031.新しい風
「静馬はどうだい?」
「問題ありませんわ。おばあ様。」
「だけどね、佳月。
まだ、返事はもらっていないんだろう?」
「そうですね。」
佳月の顔が曇る。
「難しそうかい?」
「大丈夫と言いたいところですが。」
「里長、もう、強引にでも式を挙げて、
頭領にすればいいんじゃないか?」
佳月と里長の話に割って入った者がいる。長老の小介だ。
「馬鹿をお言い。それで逃げられたら、どうするんだい?
強引にったって、剣の腕では里に敵う者がいないんだよ。
第一、力で押さえつけても、意味がないじゃないか。」
「そこだな。力は心の強さに影響される。
無理矢理では力が弱くなるか。難しいものだ。」
一同はため息をつく。
腕を組んで考え込んだ人もいる。
部屋には、もう一人の長老タキと、大きな2つの家、
嶽本家から東平、錦次、雷蔵、
嶽中家から小鉄、真造、佐平次という主だった者が詰めている。
それと、葛葉と才蔵、三郎の顔も見える。
「それに、一人になりたそうな時が見受けられます。」
才蔵が発言した。
三郎も受ける。
「才蔵と同じ意見だ。
ふと気づくと、少し離れていることがあった。」
静馬には、長年の癖で無意識に人を避けるところもあったが、
元来は上の子だ。
むしろ、お兄ちゃんらしく、人を受け入れる度量があり、
何より、人の様子をよく見ている。
2人がそう感じた時は、
単に元の時代と比較していただけであったり、
どうすべきか考え込んでいるだけであった。
それなのに、人を寄せ付けないところがあると誤解されていた。
静馬にすれば、単に相談できないだけで、
秘密にしなければならないことが多いだけのことであったが。
「そいつは、少し不味いかもしれないねえ。」
「里長。なぜ、静馬殿だったのだ?
今でも文句も言わず、よく手伝ってくれている。
頭領じゃなくても良かったんじゃないのか?」
雷蔵さんが質問した。
それを里長はジロッと見て、
「佳月の霊獣が、静馬に移ったという話は聞いているね。」
「それは聞いた。」
「みんなもよくお聞き。
霊獣はそもそも移るものじゃないんだよ。
奪おうとしても、そうそう奪えるようなものじゃないんだ。」
「しかし、この里では、」
「まあ、お聞き。
確かに、巫女は代々、霊獣を譲り受ける。
しかし、皆は儀式で能力に目覚めているだろう?」
「それがどうしたんだ?
巫女の霊獣は移るものだ。不思議なことではないだろう?」
「巫女が譲り渡せるからといって、
霊獣はそんなに簡単に譲り渡せるものじゃない。
魂でつながっているとされているのだからね。
だから、巫女だって、死の間際にしか譲れないんだよ。
結び付きが弱まることで、初めて渡せるのさ。」
「それでは、どうして静馬殿に。」
「不思議がるのも当然だね。
おまえたちだって、好きな霊獣を選べるわけじゃない。
相性もだが、運も必要だ。
相性が良くても、運がなけりゃ、
選ぶどころか、力を得ることができないんだからね。
だが、運は運だ。必ずなんてない。
運を相性で誤魔化そうとしたら、
相性がどれほど大事かが分かろうというものさ。
それこそ、血を分けたぐらいのね。」
「ん?それって・・・」
「もしかして・・・」
一座がどよめく。
「待ちな。早合点するんじゃないよ。
近い血を引いていれば、より確実だってことは、
実際に受け継いで来てるんだから、間違いないことだ。
そう言われているだけで、別の方法を試したことはないがね。
だから、巫女は母から子へ、それがダメなら叔母が姪へ、
より近い血の中で受け継いできたんだ。
だが、もし、静馬がそれほど近いなら、
静馬を知らないはずがないだろう?
