037.決行
「静馬殿、もう少し上流に渡れるところがあるのでそちらに。
見つかると少々、うるさいところがあるので、
北を避けて墨俣に出ましたが、この辺りは川が深いので。」
土地勘がある明智殿に任せた方がいいと思って、
黙って後をついて行った。
何で直線で行かないんだろうと思ったら、そういうことか。
多分、検問してる領地とか、会いたくない知り合いとか、
いろいろ面倒な人がいるんだろう。
黙ってたのは、オレの事情もある。
正直、木曽川とか、思ったより、東にあって、川幅も広い。
他にもあるはずの川がないし、ないはずの川がある。
ダムが無いからなのかもしれないけど、
渡れると思ってたところの川が思ったより深そうだ。
出身は掛川だけど、土地勘はもう少しあると思ってた。
日本地図くらいならイケるけど、
市内地図レベルになってくると、違い過ぎて分からない。
それにしても、
「墨俣って、」
一瞬、もう墨俣一夜城が建ったのかと思った。
城と名前がつくと、天守という高層建築物を想像しちゃうけど、
確か墨俣はというか、他の城も天守なんか存在しない。
せいぜい、大きな御殿があるくらいだ。
本格的な天守は安土城からで、
あったとしても2階建ての、櫓が大きくなった程度のはず。
そもそも、墨俣みたいな規模に天守なんか必要ない。
とすれば、妥当かどうかは分からないけど、
小さな関所程度のものが建っている。ほぼ小屋。
でも、藤吉郎が墨俣に城を建てたとは聞いていない。
建ったなら、絶対に話題になってるはずだ。
だとすれば、まだ、そうじゃない。
興味があるに決まってるからクロを走らせたけど、
う~ん。一夜城とは・・・
「源平の昔より、この辺りは戦が起きるところなんですよ。
美濃から近江に抜けるところでもあるし、
木曽川と長良川が流れ着くところでもありますから。」
オレが何の施設かと疑問を言うと、明智殿が説明してくれた。
あるにはあるが、基本的に使われていないらしい。
あそこが大垣城で、あの山が稲葉山城だよな。
この時代に来て、目がよくなったせいか、
現代と違い、遮るものが何もないのもあって、
土手の上から、あの密集したところが大垣の町だろうと、
何となく見当がつく。
遠目にも見える2つの城の真ん中って、
川があるとはいえ、藤吉郎は大丈夫なのか?
「どうしたのか?」
木曽川を渡ってすぐに、道端にうずくまっている女の人がいた。
明智殿が声を掛ける。
しかし、返事がない。
その隣で、やせた女の子が地面に横になって、
オレたちに反応することもなく、虚ろな目で地面を見ている。
「このようなところで、何かあったのか?」
やはり返事がない。
明智殿が肩をつかんだ。
「ヒィッ」
初めて女の人が反応した。
ガタガタと震えている。
「良かったら、何があったか、聞かせてもらえないか?」
母親は震えていたが、しばらくすると落ち着いたのか、
聞き取れないほど、か細い声で少しずつ話し出した。
今年は米の出来が悪く、わずかな収穫しかなかったらしい。
それで領主に嘆願したが、聞き入れられず、
抗議をした村人が何人か斬られたそうだ。
そこで、隣の村を襲うことにしたらしいが、
返り討ちに会い、戻ってきた人は2人しかおらず、
残った人は報復を恐れて、村を捨ててしまったそうだ。
この母娘は行く当てもなく、村にいることもできず、
ここに座っていたらしい。
「食べれているのか?」
母親が首を振る。
「では、これを。」
煕子さんが米や野菜を差し出した。
