表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/61

036.護衛

「もし、そちらの御仁。」


呼び止められた。

オレを見ている。

警戒した。

人気のない道だ。

相手の侍がどういうつもりかは分からないけど、

向こうも警戒しているようだ。

刀に手を置いている。


「このような人気がない山の中の道に、お一人でかな?」


オレは、あの村から逃げるように去った後、

それほど離れていないところで、

激しい頭痛に襲われ、地面に転がった。

よろよろと立ち上がったものの、

いつの間にか、気を失ってしまったようだ。

どうなったのかは覚えていない。

目が覚めると、朝日の中に、心配そうなクロの顔があった。

呼び止められたのは、そのすぐ後だ。

まだ、気持ちの整理がついていないので、

職務質問のようなことをされると、少し癇に障る。

どうしたんだろう。

斬り合いしてもいいような気分がある。

どう表したらいいか分からないくらい、胸がざわついている。


「ここは天下の往来でしょう?

 あなたが、どこの誰かも分からないのに、

 なぜ、答えなければいけないんです?」


「それはそうですね。」


やっぱり、冷静じゃない。

挑発するような物言いになっていた。

相手はてっきり怒り出すのかと思っていた。

しかし、刀に置いた手が動くことはなかった。


「申し訳ないが、用心のために名乗っていない。」


「それでは、オレも行ってもいいですか?」


オレは用心しながら隣をすれ違おうとする。


「待たれよ。」


斬りかかっては来なかった。


「まだ、何か?」


相手はオレの目をジッと見つめた。

オレに斬りかかろうという目ではなかった。

どちらかというと、心配そうな目に見える。


「いや、申し訳ない。あなたを問い質そうとは思っていない。

 様子を見るに、どこか、頼りなげな様子だったので、

 気になったのです。」


「オレが?」


ああ、そう見えてるのか。

確かに、冷静じゃないのは自分で分かってた。

すれ違う人にパッと見られただけでバレるって、

どんだけなんだよ。


「すみません。急に声を掛けられたので、用心しました。」


オレが肩の力を抜くと、相手も刀から手を離した。

相手は少し迷うような仕草を見せたが、口を開いた。


「先ほどは名乗りもせず、ご無礼を。

 私は、明智十兵衛と申す者。

 おそらく、私を探す者などいないでしょうが、

 妻を守るために、念のため、用心していたのです。」


(ええーーー!!)


明智十兵衛って、明智光秀じゃん!

な、なんで、こんなところに!?

相手はオレをずっと見つめている。

ああ、オレの番か。


「オレは、静馬です。

 昨日、木曽川で魔物退治をしていて、

 帰り掛けに知り合いに会いに行くところです。」


「魔物退治!そうでしたか、大嶽の里の。

 あれは、東美濃の領主が連名で頼むのです。」


「明智という名は、聞いたことがあります。」


聞いたも何も、嫌って言うほど知ってますよ。

そういえば、この頃の光秀って、道三と義龍の親子対決で、

道三に味方して敗けて、城も落とされた。

つまり、牢人状態なんだよな。


「その明智殿が、なぜ、ここに?

