036.護衛
「もし、そちらの御仁。」
呼び止められた。
オレを見ている。
警戒した。
人気のない道だ。
相手の侍がどういうつもりかは分からないけど、
向こうも警戒しているようだ。
刀に手を置いている。
「このような人気がない山の中の道に、お一人でかな?」
オレは、あの村から逃げるように去った後、
それほど離れていないところで、
激しい頭痛に襲われ、地面に転がった。
よろよろと立ち上がったものの、
いつの間にか、気を失ってしまったようだ。
どうなったのかは覚えていない。
目が覚めると、朝日の中に、心配そうなクロの顔があった。
呼び止められたのは、そのすぐ後だ。
まだ、気持ちの整理がついていないので、
職務質問のようなことをされると、少し癇に障る。
どうしたんだろう。
斬り合いしてもいいような気分がある。
どう表したらいいか分からないくらい、胸がざわついている。
「ここは天下の往来でしょう?
あなたが、どこの誰かも分からないのに、
なぜ、答えなければいけないんです?」
「それはそうですね。」
やっぱり、冷静じゃない。
挑発するような物言いになっていた。
相手はてっきり怒り出すのかと思っていた。
しかし、刀に置いた手が動くことはなかった。
「申し訳ないが、用心のために名乗っていない。」
「それでは、オレも行ってもいいですか?」
オレは用心しながら隣をすれ違おうとする。
「待たれよ。」
斬りかかっては来なかった。
「まだ、何か?」
相手はオレの目をジッと見つめた。
オレに斬りかかろうという目ではなかった。
どちらかというと、心配そうな目に見える。
「いや、申し訳ない。あなたを問い質そうとは思っていない。
様子を見るに、どこか、頼りなげな様子だったので、
気になったのです。」
「オレが?」
ああ、そう見えてるのか。
確かに、冷静じゃないのは自分で分かってた。
すれ違う人にパッと見られただけでバレるって、
どんだけなんだよ。
「すみません。急に声を掛けられたので、用心しました。」
オレが肩の力を抜くと、相手も刀から手を離した。
相手は少し迷うような仕草を見せたが、口を開いた。
「先ほどは名乗りもせず、ご無礼を。
私は、明智十兵衛と申す者。
おそらく、私を探す者などいないでしょうが、
妻を守るために、念のため、用心していたのです。」
(ええーーー!!)
明智十兵衛って、明智光秀じゃん!
な、なんで、こんなところに!?
相手はオレをずっと見つめている。
ああ、オレの番か。
「オレは、静馬です。
昨日、木曽川で魔物退治をしていて、
帰り掛けに知り合いに会いに行くところです。」
「魔物退治!そうでしたか、大嶽の里の。
あれは、東美濃の領主が連名で頼むのです。」
「明智という名は、聞いたことがあります。」
聞いたも何も、嫌って言うほど知ってますよ。
そういえば、この頃の光秀って、道三と義龍の親子対決で、
道三に味方して敗けて、城も落とされた。
つまり、牢人状態なんだよな。
「その明智殿が、なぜ、ここに?
こんなことを言って、大丈夫かどうか分からないですけど、
ここにいて大丈夫なのですか?」
「大丈夫です。私は傍流なのです。
問われたときに考えを述べるだけで、
それほど、大事なお役目には就いていなかったのです。」
「それなら、いいですが。」
「さて、聞いて良ければ、静馬殿。
先ほどのあなたの顔は、ただ事ではなかったが、
良ければ、話してもらえないでしょうか?」
これも何かの縁だ。それに、明智光秀だ。
オレは昨夜のできごとを話した。
光秀は真剣な顔で聞いていた。
「そんなことが。」
光秀はうつむいた。
息を吐いて話し出す。
「戦で敗けた後、もう1年半にもなりますが、
この辺りも、まだまだ、落ち着いたとは言えないのです。
それに加えて、先の戦で今川が敗けたことで、
抑える者がいなくなった三河では、
どうも一揆が起こっていると聞いています。」
そうか。三河では、家康が急いで支配体制を築こうとして、
無茶して一向宗を敵に回しちゃうんだったっけ。
それで、家臣の一部も加わった一向一揆に悩まされるんだ。
一向一揆って、ほぼ内乱だもんな。
光秀の話では、かなり状況は悪いらしい。
三河では盗賊が横行して村を襲い、
奪われた村人が奪う者に変わり、
さらに、奪われた者も奪う者に変わるという、
負の連鎖が起こっているらしい。
それが、山を越えて、美濃のこの辺りにまで来そうなので、
国境の様子を見に来たということらしい。
襲った村は、元々、山間部ということもあり、