それ、米なんて全部じゃん。
何て人の良い・・・。
母親は涙を流しながら、お礼を言った。
(仕方ねーなー。)
オレの食事の心配までされると、さすがに心が痛い。
―主、見つけた!―
夕方、関ヶ原の手前で猪を仕留めた。
もう捌くのはお手の物だ。
夜通し、近くの川で冷やしながら血抜きをした後、
程よい大きさに切り分ける。
軽く燻すことも忘れない。
昨日は晩飯抜きだったので、
みんな、モリモリ、食べている。
じいさんは食べにくそうだったので、細切れにしてやった。
侍女がリップを塗ったみたいに口をテラテラさせている。
「かたじけない。」
明智殿が頭を下げた。
「お気になさらず。オレは護衛ですよw
守るべき人たちが元気じゃないと守れませんし、
元気じゃないと守ったことになりませんからねw」
「ありがとうございます。」
その後は何事もなく、越前までの旅は順調だった。
そう。越前まで行ったんだ。
「静馬殿?もう、近江ですよ?」
「近江を過ぎますよ?」
明智殿の声に、「まあまあ」と言いながら、
越前までやってきた。
あやを心配させるので、さすがに一乗谷までは行けないから、
越前平野に入ったところで別れた。
「静馬殿、世話になりました。」
「本当にありがとうございました。」
「いえ。それでは、ここで。
また、お会いしましょう。」
「必ず。」
あっさりと別れたが、それでいい。
この先、明智光秀と関わることはないだろうが、
どんな人か知ることができて良かった。
真面目でやさしい性格のようだ。
少し融通が利かない頭の固さがあり、
これはこれとスッパリ切り捨てるところもあるが、
人の上に立つなら、そういうところも必要なんだろう。
戦国時代にぐだぐだしたって殺されるだけだしな。
さて、真っすぐ里に帰ればいいのに、
帰りながら、あの母娘が気になった。
様子を見るだけと、
近江を半分くらい南下したら、美濃への道を歩いていた。
「確か、ここら辺だったはず。」
母娘の姿はなかった。
多分、元気になって、どこかへ行ったんだろう。
やれやれと、元来た道へ足を向けようとしたら、
目の端に何かが映った。
「ん?」
近づくと、小さな川の横の地面が黒くなっている。
その中心に、あの母娘が横になっていた。
「嘘だーーーッ!」
こちらから見える母親の着物の背中に穴が開いている。
着物はどす黒く染まっている。
女の子は母親に寄り添うように寝ていた。
「息が!」
女の子に外傷はなさそうだ。
だが、息が弱々しい。
抱き上げるが、虚ろな目で、オレの声に何の反応もなかった。
「とりあえず、水を。」
飲ませようとするが、口が動かない。
少しずつのどの奥に流し込みたいが、ストローなんてない。
箸を使って流し込もうとする。
ちょっとずつ、ちょっとずつだ。
一滴、二滴、焦らず、むせないようにしないといけない。
女の子が笑ったように見えた。
そのまま、女の子は息を引き取った。
「うわぁぁぁーーー!」
オレは叫んだ。
叫ばないと、どうにかなりそうだった。
米はなかった。
盗賊か誰かに盗られたのか。
盗るだけじゃなく、何で殺すんだ。
2人を川に流した。
こんな寂しいところで、
無念さが残る土地で埋めなくてもいいだろう。
あの子は絶望のまま死んでいったのだろうか。
見送ってるうちに、大粒の涙が溢れてきた。
斎藤を潰す―
それしか考えていなかった。
まただ、オレの中で何かが渦巻いている。
「最近の斎藤家は、政を行わず、連日、酒浸りとか。
