004.神降し
日吉がいない。
最近、よく屋敷を空けるようになった。
いたとしても、松下様の部屋に籠りっきりだ。
ここに来て、早くも2ヵ月が経とうとしている。
松下屋敷には、殿と家老、武士階級の人が8人。
最初は「10人規模って、めっちゃ弱小じゃん」と思ったけど、
10人の下に各村から徴兵した兵士がつくので、
総勢は200人くらいになるらしい。
この200人を束ねる人がいて、それらを束ねる人が大名なんだろう。
とすると、オレは家臣の家臣の家臣となるわけだ。
屋敷には、他に使用人が5人いる。
オレたちは、その使用人、小者と呼ばれる人になるんだが、
オレはちょっとだけ違うらしい。
小者と一緒に雑用をするが、戦には出るので中間というらしい。
武士と小者の中間ということだ。
日吉もこれになりたがっているが、(体型的に)待ったの状態だ。
もう少し、封建社会のギスギスした職場をイメージしていたが、
松下様の人柄なのか、そんなでもない。
オレは松下様の「剣を振る練習になろう」という一声で、
薪割りが担当になった。
これがなかなか大変だ。
この時代、斧と鋸しかない。
市場で炭を買ってくればいいのだが、毎回、それだと金がかかる。
なので、半分は山から木を切ってくるのだが、
男総出で山に繰り出し、
チェーンソ-なんてないから、人力で切り倒す。
それを、枝を落として、台車に乗る程度に切って運ぶんだけど、
台車が、全部、木なんだよな。
そもそも車輪が真ん丸だったかも怪しいが、
ちびて、真ん丸じゃないから、ガタガタしてるし、
木の重量とで、真っすぐ進まないんだよ。
そして、屋敷で薪の大きさに切りそろえるのがオレの仕事なんだけど、
最近、日吉が「炭を作ってみては」と言い出したので、
炭焼きまでがオレの仕事に加わった。
何度も失敗したが、最近は炭と呼べるものができるようになった。
「静馬さん、ここに置いておくわよ。」
「ああ、ありがとう。」
昼前に、オレが一仕事終えた時、
台所から顔を出したおみつちゃんが、
庭の石の上におにぎりを置いてくれた。
おみつちゃんは、よく食事で余ったものをくれる。
「あ~、また、おみつが静馬をひいきして!」
「あら、ほんとだよ。この子は隅に置けないね~。」
「まあ、そんなんじゃないってば!」
おみつちゃんは逃げるように台所に入っていった。
みんな、オレが一番、力仕事をしているので、
腹が減るだろうと思っている。
だからか、うめさんが、最初に「食べな」と差し出してくれて、
おみつちゃんにも「余ったら静馬にやりな」と言ったくせに。
うめさんととらさんは笑いながら、台所に消えて行った。
ふと、視線に気づくと、吉三さんがいたが、
ニヤッと笑って、小屋に入って行った。
何なんだ。一体。
あんたらの暇つぶしにはならないぞ。
小者は、他に、市場に日用品を買いに行っている吾作さんもいる。
こんな風に、小者同士では、比較的、和気あいあいとした雰囲気だ。
オレに対しては。
日吉は、改善するのは自分の仕事だけにすればいいのに、
人の作業が気に掛かるようで、いちいち口出しする。
言われた人が迷惑そうだ。
日吉が言っていることは正しいし、効率的だと思うけど、
そう思っていない人には理解できない。
そして、相手が自分の言ったことが理解できていないと分かると、
この前のような冷めた笑顔になる。
それが、火に油を注ぐ結果になっている。
心配になったので、日吉に注意したが、
オレにも冷めた笑顔を見せるだけで、聞いているようにない。
今はみんな、蓄積の段階だが、どこかで爆発しないだろうか。
ともかく、オレに限っては問題ない。
さっきの薪割りにしても、毎日ではなく、月に1~2回だ。
(炭焼き失敗の追加1回はカウントしていない。)
普段は、近所の山で落ち葉や枯れ枝を集めるだけ。
仕事が終われば、一日、ボーっとしていても何も言われない。
ただ、家老の久間様が来ては、オレに素振りをさせる。
たまに武士の人たちも教えてくれるが、戦には出ないぞ。
なので、稽古から逃げるために、
午前中は水汲みや他の雑用をしているが、午後からは山で芝刈りをしている。
一度、桃が川を流れてきたが、半分、食われた普通の桃だった。
やはり、洗濯しないとダメなのか。
「お、静馬殿、精が出ますな。」
そんなある日、朝食前に庭で水汲みをしていると、
日吉が声を掛けてきた。
どこに行ってたのかは知らないが、戻ってきたところのようだ。
こいつ・・・。
上から目線は置いといて、
こいつがしょっちゅう出かけるから、
元々、日吉の仕事だった水汲みの仕事が、オレに回ってきている。
水汲みは台所、フロやトイレの瓶に水を汲むだけだ。
井戸の水を桶2つに汲んで、10往復くらいで運び終えるので、
それほど大変じゃなかった。
それに、フロやトイレは雨水を利用できるように、
庭に甕を置いていたので、それに継ぎ足すだけだ。
フロは月に1~2回はサウナをするが、
基本は水を絞った布で体を拭うのがデフォなので助かった。
台所だけは、使用頻度もあり、手間が掛かっていたので、
井戸からのそうめん流しスタイルを確立させ、
他の場所も同様にしたので、流す竹を設置するだけの仕事に変わった。
流すだけになった水汲みは段違いに大変じゃなくなったので、
腹は立たないが、もう少し言い方はないのかと思う。
「今晩、神降しを行いますよ。」
「えっ、髪、」
「神降しです。」
「は?神降し?」
「そうです。神降しです。」
神降しだって!?