それほど農作物の収穫が見込めない村だったようで、
今年は、長雨の影響で、飢饉が出るかもしれなかったようだ。
「襲ったことが見つかれば死罪。
最初から死ぬつもりだったのでしょう。」
「死ぬつもりなら、何で、他の村を襲ったんでしょう?」
「子供たちに、最後に腹一杯、食わせたかったのですよ。」
「・・・」
その後、光秀との会話で気づいたけど、
多治見市から春日井市に抜けるつもりだったのに、
豊田市の方に行ってたっぽい。
やっぱり、クロも分かってねーじゃねえか。
スマホが欲しい。
「私は妻のために、穏やかな暮らしを望んでいたのです。
しかし、もうすでに、この辺りもということであれば、
一刻の猶予もありません。」
光秀は腕を組んで考え込んでいた。
オレも、このまま、三河へ行くのは危険な気がしてきた。
このオレが巻き込まれることはないと思いたいけど、
もうすでに、この時代に来ちゃってるからな。
どうしようか。
やっぱり、犬山経由か。がっくり。
「その、静馬殿。
もし、迷惑でなければ、護衛をお願いできませんか?」
「護衛?」
「そうです。知り人に会いに行ってからで構いません。
どうか、助けてもらえませんか?」
「う~~~ん。」
どうせ、美濃を通らないといけないので、
一緒に行こうが、どうってことはないんだけど、
護衛は責任が重い。
「オレ、そんなに護衛ができるほどではないですよ?」
「ご謙遜を。魔物退治に来るくらいだから、
不思議な力をお持ちでしょう。
それに、私も多少は腕に覚えがあります。
その私から見て、
静馬殿の足の運びは、剣を修めた者の動きですよ。
それも、おそらく、達人。」
ニヤリとしながら光秀が言う。
光秀だもん。
そりゃ、普通の人より、よく見てるよ。
でも、達人は買いかぶり過ぎだけど。
「ふう。」
う~~~ん。仕方ない。
帰り道だし、光秀に恩を売るのも悪くないだろう。
「何度も言いますけど、達人と言ってもらえるような
腕じゃないですよ。本当に知りませんよ。
危なくなったら、逃げますよ?」
「ああ。それで構いません。
ただ、その、手持ちが少ないので、
それほど出せないのですが。」
「どうせ、帰り道です。金は構いません。
三河に行くのは難しそうです。一度、里に帰ることにします。
大垣の向こう、近江の手前までであれば。」
「それで構いませんが、金は受け取ってもらわないと。」
真面目だ。
どうも、言い出したら聞かないところがありそうだ。
「オレは里に帰るだけです。
誰が後ろを歩いていても、オレには関係ありません。」
光秀はうつむいた。
「かたじけない。」
ボソッとそれだけを言った。
分かってる。
戦に敗けた方は、命からがら逃げるんだから、
ほぼ金なんて持っていないだろう。
それに、傍流って、本家じゃないってことだろ?
そもそもが、安月給だったかもしれない。
奥さんとかが家財を持って逃げてるかもしれないけど、
多分、世話をしてくれた人に分け与えてるんじゃないかな~。
持ってたとしても、これから引っ越すなら、
行った先でいくらでも必要なはずだ。
そんな人から貰えないよ。
光秀が住んでいる村に来た。
隠れ里みたいな感じかと思ったけど、普通だ。
案外、普通の方が探さないのかもしれない。
怪しそうなところを入念に探すもんね。
「静馬殿、紹介します。妻の煕子です。」
(これはまた、美人な。)
パッとしてる美人だな。
冷たいどころか、どことなく愛嬌もある感じ。
落ち着いた感じがするのが好印象だ。
まあ、佳月さんの方が上だけど。
「初めまして。静馬と言います。」
「静馬殿は、大嶽の里の人だ。」
「大嶽というと、魔物の。」
「そうだ。討伐をした帰りに、こちらに寄ってくださったのだ。」
「まあ。それは。討伐が済めば、民も喜びましょう。
静馬様、ありがとうございました。」
苦労人だな。自分の依頼でもないだろうに。
二人とも、明らかに年下のオレに丁寧な対応をしてくれる。
「昨日、話した通り、恐れていた事態になっている。
静馬殿が見たことを話してくださったのだが、
国境に近い谷が襲われたらしい。
ここは遠い。ここまでは来ないとは思うが、それも分からぬ。
静馬殿に会えたのも何かの縁。
前々より話していた通り、越前に行こうと思う。」
「あなたがおっしゃられるのでしたら、どこへでも。
荷はできております。」
「何と!」
「お話を聞いた時より、用意いたしておりました。」
目の前でとんとん拍子に決まっていく。
光秀も光秀なら、奥さんもすげえな。
