、おれは文無しだ。

 おまえ、金はあるのか?」


「あるわけねぇ。

 おまえ、おれの家が村一番の貧乏なのを忘れたか?」


「おれん家だって変わりゃしない。

 どこも似たり寄ったりじゃねぇか。

 おれを誘っても、苦労するだけだぞ。」


「おれはよ。種籾を一握りもらってんだよ。」


「何だって!?」


「だから、声が大きいって。」


「わかった。わかったって。」


また、口を押えようとしてきたが、手で制した。

権蔵は稲刈りの前に、親に相談していたらしい。

それで、自分の分を分けてもらっていたらしい。

後で見せてもらった種籾は、

一握りどころか、巾着に半分ほどもあった。


「じゃあ、おれも親に言ってみるかな。」


で、この頬だ。

容赦なく殴られた。

気を失うかと思った。


「穀潰しが!!」


父親から浴びせられたのは、その一言だ。

こっそり、後ろ手でつかませてくれる母親もおらず、

そのまま家を追い出された。

だから、村を出たのは、おれの方が先だ。

そして、とりあえず美濃の方に出れば、

何とかなるんじゃないかと歩いてきた。

戦が収まったところだから、人手がいるはずだと、

河内から京を避けて歩いてきた。

その最初の晩に、


「虎太郎だ!」


と権蔵が言い出したのだ。

最初は気が狂ったのかと思ったが、

村を出た時から、ずっと考えていたらしい。

「村を出たから、今までの権蔵を捨てるんだ」と

何だか格好いいことを言い出した。

だけど、おれは知っている。

こいつが好きだった、いとが、村長の息子に嫁ぐらしい。

婚礼は、明後日か、明々後日だったはずだ。

いとは村の娘の中では一番の器量良しだ。

言い寄る男も多かったのをこいつは知らない。

そこは手のひらの上だった。

しかし、この気のいい男は人を疑わない。

ずっと自分に気があると思っていたのだろう。

ずっと考えてたのは、小袋半分の米で分かったが、

こいつがこんなに慌ただしく出立したのは、

いとの晴れ姿を見たくなかっただけなんじゃないだろうか。


(まあ、おれにはどうでもいいことだけどな。)


虎太郎はいつの間にか、横になって寝息を立てていた。

追われるように歩いてきたんだ。疲れがあるだろう。

おれも焚火を消して、横になった。

同じように歩いてきた。おれも疲れている。

しかし、寝つけなかった。


おれは虎太郎とは違う。

三番目なのだ。

兄たちが死ねば違うが、嫁を取るのは早々にあきらめていた。

誰かを好きになったところで仕方のないことだ。

また、頬に触れた。

「親父にしてみれば、大きくなるまで太らせてやったのに、

出る時まですねをかじるつもりなのか」というところだろう。

ごんぞ、・・・虎太郎の家よりうちの方が貧乏じゃないか。


(まあ、妹も弟も、まだ小さいから仕方ない。)


弟にいたっては、生まれて4か月だ。

畑仕事の後、妹と弟の面倒を見なくても良くなったのだから、

それだけでも良しとすべきだろう。


(ん?)


遠くで音がした。

暗闇だ。

目を凝らすが、何も見えない。

権蔵の口を塞いで、体を揺すった。


「モガモガ」


「しっ。声を出すな。

 何かいる。」


権蔵も分かったようだ。

何度もうなづいたので、ゆっくり、手を離した。

音がした方を指差した。

権蔵もそっちの方に目を凝らす。


「熊じゃありませんように。」


ぼそぼそと権蔵が祈るのが聞こえた。

全くだ。この暗い中、熊と遭うのだけは避けたい。

だが、遭ったのは、もっと、悪いものだった。


ガヤガヤガヤ・・・


「おいおい、これって・・・」


「静かにしろよ。」


「だが、これってよ・・・」


権蔵の言いたいことは分かっている。


「ワッハッハー・・・」


笑い声も聞こえる距離になった。

こんな夜中に大声で笑っているような旅人なんていやしない。

山の中で夜に騒げるのは、騒げるだけの力を持った者だけだ。

幸い、今日は月夜だ。

逃げようと思えば逃げられる。

しかし、足が震えて動かなかった。

権蔵も同じようだ。

口が開いたまま、食い入るように見つめている。


おれも見つめている。

道を進んでくる影はだんだんと大きくなってくる。

刀らしいものも見えた。

野盗か、野伏か。

言い方を変えても、危険なことには変わりない。


(金が無ければ、命を取るって。)