 こんなことを言って、大丈夫かどうか分からないですけど、

 ここにいて大丈夫なのですか?」


「大丈夫です。私は傍流なのです。

 問われたときに考えを述べるだけで、

 それほど、大事なお役目には就いていなかったのです。」


「それなら、いいですが。」


「さて、聞いて良ければ、静馬殿。

 先ほどのあなたの顔は、ただ事ではなかったが、

 良ければ、話してもらえないでしょうか?」


これも何かの縁だ。それに、明智光秀だ。

オレは昨夜のできごとを話した。

光秀は真剣な顔で聞いていた。


「そんなことが。」


光秀はうつむいた。

息を吐いて話し出す。


「戦で敗けた後、もう1年半にもなりますが、

 この辺りも、まだまだ、落ち着いたとは言えないのです。

 それに加えて、先の戦で今川が敗けたことで、

 抑える者がいなくなった三河では、

 どうも一揆が起こっていると聞いています。」


そうか。三河では、家康が急いで支配体制を築こうとして、

無茶して一向宗を敵に回しちゃうんだったっけ。

それで、家臣の一部も加わった一向一揆に悩まされるんだ。

一向一揆って、ほぼ内乱だもんな。


光秀の話では、かなり状況は悪いらしい。

三河では盗賊が横行して村を襲い、

奪われた村人が奪う者に変わり、

さらに、奪われた者も奪う者に変わるという、

負の連鎖が起こっているらしい。

それが、山を越えて、美濃のこの辺りにまで来そうなので、

国境の様子を見に来たということらしい。

襲った村は、元々、山間部ということもあり、

それほど農作物の収穫が見込めない村だったようで、

今年は、長雨の影響で、飢饉が出るかもしれなかったようだ。


「襲ったことが見つかれば死罪。

 最初から死ぬつもりだったのでしょう。」


「死ぬつもりなら、何で、他の村を襲ったんでしょう?」


「子供たちに、最後に腹一杯、食わせたかったのですよ。」


「・・・」


その後、光秀との会話で気づいたけど、

多治見市から春日井市に抜けるつもりだったのに、

豊田市の方に行ってたっぽい。

やっぱり、クロも分かってねーじゃねえか。

スマホが欲しい。


「私は妻のために、穏やかな暮らしを望んでいたのです。

 しかし、もうすでに、この辺りもということであれば、

 一刻の猶予もありません。」


光秀は腕を組んで考え込んでいた。

オレも、このまま、三河へ行くのは危険な気がしてきた。

このオレが巻き込まれることはないと思いたいけど、

もうすでに、この時代に来ちゃってるからな。

どうしようか。

やっぱり、犬山経由か。がっくり。


「その、静馬殿。

 もし、迷惑でなければ、護衛をお願いできませんか?」


「護衛?」


「そうです。知り人に会いに行ってからで構いません。

 どうか、助けてもらえませんか?」


「う~~~ん。」


どうせ、美濃を通らないといけないので、

一緒に行こうが、どうってことはないんだけど、

護衛は責任が重い。


「オレ、そんなに護衛ができるほどではないですよ?」


「ご謙遜を。魔物退治に来るくらいだから、

 不思議な力をお持ちでしょう。

 それに、私も多少は腕に覚えがあります。

 その私から見て、

 静馬殿の足の運びは、剣を修めた者の動きですよ。

 それも、おそらく、達人。」


ニヤリとしながら光秀が言う。

光秀だもん。

そりゃ、普通の人より、よく見てるよ。

でも、達人は買いかぶり過ぎだけど。


「ふう。」


う~~~ん。仕方ない。

帰り道だし、光秀に恩を売るのも悪くないだろう。


「何度も言いますけど、達人と言ってもらえるような

 腕じゃないですよ。本当に知りませんよ。

 危なくなったら、逃げますよ?」


「ああ。それで構いません。

 ただ、その、手持ちが少ないので、

 それほど出せないのですが。」


「どうせ、帰り道です。金は構いません。

 三河に行くのは難しそうです。一度、里に帰ることにします。

 大垣の向こう、近江の手前までであれば。」


「それで構いませんが、金は受け取ってもらわないと。」


真面目だ。

どうも、言い出したら聞かないところがありそうだ。


「オレは里に帰るだけです。

 誰が後ろを歩いていても、オレには関係ありません。」


光秀はうつむいた。


「かたじけない。」


ボソッとそれだけを言った。

分かってる。

戦に敗けた方は、命からがら逃げるんだから、

ほぼ金なんて持っていないだろう。

それに、傍流って、本家じゃないってことだろ?

そもそもが、安月給だったかもしれない。

奥さんとかが家財を持って逃げてるかもしれないけど、

多分、世話をしてくれた人に分け与えてるんじゃないかな~。

持ってたとしても、これから引っ越すなら、

行った先でいくらでも必要なはずだ。

そんな人から貰えないよ。


光秀が住んでいる村に来た。

隠れ里みたいな感じかと思ったけど、普通だ。

案外、普通の方が探さないのかもしれない。

怪しそうなところを入念に探すもんね。


「静馬殿、紹介します。妻の煕子です。」


(これはまた、美人な。)