聞き間違いかと思ったけど、間違いないようだ。
日吉はなぜか得意げだ。
「それって、普通にするの?」
「普通です。大陸ではやっていなかったんですか?」
「占いとかは聞いたことがあるけど、
オレには縁がない話だったから。」
「まあ、そうでしょうね。
お金など、ある程度の実力がないとできませんから。」
さらっとディスられた。
「さっき、静馬殿が言った占いは、まさに神降しそのものですよ。
神の声を聞こうとするんですから。
昔から帝の命で占ったり、寺社に祈祷させてきましたし、
昔は陰陽師という、式神とか妖を降ろす人もいました。
もっと北の方では、死んだ人の霊を降ろす人がいるそうです。
私たちも普通に神仏に祈るでしょう?
あちこちの祭りが、神に奉納して豊作を願うというものですし、
正月に初詣に行くのだって、神降しの一つですよ。」
確かに、神に祈ってる。
あれがそうだと言われれば、そんな気も・・・
そういや、テレビ番組で神が降りてきたって言うなー。
「しかし、神降しって、何でまた。」
「当家が飛躍するためには、神降しは必要です。
そう進言したら、殿が乗り気になってくれましてね。」
当家て。
おまえは何様なんだと思うが、
それでは松下様じゃなく、おまえが言い出したということか。
「それって、成功するの?
つまり、神が降りてくるのかってことだけど。」
「それは分かりません。
一般には、祈祷者との相性、捧げものの質や量、それに好み、
他には、天候や時期や場所など、いろいろなもので、
降臨するかどうか、何が降臨するかが決まります。
普通は、神が降臨されないことの方が多いです。」
「何が降りてくるか決まる?
ちょっと待て。神が降りてくるわけじゃないのか?」
「そうですよ。相性がありますので、
何が降りてくるかは、降りるまで分かりません。
そのため、当家がこれまでどうだったかとか、地理的なもの、
殿の生い立ちや生年などを調べて、降臨しやすい神仏と
好まれそうな供物を用意するんですよ。」
調べてって・・・。
松下様の部屋に入り浸っているのは知っていたが、
こいつ、オレが水汲みしている間、そんなことをしてやがったのか。
カチンときたが、冷静に話を進める。
「神が降りてきたら、どうなるんだ?」
「降臨に成功すると、力を借りることができます。
相性があるので、どこまで力を借りれるかは分かりませんが。」
「神じゃなかった場合、悪くなることもあるのか?」
「あちこちで鬼の話が残っていますが、
鬼を呼び出した人が悪事を働いたと言われていますが、
鬼そのものになってしまったとも言われています。」
降臨の確率があって、さらに悪くなる確率もあるのか。
なかなかリスキーだな。
「それって、どれぐらい成功するの?」
「さあ。」
「さあって。」
「古文書に、何回か、そういう話があるだけなんですよ。
だから、かなり難しいのではないかと思いますが。」
「思いますって、おまえが勧めて、実際にやるんだろ?
それ、成功すればいいが、失敗した時はどうするんだ?」
「私は進言しただけで、決めたのは殿ですからね。」
そんな単純なものなのか?