母親が言っていたのを覚えている。

見続けると気づかれると思い、目を閉じた。

気づかないでくれと心の中で祈る。


もう目と鼻の先だ。

息をする音まで聞こえてくるような気がする。


「おっ?何だ、あれ?」


一人が何かに気づいたような声を上げた。

薄目を開けた。

声を上げたと思われる盗賊は、おれの横を見ていた。

権蔵が見つかったんだろう。


「狼か?」


「いや、ありゃあ、人間だ。」


「た、たすけてくれ。」


権蔵が首根っこをつかまれて、草むらから引きずり出された。

おれも同じように引きずり出された。

権蔵は拝む仕草をして「お助けを」とだけ繰り返している。


「何だ。百姓か。何も持ってなさそうじゃねえか!」


「おそらく、流行病か何かで食えなくなったんだろうよ。」


「そりゃ、気の毒なこった。

 じゃあ、ここでおれっちが楽にしてやるのも

 慈悲ってものだな。」


「おお。慈悲ってか。おまえ、坊主みたいじゃねえか。」


「そりゃ、おまえ、菩薩と呼ばれたおれだぜ。

 じゃあ、引導を渡してやるとするか。」


わらわらと大勢の野党のような格好をした男たちに囲まれる。

さっきの男がサラリと刀を抜いた。

奥歯がガタガタ震えてきた。

刀が月の光を浴びて、白く光っている。

隣で震えている権蔵を目にすると、手の震えが止まった。

死んで元々だと思えば、少しだけ冷静になれた。

藤五は左右に視線を走らせる。

しかし、ぐるりと囲まれている。

逃げ場は無いようだった。


「待て。」


盗賊の頭らしいものが声を掛けた。


「この間、悪太郎のところに空きができたろう?」


悪ぶっているヤツは、悪とか、鬼とか、なぜか、つけたがる。

ついでに言えば、虎太郎も。


「こいつらを使うんですかい?

 見たところ、ただの百姓ですぜ。」


「ああ。百姓だから、体力があるだろう。

 死ぬまで使ってやればいい。」


「ワッハッハ、違いねぇ。」


権蔵は相変わらず震えている。

景気のいいことを言うくせに、いざという時の肝は小さかった。

でも、権蔵のそういうところが好きだった。

そのわりに、明らかに盗賊だと分かる、

20人もの男に囲まれても、震えても正気を保っている。

少し見直そうかと思った時だ。


「ほれ、さっさと立ちやがれ!」


訳の分からぬまま、刀の鞘の部分で小突かれた。

急かされるまま、二人とも立ち上がる。


「よし。じゃあ、引き上げるぞ!」


男たちに囲まれながら歩いていく。


(ここ、比叡山じゃねぇのか?)


権蔵と話して、比叡山の近くなら大丈夫だろうと

一夜を過ごすことに決めたのだ。

それなのに、こんな近くに野盗が出るとは。

しかも、野盗はどんどん禁域へ入っていく。


(どうなってんだ、これ?)


長屋のようなものが並ぶ一角にやってきた。

掘っ立て小屋かと近づいてみると、案外、しっかりしている。

しかし、これが全部、こいつらの住処なのか。

何人いるのかと不安になった。


「これに名前を書け。」


二人の前に、紙が置かれた。

目の前には、盗賊の親分であるらしい、

それなりの身なりの男が座っている。

紙のような上等なものを二人は見る機会がなかった。

それだけでただ事ではないと震えそうになる。

紙には蟹江党と書かれているようだが、二人は字が読めない。

いかに無学でも起請文であることは理解できた。


「おまえたちはこれから、おれたちの仲間になる。

 親指を出せ。」


二人はためらった。

起請文がどういうものかぐらい分かっているからだ。

盗賊に小刀の先で少し刺された。

どうやったのか、針で刺したほどの血が少し出てきた。

起請文に指を押したくはなかったが、

殺されるよりはいい。

心の中で神に許しを請いながら、指を押した。

起請文には、真っ赤な跡がついている。

その後、二人は男のところに連れていかれた。


(こいつが悪太郎か。)


右の頬に大きな刀傷があり、歴戦の兵士を思わせたが、

どうしようもなく盗賊だった。

その他は、仕事で呼ばれるまでは、

この長屋で好きに過ごしているらしい。


(切った張ったはごめんだが、食えるのはありがたい。)


とりあえず、なるようになれだ。

藤五は考えるのは後にした。

隣で必死に神に祈っている権蔵を気の毒に思いながら。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


みなさんの応援が励みになります。

良かったら、「ブックマーク」や「いいね」をお願いします。

是非是非、応援の意味で良い評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