飛騨守が側近となってからは、一族の者を要職につけ、
その者たちが、農民からかなり厳しい取り立てをしていると
聞いています。」
明智殿の言葉が頭の中に響いている。
この時代の全ての責任が斎藤龍興にあるわけじゃない。
しかし、あの子が死んだのは、斉藤龍興のせいだ。
ちゃんと政治をしていれば、
あの子はもっと普通の生活を送れたはずだ。
稲葉山を焼く―
斎藤を潰したとしても、次の斎藤が現れるだけだ。
それに、オレに乱世を終わらせる力なんてない。
なら、終わらせる力を持ったやつに終わらしてもらうだけだ。
美濃が攻めにくいのは、稲葉山城があるからだ。
この堅城が美濃を一致団結させてるし、
この堅城があるから、信長が攻めきれない。
じゃあ、無くなればいい。
オレは大垣の市で見かけていた、
立派な店構えの油問屋で荷車いっぱいのごま油を買った。
この荷車は、道の途中で、
人がいない、叩き壊されたかのような村で見つけた。
もしかしたら、あの母娘の村だったのかもしれない。
買う金も、あの毒酒を飲んだ村から持ってきた金だ。
かなりの銀があったので、店のほとんどの油を買えた。
商人は「他の客のが無くなる」とかなり難色を示したが、
「斎藤様が連日、遅くまで酒宴をするので」という言い訳に、
渋々、蔵を開いた。
斎藤家のお膝元で、斎藤家の従者っぽいのが
買いに来てるんだから、下手なことを言うと首が飛ぶ。
今は飛騨守がヤバいのを知っているみたいだし。
最後は、オレに苦労してるんですねという顔をしてきた。
井ノ口に着く前に油は全て影収納に入れている。
オレは長良川が見える宿屋に泊まり、
見てるのは長良川だが、クロを通して、
稲葉山城の建物の配置や警備の状況を探っている。
クロとの接続がギリギリのところだ。
ノイズが入ったり、静止画になったりしている。
「お客様。」
廊下から声が掛かる。
襖が開いた。
「失礼いたします。
膳の用意もできますが、どういたしましょうか?」
「いや、酒を飲みにいくから、飯はいい。」
「念のため、伺っておきたいのですが、
お客様はどのような仕事をなさってるのでしょうか?」
怪しまれているのか。
そうか。そうだな。
日がな一日、部屋に籠ってれば、怪しいと思われるか。
「オレは知り合いの商人に酒の買い付けを頼まれたんだ。
遠江なので、いつもは駿河に行っていたらしんだが、
この間の戦の後、取り締まりが厳しくなったようでね。
それで、熱田か、津に行きたいが、
ほら、三河があんな状態だからさ、危ないってんで、
腕っぷしと酒の目利きを買われて頼まれたんだよ。」
「おっ、酒に詳しいんですかい?」
おっ、口調が一気に砕けたぞ。
「いや、それは多分、買いかぶっているか、
オレを買いに行かせるための方便てやつだろう。」
「だが、いける口なんでしょう?」
「まあ、嫌いじゃないな。
オレはどぶろくもいいが、澄んだ酒を飲みたいんだよ。
一度、飲んだことがあるが、のどを焼くのがたまらなかった。」
嫌いじゃないなってw えらそうにw
嫌いじゃないけど、べろべろに酔っ払いますけど。何か?
「ほう。あれを飲んだんですか?
あれは値が張るでしょう?」
「そうなんだ。何年も前に、
おちょこに半分、飲ましてもらっただけだ。」
「あ~、あ~、そうだろう。そうだろう。
そうそう出回るような酒じゃないからね。
ここじゃあ、あると分かったら、すぐに買い占められるよ。」
「えっ、ちょっと待ってくれよ。
じゃあ、ここら辺じゃ、手に入らないってことか?