パッとしてる美人だな。

冷たいどころか、どことなく愛嬌もある感じ。

落ち着いた感じがするのが好印象だ。

まあ、佳月さんの方が上だけど。


「初めまして。静馬と言います。」


「静馬殿は、大嶽の里の人だ。」


「大嶽というと、魔物の。」


「そうだ。討伐をした帰りに、こちらに寄ってくださったのだ。」


「まあ。それは。討伐が済めば、民も喜びましょう。

 静馬様、ありがとうございました。」


苦労人だな。自分の依頼でもないだろうに。

二人とも、明らかに年下のオレに丁寧な対応をしてくれる。


「昨日、話した通り、恐れていた事態になっている。

 静馬殿が見たことを話してくださったのだが、

 国境に近い谷が襲われたらしい。

 ここは遠い。ここまでは来ないとは思うが、それも分からぬ。

 静馬殿に会えたのも何かの縁。

 前々より話していた通り、越前に行こうと思う。」


「あなたがおっしゃられるのでしたら、どこへでも。

 荷はできております。」


「何と!」


「お話を聞いた時より、用意いたしておりました。」


目の前でとんとん拍子に決まっていく。

光秀も光秀なら、奥さんもすげえな。

さすがに、このクラスの奥さんになるならってやつなのか。

オレはそこまで求めませんので、気軽にお越しください。

最低限、気遣いとやさしさだけ、お願いします。


朝に話して、昼には出発した。

弁当を用意するためだったんだけど、

その間に、一畳ほどの荷車に荷物を積み終わる頃には、

おにぎりが完成していた。

「影収納」って何度も口に出しそうになったけど、黙った。

光秀が信用ならないということはないけど、

能力をバラすのは不利になるかもしれないと漫画に描いてた。

三郎さんにもくぎを刺されたし。

それに、光秀はガッツリ戦の人だし。


「この家にも馴染んできたのにな。」


そうつぶやく光秀の手に、煕子さんがそっと手を重ねた。

光秀は煕子さんに微笑むと、荷車を牽いて歩きだした。

総勢は光秀夫婦と下男の年寄りが一人、侍女の子供一人だ。

7歳ぐらいの女の子は、越前まで歩けるのかと心配していたら、

女の人は交代で荷車に乗るのね。

で、男2人で荷車の前後で牽くと。

オレも手伝った方がいいかと思ったんだけど、


「静馬殿には、守っていただかないと。」


ということだ。

そうだよな。

いざというとき、腕がパンパンになってたら、

護衛の意味がないもんな。

じいさん、そんなにハアハア言ってたら、

「影収納」って口から出そうだよ。

普通であれば、持てるだけの荷物で旅をするらしいけど、

オレが護衛するから、荷車になったようだ。

それって、襲ってくれって言ってるようなもんじゃないの?


光秀が言うように、光秀を誰も探していないようだった。

この時期の光秀はそんなに重要な人物じゃなかったのか?

でも、そう言われれば、そうかもしれない。

重要人物なら、徹底的に捜索されそうだし、

戦で落ち延びたんなら、こんなところにはいないだろう。

それに、越前まで家族を連れてなんて、目立つし、無理だろ。


道中、誰に咎められることもなく、順調に犬山を過ぎた。

この様子じゃ、大垣の手前くらいで夜になる。


「今日は、ここまでですね。」


やはり、老人と子供がいることもあり、

予定より手前の、各務原の辺りで野宿することになった。

昼過ぎの出発だったら、歩けた方だろう。

オレにも弁当を作ってくれていたようだ。

いわゆる、バクダンて呼ばれるくらいの、

両手を組み合わせたくらいのおにぎりが2つ。

バクダンのように唐揚げとかは入ってないけど、

焼き味噌が入っていた。

案外、素朴で美味い。


女の子はおにぎりの半分を食べたところで、櫓をこぎ始めた。

じいさんは、それほど食べられないようで、

おにぎり1つは明日の朝食になった。

念のため、道をそれて、

起伏のある、草が生い茂った場所を今夜の宿とした。


「静かですな。」


みんなが寝静まった頃、光秀が話しかけてくる。


「明智殿もお疲れでしょう?

 早く寝て、明日に備えないと。」


「そうですね。おそらく、心配性なのでしょう。

 余りに静かだと疑いたくなる。」


「大丈夫です。私の霊獣で周辺を探っています。

 戦いには向きませんが、こういうことは得意なのです。」


「霊獣が。」


「ええ。危険があれば、起こしてくれるので、

 我々も早く寝ましょう。」


「ええ。」


静馬が寝たのを見て、光秀は独りで考えた。


(不思議だ。大陸の出だと言っていたが、何か、違う。

 嘘を言っているようでもない。

 というより、乱世でここまで腹に何物もない者も珍しい。

 金を受け取らぬということがあり得るのか?

 普通、誰であろうとも、己が生きていくだけで、

 他を顧みることはないだろう。

 とても、この世で生まれたとは思えぬ。

 それに、静馬殿の煕子などへの気の遣いようは、

 日ノ本でも、大陸でもありはしないだろう。

 もしや、南蛮か?

 それに、霊獣だ。自ら考えて動くというのは、

 余程、高位でなければありえない。

 それを、この歳で使いこなしている。)


光秀は、軽く寝息を立てている、静馬の横顔を見た。

荷車から降りる煕子に手を差し出したことを思い浮かべた。

そして、軽く笑った。


(年を経た狸か、狐の類かとも疑ったが、

 話をすると、見た目通りの若さに間違いはない。

 この者も、年を経れば、何を見るようになるのであろうか?

 いや。これ以上は言うまい。

 我らは、あのまま、あの村で朽ち果てるところだったのだ。

 気まぐれであれ、何であれ、

 今はただ、感謝をすることとしよう。)


光秀は夜空を見上げた。

星が妖しく瞬いていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


みなさんの応援が励みになります。

良かったら、「ブックマーク」や「いいね」をお願いします。

是非是非、応援の意味で良い評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