仮に、どこかに血を引いた、一族の者がいたのなら、
あたしの耳に入っているはずだ。この地獄耳という力でね。」
みんなの顔が一瞬で青ざめた。
「アッハッハッハ。」
里長がおかしそうに笑う。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。
普通にしてれば怖れることはないだろう?」
みんな、小さい頃から、里長に頭が上がらない。
おねしょをしたことから、誰々に振られたなど、
知らないはずの内緒話をなぜか知っているのだ。
中には、本当にバラされると、里に居辛いこともある。
「この里を離れた者がいるということを聞いたことがない。
婿取り、嫁取りも、この二つの家で行ってきたしね。」
「そうだな。我らも聞いたことがない。」
長老の小介が答えた。
里長がうなづく。
「ここは日ノ本の鎮守の里だ。方々と繋がりはあるからね。
それらしい者がいれば、何某かは耳に入るはずだ。
だけど、何だろうね。静馬は見ているものが違う。
皆が当たり前のように知っていることも知らないときた。
そこは大陸の生まれというのも納得だよ。」
「じゃあ、一族の者ではないとして、
なぜ、そんなことが起こったのだろうか?」
「この際、なぜかは置いておいて、
一族の者じゃないのが良いのさ。
ここ何年も、里の赤子が育っていない。
生まれても、十になる前に死んでしまう。」
「それは仕方ないだろう。
里以外の血が入ることで、力が弱まるかもしれない。
だから、両家の間で何とかしてきたんだ。
しかし、何代も重ねれば、どうしたって濃くなってしまう。」
「真造、その通りさ。だから、静馬が良いんだよ。
相性が良いのに、血が遠い。これ以上ないじゃないか。
静馬に里の女を全部、差し出してもいいくらいだよ。」
「だが、それだけで頭領というのは難しいんじゃないか?」
「東平伯父上は反対なのですか?」
「そうじゃない。わしだって静馬殿の弟子だ。
弟子が師匠を厭う理由はない。
抱えるものが大きくなると、逃げたくなると思うだけだ。」
「やれやれ、そっちかい。
おまえたちが手助けすりゃいいじゃないか。」
「それは言われなくたってやるが、
頭領と、そうじゃない者は、心の在りようが違う。」
「ふむ。そんなもんかい。
まあ、赤の他人の命を抱えることになるしねぇ。
何か見返りがないとってとこかね。
雷蔵。弁舌は聞いたが、改めて、静馬の仕事はどうだい?
頭領に足るものだったのかい?」
「もちろんだ。酒の肴に大げさに言ったわけじゃない。
先ず、剣の腕は、皆も知る通りだ。
俺は女郎蜘蛛にやられて、気を失っていたのでな。
最後に目に入ったのは、足と尾を切り飛ばす姿だ。
全ては見ていないが、あの女郎蜘蛛とやり合える腕は、
頭領としては頼もしいと言えるのではないかな。」
里長は、三郎に視線を移した。
「三郎はどうだい?」
「私から見ても、剣の腕は申し分なかった。
何より、ここぞという機を見ることについては、
目を見張るものがあった。ただ、」
「ただ?」
「まだまだ甘い。人を殺したこともないのだろう。
まあ、身寄りのない子を育てていたくらいだ。
推して知るべきかもしれんが。」
「なるほど。確かに、そこは弱いかもしれないね。」
「しかし、おばあ様、それ以上に美徳でもありますわ。」
「なるほど。劉備玄徳のようにかい?
乱世なら、いろんな男がいてもいいかもしれないね。
この間の織田の勝ちを見抜いた目。
もしかしたら、劉備より、孔明なのかもしれないね。」
「おばあ様、それって・・・」
「安心おし。静馬を頭領にというのは変わってないさ。
こんな小さな里は、大名なんかとは違って、
戦に勝つことじゃなくて、生き延びることが大事だからね。
先頭を突き進む頭領より、臆病なくらいが丁度良いのさ。
いいかい?