それに、殿、殿って、いちいち、鼻につくな。
小者、使用人の階級は、オレも含め、全員、松下様と言っている。
殿と呼ぶのは、武士階級の人だけだ。
「日吉、ここにいたのか。殿がお探しじゃ。」
「はい。ただいま。」
久間様が日吉を呼びに来た。
日吉は奥に消えて行く。
「静馬、今晩、当家で神降しを行うことになった。
皆に伝え、屋敷や庭をいつも以上に掃き清めよと伝えてくれ。」
「はい。」
何か大変なことになった。
取りあえず、朝食を食べ終わると、慌ただしく準備が始まった。
さながら、年末大掃除だ。
昼休憩があって助かった。
屋敷は運動場くらいあるから、いつも以上の掃除が終わるわけがない。
休憩後も大掃除は続く。
武士は餅をついていたようだが、それが終わったのか、
今度は庭木の剪定まで始めている。
そこ、掃いたのに・・・
商人や漁師が何人も訪れて、いろいろなものを置いて行く。
夕方近くになって、庭に、武士たちが祭壇を作り始めた。
何だか、すごく大掛かりだ。
テレビで、どこかの寺が、護摩行だったっけ、
あれの何倍もある祭壇ができ上っていく。
夕食を食べるが、オレを含め、みんな、気もそぞろだ。
この後の儀式が気になって、何を食べたかも覚えていない。
それに、みんな、あのうめさんでさえ、口数が少ない。
一生に一度かもしれないので、緊張しているのかもしれない。
夜が更けて、いよいよ、その時がやってきた。
祭壇の前にはキャンプファイヤーのように木が組まれている。
その前に松下様が座り、後ろに武士たち、使用人の順に座っている。
なぜ、日吉が久間様と並んで、松下様のすぐ後ろにいるんだろう。
気づいた人が、明らかに不機嫌な顔をしている。
オレは当然のように末席。おみつちゃんの隣だ。
片付けで遅れて来たうめさんがオレの左隣に座った。
「それでは、これより、神降しを行う。」
松下様が宣言と共に、お経を唱え始めた。
みんなも唱和し始める。
オレがお経なんて唱えたことがないと言うと、
写経を貸してくれたが、全く読めない。
適当にごにょごにょ言っていよう。
みんながお経を唱え始めて1時間くらい経った。
ちょっと、オレは引いている。
初め、一生懸命なのは主君のためだと思っていたが、
みんなの顔がどこか恍惚とした表情になっている。
夢見心地というのか、目の焦点が定まっていないというか、
虚空を見つめて微笑んでいる様子は、少し怖い。
お経でトランス状態になったんだろうか?
本当に何かが見えていると怖いんだけど。
さらに1時間が経った。
苦痛だ。もう飽きた。
だって、全然、何にも起こらないんだもの。
これ、朝までするんじゃないよね?
何を降ろすのか、教えてもらってないけど、
お経を唱えてるし、やっぱり、神仏狙いなんだよね。
許されないだろうけど、ちょっとばかり目を閉じてみようと思った時、
(あっ!)
キャンプファイヤーの炎が、風もないのに、揺れた。
その不自然な動きは、次第に大きくなる。
「おお!炎が!」
みんなも気づいたようだ。
炎はキャンプファイヤーの上で、
何かの形になろうとしている。
カッ
(ひ、光った!?)
ビュゥゥゥゥゥーーー
「キャー!」
「助けてくれー!」
炎が光ったと思ったら、次の瞬間、炎が消えて、
その代わりにつむじ風のようなものが発生した。
みんな、必死で身を寄せ合っている。
オレに、おみつちゃんが抱き着いてきた。
(うぉ!)
と思ったら、うめさんも抱き着いてきた。
(ええー。)
つむじ風が収まって、辺りを見回すと、
あれだけの強い風にも関わらず、
祭壇も吹き飛ばされたりしていない。
炎は、何事もなかったように燃え続けている。
「と、殿!どうですか!」
久間様が松下様に確認する。
神降しが成功したかどうかだろう。
「松下様、何か頭の中に浮かんできたりしませんか?
憑依されたものは、そのものの姿が見えたり、
頭の中に数字とか、文字が浮かんでくるそうです。」
日吉が説明している。
数字とかの文字って、ステータスのことかな?
「いや、わしには何もないようだ。」
「しかし、殿、神降しは成功しておりましたぞ。
なあ、日吉?」
「そうですとも。炎の不自然な動き。その後のつむじ風。
神降ろしには成功していたと思います。」
「わしには何も感じられぬが。」
「松下様に何も印が現れないのであれば、
あと少しというところで、何かあったのでしょうか?」
「そうかもしれんな。いや、残念であった。」
「あそこまでできたのです!次こそはきっと!」
「そうですぞ!若、松下家の末は明るいですぞ!」
「じい、降ろすのはわしだ。おぬしが興奮して、どうする?」
「これは年甲斐もなく。」
「ハハハッ。次こそは成功させてみせよう。」
「その意気でございますぞ!」
また、日を改めて、行うことになった。
みんなが、口々に、
「惜しかった。」
「さすが松下様だ。」
と言いながら、片付け始めた。
どの顔も明るい。
そりゃそうだ。ほぼ成功してたんだから。
次やれば、絶対に成功すると思えるもの。
(あれ?)
残ったのは、すごいごちそうの数々だ。
これ、絶対に、オレたちも食べれるよね。
じゅる。
「ん?おまえ、どこから入った?」
オレの後ろで、真っ黒い子犬がしっぽを勢いよく振っていた。
ごめんなさい。この時代、1日2食でした。