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003.就職

右も左も分からないオレは、日吉と一緒に行くことにした。

日吉は世慣れている。

それに、良く気が回って世話好きだ。

一緒にいるうちに、この時代の常識を少しでも掴みたい。


「静馬殿、もう少し、猪を獲りたいんですが。」


「それはいいけど、持って行ける?」


オレが獲った昨日の猪だけでも、けっこうな量だ。

足が風呂敷からはみ出ているほどだ。

日吉は自分が背負って行くと言うが、そんな量じゃないぞ。

2人で棒を通して担いだ方が良いくらいだ。


「しかし、売るとなれば、もう1頭は必要です。」


「売るの?」


「はい。手ぶらで行っても、減るだけでしょう?」


確かに、生産性がなければ消費するだけだ。

すぐに出発するつもりだったが、

手持ちの肉を食べてしまったら、何もなくなってしまう。

「たくましいな、コイツ」と思ったが、

そういう発想は、武士というより、

商人に向いているんじゃないかな?

口から出かかったけど、黙っておいた。


増えることに文句はなかったけど、さらに問題が大きくなった。

日吉が「さらに広い範囲で罠を仕掛ける」と言い出して、

水場を中心にして合計8カ所で仕掛けると、猪は2頭も獲れた。

獲れないことの方が多いので、かなり運が良いらしい。

しかし、昨日の肉もあるし、2頭も獲れてしまうと、

オレと小柄な日吉では、絶対に持って行けない。


「その場で切り分けると、等しくないともめるんです。」


オレのはそのままを2人で担ぐことしか考えてなかったが、

急に捌くと言われて驚いた。

そう言われれば、そうかもしれない。

うちの親もスーパーで鮮度や脂身の多さを確認している。

奥に重ねてあるパッケージまで引っ張り出す。

お客が「ここがいい」「あそこがいい」と言い始めると面倒だし、

「端の方しか残ってないから安くしろ」と言い出しかねない。

それを防ぐために、笹で包んでパッケージ品で提供するわけだ。

日吉が手際よく捌いていく。


日吉は器用だ。

罠を設置するポイントを探していた時に、竹藪を見つけたようで、

切った竹を山のように積んでいるので、焚き火用かなと思っていたが、

猪を燻している、わずかな間に竹籠を作った。

捌いて肉だけになれば、竹籠で背負えば十分に持って行ける。

大きめの笹を水で洗って、昨日の肉も、今日の肉も包んだ。

包み方を変えているので、どうしてなのかと質問したら、

昨日の肉から売っていくらしい。

正直、風呂敷が汚く、ドキドキしていたので助かった。


翌日、ようやく出発することになった。

1時間ほど歩くと、平野に出て、遠くに村が見えた。

案外、それほど山奥ではなかったようだ。

この村で売るのかと思ったら、海の方まで出るようだ。


「山が近い村は自分でも獲れるから、そんなに高く売れなくて、

 山から離れた海辺の村の方が高く売れるんです。

 それに、街道は海沿いなので、旅人が多いでしょうし。」


一々、勉強になるな。

需要が多い方が高く売れる。

需要と供給は知識としてあるが、言われるまでピンと来ない。

しかも、日吉は、人の注目を集めることで、

声を掛けてもらう確率が上がると考えている。

同じことをやるなら、意味があることをしたいのは分かるが、

貪欲というか、何というか。

でも、これぐらいでなければいけないのかもしれない。

戦国時代を生きている人の生命力みたいなものを感じた。

何か、自分の甘さを痛感してしまった。


「さあさあ、猪肉だよ!

 今朝、獲れた、新鮮な肉だ!