頭領に必要なのは、何より、時世を視る目なんだよ。
静馬だけが織田だと言った。
他の者が頭領だったら、今川と一緒に里は滅んでた。
その上で、剣の腕に、霊獣もあるってんなら、
これ以上はないってものさ。
静馬以上の男がいるなら、誰でも名乗り出ればいいさ。
なあ、才蔵?」
「ひぇ!」
才蔵が飛び上がった。
静馬には内緒だが、才蔵は佳月の婚約者だった。
正確には、候補として名前が上った途端、
余りのプレッシャーで病気がちになったのだ。
そのため、正式な婚約者とはならなかった。
しかし、静馬が佳月の婚約者になったことで、
気が楽になった才蔵は、病気から劇的に回復した。
恩を感じた才蔵は、静馬を生涯、補佐するつもりだ。
多分に、また、自分に来たら、たまらないと思っていたが。
「それにね。佳月には恩があるんだよ。」
佳月が目を伏せた。
膝の上に置いた手が着物をギュッと握る。
「恩?」
「知らない者もいるだろうから、言っておくが、
静馬に移った霊獣は、一番、大事な霊獣だが、
それ以上に危険な霊獣だったんだよ。」
「危険というと?」
「これは、この場にいる者だけの話にしておくれ。
あの黒い犬は、陰の気を吸い取る。魔を払う役目なのさ。
だが、それと同時に、持つ者の命を削るんだよ。」
「命を削る。」
「ああ、そうさ。陰の気が悪さをするんだろうね。
だから、代々の巫女は若くして亡くなっていたんだよ。
佳月の母も二十六で死んだ。
これで佳月も四十までは生きられるだろう。」
「佳月が生き急いでいるのは、叔父として目を伏せたかった。
静馬殿へ余りにも迫り過ぎていると思ったものだ。」
「まあ!ひどいです!伯父上!」
東平はおかしそうに笑った。
それに反して、佳月は耳まで赤くしながら、頬を膨らませている。
「陰の気が体を蝕むというのは、里にも秘密にしていた。
佳月の霊獣の能力は、里を守るものだというくらいでな。
わしは知っていたし、佳月の母を見ていたから分かるが、
静馬殿の体の変化を感じたことはない。」
「余程、相性が良かったのか、一匹だからかは分からないが、
大丈夫なものを、下手に言って、病気にすることはないだろう。
静馬に聞かれたとて、どうすることもできないからね。」
みんなが真剣な顔でうなづいた。
里長が一座を見渡した。
「さて、皆に改めて問うが、
静馬を頭領とすることに異論はないね。
長老はどうだい?」
「ない。」
「あたしもないよ。」
「嶽本は?」
「姪の好いた男だ。異論のあろうはずがない。
それより、わしは何か、不思議な縁を感じている。
今までにない、これまでとは違う、何かをな。」
「それについては、あたしも同じだよ。嶽中は?」
「異論はない。
だが、山は飛び越えられん。
一歩一歩、上がって越えていくものだ。
静馬殿は、上がりもせず、
下で文句を言うだけの男ではないと思っている。
上がるだけの時をやってほしい。」
里長はうなづいた。
「それと、もう一つ、皆に言っておくことがある。
さっきの赤子の話だが、
静馬には佳月だけではなく、他の娘もあてがうことにする。
正式には、静馬の様子を見ながらということになるが。」
「おばあ様・・・」
里長は佳月の声を無視した。
「近いといえば、そうだね。嶽本からは葛葉、
もう一緒に住んでいるんだから、薄々は感じていたろう?
嶽中からは三郎か。」
それを聞いた葛葉が身を固くする。
「私もか?」
三郎が聞き返した。
「そうだ。おまえは佳月から見れば叔母の子だ。血が近い。
静馬より年上だが、まあ、いいだろう。」
「分かった。」
「いいね、佳月。」
「・・・分かりました。」
「血が近くて、歳が近いのはそれくらいか。
あとは、静馬の様子次第だね。
もう、一人二人増やしてもいいくらいだが、
案外、嫌がるかもしれないからね。」
里長は楽しそうだった。
子供がおもちゃを見つけた時のようだ。
「これで里の血が新しくなれば、子も増えるというものさ。
上手くいくようなら、少しずつ、里以外の血を入れていく。」
一同がうなづいた。
「東平も言ってたが、あたしも風を感じる。
新しい、これまでとは違う何かをね。」
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