津でもなさそうだから、こっちに回ってみたんだが。」
「それは残念だったね。
ここより津の方がまだあるよ。
何せ、津で仕入れて売るんだからね。」
「その津はどっから仕入れてるんだ?」
「堺だよ。荷は堺に集まるからね。
元は越後とか、播磨とか、米処で作った酒だと思うが、
津は堺で買い付けたものを売ってるのさ。」
「もしかしたら、贔屓の客のみってやつか。
堺か、越後に行くかだと、距離がどっこい、どっこいだな。
そこまでは行けないな。
さっきの目利きだと言われて出てきたからさ、
やっぱり、目玉が欲しくなるだろ?」
「見栄かい?」
「見栄だな。」
「アッハッハ。いいよ。今晩はうちで食べな。
酒の一本もつけてやるよ。」
「そいつはありがたい。」
宿屋の主人が職業を聞いてきたのは驚いた。
怪しいヤツを泊めたりなんかしたら、
稲葉山にペナルティを課されるのを防ぎたいんだろう。
目と鼻の先だもんな。
オレを取り逃がしたら(捕まる気もないけど)、
「おまえも一味か」と、何らかの責任を取らされそうだし。
宿屋の親父と仲良くしながら過ごした3日間で、
稲葉山城のおおよそがつかめた。
社会見学や親とかとプライベートも合わせて、
何回、登ったんだというくらい登ったから、
だいたいの縄張りはつかめていた。
クロに調べさせたのは、岐阜城との違いがないかの再確認だ。
稲葉山城が堅城というから構えてたけど、
砦の大きい版にしか見えない。
オレが知ってる現代の岐阜城とは違う。
鉄筋コンクリートと言いたいわけじゃないぞ。
稲葉山城って、屋根が木の、皮だっけ。アレなんだけど。
The・木造。油との相性はバッチリだ。
決行の晩、そば屋で晩ご飯を食べていると、
隣から「風が強くなりそうだ」という声が聞こえてきた。
ビュォォォという風の音が聞こえてくる。
追い風が吹いて来たと感じた。
「兄さん、気をつけてな。」
そば屋の親父にうなづきながら、足早に去った。
辺りは暗くなりかけている。
みんな、一日が終わり、寝に入ろうとする時間だろう。
オレは川沿いを歩きながら、探し出したポイントで川を渡る。
クロが警戒してくれているので、見つかる心配はしていないが、
服が濡れないように、裸で川を泳いでいる。
さすがに10月にもなると、夜の川の水が死ぬほど冷たい。
潜伏するのに最適だと思ったポイントに到着する。
体を拭いて、服を着た。
ここで、城内が寝静まるまで待つ。
クロで偵察した時には、堅城だから攻めてこないという意識が
兵士にあるからか、だらけ具合が都合が良かった。
しかし、今日はちょっと違った。
あちこちで笑い声が聞こえる。
―クロ、様子を見てきてくれ。―
クロが駆け出していく。
「ワッハッハ。飛騨守様のご厚意じゃ。
飲め飲め、飲まずにはいられんぞ!」
城内のあちこちで酒を飲んでいる。
松明が赤々としてるので、今日はやめようかと思ったけど、
逆にチャンスだと思い直した。
2時間ほど待っていると、
酒で酔っぱらった人たちがいびきをかいて寝始めた。
もう決行しても大丈夫だろう。
クロに誘導してもらいながら、城内に入り込んだ。
さすがに門を閉めているけど、
酒を飲みに行っているので誰もいない。
「不用心だな。」
苦笑いしながら、油を門に振りかける。
目的は、本丸の南の曲輪と東の尾根に見える曲輪だ。
その櫓や門といった防御施設を灰にする。
本丸は一番狭いところだから、兵に会う確率は高いし、
炎や煙でオレの逃げ場がなくなると困る。
本丸だけが残っても、防御と言える防御ではないはずだ。
当時、難攻不落と言われた大坂城だって、
堀が埋められて、本丸のみになったから落城したんだ。
様子を確認しているのか、数人の人が歩いているけど、
みんなが寝静まっているのを眺めただけで、
起こそうとも、叱ろうともせずに、本丸の方へ歩いていく。
監査人?何なんだろう?
予定した全ての門と櫓に油を掛けた。
特に門の蝶番のところや、櫓のメインそうな柱は念入りに。
残った油を南の曲輪の建物にもこれでもかと撒いた。
あとは火を点けながら、山を下りれば完了だ。
ゴッ
(ヤバッ!)
廊下で寝てた人の頭を蹴ってしまったけど、
酔い潰れているので、気づいてなさそうだ。
いくらなんでも、こんな警備でいいのか?
疑問に思いながら、建物の中から出る。
さて、火を点けるか・・・
「ん?あれ?」
本丸から煙が上がっている!?
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