さすがに、このクラスの奥さんになるならってやつなのか。
オレはそこまで求めませんので、気軽にお越しください。
最低限、気遣いとやさしさだけ、お願いします。
朝に話して、昼には出発した。
弁当を用意するためだったんだけど、
その間に、一畳ほどの荷車に荷物を積み終わる頃には、
おにぎりが完成していた。
「影収納」って何度も口に出しそうになったけど、黙った。
光秀が信用ならないということはないけど、
能力をバラすのは不利になるかもしれないと漫画に描いてた。
三郎さんにもくぎを刺されたし。
それに、光秀はガッツリ戦の人だし。
「この家にも馴染んできたのにな。」
そうつぶやく光秀の手に、煕子さんがそっと手を重ねた。
光秀は煕子さんに微笑むと、荷車を牽いて歩きだした。
総勢は光秀夫婦と下男の年寄りが一人、侍女の子供一人だ。
7歳ぐらいの女の子は、越前まで歩けるのかと心配していたら、
女の人は交代で荷車に乗るのね。
で、男2人で荷車の前後で牽くと。
オレも手伝った方がいいかと思ったんだけど、
「静馬殿には、守っていただかないと。」
ということだ。
そうだよな。
いざというとき、腕がパンパンになってたら、
護衛の意味がないもんな。
じいさん、そんなにハアハア言ってたら、
「影収納」って口から出そうだよ。
普通であれば、持てるだけの荷物で旅をするらしいけど、
オレが護衛するから、荷車になったようだ。
それって、襲ってくれって言ってるようなもんじゃないの?
光秀が言うように、光秀を誰も探していないようだった。
この時期の光秀はそんなに重要な人物じゃなかったのか?
でも、そう言われれば、そうかもしれない。
重要人物なら、徹底的に捜索されそうだし、
戦で落ち延びたんなら、こんなところにはいないだろう。
それに、越前まで家族を連れてなんて、目立つし、無理だろ。
道中、誰に咎められることもなく、順調に犬山を過ぎた。
この様子じゃ、大垣の手前くらいで夜になる。
「今日は、ここまでですね。」
やはり、老人と子供がいることもあり、
予定より手前の、各務原の辺りで野宿することになった。
昼過ぎの出発だったら、歩けた方だろう。
オレにも弁当を作ってくれていたようだ。
いわゆる、バクダンて呼ばれるくらいの、
両手を組み合わせたくらいのおにぎりが2つ。
バクダンのように唐揚げとかは入ってないけど、
焼き味噌が入っていた。
案外、素朴で美味い。
女の子はおにぎりの半分を食べたところで、櫓をこぎ始めた。
じいさんは、それほど食べられないようで、
おにぎり1つは明日の朝食になった。
念のため、道をそれて、
起伏のある、草が生い茂った場所を今夜の宿とした。
「静かですな。」
みんなが寝静まった頃、光秀が話しかけてくる。
「明智殿もお疲れでしょう?
早く寝て、明日に備えないと。」
「そうですね。おそらく、心配性なのでしょう。
余りに静かだと疑いたくなる。」
「大丈夫です。私の霊獣で周辺を探っています。
戦いには向きませんが、こういうことは得意なのです。」
「霊獣が。」
「ええ。危険があれば、起こしてくれるので、
我々も早く寝ましょう。」
「ええ。」
静馬が寝たのを見て、光秀は独りで考えた。
(不思議だ。大陸の出だと言っていたが、何か、違う。
嘘を言っているようでもない。
というより、乱世でここまで腹に何物もない者も珍しい。
金を受け取らぬということがあり得るのか?
普通、誰であろうとも、己が生きていくだけで、
他を顧みることはないだろう。
とても、この世で生まれたとは思えぬ。
それに、静馬殿の煕子などへの気の遣いようは、
日ノ本でも、大陸でもありはしないだろう。
もしや、南蛮か?
それに、霊獣だ。自ら考えて動くというのは、
余程、高位でなければありえない。
それを、この歳で使いこなしている。)
光秀は、軽く寝息を立てている、静馬の横顔を見た。
荷車から降りる煕子に手を差し出したことを思い浮かべた。
そして、軽く笑った。
(年を経た狸か、狐の類かとも疑ったが、
話をすると、見た目通りの若さに間違いはない。
この者も、年を経れば、何を見るようになるのであろうか?
いや。これ以上は言うまい。
我らは、あのまま、あの村で朽ち果てるところだったのだ。
気まぐれであれ、何であれ、
今はただ、感謝をすることとしよう。)
光秀は夜空を見上げた。
星が妖しく瞬いていた。
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