 買わないと損するよ!」


漁村に着くと、村の中心で日吉が叫んだ。

余りの大声に、何事かと人が集まってきた。


「さあさあ、見て行ってくださいよ!」

「燻してあるので、傷んでいないよ!」

「旦那、今晩にどうだい!」


日吉の瞳がキラキラと輝いている。

こういうの、本当に好きなんだな。

人だかりから離れた場所で、感想をつぶやく。

初めは隣にいたが、徐々に熱量というか、圧倒されたので、

邪魔にならないように、後ろに下がっていた。


遠江での職探しには、一揉めあった。

というのも、オレは史実を知っている。

パラレルワールドかもしれないので、

同じ歴史になるとは限らないが、

同じなら、今川はこれから大変なことになる。

いつかは桶狭間が起こるからだ。


オレは掛川市の出身。

地理的なこともあって、小さい頃から親や近所のオッサンに

信長・秀吉・家康の3英傑の話を聞かされる。

「おまえはどのタイプか」なんて聞かれることもある。

当てはまったら天下を獲れるっつーの。

それはさておき、

歴史は得意じゃないので、年代や細かいところまでは分からないが、

おおよその流れは知っている。

駿府に行ったら大変なことになる。

駿府と言わず、今川領は今後、大変なことになるのだ。


オレは尾張に行きたい。

日吉は駿府に行きたい。


これで昨夜は平行線だった。

日吉の言い分は分かる。

今川が敗けると思っていない。

織田信長が優れた武将だというのは、オレが知っているだけで、

世間一般には、うつけと言われた変わり者で、

尾張の一部を支配しているだけの実力でしかない。

それに対して、義元は教養があり、駿遠三の大大名。

兵力は10倍以上も違うらしい。

もはや、今川が勝つというのは、この時代の常識だ。

誰も信長が勝つなんて思っていない。

尾張出身の日吉が、ここにいることがその証拠だ。

信長に仕えても、敗けた方は一段下に落ちるので、

それなら初めから勝つ方に仕えた方がいいという考えだ。

家臣の家臣に落ちるよりは、直属の家臣。

法律で守られていない時代だ。

顔も知らない、いることも分からない末端なんて、

気分一つで吹き飛ばされてしまう。


時代を相手に説得するのは大変だ。

知ってる信長の戦術を話して、それが巡り巡って義元の耳に入ると、

歴史が変わってしまうかもしれない。

これといった材料もなしに、信長の勝利を信じてもらえるわけがない。

だから、敗ける前提で説得した。


「今川に攻められたら、家族がどうなるのか?」


この一点だけで奮闘した。

さすがに日吉も、親や弟・妹は気に掛かるようだ。

すかさず、畳み込んで、


「尾張が戦場になれば、駿府からすぐに助けに行くこともできず、

 おまえがどう思おうと、見捨てることになるんじゃないか?」


というセリフが決め手になった。

それに、駿府は義元の意向で京風の文化になっているようなので、

尾張の田舎者が行ってもなじめるのかという心配もあったようだ。

そのため、この遠江で仕事を探すという中間策に落ち着いた。

何かあったら、オレはすぐに尾張に向かって逃げるつもりだ。


日吉を見る。一際、大きな声だ。

人の輪の中で活き活きとしている。


(武士より商人になった方が良いのに。)


どう考えても、日吉が戦場で活躍できると思えない。

高校とか大学で一気に身長が伸びる人もいるようだし、

まだ14歳だから、これから身長が伸びるかもしれないけど、

戦場に出て、身長が伸びるまで生き延びられるのだろうか。

それよりは、商人になった方が大成功を収めるような気がする。


オレの感想を余所に、身振り手振りでお客の気持ちをつかんでいる。

人の容姿や身なりをほめるのはもちろん、

時々、冗談や本当かどうか分からない面白話をしては、

大きな笑い声が起こっている。


「その方、当家に仕えてみないか?」


「へっ?」


急に声を掛けられて驚いた。

振り返ると、腰に刀を差した人が立っていた。

格好からして、武士だろう。


「え~っと、何です?」


「仕えてみないかと言っている。」


「仕えるって、奉公ですよね?」


「そうだ。その体なら良い槍働きができよう。」


身長で声を掛けてきたのか。

散々、日吉のことを小柄だと言ってきたが、

日吉が小さいのは間違いないが、どうも、それだけではないらしい。

ここに来るまでも思ったが、背の高い人がいない。

みんな、頭1つ分くらい背が低い。

オレの身長が175cmなので、

平均して、165cm、いや、160cmくらいだろうか。


「ちょっと待ってください。

 オレはあそこにいる子と一緒に来ているので、

 話さないと決めれないので・・・」


「ならば、話してくれるか?」


「はい。」


オレは人込みをかき分けて、輪の中心に入って行った。

日吉がお客さんに丁寧に料理方法を教えていた。


「日吉、悪いけど、武士が来てる。

 ちょっと、来てくれるか?」


「少し待ってください。

 このお客で最後なので、売ったら行きます。」


「えっ!?売ったの!?肉、全て!?」


「はい。全て。」


うそ!?かなり量があったよ!?

拳より一回り小さいくらいの肉に切り分けて、

それが200以上あったと思ったけど・・・

途中から面倒臭くなって、数えなかったくらいなのに、

この1時間、いや、2時間くらいの間に全部、売り切ったのか!


「1人分に切り分けたので買いやすかったのもありますし、

 相場より安くしましたから。」


「あれ?海辺の村で高く売ると言ってなかったっけ?」


「そうですよ。

 私のような子供だと、足元を見てくる客がいるのですよ。

 そこは、静馬殿がにらみを利かせてくれたので大丈夫でしたが、

 売り切るためには、安くしないと。」


相場を守って売れ残るよりは、少しでも金に換えようということか。

元々、タダ。

日吉がいなければお金に変わっていなかった。

オレに何の文句もないです。

ただ、オレはにらんだ覚えが全くないです。


「ご用があるのは、あなた様ですか?」


「そうだ。」


何も言っていないのに、日吉は目ざとく武士を見つけたようだ。


「どういったご用事でしょうか?」


「そこの者を雇いたいのだが、

 おまえに聞いてみないと分からないと言われてな。」


「ああ、そうでしたか。

 確かに、私は一緒に商売をしていますので、

 私一人になると、商売ができなくなります。

 どうしたものでしょうね。」


日吉は考える素振りを見せた。

真剣な顔をして考え込んでいるようだ。

それを武士も黙って見守っている。


あれ?武家に仕えると言ってなかったか?

それで、この遠江の海が見える場所まで出て来たんだ。

日吉は何を考えているんだろう??


「どうでしょう。この者と一緒に私も雇ってもらうというのは。

 一人になってしまうと、私も商売に困るし、

 これでもいろいろと知恵がございます。

 きっと、お役に立てると思います。」


「何、その方をか。

 ふむ。奇相だな。う~ん。わしは面白いと思うがどうだ?」


武士は振り返って、お供の初老の人に声を掛けた。

お供の人はジロジロと日吉を見ていたが、タメ息をつくと、


「確か、一人、体を壊して里に帰した者がいましたな。」


「ならば、丁度良い。その方も召し抱えよう。」


「ありがたき幸せ。」


日吉は、オレの方を振り替えると、

オレにだけ見えるように、ニヤッと笑った。

嫌な笑い方をする。

これまでの朗らかな笑顔との落差もあって、

ひどく酷薄な表情に見えた。


まさか、さっき、考え込んでいたのは演技だったのか!?

それに、肉を売る時に、オレのにらみと言ったな。

もしかして、オレは実は用心棒枠だったのか。

ん、あれ?

いや、ちょっと待て。

もしかして、オレがスカウトされるかもしれないことも

計算に入れてたのか!?

そういや、駿府に行く行かないで言い合いになったが、

日吉は駿府に行くつもりで家を出てきたんだから、

行きたければ、行けばいいだけだったんだ。

最後には「オレは行かないが、止めはしない」とも言ったし、

オレと話し合う必要がどこにあったんだ?


(利用されたか。)


後味が悪いが、(心配はもちろんしていたけど)

オレだって、日吉がいれば何かと助かると思って、

引き留めたところがある。

何より、一人になるのが心細かった。

実際に仕事も上手くまとまったし、肉だって金になった。

仕えた後も、日吉が上手く立ち回るのじゃないかという期待もある。

要するに、考えようだ。

利用されるかもしれないが、利用もする。

お互いにwin-winならOKだ。


ただ、日吉と会って数日だが、丸きり信用したらダメだと思った。


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